第700話 プロローグ
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第700話 プロローグ
ポンスタインの橋を渡り、西に向かうと大道、東に向かうと沿岸沿いの脇街道がある。デイズファン島に向かうには東に向かい、モースパス、ウィックと進み、あと三日の旅程だ。
「あのぉ、聞いた話なんですけどぉ」
碧目金髪は馭者台の仕事をルミリに任せているので、少々閑なのであるが、荷台の彼女と伯姪に話しかけてきた。
宿で小耳にはさんだ噂。最近、『魔兎』がポンスタインより北の地域で増えているのだという。
「確か、狩猟ギルドでも依頼が増えてるという話だったな」
人狼がその話を肯定する。
「そもそも、魔兎って何なのよ。魔狼や魔熊は知っているけど」
「ですわぁ」
ポンスタインからモーパスに向かう途中で、彼女は魔装馬車を魔装兎馬車に替えることにした。馬車一台だけではこの先、盗賊に襲撃されるかもしれないと教会の侍祭に警告されたからと言うこともある。加えて、賢者学院に向かう途中で馬車で移動する姿を見られ、途中で収納したり交換するのを見られることを回避するという理由もある。
そもそも、馬車一台分を収容する魔法袋を持つということは、それだけ膨大な魔力量を提供できるという所有者の能力を暗示することになる。明確な敵ではないものの、王国の外でそのような情報を与えることは好ましくないと彼女は判断した。
故に、兎馬車の馭者台にはルミリが座り、その後ろには薬師娘二人が座っている。彼女と伯姪、茶目栗毛と人狼は徒歩である。碧目金髪は当然の如く「指導役ですぅ」とルミリの背後を確保した。灰目藍髪は遠慮したものの、魔力量の少ない者を優先して休ませるということで納得させた。
「魔兎。魔物化した兎なのよね」
「そうだ。但し、角を持つものや前歯がダガーのように伸びたものがいる。兎は草食だが、魔兎は雑食だ」
大きさは犬ほどもある大きな兎で、目は赤く人を見ると襲ってくるという。『魔犬』の兎版で、魔犬同様、夕方から夜に遭遇することが多く、日中はまず遭遇しないという。
「街で宿に泊まれれば問題ないですぅ」
「いや、ウィックは城塞があるだけで街も小さく宿屋はないぞ」
「……嘘……」
教会に泊めてもらえるかもしれないが、あまり期待しない方が良いと人狼は言う。
「何故かしら」
「北王国との防衛拠点の一つだ。余所者に対しては警戒する」
確かに、リリアル学院も外部の人間を泊めることはまずない。関係者か今後関係を築きたい者以外は、門前の宿屋(仮)に泊まってもらうことになる。王都から半日ほどの距離にあるリリアルの門前宿は、王都に泊まらず用事を済ませようとするものに割と人気がある。らしい。
騎士団の分駐所の目の前であり、リリアルもあるので安全性は王都南の街壁沿いにある安宿よりはるかに高いということもある。
「魔兎ねぇ。最近、そういう魔物らしいものを狩っていないから楽しみね」
「素材としてはどうなのでしょう」
人狼曰く、毛皮・肉は兎同様に扱われ、毛皮は魔力を若干纏う分、それなりに需要があるという。但し、能力的には猪並であり、後ろ脚の蹴る力も魔物になりかなり強いので、並の狩人では捕らえることは難しいのだという。
「括り罠も破壊される」
「……マジすかぁ」
「ああ真剣だ」
リリアルの冒険者組からすれば大して問題にはならないだろうが、剣の扱いに難のある馭者組二人には脅威に感じたようだ。
「大きな兎は可愛くありませんわぁ」
「確かに。目が血走っていて肉食とか……ヤバいよぉ」
その時は、魔装兎馬車の中でじっとしていると良いでしょう。
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モースパスはそれなりに大きな街であった。
「『ブレリア』もこのくらい栄えて欲しいわね」
「ちっさくないですかぁ」
碧目金髪、失礼である。ここには堅牢な城館があり、その昔、未亡人となった父王の妹で、元北王国王妃が滞在していた場所でもある。なので、この街自体はそれなりに格式があると考えられる。
「門」を意味する古語を語源とする歴史的な市場の町。モースパス男爵が統治する。
「牛の市場が立つようです」
見ると、多くの牛が街の外にある策で囲まれた一角に集められており、商人が交渉の為に集まっているように見て取れる。それ以外にも、定期市が開かれており、残念ながら今日はその日ではないようだ。
