第698話 彼女は月の女神扱いされる
第698話 彼女は月の女神扱いされる
「いや、そうじゃねぇんだよぉ。オイラ、あんたに一目ぼれしたんだよぉ」
何言ってるんだこいつという視線が目の前の『山羊頭』に突き刺さる。しかし、それを意に介せず、山羊頭は自分の思いをこれでもかと叩きつけはじめる。
「あんた、狩の女神様って知ってるか。あー ディアナ様とか、アルテ様とか月の女神とか呼ばれてる。まあ、凄く生真面目で、怖い女神様なんだ」
黒目黒髪、沢山の女性の供を連れ狩りをする。武芸に秀で、魔術を操る。そして、スレンダー体型。
「それで」
「いや、そこにいる人がそうだろ?」
黒目黒髪・スレンダー・生真面目で怖い……彼女である。
「いや、女神様はどうでもいいんだよ」
「……どうでもいいんですって」
「この話、終わりでいいかしら」
「いや、ちょっと待って!! オイラの話、まだ始まったばっかりだよぉ」
長いのかこの話。掻い摘んで聞けば、その昔、月の女神の侍女である妖精「ニンフ」に一目ぼれして告白して振られたという話だ。
「やっぱそうか」
「ですわぁ」
「山羊頭では、草に変化してでも逃げたくなります」
「……そこ、オイラのアイデンティティだから、譲れないんだよぉ」
その時のニンフが碧目金髪に良く似ており、彼女のお供であるところ、彼女が四人の供の女性を連れているところから「姿を変えて現れた」と思ったらしい。
「気真面目で怖い」
「地味にダメージが来るわね」
美人で愛想が悪いと、大概怖く見えるものだ。真顔の美人は迫力がある。
「結論を言ってちょうだい」
山羊頭に彼女は話を促す。いい加減終わらせてもらいたい。
「お、オイラとケッコ……」
「結構ですぅ!!」
「むりですわぁ!!」
「ですね」
当たり前である。何が悲しくて、山羊頭、下半身山羊の後ろ脚、毛むくじゃらのオッサンと結婚しなければならないのか。それに、妖精同士であればともかく、碧目金髪は『人』である。その昔、神と人、あるいは妖精と人の婚姻譚が存在したと言うが、いずれも伝承の類。
「無理ですぅ、わたしは、小金持ちの人と結婚して、可愛い娘と賢い息子を育てて悠々自適に過ごすんですぅ。山羊はお呼びじゃないんですぅ!!」
「オイラ山羊じゃねぇ!!」
「「「「山羊でしょう(ですわ)(だろ)」」」」
自身以外は「山羊」確定である。何故なら、頭と下半身が山羊なので、全体の六割くらいは山羊である。顔はまあ、人に近いが。
「山羊って何食べるんですの」
「さあ。手紙とか」
「それは御伽噺でしょ。普通に馬とか牛とか羊なんかと同じね。けれど、根っこ迄食べるから、羊や牛が根を残して食べるのに比べると、土地が痩せるの。なので、まあ、数は飼わないし嫌われ者なのよ」
「嫌われ者ですのね」
「嫌われてねぇ。オイラ、愛され牧神なんだからよぉ」
牧神とはいえ自称「神」である。
『風の精霊、こいつは大精霊に近いかもな』
『魔剣』の呟き。彼女はフムと考える。灰目藍髪は水魔馬の主となり、相応の力を手に入れた。それは赤目のルミリも同様。ならば、この山羊頭の風の精霊を使役できるようになるのは悪いはなしではない。
「ちょっといいかしら」
「……何でございましょう……」
月の女神と重ねたのか、彼女の問いかけに山羊頭はひどく恐縮する。
「まずは、あなたが祝福なり加護を与えて、好意を伝えるというところから始めるべきではないかしら」
山羊頭は「でもよぉ」と躊躇する。
「水の精霊の祝福受けてるよなぁ。なら、俺の『加護』を与えることになるだろ?」
「精霊が精霊に加護を与えることは出来なくても、人間に与える分には何も問題ないのではないかしら。ニンフとは違う付き合い方も考えるべきだと思うわ」
山羊頭はハッとする。
「そ、そうだよなぁ。オイラ、妖精……風の大精霊だからよぉ!!」
毛深い胸をもりもり反り上げる。
「盛ってる」
