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第696話 彼女は野営地で出会う

第696話 彼女は野営地で出会う


ダンロム(Dunlme)を抜け北へと進む。途中までダンロムを流れる川と並行して進む事になるのだが、川と街道が分岐する手前の野営地で一行は一晩を過ごす事にした。


 川からほど近い開けた林間の平原。野営の後も散見されることから、北大道を進む何人かが最近この場所で野営をしているとわかる。


 その後の一つに荷馬車を止める。この川に近い場所に野営地を定めたのは水魔馬(ケルピー)の要望でもある。それは、金蛙経由で灰目藍髪が強請られたものなのだ。


「申し訳ありません」

「川が近いと言うことは水場に困らないのだから、何も問題ないわ」

「そうそう。それに、水の精霊があまり水場から離れているのも弱ることになるのは当然だもの」


 馬の真似をするとはいえ、四六時中馬でいれば『水』の精霊としては力を失い続けることになる。できれば、馬の仕事が無い時は水場に戻してもらいたいのだ。街中での宿泊では、馬房から出すわけにもいかないので、野営は水魔馬にとって喜ばしいのである。


「だんだん街もショボくなってきましたしねー」

ポンスタイン(Ponstyne)は大きいぞ」


 人狼はギルドの依頼で訪れたことが有るのだという。


 タイ川の橋を意味する地名で、古帝国に起源を発する。「皇帝橋」と呼ばれた堅牢な橋を護る為に建てられた城塞の跡地に、ロマンデ公が城塞を建設。木造の塔はその後、石造の四本の尖閣塔を繋げた『城塞楼』に建て替え

られた。


 この城塞は、北王国からの侵攻を抑止するために構築され。特に百年戦争開始以前に大きく改修された。


 また、街の周囲は長さ3㎞、高さ8mの石壁で防御されている要塞都市である。六つの楼門と十七の塔を有し、街壁の外側は幅10m、深さ5mの濠を備えている。街壁の完成には二百年ほどかかっている。


 百年戦争の末期に、街は郡から独立した都市とされた。


 近年、石炭の採掘とその積み出しの独占権を街は得ており、その為、経済的に発展しつつある。


「地方都市」

「ですわぁ」

「でも、経済的に低迷していないのは良いことでしょう」


 修道院の解散で北部の大聖堂を抱える都市はその経済的な力を失いつつある。反面、羊毛産業あるいは鉱工業の興隆の影響を受けている街はそれなりに発展している。


 北部は厳しく中部・南部・東部は恩恵を受けている。宗旨の違いによる対立の背景には、経済的な問題もあるのだろう。


「王国だって、農民は原神子信徒になりようがないから」


 村に一つの教会では、原神子信徒になりようがない。まして、共同作業が当たり前の社会なのだから。とはいえ、その昔のように領主の子弟が司祭を務め、碌に古代語の聖典を読めず、字もかけず、法も知らないといった存在であることは今の王国では許されない。


 教皇庁を頂き、王国は教会制度を維持しているものの、その承認は国王が最終的に行う。教会組織といえども、王国に仕える官吏という側面を持たせているのだ。王領が王国の半ばを占め、その統治を代官が担うのと同様にである。


「都会は面倒ですぅ」

「ネデルや山国の商人と付き合えば、聖典カブレになるのもわかるけどね。王国語で読んで、なんか思ってたのと違うって感じるんでしょうね」


 聖典は古代語で書かれていたため、聖職者以外に読む者はいない時代が長く続いた。それを、自国語に翻訳し自ら読めるようになった近年、『聖典』こそ大事であり、教会・教皇庁はその考えを自ら都合が良いように歪めている悪い存在と思うのはわからないではない。


 結果、『聖典』に書かれていることが全てであるという考えの下、御神子教徒の教会や修道院を攻撃する発想になるのだろう。何か行動することで自分の信仰を示そうとするものだろうか。


「聖典を有難がるのは勝手だけれども、それを理由に他人を攻撃したり、教会や修道院を破戒するのは許される事ではないわ。そして、それは原神子信徒の方達を弾圧することも同じように許されないのよ」


 宗旨の違いを理由に、相手を攻撃する。それは、異教徒を悪魔であると断定して殺したり、奴隷にする事と同じ論理ではないだろうか。嘘・誤魔化し紛らわしい。神の名を方便に使うのは、それこそ「異端」であろう。


