第701話 彼女は八目鰻と対峙する
第701話 彼女は八目鰻と対峙する
ワームは、大蛇あるいは大海蛇を意味する言葉。竜の一種であるとされ、北外海周辺の沿岸域に幾つかの存在が大昔から確認されている。
ポンスタインにほど近い『ダラム』という村の近郊にそのうちの一体の存在がいるとされる。その姿は長い胴体に口の両側に七つの孔がある竜で、川で釣りをする者を襲ったと記録がある。
百年戦争の頃には、家畜をむさぼり陸を這いまわり牛の乳を求めることともあった。鱗を持たないが、強い弾力を持つ皮膚と強力な再生能力を有する。
その後、遠征から帰国した騎士の一人が討伐に向かったが、
討ち果たす事ができなかった。
「とんだ迷惑ね」
「ええ。本当に」
精霊を魔物化させただけではなく、さらに討伐を失敗したまま放置したということで、統治者としてどうなのかという問題である。
『確か、毒吐きだったと思うぞ』
『魔剣』の記憶によればである。確かに、ラ・マンの悪竜も毒吐きであった。
ワームと呼ばれるものには、毒・火を吐く個体、あるいは、長い牙を持ち攻撃する、大蛇のように巻き着き締めあげることもある。
森の木々が引き裂かれなぎ倒される音、そして、何やら引きづられる長い大きなものの音が林間に響く。その間も、笛の音と思われる音は聞こえ続けている。
やがて、野営地である野原の端に当たる森から、丸いキザギザの見える口を開いた黒光りする長く巨大な魔物が姿を現した。
「でかぁ」
「ですわぁ」
数mはあるだろう木の幹を越えた位置に頭があり、胴は蛇のように長くあるものの、その太さは1mを越えているのではないかと思われる。
『ワームだな』
「ええ。この辺りに多いと聞くから。ダラムのそれとは限らないけれど」
北王国にかけての海沿い、あるいは山間の湖に、ワームが潜んでいるという場所は何箇所もあると聞く。このんで近づくつもりはなかったのであるが、向こうから来るのでは仕方がない。
「あれ、何かに似ているわね」
「ヤツメウナギでしょう」
ヤツメウナギ自体は王国や神国でパイやシチューに利用されることもある。ウナギに似た外見をしているが、似て非なるものだ。 それは、スタミナはないが瞬発力がある。淡水・海水のどちらにも適応した個体が存在する。しかし、生物として本来は数十センチから1mほどの個体になるに過ぎない。
目の前のそれはヤツメウナギの一種が精霊化した後、魔物に転じたのではないかと推測される。
「どのくらいの巨大さなのかな」
「さあ。本来のヤツメウナギの太さからすると、50mくらいはありそうね」
「……嘘……」
「ですわぁ……」
その巨大さからすれば、簡易な土塁の壁など、難なく乗り越えられるだろう。幾重にも重なった鑢のような歯が月光に光る。ズルズルと音をたてながら、森から出てきたそれは、彼女達の存在に気付き、近寄ってきている。
とはいえ、目がさほど良いとは思えず、むしろ魔力を感じているのでは無いかと思われる。遅まきながら、彼女は全員に『気配隠蔽』を発動する指示を出す。が、人狼はできないと伝える。
「できない」
「なんで? 狩人でしょう!!」
伯姪に追及され、ぐうの音もでない人狼である。どうやら、身体強化全振りのようで、隠れるのは苦手のようだ。
「なら、囮になりなさい」
「……逃げるのか」
「いいえ。あれも土産にするのよ」
剛毅な彼女の物言いに、人狼ははじらむ。
「今度はパレードとはいかなさそうね」
「二年ぶり三度目の竜殺しぃ!!」
伯姪と碧目金髪の言葉に、人狼は大いに驚く。
「私たち、『竜殺し』の経験者なの。そうは見えないかもしれないけれど」
「先生は二度討伐されています」
我がことのように灰目藍髪は誇らしげに告げる。ついで、今回は自分自身が『竜殺し』になろうとしている。否が応でも気持ちが昂る。
「それで、作戦は?」
伯姪は彼女に話を向ける。今までは、誘い込んで包囲して消耗させ、最後に大玉を喰らわせ止めを刺すというやり方が多かった。今回は、人狼入れても七人、うち一人は半人前である。
