第693話 彼女は三頭獲哢を倒す
第693話 彼女は三頭獲哢を倒す
先住民を駆逐し入江の民の一部族である「バングル人」が王国を築いた時代、この地は『ベルデク王国』と名乗る国がかつてあった。
この王国は、王子がともに王を名乗り分裂したり、あるいは戦争をし勝者が統一したりと何度かの集合離散を続けながら徐々に力を失っていった。その中で、『亜神』を生かす術を失い、墓守として放置する結果となったのであろう。
侵略者であったバングル人にとって、先住民は打ち払う対象であり、その中でも優れた戦士であった精霊術師の変化する『人狼』を倒し、血を捧げることは、重要な行為であったのだと考えられる。
入口の獲哢を倒し、人狼の血を捧げた者が術者を伴い奥の祭壇へと至ることで、『亜神』に認められ加護を得てその力を借りることを認められるといったことなのだろう。
その儀式を経て力を受け継いだ王が存在する間は、ベルデク王国は周囲を平らげ富強な国として君臨できたと思われる。
その王国のかつての遺産が目の前の三頭を持つ異形の巨人であるのだろう。
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彼女と伯姪、そして茶目栗毛は再び三頭の獲哢と対峙する。
『ウォヲヲン、ヲウヲウ!!』
既に目に見えて消耗している人狼が「漸く来たか」とばかりに恨めし気な鳴き声を上げ、伯姪に再び「煩い」と怒鳴られる。埒もない。
囮となった三体と入れ替わり、三人が前に出る。それは、消耗した三体を下げることが目的ではなく、ケルピーを前衛から外す為でもあった。
後方には、長柄に似た何かを構える灰目藍髪の姿。その昔、ラ・マンで悪竜を討伐した際に彼女が放った『魔装笛』と呼んだ大口径のハンドキャノンである。
そして、今回それには追加の仕様が施されていた。内部に魔水晶を封じた魔鉛の弾丸、そこに込められているのは、彼女の持つ『雷』の魔術である。
彼女自身でなくとも、魔水晶に魔術を封じることができれば、その水晶を投射する技術さえ別にあれば、威力を発揮することができる。『魔装笛』を放つ魔力は魔装銃を上回るが、魔力を扱える者であれば放つこと自体は難しくない。
『あれ、けっこうヤバいよな』
『魔剣』が指摘するまでもない。『魔装笛』自体は、さほど難しい構造のものではない。大型の魔装銃というだけであり、放つ能力は魔力量極小の人員でも問題ない。反動も、火薬で放つカノン砲と比べれば格段に低い。手持ちで支持脚なしでも問題なく放てる。
仮に、リリアルの薬師組、あるいは三期生が装備するとするならば、十数基の砲を大した手間と費用を擁さずに揃えることができる。それを魔導船に乗せればどうなるだろうか。甲板にいる船員・兵士を弾丸に纏わせた『雷』の砲弾で薙ぎ払う事は不可能ではない。
船は大した被害も出さず、被雷した人間を捕らえるだけの簡単な仕事で大型艦船を捕らえることができる。それは、リリアル生でなくても良い。王国の海軍軍艦に数門乗せ、彼女が砲弾を提供するだけでよい。とても安上がりだ。などと考えると、また爵位が上がってしまいかねない。慣例的に、海軍提督は王国では領主貴族の持たない爵位である『侯爵』を与えるのであるが、この成果を持って「リリアル提督」「リリアル侯爵」を与えられかねない。内緒にしておくべきだろうか。
入れ替わった前衛三人が三叉槍の穂先のように異形の獲哢と対峙する。
頭が一つであれば、腕が六本あっても大した問題ではなかったかもしれない。同時に一つの事しか考えられないのであれば、攪乱するのも容易だ。しかし、三顧の頭があれば、少なくともその三倍の処理能力を有すると考えられる。相反する情報をどう判断するか、あるいは、頭は三、腕は六、しかし脚は二本である。同時に異なる方向に移動することは出来ない。
その辺りに付け入るスキがある。
三人は、最初、それまでの前衛と同じように、一対一の形を作りつつ、対峙する方法を選んだ。獲哢は位置を変えることなく、それぞれの頭が二本の腕を使って彼女達と戦っている。
一本ずつの装飾の施された棍棒は、小鬼の持つ拾った手頃な棒きれといった類のものではなく、球根状の先端の付いた木製と思われるものであった。シンプルではあるが、何らかの魔術的な強化が施されているのか、あるいは、そうした類の木で製作された武具かもしれないと彼女は思う。金属製であれば文句なく「メイス」と呼ばれたであろう。
人の数倍ある体格の獲哢が振るうメイスは、一撃で人間をグシャグシャの肉塊へと変える威力をもつ。当たることはないが、その威力を目の前にして精神が削られないわけではない。
特に、魔力量の少ない茶目栗毛は魔力壁の防御力にも不安がある分、彼女達より消耗が激しいかもしれない。だが、十分見せておく必要がある。
「行動開始!!」
「「おう!!」」
十分一対一に慣れさせたと考えた彼女は、作戦を開始する。中央の彼女が左に流れ、伯姪は背後を回り右へ、そして、茶目栗毛は中央に移動する。一瞬、三つの頭は自分の追いかける目標を捕らえようと体を動かそうとして相殺する命令で体が硬直する。
「いま!!」
「はいっ!!」
DASHU!!
