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第704話 彼女はディズファイ島へと到着する

第704話 彼女はディズファイ島へと到着する


 ディズファイン島へと向かう短い間にも、彼女たちはダンから賢者学院について様々なことを知る。例えば、『狩猟ギルド』が関係の深い組織であるなどだ。


 狩猟ギルド自体は以前から存在していたのだが、これはあくまでも狩人同士の互助組織のようなもので、今日のような在地の冒険者ギルドのような業務は受けていなかった。


 しかしながら、修道院の解散令が父王により行われ、修道士・修道女の還俗が命じられた結果、賢者学院がもともと持っていた修道院のネットワークを介した依頼の受領と言うことが難しくなった。また、学院外で活動する『巡回賢者』の拠点として利用していた修道院も利用できなくなった。


 その過程で、還俗した修道士・修道女が狩猟ギルドに入り込み、半ば今のような『冒険者ギルド』的な組織に改編したのだという。故に、ベテラン職員の多くは、元修道士・修道女であることが珍しくない。既に、多くが引退するか鬼籍に入っているものの、賢者学院との関係性は強く残されている。解散から三十年が経つのであるから、当然であろうか。


「賢者宛の依頼は、各地の狩猟ギルド経由で伝わるちや」


 大きな修道院のあった場所の近くの街に、大きな狩猟ギルドが置かれている。そこが『巡回賢者』の活動拠点であるという。大修道院が解散し、その中心地であった場所は廃墟と化したが、修道院の村落は残されており、現在は錆びれた街や村となっているが、そうした場所でひっそりと拠点は維持されているのだという。


「場所は教えられんけどな」


 部外秘なのであろう。


「ダンさんってなまってますわぁ」

「な、あしはなまっちょらんきに!」

「「「めっちゃ訛ってるから」」」


 どうやら、湖西王国風の言い回しが移っているとか。本人は元々リンデ近郊の出身で、賢者学院に来て湖西出身の師について言葉が似てしまったのだという。


「だから、全然問題なく話せるのです」

「……却って胡散臭くなっつたわ」

「そうろう」


 かかと笑い、お国言葉は人の心に入り込みやすいというので、敢えて使うのだと口にする。王都なり首都の言葉は都会風であるが、賢者に依頼する者たちからすればかえって警戒心を生むのだという。そういう意味では、リンデの人々は地方からすればよく思われていないことの裏返しかもしれない。


 農地や生活森を取り上げ、牧羊の為に囲い込まれてしまい、修道院を解散させ自分たちの生活はどんどん貧しくなっていき助けるものもいない。聖典を読めることを鼻にかけ、教会や司祭の言葉は不要だと宣う輩。そもそも、農民や貧しいものは文字など読めないし、聖典など手にする事もない。写筆した物より安くなったとはいえ、活版聖典は高価なのだ。


「その辺、気にしとらんちやあ奴らはの」


 リンデの人間と交流していたとしても、それはあくまで利用する為ということだろうか。『賢者』としては、清濁併せ呑む器量も必要なのだろう。なので、いい人キャラもあくまで表向きと言うことだ。その辺り、彼女も伯姪らも当然理解している。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 海岸線と並行して北上する街道を進み、やがて海に浮かぶ島が見えてくる。『天の島』等とも呼ばれたディズファイン島。その姿は、海上に建物が並ぶようにしか見えない。王国にある『聖ミシェル山修道院』は、『山』とあるように、小高い丘のような島に沿って修道院が建築されているのだが、ディズファイン島はかなり平坦な島に見える。


 元は、白亜島東部の重要な布教拠点であり、また、多くの司祭・修道士を擁し聖典の写本を大々的に行っていた場所でもある。ロマンデ公の侵攻に先立つ入江の民の襲撃を幾度か受け、その結果、貴重な聖典を奪われ、修道院も略奪破壊され、司祭・修道士に多くの犠牲が生じた。


 修道院は再建されたが、布教の中心地は『ダンロム』へと移された。彼女達が通過した『大司教領』の領都である。


 聖ミシェル山修道院が百年戦争を始め、長らく侵略を免れた事と比べると、やはり、平たい島では守りがたいということだろう。島自体はそれなりの面積があるものの、ある程度の高さのある場所は島の南端の一角だけである。