「嘘、大げさ、紛らわしい」
「じゃろってなんじゃろですわぁ」
「嘘でも大げさでも紛らわしくもねぇよぉ!!」
それじゃ、加護付けちゃうぞ!! そんでもって、おいら付いて回るよ、気持ちが替わるまで!! と完全ストーカー宣言である。
「あの、毛むくじゃらの山羊小人に纏わりつかれても、きもいだけなんですぅ」
「おっ、これは、野山ヴァージョンだからよぉ。普通の狩人に化けたり、あと、馬にもばけられるんだオイラ!!」
碧目金髪は目がきらりとひかる。そう、馬はお高い。買う時も高いが、維持費もかかるし、病気やケガもする。精霊の化けた馬なら飼葉もいらないし、世話も必要ない。ちょっと水魔馬……羨ましかったのである。
「いまなら、風の精霊の加護付き!!」
「それだけ?」
「お、オイラあんたを護る為に頑張るよぉ!!」
「おばさんになってもですかぁ」
「……多分……」
ニンフはおばさんにならない。見た目は乙女のままだ。乙女=若い女のことである。人間は相応に年を取る、後五年もすれば、碧目金髪も乙女から若奥様くらいになるのである。
「じゃ、だめ。結婚は勿論、つき纏い行為も駄目ですぅ」
「じゃ、じゃあ、おばさんになってもいいかどうか、しばらく一緒にいて見極めってのはどうだ?」
つまり、おばさんになって気が替われば加護を消して立ち去ると言うことであろうか。
「まあ、祝福は残してもらえるなら、いいかな」
「おう、祝福なら問題ない。じゃあ、しばらく一緒に行動させて……」
「許可するかどうかは私の判断ね」
山羊頭こと『山羊男』は彼女に媚びるような視線を向けるのである。
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白猪王チャールズの遺骸は魔装布で覆い、その布は彼女の魔力の籠った魔水晶の飾りのついたピンで止められ固定されている。チャールズの魂は浄化されたようだが、体を奪っていたライネックはまだ体内に存在しているようで、体内の魔石かなにかに閉じこもっているのだという。
魔装布で覆う事で、身動きを封じているが、魔石を取り除かねばライネックに再び体を利用されかねないという。
「面倒ね」
「そうだけど、このまま放置するのも癪じゃない」
伯姪らしいセリフである。面倒ごとは賢者学院に丸投げするべきだろう。そういう国内のトラブルを解決するのは、彼らの存在意義の一つである。
「燃やしてしまえばいい」
人狼はそういうが、この遺骸の存在を利用したいと考えている者が誰か
考えれば、本来あるべき場所で安置される必要がある。只でさえ、生前
能力のあった聖職者や騎士・貴族の遺骸を利用してアンデットとして駆使する
存在がいるのだから。
王国にそれが向かってくる可能性を考えれば、適切に処理してもらえる
相手を探す必要がある。賢者学院がどのようなものなのか、行ってみなけれ
ばわからない。連合王国の国内を安定させる存在なのか、あるいは、旧勢力と
結託してリンデや厳信徒と敵対する存在なのか。
安定させる気があるのであれば情報交換と定期的な交流も視野に入れるが、
そうでないのであれば、関係を結ぶまでもない。敵の敵は味方ではなく
やはり敵。利用されるような愚は犯さない方が良い。
そういう意味では、仮想敵国と考えてる王国・リリアル生と、ご当地人狼
では、感覚が異なっていると言える。
「このままできる限りこの国に負荷をかける方向で放置しましょう」
「そうよね」
「ですよねぇー」
「ですわぁ」
「承知しました」
「我々は親でも善でもありませんから」
「……」
親善副大使ですよ。親しくするつもりも善くするつもりも彼女には無いのだが。
「ところで、山羊頭はどうするのかしら」
「お、オイラ忘れられてたのかよぉ」
「忘れられるものなら忘れておくべきよね」
「置いていきましょ」