小さめの街ながらも、街並みが整い住民の表情にも余裕がある。それまでの街が、衰退を隠せないか、あるいは外からやってくる人間でやや荒れた雰囲気のどちらかであったのに対して、落ち着いた街だと彼女は感じた。そういう意味で、リリアルの領都もこのような雰囲気に出来ればと思うのである。
牛の市が立っている関係で、宿屋に泊まることは出来ず、教会を当たるものの、これも泊めることができる施設が無いと断られ、残念ながら一行は、街を出た街道沿いにある北側の野営地まで移動することにした。
これは、南側は牛市の関係者が野営している為、混雑しているから北の野営地を使った方が良いと教会の人に教えられたからである。
「宿に泊まれなかったですぅ」
「まあ、いいじゃない。魔兎でるかもしれないし、毛皮と肉、ゲットしましょう!!」
伯姪は、魔物の兎に強く惹かれるのだろう。兎の肉は淡白なのだが、魔物の場合、どうなるのか気にならないでもない。人狼曰く、山鳥のような野趣のある肉だという。兎が鶏肉に近いと言うことからするに、鴨辺りに似ているのかもしれない。それは楽しみである。
「ジャンジャン確保する?」
「賢者学院への土産にすればいいのではありませんか」
「では、数が揃う方が良いでしょうね。皆が食べられなければ、却って良くありませんから」
茶目栗毛がそう提案する。大きさが犬ほどであれば、十数頭は確保したい。兎は意外と食べがいがないのだ。豚や牛とは異なる。
「積極的に狩るということかしら」
「そうね。ジャンジャン狩りましょう」
「「おおうぅ(ですわぁ)!!」」
魔兎肉の手土産は、悪くないかもしれない。毛皮も使い道はあるだろう。ということで、かなり行き当たりばったりだが、魔兎狩りを実行することになりそうである。
野営地を移動する。街の側では魔兎が出にくかろうと言うこともあり、少々暗く成りかかっていたが、モースパスとウィックの中間あたりにある野営地へと移動する。
既に、街道沿いに森の中にはポツリポツリと赤い目がこちらの様子を伺うように見て取れる。既に人通りもまばらな街道なので、魔力を通して魔装を活用してさっさと移動する。
野営地は人影もなく、また最近人が居た形跡もない。恐らくは、魔兎の情報を得て避けているのだろう。
「集まってきているわね」
魔力量の多い彼女が、魔力走査で周囲の魔物を広範囲に捜索する。魔力を持ったものたちが、野営地に向かって進んで来るのが確認できる。
「先ずは、安全地帯を確保しないと」
「そうね」
伯姪に促され、彼女は『土』魔術で「土壁」を成形し硬化させて兎馬車の周囲を10mほどの直径の円形に囲む。壁を作る土の分、外側は壕となっている。『土槍』までは形成しない。
「二人は、ここから魔装銃で魔兎を狙いなさい」
「「はいぃ(ですぅ)!!」」
高速で突進する魔兎を剣で捕らえることが難しい碧目金髪と赤毛のルミリには土塁の上から魔装銃で突進する魔兎を正面から撃ち殺す事を指示する。
魔兎と思わしき魔力の持ち主は既に二十を超えて集まってきている。この野営地が放棄されている理由は、大きな被害が出た場所だからなのだろう。魔兎の群れが形成されているのかもしれない。
「シンプルに攻めましょう」
「攻めるのですか」
兎は逃走する際に犬よりも早く疾走する。追いかけるよりも、追いかけられる方が良い。
「そうではないわ」
彼女は灰目藍髪の意図の取り違えを感じて、もう少し詳しく説明する。その話を最後まで聞き、伯姪が一言加えた。
「いつも通りね」
「いつも通りです」
「……でしょうか」
灰目藍髪は不承不承である。伯姪と茶目栗毛、彼女と灰目藍髪が組む。魔力量でバランスを取った結果だ。
「さて、狩を始めましょう」
彼女はそういうと、先頭を切って土塁の外に飛び出すのである。
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『相変わらず、魔力ゴリ押しだな』
「何がいけないのかしら」
『いや、シンプルなのが良いだろうな』
『魔剣』も魔力量に頼った戦い方に文句はない。が、それはリリアル生の全てに生かせるわけではないので、彼女の戦い方が参考にならないと思っているだけなのだ。
POW
『導線』で目標を結び付けた、魔装銃の射撃で一体の魔兎が打ち倒される。味方からの誤射を受けずに済みそうで、ひとまず安心である。とはいえ、魔兎の疾走は馬の襲歩ほどの速さであろうか、ものの数秒で土塁まで到達してしまう。射程距離に入った魔兎を一度外せば、二度目の射撃前に土塁に到達してしまう。故に。
DOGANN!!
