第702話 彼女は竜使いと対峙する
第702話 彼女は竜使いと対峙する
「長柄も扱えた方が良いのかもね」
「必要ないですぅ」
伯姪は二度目の竜討伐で、自分の不足する部分を感じていたが、碧目金髪に即否定される。必要ない理由に対した根拠は無さそうだが。
「今回の遠征のメンバーに不足しているだけよ」
「そうですね。本来は、私がベク・ド・コルバン辺りで対応すべきでした」
灰目藍髪は、騎士学校で扱う長柄であるベク・ド・コルバンで彼女と共に頭を押さえた方が良かったのではないかと反省する。とはいえ、魔力量が少ない者が、竜討伐の主戦力になることは難しい。伯姪も、魔力量を伸ばしてきているが、彼女と比較すれば相当に少ない。
本来主力となる冒険者組を帯同していないことを考えれば、『竜』を相手にすること自体が無謀であったとも言える。そう考えれば、この戦力で討伐を実行した彼女こそ責められておかしくないと言えるだろう。
「これで竜殺しですわぁ……」
「確かに。喜んでいいんですかぁ」
「喜んでいいのでは?」
ルミリ的には、将来の展望にあまり関係なさそうなので、今一つ喜べないといったところか。リリアル領で商会運営に携わりたいのであるから、竜殺しという経歴はあまり生かされそうにない。
「他国でのことだから、王国で騎士に叙任されることもないし、まあ、経験だと思いなさい」
「ですわぁ」
伯姪の言はもっともだ。それに、このワームは操られていたものであろう。誰が、何の目的でということもある。
『ワームというか、水の大精霊の魔石をヤツメウナギが飲み込んでワームのようになったってところだろうな』
回収した人の頭ほどもある魔石を見る彼女に、『魔剣』が呟く。一先ず、土塁の中はワームの体液やら肉片で汚されていないので、このまま一夜を過ごし、明るくなれば早々に離れることにする。
『主、竜使いらしき男を確認しました』
そこに現れた『猫』の報告を聞き、彼女はこのワームを嗾けたものの存在を明らかにしようと行動を起こす事にしたのである。
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気配を隠蔽し、彼女と伯姪、茶目栗毛の三人で『猫』の後に続く。疲労困憊の三人は土塁の中に残し、見張り役を人狼に委ねた。精霊も三体いるので、余程の相手でない限り問題はないだろう。
土塁の陰から街道を北に進み、森を大きく迂回して野営地の背後へと到達する。そこには、野営地の土塁をじっと観察する一人の男がいた。
気配を隠蔽したまま、剣を抜いて三人はその男を囲むように立つ。
「今晩は、何か面白い物でも見えるのかしら」
「ワームの遺骸とかね」
「ワーム使いもここにいるのではないでしょうか」
「……」
男はフード付きのマントを被り、そして手には白っぽい縦笛を持っている。
「それが竜笛かしら」
「……」
一瞬ビクッとしたものの、男は黙っている。フードの奥の表情は分からず、視線も読めない。
「さて、大人しくついてきてもらいましょう。ここで何をしていたのか、ワームを操り嗾けていたのは何故なのか」
「ことと次第によっては、頭と胴体がさよならするかもね」
「脅しではありませんよ」
一瞬で間合いを詰めた茶目栗毛は、フードを払い落し男の顔を露わにさせた後、首元に剣を突き付ける。
「お名前は」
「……」
「ああ、こっちが名乗るのが筋ね。私はメイ、この子はアリー、剣を突き付けているのがシン。巡礼者よ」
「……おんしらのような巡礼者がおるものか」
「ここにいるのではないかしら」
思わず言い返した『竜使い』に、彼女は即座に言い返したのである。
竜使いの「アコルト」と名乗る。本名か綽名か、偽名かはわからない。
「それで、ここで何をしていたの。ワームを唆して」
「そそのかしてはいない」
「えー でもそれ、さっきまで吹いていた笛でしょう?」
アコルトは再びだんまりを決め込む。