山羊頭、加護なり祝福なり与えるならそれはそれで悪くない。碧目金髪の魔力量からすれば、『風』の精霊の祝福でも魔装銃手として、射撃と移動に精霊魔術の補助が付けば、かなり強力になる。
加えて、銃手隊の指揮官となれば、複数の銃手の支援も可能になるだろう。
正直おいしい。
「山羊頭はいやですぅ」
「じゃあほら、これでどうよ」
角を隠し、顔は少しこざっぱりする。野性味のある……野性的……野生の兄ちゃんである。しかし、碧目金髪は面食い。高身長・高所得でなければ側に置きたくない現実的な女である。
「背はそれなりに高くないと」
「ほいほい」
背は青目藍髪程となる。
「脚が」
「ほい」
「一人称オイラが」
「私……であればよろしいでしょうか」
「「「……」」」
なんと山羊男はやればできる子であった!! 内海出身の浅黒い肌の男に変貌する。王都では見かけないが、伯姪曰く「内海の船員にいそう」だという。
「努力は認めるわ」
「光栄の至りです」
「どうかしら」
「……ま、悪くないと思いますぅ」
ということで、山羊男は従者兼騎馬としてリリアルに同行することになった。勿論、妖精であるから、姿を消したり大きさを変えたりすることも問題なくできる。人語を話す分、水魔馬よりも使い勝手が良いかもしれない。
今回同行した魔力の少ない三人が三人とも精霊を従えることになったことは偶然なのだろうかと彼女は思う。
「精霊の従者ね」
「あなたにも必要かしら」
「いいえ。相手をするのが大変そうだから私は必要ないわ」
精霊はともかく、妖精は所謂「かまってちゃん」な性格を持つ。元大精霊の『金蛙』はともかく、水魔馬と山羊男は二人に終始つき纏う可能性が高い。
『妖精に気にいられるのも善し悪しだろうな』
『魔剣』の呟きが少々気になるのだが、しばらく様子を見よう。
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翌朝、馬は二頭になっているが、山羊男馬はまず試しに鞍をつけて碧目金髪が試乗してみることになる。当然、ネデル遠征でも使用したタンデム鞍を装着してみる。
「もう少し、馬格が大きい方が良いわね」
『ほいほい』
馬が『ほいほい』言うのは違和感しかない。人前では絶対話さないでもらいたい。少し大きめの騎士用馬に姿を整え、碧目金髪と灰目藍髪が二人乗りで山羊男馬に乗る。
「では、しばらくそれで先行してちょうだい」
「了解ですぅ」
二人は騎乗で馬車の前を進んでいく。馬車もそれに続き、街道を進んでいくことにした。
「この旅で、馬が二頭手に入るとは思わなかったわね」
「……馬ではないのだけれど」
「ですわぁ」
馭者台には赤目のルミリが座り、彼女が横に並ぶ。馬車の後方には茶目栗毛。人狼は相変わらず馬車と並行して歩いている。二人がいない分、馬車に余裕はあるのだが、歩く方が気が楽だと言うのでそのままにしている。
「そう言えば、あなたは賢者学院まで行ってどうするつもりなのかしら」
「できれば従者なり森番なりで雇ってもらえると有難い」
「……島に森は無いと思うわよ」
「……」
「漁師はいても猟師は不要だと思うわ。島だもの」
「………………」
人狼とドルイドも関係性が無いわけではない。それに、所謂『巡回賢者』には従者も必要であろうし、狩猟ギルドを通した依頼を受ける関係から、狩人としての経験の多い人狼は、それなりに重宝されるのでは無いかと考えられる。
「自分で売り込んでみると良いのよ」
伯姪は突き放したように言うが、実際、彼女達に出来ることは何もない。王国人に過ぎないリリアル一行が推薦する道理もない。
「駄目なら、王国にでも行こうか」
「いえ、間に合ってるから良いわ」
「……そうなのか」
守備隊長こと狼人はすっかりリリアルの人間になってしまった。そのうち、『伯爵』も別邸をリリアル領に構えるかもしれない。領都にこじんまりした館を提供するくらい良いかもしれないと彼女は考えるのである。