「魔装銃・魔笛を使うのは確定。魔鉛弾を使用して、遠距離から攻撃。その後、私が魔力壁で頭を抑え込むから、その間に、剣と銃弾で削り倒しましょう」
彼女は魔力壁で竜の頭を囲い込む。長い胴を、伯姪、茶目栗毛、灰目藍髪は魔銀剣で傷つけダメージを与え、碧目金髪とルミリは魔装銃で魔力を纏った弾丸を撃ち込み続け削り倒す。人狼は……できることをやればよろし。
各員役割を把握し、彼女は再び前に出るのである。
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『うをぉ!!』
『魔剣』は声に出したが、彼女は内心声を出すにとどめる。牽制をし、囮を務める彼女と、その間に胴体部分を他のメンバーで攻撃し削り倒すという如何にもな作戦である。
『竜』とは言えども、鰐や亀が元になったであろうタラスクスやラ・マンの悪竜こと『ペルーダ』ならば、その硬い外皮で弾かれるだろう。が、目の前のワームの表皮は弾力有る印象だが、魔力を纏った剣が突き刺さらないほどとも思えない。問題は、1mを越える太さでは一閃で斬り倒せないだろうという点である。
彼女のバルディッシュでも刃は1mもない。魔刃で刃を延長し断てるかどうかといったところだろう。
「始めましょう」
「「「応!!」」」
人狼の持つ鉈剣ではおそらく役には立たないだろう。周囲の警戒を委ねることにする。また、『水』の大精霊が魔物化したであろうヤツメウナギのワームでは、金蛙も水魔馬も大して役に立たない。また、山羊男も『風』の精霊として碧目金髪に助力するにしても、何ができるだろうかというところである。
POW!!
彼女がワームの頭部へと魔装拳銃で魔鉛弾を撃ち込む。命中するものの、喰い込んだ弾丸を弾き出すようにみるみる傷がふさがり、やがて弾丸がポトリと地面に落ちる。
GWOWAWOOOO!!!
怒りを滲ませた咆哮を発するワーム。口元からは何やら液体が飛び散り、涎を流しているようにも見える。地面に落ちたそれはジュワッと音を立て不快な臭いがたちこめる。
『酸かよ』
胃液のような何かなのだろうか、あるいは消化液か。丸飲みにして溶かす為のものだろう。
彼女は、魔力壁を四枚展開し、三角錐のように組み上げすっぽりとワームの頭部を覆う事にする。これで、溶解液が降りかかることも、噛みつき飲み込もうとすることもできなくなる。まるで『口輪』のようである。
GAAAA!!
頭の周りを目に見えない魔力の壁で覆われ、押さえつけられるワームが怒りに任せて頭を振るい体をくねらせる。おかげで、斬りかかる伯姪たちも大いに苦戦している。
POW!!
POW!!
銃手にまわった碧目金髪と赤毛のルミリの弾丸も、多少深く弾丸が喰い込むものの、押し戻され弾丸の穴もみるみる塞がる。剣で斬りつけた傷も、時を置かずして塞がっていく。
「駄目です」
「まだ諦めるには早いわよ!!」
「……尻尾から削り切りましょう」
「それ!!」
冷静な茶目栗毛は、中途半端な位置の胴体を傷つけても回復されることを踏まえ、尻尾から削り倒す事を提案し、伯姪と灰目藍髪がそれに続く。魔装槍銃をもつ、碧目金髪とルミリも、その手前を押さえつけるように刺突する。
「えぇいぃ!!」
「ですわぁ!!」
ぐさぐさと魔力を纏わせた魔装銃剣で傷をつけるものの、いくばくかの体液をほとばしらせたのち、傷は塞がってしまう。
斬り落とされ削り倒された尻尾の先端は、そのまま再生することなく地面に落ちると、塩を掛けられたナメクジのように萎んでしまう。恐らくは、ワームの中にある魔力の供給源からの魔力供給が断たれたためであろう。
『削って間に合うのかよ』
「さあ、でも、効果はあるようね」
彼女の魔力量からすれば、頭を覆う四枚の魔力壁を数時間維持することは大したことではない。寝ている間でもできうることだ。
ならば。
「頭が高いわ!!」
