第705話 彼女は迎賓館へと迎えられる
第705話 彼女は迎賓館へと迎えられる
「あ、桟橋あるじゃない!!」
「……やき……」
ダンは伯姪に肩パンされている。どうやら、定期的に船便があるようで、事前に連絡しておけば迎えに来てくれるようである。連絡しろ!!
「ま、梟便が間に合わなかったがだ」
連絡は従魔の梟による伝書になるのだという。もう一晩あれば連絡とれたのだというが、浅瀬を渡る方が早いと判断したらしい。本人泥まみれで良ければいいのだが。
「水馬楽しかったですわぁ」
「そうね」
一期生冒険者組は水馬を使ったこともあったが、ルミリは全くの初体験。魔力を使えば、水上を短い距離進む事も出来るので、それはそれで楽しめる可能性はある。リリアルの場合、大概魔物退治に使うので、その機会はなかなかないのだが。
迎賓館はどうやら修道院解散令の前後で建てられたものらしい。修道院に外から来客があり泊るということはあまりない。まずない。故に、宿坊のような施設は付帯していなかった。
桟橋が設置されている海岸に面する部分の防御施設を兼ねて『迎賓館』と修道院長居館を『研究棟』として改装し、海岸の両端に配置している。海岸部分に防御壁を設置できない分、施設で防衛するということなのだろう。
「なかなか良い部屋ね」
「そうね。リリアルの本館並みね」
リリアルの本館は王妃様の離宮・その前は先王の狩猟宮であったので当然それなりの建物である。言い換えれば、この迎賓館は相当良い造りということになる。
「ほりゃあ、貴族や富豪との付き合いも増えたからちや」
「……なんでまだいるの」
「ですわぁ」
「ほがなことゆうな」
ダンは、明日以降の予定について打合せするつもりで案内後も残っている。
「それで、何をさせたいのかしら」
「まあ、のんびりしましょう。ニ三日は骨休めも必要じゃない?」
伯姪の言葉に、碧目金髪と赤毛のルミリも激しく頷く。
「精霊魔術の鍛錬を見学したいものです」
「それねぇ」
「ですわぁ」
「オイラ、従順な風精霊だから!! 問題ねぇよぉ!!」
姿を隠していた山羊頭・金蛙・水魔馬は、姿を現している。水魔馬は小さな馬の姿をしている。山羊程であろうか。これはこれで可愛らしい。山羊男は可愛くないが。
「精霊魔術の鍛錬かぁ、ちくっと難しいぞ」
「それじゃあ、わざわざ来た意味がないじゃない」
伯姪が抗議の声を露わにするが、彼女は学院長室での対面で、学院長はともかく、他の幹部からはあまり歓迎されていないという空気を感じていた。比較的歓迎しているのは「風派」の一党であり、ダンはどうかわからないが、トメントゥサ師と派閥の幹部は門での出迎えから、こちらへの配慮を感じさせていた。
恐らくは、女王陛下の賓客として好意的な関係を築きたいと考えているからだろう。
これが、中立の土派はともかく、親原神子の火派、親神国の水派に関してはあからさまに歓迎する気がない態度が見えていた。
「まあ、火の精霊魔術はどうでもいいのだけれど、水と土の精霊魔術は学べる機会があれば有り難いわね」
「風もだよぉ。オイラ風の精霊なんだからよぉ」
「あんたが自分で教えればいいんじゃないの?」
確かに。会話が成立するのであれば、わざわざ第三者を介して学ぶ必要はないだろう。
「覚えませんよぉ」
「つれないぜマイ・スウィーティー!!」
術者に覚える気なし。
ダン曰く、王国に関してはどの派閥も距離を置いているのだが、女王の顔を立てる為にも風派、中でもダンの所属する『空気・aer』はリリアルに協力するつもりなのだという。
元々がバランサーを自認する派閥なので、ネデルでの争乱がこの国に波及することを避けたいという考えもあるらしい。
「飛び火してるわよね実際」
「ええ。もう少しすると、はっきりしてくるでしょうね。リンデや王宮は時間を稼ぎたいのでしょうけれど」
「まっことなが」
ダンは女王の側に最近までいた彼女と伯姪の言を重く受け止めたようだ。ネデルに羊毛を輸出することで、この国とネデルには深い利害関係が成立している。また、神国とも姉王との婚姻、北王国との接近において強い繋がりが存在している。神国とネデルの代理戦争がこの国においても興りつつある。