学院と、父王時代に修道院解散令の後、島の拠点として修道院の石材を転用して建築された『監視城塞』が建てられている。とはいえ、それは十数人が交代で詰める程度の規模に過ぎない。


 なので、修道院解散令の後、島自体はウィック男爵領の一部となっており、賢者学院のある島の一角だけが『自由市』扱いとなり自治を許されている形式となっている。


「あの島、船で渡るの?」

「まあ、潮が満ちていればな。だが、今日の場合、この時間に向かえば、歩いて渡れるちや」


 潮が引いている二時間ほどのの間、干潟を歩いて渡れるようになるのだ。


「泥っどろじゃないんですかぁ」

「まあ、おんしのような華奢な女子であればもんだいないやろ」

「ま、当然ですわぁ」


 いや、それなりに沈むだろう。ならば、久しぶりにあれを出そうではないか。





「随分久しぶりなんじゃない」

「ええ。数が揃っていて良かったわ」


 新旧の『水馬』である。彼女と伯姪の出世の切っ掛けとなった、海賊船討伐で使用した丸い旧型、そして、ルーン近郊の海に出たクラーケン討伐で使用した流線型の新型。


 最近、魔導船が便利なので使う機会が無かったのだが、今回は相応に活躍しそうである。


「それ、うらやましい」

「そうやろぉ」

「ですわぁ」


 碧目金髪がダンの口真似をし、ルミリと一緒に揶揄うように笑う。とはいえ、貸してやる義理はない。数も丁度六個しかない。故に……


「一緒に汚れようか。なに、洗えば変わらない」

「そうやろか」


 人狼と共に、先に立って干潟を歩き始めたのである。




 さほど深く沈む事もなく、精々踝が埋まる程度のこと。とはいえ、歩いていて足を取られることに変わりがなく、てくてくと丸い跡を残して進むリリアルに対して、ダンと人狼は裾をまくり上げ、裸足になりながら泥の中を歩いていく。


 ダンは慣れたもののようだが、人狼は……時に転ぶ。泥だらけである。


「乾けば大丈夫よ」

「風が冷たい」


 濡れた服が体に張り付き、歩きにくそうである。人狼とはいえ、今は常人の姿をしている。もふもふだから問題ないと言うことはない。そもそも狼はモフモフなどしていない。薮に絡むだろ?





 どろどろの若干二名と、リリアル・メンバーは漸く島へとたどり着いた。


「結構ギリギリだったわね、あの二人」

「そうですね。我々だけ先に行った方が良かったかもしれません」


 対岸と島の最も近いところで約1㎞。普通に歩けば十分か十五分で移動できる距離だ。ところが、泥に足を取られてその倍以上時間が掛かった。潮の満ちるタイミングギリギリになっていたようで、最後の方は足を取られるようになっていたのである。二人は。


 完全にドロドロである。


「ダンは今までどうしてたのよ」

「……船で送ってもろーておっちゅう……」

「「はあぁ」」


 どうやら、自分の足で渡るのは久しぶりで、いつもは島の漁村で船を出してもらって渡っていたのだという。


「あてにならない賢者ね」

『まあ、賢者とか自称している奴は大概賢くねぇよ』


『魔剣』の言う通りかもしれない。どちらかというと、知識偏重あるいは自分に自信過剰で失敗を認めないタイプが多いのだろうか。確かに、成功するまで諦めないというのは成功の一つの形かも知れないが、失敗を認めた上での再挑戦の繰り返しでなければ意味がない。失敗自体が成功を保証するわけではないのだから当然だ。


「まあ、この後は万事任せとおせ」

「不安しかないわね」


 調子の良さだけは相変わらずだが、全身濡鼠なのは何とも締まらない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 賢者学院の門前に至る。さほど高くはないが街壁に囲まれた城門楼を持つ入口である。敷地の中は木々が植えられているのか、一見森のように見て取れる。島の大半が野原と砂浜であるのとは対照的だ。