魔力壁を地面へと押付け、ワームの頭を釘付けするかのように抑える。まるで、鰻を捌くために頭に杭を撃つようにである。
『やっちまえ!』
『魔剣』を彼女が持つと、その形をバルディッシュへと変形させ、ドン、と鰓穴の後ろに叩き込むと、力任せにゴリゴリと半身を捌き始める。数m進んではズバッと身を斬り落とし、城に飾るタペストリーのような大きさの皮と身がどさりと地面に叩きつけられる。
さらに、次の胴を斬り落とし、削り落としていく。その背後では、懸命にワームが身を再生させているものの、大きく削り落とされた肉と皮をあっという間に再生させることはできない。
『並の鰻なら、美味そうなんだがな』
どうやら『魔剣』は八目鰻は苦手なようである。彼女も好きではない。
むしろ、気持ち悪い。
彼女が胴体を削りに削っている間、尻尾から斬りおとしている伯姪たちも、ワームの動きが鈍っていることに気が付き、その削り落とす速度も加速していく。
「先生!! 何やってるんですかぁ!!」
「いいから、手を止めないで!!」
「ですわぁ!!」
伯姪が檄を飛ばし、五人は尻尾から削り倒し、刺し貫き、その再生が限界を迎えるまで手を止めるなとせきたたせる。涙目になりながら、碧目金髪も遮二無二銃剣を突き刺し、動きを押さえようとする。
『手伝うわよぉ』
「お願いしますわぁ」
体の小さなルミリでは魔装槍銃を上手く扱えないので、『金蛙』がサポートし始める。背後にしがみつき、背中の筋肉を補うように支えている。動きが軽やかになったので、身体強化のような効果があるのだろう。見た目はデカい蛙が背中に張り付いているので間抜けであるのだが。
全身の三分の一も削り倒すと、さすがにワームも弱り始める。とはいえ、その斬り落とされた身のお陰で、野営地の野原は異臭が漂う場所になり果てているのである。
『なんか、干からびてきたな』
「ええ、もう少しね」
ワームの肉を削り落とし続けた効果か、再生能力は最初の頃の数分の一となっている。恐らく、他の体の部分からも再生するための力を送り込んでいるのだろうか、全体的に弾力と艶を失い、力も弱くなりつつある。
頭を激しく動かそうとする力も弱まり、胴をくねらせる程度も大人しくなった。伯姪らは、粛々と尻尾から三分の一ほど削り倒している。随分と全長も短くなったものである。それでもまだ、30mはあるだろうか。
「おーい、そろそろ止めさせるんじゃない!!」
疲れてきたのか、伯姪が彼女に声をかけてきた。最初は1mを越える太さであったのが細くなり、また、回復も鈍くなっている。今なら可能かもしれない。
それに、身体強化と魔力纏いを継続してきた灰目藍髪がそろそろ魔力の限界に近付いている。碧目金髪とルミリも似たようなものだ。
『お前が頑張るしかねぇな』
「勿論よ。みんな、離れなさい!!」
彼女以外をワームから離脱させ、魔力の少ない三人には魔装兎馬車の土塁まで後退させる。
退避を確認した後に魔力壁を解除し、ワームを自由にする。
頭を押さえつけられ、下半身?を削りに削られたワームは、憔悴しながらも怒りに全身を振るわせ、彼女に向かって自分の半身を鞭のように撓らせ叩きつけた。
DWWUUNN !!
ぐちゃぐちゃになった地面が跳ね上げられ、泥混じりの土が爆ぜる。
魔力壁を足場に、中空へと退避した彼女は、そのまま高所から魔銀の
バルディッシュの刃を『魔刃』で倍ほどに伸長させ、前宙しながらワームの
胴体へと遠心力を掛けて叩きつけた。
二回転程の勢いをつけた魔刃の斬撃がワームの頭部から5m程の位置に命中し、胴を寸断する。激しく跳ね回る斬り飛ばされた半身と、うねる様に体を震わせる頭のある半身。彼女は魔力走査で、その頭から2mほどの位置に魔力の塊があることを確認していた。
「いやぁ!!」
体の大半を失い、動きも鈍くなった状態で、最後の一撃はその魔力の塊の部分を石突で突き押し、その反対からは彼女の頭ほどもある魔石が飛び出した。そして、ワームの体は完全に再生を止め動かなくなったのである。