動きの止まった獲哢の胴体に、『魔装笛』の弾頭の魔水晶には、範囲攻撃魔術である『聖雷炎』が彼女の魔術と魔力により刻み込まれていた。
灰目藍髪が前に出て、魔装笛を構えた時点で、三人の前衛はその効果範囲となるであろう異形の獲哢の近くから急いで飛びのいた。
DANN !!
BABABABBABABBABABLIBALIBABALI!!!!
受肉した精霊である獲哢の焼けこげる臭いは、油球と小火球で燃やしたいつぞやの小鬼共とさして変わらない臭いがした。火球を用いなかったのは、やはり地下の閉鎖空間で物を燃やす行為が危険だと判断したからでもある。
明滅する空間、目がチカチカする。そして、青白く光る帯を体中に幾度も纏いつかせる歪な巨人の姿が闇の中に明滅しつつ浮かび上がる。
「攻撃!!」
「捕縛!!」
黒ずんだ帯のような跡を体中に残した獲哢に、三人が攻め寄せると同時に、二本の腕を水魔馬が『水鞭』の能力で無理やり拘束する。
電撃で硬直した腕が、水草の縄で絡めとられるも、動き出す気配は全くない。
「うぉりゃあぁぁ!!」
淑女らしからぬ掛け声とともに、伯姪は魔銀のバデレールに魔力を込めた必殺の一撃を一本の腕の付け根に向け叩きつける。一抱えもあるだろう大木の幹のような獲哢の腕が、肩の付け根から断ち切られ床へと落下する。
斬り落とした伯姪は、魔装壁を空中に造り足場にして後方へ蹴り離れる。
それと同時に、茶目栗毛も腕を下から切り上げ、半ばまで断ち切った後、返す切っ先で再び上から叩きつけた。既に切り込みを入れられ、そこに体重を載せた一撃を受けたもう一本の腕が断ち切られる。
二人の切断の間、バルディッシュを構えた彼女は既に二本の腕を斬り終え、さらに、拘束されている腕二本も手首から斬りおとし、さらに肘、肩の付け根へと散々に斬り落とした。
切り刻まれる痛みに、暴れ、咆哮を放つ異形の獲哢。
「煩いわね!!」
体勢を整えた伯姪が、残された肘を足場に上腕を駆け上り、乱杭歯の飛び出す醜い顔を蹴り倒し、背後に回って渾身の一撃で一つの首を斬り落とす。
伯姪が肩を足場に飛び去ると、彼女は面倒とばかりに魔刃を伸ばし、一閃で二つの首を同時に斬り飛ばした。
全ての頭を失った獲哢は、前のめりに倒れたのである。
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三つの頭を回収し、胴体も回収する。この手の魔物には魔石あるいは魔水晶が残されていることが多い。その昔は、獲哢の皮を用いて自己再生能力を有する革鎧を作ることもあったようだが、リリアルはそもそも鎧を大して重要視していない。魔装の上に形の上で纏うだけなのだ。斬り飛ばした腕などに大した価値はないので放置する。
変化を解いた人狼が疲れ切った顔でしゃがみ込んでいる。
「囮役お疲れ様だったわね」
「……まったくだ……」
伯姪に散々煩いと言われ、ちょっと臍を曲げている人狼ルシウスであるが、祭壇の間の探索を邪魔する者がいなくなったことには違いない。休息すると機嫌はすっかり治ったのか、いそいそと祭壇の周辺を見て回っている。
茶目栗毛は祭壇の床をダガーの柄でコツコツと叩きながら、何か床に隠されていないかを確認している。少なくとも祭壇の上には何もなく、隠されているとするなら床、あるいは壁のどこかであろうと見ているのだ。
伯姪と灰目藍髪も壁のどこかに隠し収納あるいは部屋がないかと考え、薄暗い中を手探りで何かないかと確認している。そして『猫』も。