賢者学院もその両方に影響を受ける少数派閥が存在し、学院の運営に影響が出ないとは思えない。
「あいつら、金を持っちゅう」
「まあ、先立つものは必要よね」
「大事ですぅ」
「ですわぁ」
ダン自身で何かを決定できる権限があるわけではない。どの程度リリアルと協力できるのか。リリアルが提供できるものと、風派が提供できるものをすり合わせる必要がある。
「土の精霊魔術についても、できるなら交流してもらいたいのだけれど」
「ああ、任せとおせ」
ダン曰く、土派は最大派閥故に、全員が完全中立というわけではないようだ。リンデ・王宮に対して協力的な勢力も存在し、ダンたちと協調する人たちもいるという。彼らを含めてリリアルの訪問を成功させるつもりだという。
「今日のところは持ち帰らせてもらうちや」
一先ず、ダンは迎賓館を去っていった。
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彼女は所謂貴賓室で、侍女部屋が付いている応接室・寝室・小キッチン・トイレバス付の部屋であった。また、伯姪は寝室・トイレバス付の一人部屋。他は、二人一組の部屋であり、彼女の侍女部屋にはルミリが入ることになる。
「これ、魔水晶を使った「火」と「水」の魔石ね」
「はい。メインツの拠点と同じ仕様でしょうか」
「なにそれ!! 聞いてないんですけど!!」
確かに、帝国遠征でメインツで拠点として買い求めた錬金工房には、伯姪は足を踏み入れたことはない。残念。
「そういえば、あの工房って……」
「ニース商会が使っているらしいわ」
「ですよねぇ」
姉は「サボアのトレノから神国街道を越えて帝国に入ると、メインツに拠点があると便利なんだよねぇ」チラッチラッとばかりに、彼女に工房を貸与することを仄めかしていた。放置して痛むよりはと、姉に譲った経緯がある。
「あの工房のトラップで何匹もノインテーター捕まえましたよねぇ」
「そうね」
「ほいほい系工房ぇ」
ジローとサブローは元気だろうか。
明日以降の交流に関して、どの辺りまで手の内を見せるかを打合せする。
「魔術師としては、騎士学校の授業の内容を基準にするのはどうかしら」
騎士学校の授業で魔術はまず扱わない。主に『魔』騎士としての運用を前提に授業が進められる。身体強化と武器への魔力纏いである。この場には四人の騎士学校卒業生がおり、またその内容に関して茶目栗毛は凡そ理解している。ルミリは小間使い枠であるから、それで問題ないだろうと彼女は考えている。
「それと、ネデル遠征での経験も多少は参考にできるかもしれませんね」
「大したことしてないと思うけどぉ」
彼女と碧目金髪はネデル遠征を完遂しているメンバーである。茶目栗毛と灰目藍髪も半分は参加しているので問題はない。
「実際、魔術を使う場面は……」
「奇襲・偵察が主だったわね」
「あとは、魔物討伐でしょうか」
ノインテーターや魔鰐狩りが主な任務だが、騎兵の偵察の掃討なども幾度か行っているし、傭兵団への夜間襲撃なども行っている。
「その辺りを交流会で話しましょうか」
「けど、神国に肩入れしている派閥からは良く思われないんじゃない?」
「それなら、ミアンでのアンデッド討伐を先に提示することはどうかしら」
ネデル方面から現れたアンデッドの大軍の襲撃が、ネデル遠征を行う遠因でもある。恐らくは、ネデル総督府の中に吸血鬼に与する存在がいるのは間違いないだろう。それが、死霊使いやノインテータ―を利用する策略を講じたと推測して、遠征を行ったのである。
「親北王国・神国と自由石工団の関係を、水派が何かこぼさないかということもあるわね」
「ああ、だから積極的に煽るわけね」
「先生らしいです」
「ですわぁ」
彼女は煽っているつもりはないのだが、吸血鬼と神国・自由石工と修道騎士団が関わっているという推測は根底にある。関係する者、知る者が賢者学院に潜んでいる可能性も考慮している。
「ダンには相応に動いてもらいましょう」
「そうね。泥の干潟を歩かされた借りを返してもらわなきゃね」
淑女に泥の上を歩かせた報いを受けさせねばならないと、リリアル女性陣は強く思うのである。