 ダンは門衛に帰着を伝えるとともに、リリアル副伯一行が到着したことを言付けた。しばらく待っていると、門に数人のローブ姿の男性が現れた。


「トメントゥサ師、ご無沙汰しております」

「おお、ダンよ無事戻って何より。して、こちらが」

「始めまして。王国から親善副大使として訪問しております、リリアル副伯アリックスと申します」


 彼女が代表して挨拶する。どうやら、目の前の集団はダンの所属する派閥の長とその幹部であるらしい。賢者学院にはそういう幾つかの集団が存在するのだろう。


「では、学院長室にご案内いたしますぞ」


 ダンとトメントゥサ師が先導し、彼女達を学院へと案内していく。門を入ると、最初に見えるのは二階建ての半木造の建物が木々の間にぽつぽつと建っているのが見て取れる。


「この辺りは、学生寮にあたります。学院は、大きく四つの精霊の系統で学ぶ内容が分かれているのですが、その系統ごとに寮が分かれているのです」


 学生の中で、先輩が後輩の面倒を見つつ、寮ごとに数人単位で共同生活を送るのだという。


「大きな寮ではないのですね」

「ええ。人数に増減があるのです。今は七割ほどの利用状況ですが、少ない時期もあります」


 修道院の僧房にあたる部分は、指導賢者の研究室兼住居にあたるので、学生の人数が増えたために、今では指導賢者と賢者見習である学生は別々に生活しているのだという。


「賢者と言っても、今では神学生のようなものです。身分的にも同じ扱いを連合王国ではなされています」


 神学生というのは、聖職者に準じた身分を与えられる。例えば、聖職者は各国が互恵関係を認めている為、外交官同様に国外で身分を認められる。姉王時代、身分ある原神子信徒の若者が神学生として国外に逃げ身の安全を確保したこともある。駐王国大使であったフランツ・ウォレスもその一人であった。


「あの丘は何があるのでしょうか」


 伯姪が、一段と高くなった丘のような場所を指さす。


「おお、あそこは鍛錬場です。魔術の練習やラ・クロスの試合などを行う多目的広場です」


 賢者学院においても『ラ・クロス』は取り入れられているようだ。若い学生の間ではそれなりに人気があるのだろうか。


「各精霊毎にチームを作り、対抗試合をするのですよ」

「まっことたのしみちや」


 ダンには思い入れがあるのか、懐かしそうな眼で丘を見ている。


「皆さんも手合わせする機会があれば、是非参加してくだされ」


 碧目金髪が「ええぇぇ」等とボヤいている。人数的に全く不足しているので、どこかと混成チームで仕合をする事になるだろうか。


 学生寮の並ぶ通りを抜けると、修道院らしき石造りの建物が見えてくる。どうやら、これが賢者学院の学舎であるようだ。





 回廊を回り、奥へと進む。修道院としてはかなりの大きさの建物であったのだろう。


「こちらです」


 一際立派な象嵌を施した扉の前に至る。トメントゥサ師がノックをし、中から返事がある。


「入られよ」


 扉が開かれ、師が先導して中へと入る。そこには、如何にもな痩身で白い顎髭を蓄えた好々爺と、三人の中年男性が並んで迎えている。


「ようこそ、賢者学院へ。皆さんを歓迎しますぞ」


 挨拶をしたのは、白髭の好々爺である学院長。グシンティ総師と名乗る。そして、続く三人は四つの精霊に基づく『派』の領袖で理事を務める者。『火の精霊派・flamma(フランマ)』のペイニア師、『水の精霊派・uisce(イシュカ)』のアマダイン師、『土の精霊派・uir(ウーイル)』のスピラド師がそれぞれ紹介され会釈をする。


「丁寧なご挨拶ありがとうございます」


 彼女は自信を紹介し、伯姪以下、それぞれを簡単に紹介する。そして……


「狩猟ギルドに所属するルシウス。道案内として同行した」


 と、人狼もさりげなく一行の一員として自己紹介をした。賢者学院と狩猟ギルドは提携関係にある為か、従者としての滞在を許可されることになる。果たしてそれでよいのかどうかは分からないが。もう帰って良いのではないだろうか。


「それでは、暫くお世話になります」

「おお。好きなだけ滞在して下され。しばらくは学院の迎賓館をご利用いただいてかまいませんぞ」


 挨拶を済ませ、一向は滞在用の宿舎の一つである『迎賓館』へと案内されるのである。




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[気になる点] Alixが本名で良いのかな?
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