茶目栗毛が床の空洞を発見した。そこに何かしらが収まっているようだが、床の石板を外して開けることは出来そうにもない。
「どうする?」
「さて、どうしましょうか」
宝剣と英雄の遺骸でも収まっているのか。あるいは、罠か。
『悪い気配はしねぇな』
水魔馬も『猫』も至って反応はしていない。死霊あるいは悪い精霊の類ではないのだろう。
「仕掛けがあるように思われます」
「それな。この壁にくぼみがある。これに何か差し込んでみるか」
隠扉などの場合、その近くの壁にある窪みに仕掛けがあり、棒で押し込むとロックが外れ扉が開くことが有る。確かに人狼の見つけた場所には、そのような窪みがあるのだが、斧の柄ほどの棒を差し込んだものの、カチッと何か押し込む事ができるのだが、反応は特にない。
「関係ないんじゃない?」
「他にも仕掛けがあるかも知れません」
壁や床、あるいは天井に仕掛けがないかどうかを確認する。そして、似た仕掛けをまた見つける。
「これも同じ仕掛けでしょうか」
茶目栗毛が見つけた仕掛けは同じ窪みにあるもの。棒を押し込むとカチリと音がする。しかし、何も起こることはない。
『諦めるか』
「まさか」
『魔剣』に挑発されたと感じた彼女は、床の空洞の中を改めるまでこの場を離れる気が毛頭なくなる。必ず開けることに誓い直す。
彼女は考えた。三頭六腕の異形の獲哢。それが、守護者として機能する理由や意味があったのではないかと。
「あと、四箇所仕掛けがあるのではないかしら。もしくは一箇所」
六本の腕で同時に解錠の仕掛けを押さえなければ、仕掛けが動かないのではないだろうかという疑問。しかしながら、この場にいるのは五人。一人手数が足らない。
暫く探すと、天井に近い高い場所に三箇所、床に近い場所に一箇所の計六ケ所の仕掛けが見つかる。
「棒じゃなくって、獲哢の指で押さえるってことかもね」
獲哢の指は人の腕ほどもある。斧の柄でもまだ細いくらいだ。問題は頭数。
『主、お役に立てません』
『猫』の手も借りたかったのだが、さすがに押し込めない。するとマリーヌが盛んに嘶き始めた。金蛙が居れば通訳してもらえたのだが、今回は灰目藍髪がその意図を理解し対応するしかない。
暫くやり取りをしていると、灰目藍髪が「マリーヌが一人分を担うと言っている」と答えた。
「馬でしょ?」
「馬以外にも変身できるので、人型になるようです」
ケルピーは若い男性あるいは若い女性の姿で異性を誘い、水に引きずり込むという話がある。そう考えれば、できないはずはないのだ。
淡く輝くと、馬の姿は人の姿に変わる。完全な人化ではなく、上半身、正確には足の付け根までは人間風であるが掌には水かきがあり、二本の脚は魚のような鱗に覆われ、足は更に水鳥のような水かきのある平たい足をしてる。
「トリトンとは、このような姿をしていたはずよ」
「あー そんな彫像、子供の頃見た記憶があるわ」
伯姪は、水の精霊「ニンフ」と、海神の子である半神トリトンの彫像をニースにいる時見た記憶があるのだという。
「これで、手数は揃ったわね」
「始めましょうか」
高い位置は魔力壁を用いて、彼女と伯姪、茶目栗毛が担当し、低い位置を残りの三人で担当する。
「準備はよろしいかしら。では三、ニ、一」
掛け声を合わせて棒を押し込む。
すると、祭壇の床がゴトリと音を立てて外れた場所がある。
本来、守護者・三頭獲哢が認めた正しい所有者であるならば、『亜神』を倒すことなく、開けさせることができたのかもしれない。言い換えるなら、資格無き者であったとしても、守護者を倒したのなら開ける資格があるのだろうと彼女は前向きに考えることにした。