「この国で、魔物を使って人を襲わせたら問題にならないのかしらね」
「ならないわけないわ」
「貴族を襲ったのですから、即処刑で問題ないでしょう」
「き、貴族ながか」
彼女は副伯、伯姪は紋章騎士・連合王国では準男爵と扱われる。また、茶目栗毛・灰目藍髪・碧目金髪も騎士である。王国では貴族と見做される。
「ね、では死刑で」
「ち、ちくっと待ってくれぇ!!」
伯姪がさらっと言い、そのまま自身の剣の切っ先をアコルトの首に添える。茶目栗毛と共に二本の剣で首を挟まれ、顔色は大いに悪くなる。
『こいつ』
「わかっているわ」
突然、林間に不自然な突風が吹き、彼女達の目に砂埃が入る。
「うっ」
伯姪が思わず目を塞ぎ、剣先が逸れる。その瞬間、アコルトの体が宙を蹴り、木々の枝を足場に森の奥へと逃げていく。
「またあいまじゃろう」
不敵な言葉を残しつつ、男は夜の森の中へと消えていく。その背後を『猫』が追いかけて行ったのである。
「逃げられちゃったわね」
「申し訳ありません」
「いいのよ。疲れを残さないように、早く寝ましょう」
既に、碧目金髪とルミリは眠っている。山羊男に「『風』精霊使いがいる」
と伝え見張を頼む。
『オイラに任せておけよぉ』
とのことであるが、既に仕えるべき相手は眠っている。精霊三体がいるので、土塁と精霊に任せて全員で睡眠をとることにする。
「あまり役に立っていないのだが」
「起きていても同じ事よ」
人狼はワーム討伐の役に立たなかったことに負い目を感じているらしいが、無駄な見張りをする必要もない。魔兎を捌いてもらった方が余程役に立つというものだ。
『猫』からどのような報告が上がるかと考えながら、彼女は既に深夜にかかりつつある時間に眠りにつくのである。
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眠れなかった人狼は、山羊男と共に『魔兎』を捌いていたようであり、彼女らが朝目を覚ますと、既に肉と皮だけを残して片付いていた。内臓や骨など不要な部分は、土塁の壕の中に投げ込まれ、埋め立てられるのを待つばかりとなっている。
兎馬車では眠ることができないので、久しぶりに狼皮のテントを出し眠ることができた。魔装馬車よりも暖かく、二人三人で寝ているので熟睡できている。とはいえ、茶目栗毛は魔装兎馬車の荷台で毛布に包まり寝ているので女性陣だけなのだが。
『戻って来たわね』
金蛙・フローチェが『猫』の戻りを示唆する。既にテントはたたまれており、土塁も『土』魔術で元に戻され、魔兎の肉と皮も魔法袋に収納され、後は出立するばかりの時間である。
『主、戻ってきております』
『猫』曰く、一旦この野営地を離れたものの、夜明け前にこの場に戻り、森の際からこちらを観察しているという。魔力走査にひっかからないのは、どうやら彼女たちの『気配隠蔽』に近い術を行使しているかららしい。
「どうしたの?」
「まだ、そこにいるようね竜使いが」
「えぇ!!」
「しっ、顔を向けないでください。勘づかれてしまいます」
碧目金髪ぅ、本当に騎士学校を卒業しているのか、いや、なにを学んだのかとても心配である。騎士になることは始まりであって、到達点ではないのだが。
本人、いたって自覚が薄いのである。
「害意はなさそうなのよね」
『……どうやら、あの竜を遠くへ逃がそうとしていたようです』
竜使いの独り言から察すると、依頼を受けて『竜』をどこか人里離れた場所へと移動させる為に、『魔兎』の群れを誘導し、それを追いかけさせることでこの野営地近くまで移動させたのだという。
「その的を私たちが討伐した結果、ワームが追いかけてきて襲ってきたということかしらね」
「いい迷惑ですぅ」
「ですわぁ」
とはいえ、あのワームは本来の水の大精霊の成れの果てではなく、その精霊の宿した魔石を何らかの理由で飲み込んだヤツメウナギが巨大化して魔物化したものであろう。「ガルギエム」辺りとは相当異なる『竜』であろう。
