第703話 彼女は三等賢者と知り合う
第703話 彼女は三等賢者と知り合う
「オイラとキャラが被ってるんだよぉ」
「うーん、ダンの方がいい男だと思うぅ!」
「ですわぁ」
「そりゃねぇよ、マイ・スウィーティー!!」
いや、元は山羊頭だし、ジンガイなので、ダンの方がよく見えるのは仕方がない。
兎馬車の馭者台にはルミリが座り、ダンが荷台に座っている。他は、皆、
徒歩である。
「ちっくと寄りたいんやが」
ダンはウィックの狩猟ギルドに立ち寄るのだという。どうやら、巡回賢者は学院へ帰還する前に立ち寄って手紙などを預かる決まりなのだそうだ。
「ちょうどいいわね」
「ええ。これで依頼を済ませることができるわ」
「ほりゃあどういうことなが」
ダンの疑問に、彼女はポンスタイン狩猟ギルドの依頼を受けて、モースパス、ウィックの狩猟ギルドに手紙を届けることになっていることを伝える。
「まっこと変わっちゅうなぁ」
「はぁ」
ダンに言われる迄もなく、変わり者である事には自信がある。貴族が臨時雇いの手紙の配達員を務めているのだ。とはいえ、彼女の感覚からすれば、数年前薬師ギルドに傷薬を作って治めていたころと大して変わりはない。できる仕事があるのなら、ついでにしてしまおうという気になる。
貴族らしくはないが、彼女らしいのである。そうでなければ、孤児を集めて学院で魔力を扱える冒険者を育てよう等と考えるはずがない。孤児どころか、精霊や妖精迄拾い集めてしまっているではないか。
『それがお前なんだから仕方ねぇ』
仕方がないとはどういう意味だと思わないでもないが、長い付き合いの『魔剣』や家族から似たようなことは何度も言われている。むしろ、誇らしくさえあると言えるだろう。
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「あら、ダンさんお久しぶり。これから島に戻るのかい?」
「ほがなところだ」
狩猟ギルドの受付はダンと顔見知りのようで、「ちょっと待ってて」と言うと、奥へと入っていく。しばらく待っていると、ひもで縛った手紙の束がドスンとカウンターに置かれる。
「結構あるがや」
「二週間くらい誰も来なかったのよ」
手紙が一ケ月くらい届かないことは学院に関して珍しくないのだろう。彼女は、依頼された手紙を渡し、完了のサインをもらい幾ばくかの依頼料を支払ってもらう。
ダンは、小銭をもらう彼女を不思議なものを見るような眼で見ている。確かに、はした金だが依頼料は依頼料。ただ働きをするのはよろしくない。
「もらうもがをもらうのは当然」
うんうんと何か納得したかのようにうなずいている。
このペースでいけばそのまま、ディズファイン島に今日中に着けると彼女は考えていたが、ダンはそうはいかないという。「この時間に島に向かうと、今日は潮が満ちて道がない。今日はここで一泊するべきだ」というのである。
「けど、泊れる場所がないでしょう?」
「なんらぁなる、なんらぁするち」
ダンが何とかしてくれるらしい。賢者学院はこの地の防衛の一部を担う戦力なので、この地を治める貴族もその代官も粗雑には扱えないというところだろう。彼女らは賢者学院の『客』であるから、相応に扱わせたいというところか。
館の主は不在であったが、留守居の家宰は「離れの客間をご利用ください」
とダンの願いを快く受け入れ、彼女らも「客の客」ということで、相応にもてなす用意をしてくれた。
「顔が利くのね」
「めぇった時はお互い様やき。そうじゃなければ、見ふてられることになるが」
なるほど。貸し借りを常に作りながら、たがいに逃げ出しにくい関係を構築していくということなのだろう。集合離散が常の辺境においては、そうしたことも大切なのだろう。
どのような客なのかという質問に、ダンは「リンデから来た巡礼者」とだけ館の者には伝えてある。情報に不足があるのは虚偽ではない。
「離れ」と言っても、六角形に組まれた三階建ての城館の一角であり、母屋とは回廊で接続されている城塞の中である。古い城塞の中庭に城館を建てたり、壁の一角を城館の壁と共有させたりといった建物が多いのだが、この城塞は建物を防御施設としてそのまま利用するように作られている比較的新しいものだと思われる。