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「それにしても落ち着かないわね」
「ええ。見た目が似ているだけなのは理解しているのだけれども」
賢者学院には、巡回の過程で「従者」となった「はぐれブラウニー」を使用人として置いている。ブラウニーは所謂『家霊』であり、城館の守護精霊の役割りを持っている。元は、その館の祖霊に土の精霊ノームが結びつき、子孫を護る意思を持つ「ブラウニー」となったものだ。
その衣服には生前の記憶が宿っているようで、ボロボロになったとしても着替えることを良しとしない。故に、その衣装を新しくしようとすると「はぐれ」となり子孫の城館を出てしまう。
そのまま放置すると、「赤帽子」のように凶悪な魔物に狂化する可能性もあるので、土の精霊魔術師である土派の賢者が主に回収し、新たな住処と衣装を与え「使用人」として使役している。なので、常に言われる襤褸着ではなく、貴族の屋敷の使用人のように品の良い従者風の衣装を着ている。
とは言え、土の精霊と悪霊が結びつき発生する「ゴブリン」と似た容姿をしているのだがら、落ち着かない。肌の色や人語を片言ながら話すところは似ていないのだが。
「賢者っぽいとか思ってるんじゃないですかぁ」
「ですわぁ」
嬉々として色々命令をしている碧目金髪と、従者っぷりを観察し、小間使いの参考にしようとしている赤毛のルミリ。ルミリ真面目か!!
賢者学院への滞在は二カ月と伝えてある。一週間程度では観光旅行にしかならないであろうし、相手も相応に警戒する。
「ここは落ち着かないわね」
伯姪の呟きにめいめいが頷く。彼女も言葉にこそしないが同意なのだ。
ブラウニーたちは賢者学院に所属している妖精。彼らを通して、会話の内容も聞かれているであろうし、監視もされているだろう。それは彼女も理解している。
それについては、既に訪問前から対案を考えていた。
「一週間ほど滞在して、男爵領の領主館が漁村の外れにあるから、そこへ移動させてもらう事にするわ」
領主館・マナーハウスというものがこの島にも存在する。学院の街壁の外にあり、領主が徴税など代官を派遣したりする際に滞在する役場兼宿舎のような建物だ。代官配下の文官や従者、護衛兵も伴う事から、一行程度なら問題なく滞在できる。調理場も備わっている城館であろうから、自炊も問題ない。偶に、学院の食堂に招かれる事もあるだろうが、毎日が晩餐会ということもないだろう。
「この手紙を学院長に」
『……承知シマシタ』
部屋付きのブラウニーに、領主館へ滞在先を変更する旨を伝える手紙を委ねる。何か言ってくるかもしれないが、土派は無関係を装うだろうし、火水派は幸いに思い、風派は接触しやすくなると歓迎するだろう。つまり、全員にとって都合が良い。
部屋付きが部屋を出ると、代わりのブラウニーが現れた。どうやら交代の監視要員であろうか。部屋付きよりも幾分隠す素振りがない。
部屋は貴族が使う事を前提に整えられている為か、賢者学院の学院長室よりも随分と豪華だ。
「貴族趣味って感じですぅ」
「そうね。そもそも、修道院というのは主に貴族の子弟が自分の家の為に神へ祈りを捧げる施設から始まっているのよ。だから、貴族としての格式に相応しい調度も誂えられていてもおかしくないわ。恐らく、修道院の解散令で引き上げた調度をこの迎賓館を整える為に手に入れたのでしょう」
各地の修道院が解散させられた際、その土地や建物・財貨も王家と当地の貴族などに「分け前」として宛がわれた。とはいえ、財産目録に載らないような調度の類は盗まれたりする可能性もあったのだろう。
それを惜しんだ還俗する修道士たちが、巡回賢者に委ねこの館に収容したといったところだろう。
「修道院が解散させられる理由もわからないではないわね。贅沢してるんじゃないですかぁ」
贅沢というよりも自給自足精神の中で、調度を自作することに拘る職人気質の修道士がいたのではないだろうか。着色された絵柄付きの豪華な聖典を知る彼女からすれば、調度も同じようなものなのだと思うのである。