そもそも、ガルギエムは王都の地にあった聖地でまつられていた水の大精霊が御神子教の司教と話し合って、狂化することなくワスティンの湖に引っ越し余生を過ごしていた存在である。恐らく、魔石の持ち主であった大精霊は、そうではなく討伐されるか、あるいは人間が関わりを持たなくなったまま消え去ってしまったのだろう。魔石だけを残して。
ゴブリンなどが魔石を体内に形成するのは、魔石の元となる魔水晶などを飲み込み、その中で精霊の残滓の魔力がそこに集められたものではないかと考えられる。土の精霊ノーム単体と比べれば、水の大精霊となった「竜」に相当するそれは、大きな魔力を持っていたのだ。
「それで、どうするの」
「話をしておきましょうか。あとから責められたり、誤解を生むのも困るでしょうから」
「では、私が声をかけてまいります」
「お願いするわ」
茶目栗毛は街道を行ったん北に向かうように移動すると、しばらく先で気配隠蔽をすると、そっと森の中へと入っていった。
「オイラも風の魔術を使えば、あのくらいできるんだぜぇ!!」
「いや、そういうの求めてないんでぇ」
山羊男こと『カペル・ウェントスは『風』の精霊である。風の精霊の『加護』で、『静寂』で小隊の気配を消したり、『風音』」で離れた場所の会話を聞き取ることもできる。後衛・銃兵の指揮官を任される可能性の高い碧目金髪からすれば、悪いパートナーではない。本人が役立てるつもりがあれば……である。
今のところ、余計な仕事をするつもりはない。因みに、今のところ山羊男は浅黒い肌の雰囲気イケメンの態を為している。夜中は、『山羊頭』そのものの姿で活動していたらしい。結構疲れるのだとか。
十分ほどすると、森の奥から茶目栗毛がフード付きマントを纏った昨夜の人物と同じであろう男と野営地に出てきた。まだ、ワームの肉片の跡がかなり多いため、野営地の際を歩き少々遠回りで歩いてくる。その表情は見てとれないものの、同行する茶目栗毛の雰囲気はさほど警戒している様には見てとれない。
彼女達の野営場所の手前でいったん足を止め、フードを外して手を上げる。どうやら、害意は無いと示しているようだ。
「リリアル副伯と御一行の皆さん。あしは怪しいもんじゃーないがで」
「「「……」」」
声を張り、いささか大げさな身振り手振りで、話しかけてくるのは、彼女の義兄ほどの年齢に見える若い男である。
「先生、この方は、巡回賢者の一人だと言っています」
『巡回賢者』というのは、賢者学院の学生が一定の成績を確保すると、見習賢者として各地からの依頼を受け仕事をして回る存在だと彼女は記憶していた。
「ここで何をしていたのでしょうか」
「あー ワーム退治? ワームを人里離れた場所まで移動させて、落ち着かせることにしちゅうたが」
「シチューだが」
シチューではない。どうやら、お国言葉であるようだ。意味はとれる。
「あしの名は、ダン・ガリー。賢者学院が三等賢者やが。丸一日、なんちゃーじゃ食べちゃーせき。お腹がすきちゅう」
「「「……」」」
明け透けな笑顔を見せられ、彼女は「私たちの残り物でよければ」と朝食を振舞うことにしたのである。
賢者ダンは、彼女達の朝食の残りを全部平らげた。
「大食漢?」
「欠食児童ですわぁ」
「いやーこがーかざしいごはんは久しぶりやか」
どうやら「大変おいしい」と喜んでいるようだが、何となくは伝わって来る。が、彼女達の知るこの国の言葉とは少々異なるようだ。北王国が近いということもあり、少々言葉が混ざっているのかもしれない。かも。
「それで、ダンはこれからどこへ向かうの?」
伯姪の問いに、ダンはうむとばかりに頷き、『学院に戻るので、同行する』というのである。どうやら、ワームを遠ざける依頼が終われば、一旦は学院へ戻ることになっていたのだという。
「ことうたちやから、兎馬車につきもらえるか?」
自分で歩くより、兎馬車に乗せてもらう方が良いという判断だろう。図々しいとは言いにくいのである。