――― 神の名をみだりに唱えてはならない


 そう、神との契約に記されているではないか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 野営の準備も終え、早々に夕食を終わらせた。野営地に馬車を囲うように3m程の壕を掘り、その土を『土壁』として成形している。『猫』が周辺の監視を請負ってくれたので、見張を特に立てずとも良い。


 連合王国の中を旅して感じたのは、国内が二つに割れている事と、その背後にはそれぞれ結びついた国・地域との関係が影響しているということである。


 神国の影響を受け容易い地域は、農業主体の伝統的な政治経済の体制を維持している場所。北王国は国全体がそうかもしれない。ネデルの影響を受けている南部・東部は商業・工業とその原材料を算出する地域。


 そして、この地域の背後にいる存在は、ネデルの地でそもそも対立し内戦を行っている。要は、それぞれの味方同士で代理戦争が起こりつつあると言えるだろう。

 

 王国に置き換えるなら、ネデル・山国の影響を受ける北部東部と、連合王国の影響を受けるレンヌ・ギュイエ、神国・法国の影響の強い南部王太子領といったところだろう。


「王家の求心力があれば内乱は起こらないわね」

『王国に関しちゃ王太子は優秀だからな。恐らく、上手くやるだろう』


 国王陛下は……非凡というほどではないが堅実であり、王妃殿下・王太子殿下、それに宮中伯アルマンと問題なくバランスを取っていくだろう。王太子の補佐を彼女の父と姉が南部で行い、王都の社交界にジジマッチョ夫妻が加わることで、南北のパイプ役も増えることになる。


 そして、王弟殿下は……何もしないでもらいたい。いや、王族として足元をすくわれなければ良いのではないでしょうか。


『今頃リンデで、絡めとられてるんじゃねぇの?』

「それは想定内だと思うわ。むしろ、北部に王弟殿下を配してネデル総督と対立関係を作って連合王国と連携。その仲介に国王陛下なり、王太子殿下が入ってバランスをとるという事になると思うの」

『それは王太子ならやりそうだな』


 自作自演とでも言えば良いのか。国内で二つの派閥ができているように見せつつ、ある程度コントロールするということになるだろう。


 そんな中、彼女は賢者学院へ向かう。何か、王国に貢献できる発見を得る機会を探して。





 夜半過ぎ、周囲の雰囲気の変化に目が覚める。


『主、アンデッドが野営地に向かってきております』


 見張を行っていた『猫』が彼女に状況を伝える。


「アンデッド。実体のあるものかしら」


 実体のあるスケルトンあるいはノインテータ―やレヴィナントあるいは喰死鬼。また、ワイトもそれに当たる。


『妖精……いえ、妖魔でしょうか。良くないものが率いております』


『猫』の答えに彼女は思わず息をのむ。


『妖魔ってなんだよ』


『魔剣』も見当がつかないようである。精霊よりも魔物よりの存在が『妖精』であり、人間に悪戯を仕掛けたり、あるいは気分次第では恩恵を与えたりする存在である。それが妖精ではなく『妖魔』となれば、更に魔物よりとなるのか。


 彼女は素早く全員に起床を促す。


「出たのね」

「で、で……でたのですわぁー」

「なに、なに、朝、朝じゃないじゃんー」

「起きてください。魔物です」


 既に荷馬車の出口近くで仮眠を取っていた茶目栗毛と人狼は外に出て周囲の様子を確認している。魔物という前提で、魔装布の装備の上に手甲と頭巾、胸当、脛当をつけ荷馬車を出る。


「先生」


 茶目栗毛が土塁の上から声をかける。魔力壁で階段を作り、土塁の上の胸壁へと昇る。


「あの辺りです」


 茶目栗毛が指をさす方向。彼女は既に魔力走査でアンデッドの存在を確認しているが、実際、目で確認する。半月まで至らない時期の為、それなりに周囲は月明かりで明るい。開けた原っぱの端、森の際にそれらは佇んでいる。