DODONN!!
魔兎の前方に、彼女が展開した「魔力壁」が次々に形成され、それにぶち当たった魔兎が首の骨を圧し折り倒れていく。彼女が同時展開して、魔兎の進路上を塞ぐように展開する。
「はっ!!」
倒れて痙攣する魔兎の首筋に、魔力を纏った剣で止めを刺していくのは灰目藍髪の仕事。ニ三度痙攣して、力なく後肢を伸ばし硬直していく。
DOGANN!!
DODONN!!
更に、伯姪たちも、同じように彼女と九十度土塁との角度を変えた位置で茶目栗毛と共に、魔装壁を展開し、魔兎を倒していく。その背後では、豹ほどの大きさに変わった『猫』が、闇に紛れるように疾駆し森に潜む魔兎たちを野営地へと狩り立てていく。
二十ほどであると考えていたのだが、その倍ほどがこちらに向かってきていた。随分と群れているものだ。
『ゴブリンかよ』
「ゴブリンの代わりかもしれないわ」
ゴブリンは、土の精霊ノームと人間の悪霊が混ざり合って生まれると考えられている。大島において、それは悪霊ではなく祖霊・家霊として混ざり合い『ブラウニー』のような家守となっている場合が少なくない。
兎自体は、古帝国の殖民者あるいは、入江の民らが持ち込んだ動物であったとされる。元々この島には兎はいなかったとされる。その外来生物に悪霊が取り込まれた故に、ゴブリンではなく魔兎が生まれたということなのかもしれない。南部よりも北部に魔兎が出る理由も、この地が長く係争地であり、幾度も人が死んでいるということが関係しているのだろう。
ゴブリンの多い土地は、そうした悪霊が発生する惨い戦いのあった場所であることが少なくない。あるいは、騎行・略奪などで恨みを持って死んだ民が存在する場所である。
魔兎にもそうした人の遺恨が乗り移っている可能性もある。肉は大丈夫か!
魔兎を『土槍』に頭を下に引っ掛け血抜きをする。川でもあれば漬けておくのだが近くには無かったと思われる。手分けをして作業をしていると、不意に耳にしたことのある音が聞こえてくる。
「あれって」
月明かりの中、陰を落とす森の奥からその笛の音は聞こえてくる。それは、ポンスタインで聞いた『竜笛』であるように思える。すると、森の奥から『猫』が走り寄って来た。
『主、竜がでました』
「……そう」
もしかすると、彼女の魔力量を追いかけてきたのかもしれない。気配隠蔽を行わなかったことを彼女は少々後悔した。うっかりさんである。
「どうするの」
「討伐するしかないでしょう」
「ええぇ(ですわぁ)」
リリアル冒険者組が揃っていれば、竜討伐はさほど難しくない。彼女が押さえて、魔力纏いと身体強化で削り倒せる前衛が何人いるかである。ここには、蒼髪ペアも赤目銀髪も、赤毛娘も黒目黒髪もいない。癖毛も壁役としては問題なく活躍できるのだ。
「逃げてどうするの。こういう時こそ、力を見せなさい」
「ええぇ(ですわぁ)」
若干不本意そうなものがいるものの、彼女の指示に従い野営地に展開していくのである。