リリアルの王都城塞もそれに似た建物だと言えるが、こちらはより規模が大きい半面、堅牢さではリリアル城塞に劣るのは、人造岩石製ではなく煉瓦と漆喰で作られているからだろう。
「人造岩石の方が堅牢なのよね」
「けれど、こちらのほうが落ち着くわ。城館と城塞の差でしょうね」
大砲の砲弾で煉瓦が破砕されたとしても、人造岩石ならば削れる程度で事が済むだろう。だが、岩の中に住んでいるという雰囲気は、長くいたいとは思えない。やはり、木のぬくもりのある内装が好ましいであろうし、石積みの主塔の城館が廃れた理由も住みにくいからだろう。
主不在の中とはいえ、晩餐は貴族の館の来客に相応しいものが提供され、彼女達は少々恐縮する中、まるでわが家のようにふるまうダンの存在に驚かされる。
「ダンはいつもこんな感じなの?」
「そうだな、遠慮するがは失礼やきな」
考え方は人それぞれである。どうやら、依頼を受けて「賢者」として様々な街や村で賓客として手厚くもてなされるのが常態であるから、相応しく振舞うのが当たり前のようになっているらしい。
「ずうずうすぃい?」
「ですわぁ」
「遠慮する方が悪りぃき」
ということらしい。最初、賢者の師匠・先輩の手伝いとして各地を訪問した時には、思わぬ手厚い歓待を受け心苦しく思う事もあったと言うが、王や貴族が解決できない問題を代わって解決するのだから、その喜びを分かち合うことも依頼のうちだと考えるようになったのだという。
「それはそうかもね」
「そうろう」
晩餐を共にしつつ、ダンがこれまでどんな活動をしてきたのかを皆で聞くことにする。それは、「賢者」というよりも「冒険者」という方が合うのではと皆が思う。魔物を討伐し、あるいは、悪辣な野盗や盗賊団を打ち払い。
病を治し、怪我人を治療して回ることもある。
それは、御神子教の司祭や教会の中に溶け込んでみせていた、古い時代の精霊魔術師の役割りでもあったと考えられる。王や貴族が至らぬところを、陰乍ら補ってきたという積み重ねの歴史でもある。
「修道院が解散させられたのは」
「こじゃんと大へごな事ち」
各地の修道院の修道士たちが担っていた仕事は、誰かが肩代わりしなければならなかったのだが、国王や貴族がそれを為しているわけではない。結果、『賢者』への依頼は激増し今日に至っている。
「しょうまっこと儲ばかり熱心で、しょうまっことめぇる」
話していて、本当にこまったと頭を抱えるようにするダン。どうやら、思い出したくない課題を思い出してしまったようである。
その一つが、ワーム騒動と魔兎の激増であったとのこと。ダンとしては魔兎の駆除とワームの放逐を一度に棲ませることができる妙案であったのだろうが、野営地にいたリリアルとしてはトンデモ迷惑であった。
「知らん事とはいえ、まっこと申し訳なかった」
ワームを誘導した先に、魔兎が旅人を襲っている現場にぶち当たってダンは相当に焦っていたらしい。複数で行動するリリアルなら、周辺の状況確認も手分けして行えるのだが、賢者は単独か精々ペアでの活動が主だという。そういう意味では、リリアルよりずっと厳しい状況で責務を果たしていると言えるだろう。
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聞くところによると、ダンは『三等賢者』であるという。
「どういう意味なのかしら」
彼女の問いに、簡単に言えば賢者学院で一通りの学びを終えて一人前と見做されたものは『三等』と見做され、一人で巡回の旅に出ることになるのだという。
やがて、依頼を幾つも重ね経験を積んだのち、見習を委ねられるようになると『二等』となり、修道院で言うところの「修道司祭」に相当する指導的立場になるという。そうすると、弟子にあたる者が一二年ごとに付けられ、やがて一人前と見做されると、新たな見習をつけられるようになるという。
「要は徒弟やき」
「なるほど」
二等があるということは『一等』も存在するわけで。これは賢者学院の指導層・理事に相当する者である。一等賢者は、先達の指名により基本的には成立する。自分の弟子である二等賢者の中から選ばれることが殆どで、指名をすることなく急死し遺言などで指名が無い場合は、弟子の中から理事会内の選挙で後継が指名されることになる。
また、理事会において一等賢者の中から『院長』は選挙で選ばれる。
「賢者学院は、まあほれ、いろいろあるちや」