「紋章のある胴衣を身に着けている者がいます」


 薄ぼんやりと見えることから、実体がない可能性が高いだろうか。白い猪の図象が描かれた胴衣。その上に見える顔はひどく歪んでいるように見て取れる。


『白い猪と言えば』

「先の国王ね」


 先の国王とは、祖父王と戦い敗れ戦死した『チャールズ王』のことである。旗印に白い猪を用いたことで『白猪王チャールズ』とも称される。


 彼の王は、連合王国の先王朝の王。祖父王との戦いに敗れ戦死した。血統的には百年戦争を始めた王の玄孫に当たる。


 その最後の戦場において、味方諸侯の裏切りの横撃により敗戦を喫する。多くの騎士に包囲され無残に撲殺されたと伝わる。その死体は罪人の如く裸にされ晒されたが、後に白猪派の貴族の手により奪われ、何処かに埋葬されたと言われている。


 祖父王の敵役として、現在は様々な悪評を与えられており、白猪の旗の元に戦った諸侯が現在の王家を良く思わない遠因になっている。


 例えば、初代ノルド公(現在のノルド公の高祖父)は最後の戦場でともに戦死しており、その子が二代目ノルド公として祖父王の下、復権しているが、今回のノルド公が起こした事件の背景に存在すると考えられる。


「けれど、なぜこんな場所に」

『さあな。けどよ、祖父王は一時期王国に亡命していたし、最後の戦場で日和見を決めたのはこの辺の盟主とみなされる北ハンブル伯だろ。

お前にも、この辺にも好意を持つ理由はねぇな』


 祖父王を支援したわけでもないのに、とんだとばっちりかも知れない。


「先生、監視を継続しますか」

「あちらが接近してくるまでは待機で」

「承知しました」


 茶目栗毛は胸壁から駆け下り、馬車へと報告に向かう。周辺を確認するも、包囲されているわけではない。


『主、様子を見に行きましょうか』


『猫』の申し出に彼女は少々考え込む。あの群は一体何かわからなければ、放置して良いかどうか判断できないからだ。無駄にちょっかいを出すのは宜しくない。


「少し様子を見ましょう」


 目に見えて近寄ってきているように思えないのだが、少しずつ森から何かが出てきている。


「これは、『野良狩団(ワイルド・チェイス)』に出会ったか」

「……それは一体何かしら」


 ふと気が付くと、横には人狼。そして、なにやら胡乱げな名前を唱えている。


「知らないのか」


 亡者とそれを導く首領からなる一団をそう呼ぶのだという。『騒乱の亡者』等とも呼ばれ、戦乱の予兆と目されるのだという。


「放置して問題ないのかしら」

「ああ。北王国と戦争が始まるかも知れないからだろう」


 あるいは内乱か。ノルド公の蜂起は未然に防ぐことは出来たが、あくまでも助攻であり、本命は北王国とその支援を行う神国。そして、御神子教徒の北部諸侯の軍となるのだろう。


「魔犬の群の時もある。ワイルド・ハウンドと呼ぶんだが、出会ったら覚悟を決めなければならない」

「それよりはマシかしら」

「分からん。数は、そう多くは……いや多いな」


 森から出てきた朧げな姿の亡霊。それらは、首を切り離され手で持て遊んでいる。


ギャリー(Galley) ベガー(Beggar)だな。首を刎ねられ処刑された人間の亡霊だ」


 先住民は首を刎ね、頭に魂が宿るという考えが広まっていた。敵の首級を刎ね、その頭部を所有することで相手の魂を支配できると信じていた。それ故、この地では未だに首を斬り落とす処刑方法が広く用いられている。


「断頭台も用いられるしな」


 首吊りがリンデなどでは多いのだが、見世物の要素もある。貴人の処刑は斧による断頭が多く、これは死が一瞬で訪れ苦しまずに済むと考えられているからだ。戦場でなら、兵士の首を落とし処刑することも少なくないのだろう。


「つまり、あれは内戦の際の敗残兵を敗残の王の亡霊が率いていると」

「おそらく。が、あれは……あの率いている存在は、王の亡霊そのものというより、王の遺骸に宿った妖魔だろう」


 人狼は、ヨルヴィク近郊に伝わる妖魔の話をする。それは、ひどく人間に悪意を持つ妖精であり、悪魔より質の悪い『妖魔』なのだという。


「悪魔より質が悪い……ね」

「そうだ」


 そう考えるならば、あの白猪の紋章を持つ者はこちらを見逃すつもりはないのだろうと理解する。


「その悪魔の如き妖魔をなんというのかしら」


 彼女の問いに人狼は『ライネック(Wryneck)』と答えたのである。




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