ダンは賢者学院に四つの派閥があるという。
賢者学院は大まかに精霊により四つの会派に別れている。それぞれに支持する勢力が存在し、その勢力のために活動していると考えられる。
最大派閥であり、最も伝統的で巡回賢者としてあるいは賢者学院の運営に保守的な者が『土の精霊派・uir』。全域で活動が基本だが、南部・西部での活動が目立つ。どちらも、先住民・湖西王国など精霊の影響の強い土壌であり、賢者の活動も素直に受け入れられやすい。
とはいうものの、その地域でも羊毛の輸出・加工産業が交流しつつあり、勢力は右肩下がりであるとされる。寄付や依頼達成による報酬も少ない。
「ダンは最大派閥ぅ?」
「いんや、あしは別やか」
ダンが所属するのは『風の精霊派・gaoth』。この派閥はいわゆる「王宮・リンデ」派である。現状の政権を支持し、協力者として行動する。
「なら、偶然を装って待ち伏せしていたのかしら」
「いやいや、こりゃあーしょうまっこと偶然やか」
王宮に対して恭順的な発想をしている勢力。聖王会との交流も少なくなく、適切な距離を取りながらも賢者学院と王宮の関係を安定させようと協調することを念頭に置いている。フランマ・イシュカとは協調しつつも偏らないようにバランスを取っている。
その中でも分派が存在し、これは『空気・aer』と呼ばれている。 現在の女王陛下に対して親しい分派。王宮にも出入りし、女王の側近とも懇意にしている。リリアルの訪問を後押しした核の勢力であり、神国・連合王国との対立に王国を絡めることで三竦みにしようと画策している。
この二派は中道の右と左であり、その他に厳信徒に与する東部を活動範囲とする『火の精霊派・flamma』と、北王国・神国との交流をしているとされる北部を活動の中心とする『水の精霊派・uisce』が存在する。どちらかというと、極右・極左に類する少々過激な思想を持つ
少数派閥であるという。
「過激派ですの?」
「いんにゃ、ちくっと腹が太いやか、気分が大きくなっちゅうばあちや」
どうやら、スポンサーの支払いが良いのか資金繰りが豊かであるらしい。賢者学院でも研究費や育成費は幾らあっても余るという事はない。ある意味、『賢者』などと称していたとしても、冒険者・傭兵のような思考になりかねないのは、依頼の報酬が活動資金となっている面からも致し方ないのだろう。
目端の利く、あるいは上昇志向の強い賢者・賢者見習は左右の派閥に属しやすく、少数とはいえ声も大きくなりがちなのだとか。その辺り、風派が先導し最大多数の中道右派とでもいうべき土派と並んで手綱を握らないといけないようだ。
「それで、リリアルを受け入れることにしたのね」
「火を持って火を制する……ですか」
あるいは、毒を以て毒を制する。
彼女達も親善副大使の役職を利用し、連合王国の女王陛下の宮廷や賢者学院を値踏みしようとしていた事と同じく、リンデ・王宮に近い派閥である風派は王国の武闘派魔術師集団として著名である「リリアル学院」の魔術師の訪問を受け入れることで、神国・北王国と厳信徒・ネデルの争いに王国が介入することで、王国に「ただ飯」を喰わせることになりかねないと知らしめ、争いを鎮静化させようと考えたらしい。
「武闘派ぁ……」
「ですわぁ……」
「心外ね。まあ、年がら年中、遠征しているけど」
「……武闘派か……納得だ」
人狼が、深く頷いている。誤解も甚だしい!! 超武闘派だ!!!
「蛮族からはそう見えると言うことよ。国が海賊を推奨している国は、ものの見方が個性的なのね」
「こりゃあー、一本取られたがかぇ」
自分の頭の後ろをぺちぺちと叩きながら、人好きのする笑顔を振りまくダン。彼女は、このあたり、笑顔の中に刃物を隠す輩のような気がする。彼女の姉の笑顔とよく似ていると感ずるのだ。
『まあ、伊達に「賢者」名乗ってねぇってことだろ』
『魔剣』に言われる迄もない。賢者学院の中では少数派。しかしながら、中立中庸を標榜しつつ女王陛下とその側近たちの中に入り込み、外部の勢力を利用し自国の中の均衡を保とうとする。
外部勢力の尖兵となり、自らの国の中に騒乱を招こうとする『火派』『水派』や、賢者の殻に閉じこもり時代の変化から目を背ける『土派』とは一線を画しているのだろうか。
彼女自身、利用されながらもこの出会いを自ら利用できないかと考える事にしたのである。