第688話 彼女はピーの血族を討伐する
第688話 彼女はピーの血族を討伐する
醜い食事が始まる。そして、中から二体の体格の良い『歪人』が現れる。一体は雄、一体は雌。胸を隠すか露出するかの差はあるが、背丈は並の人間よりやや大きく、体は一回り大きいだろうか。筋肉質と言っても良い。
「醜鬼……」
「それにしか見えないわね」
彼女はレンヌで醜鬼の舟艇による襲撃を受けたことが有る。古の入江の民の襲撃もかくやと思われる、オールを全力で漕ぎながら武装した三隊が襲って来たのだ。
手にはビルを進化させた武器である『ギザメル』と呼ばれる、ハルバードに似た長柄を持ち、杖か錫杖のように突き周囲を睥睨する。すると、一番よく焼けた肉……恐らくは大腿骨の辺りを差し出し、頷きかぶりつき始める。
その肉は、子か孫のものであろうが特に気にするようでもない。
「あの子たちを連れてこなくて良かったわね」
「ええ。一生忘れられなくなりですですもの」
その昔、古帝国が御神子教を受け入れる前の時代、「神話」というものがあった。その中に、我が子を喰らう神が存在したが、目の前のそれは醜くはあるがそれに近いものだ。もしかすると、子孫の死を偲んで……いるとはとても思えない。醜い顔をゆがめご満悦のようである。
それは雌も同様で、こちらはフットマンズ・メイスであろうか、長柄のメイスを手にして「さっさとよこせ」とばかりに振り回し威嚇している。そして、日当たりの良い岩の上に腰掛け、肉に齧り付き始めた。
「面倒ね」
彼女は一旦剣を納めると、魔装銃を取り出した。
「先ずは、雌を仕留めるわ」
「雌が減れば、アレらは殖えなくなるものね」
「ちょっと待ってくれ!!」
人狼が二人の間に割って入る。
「殺すのか」
「勿論」
「皆殺しよ。何かご不満でも?」
彼女は魔装銃を構え、メイス持ちの雌に狙いをつける。距離は300mはあるだろう。当たるならまさに『魔弾』と呼ばれる距離だ。
「お、俺は話をしたい。あいつらと」
「今さら何を言っている。邪魔をするなら、殺すぞ」
茶目栗毛が背後から人狼の首に剣を当てる。
「いままで放っておいていまさらだ。邪魔立てするなら一緒に討伐するぞ糞魔物」
「っ……」
今までになく口汚い罵り方に伯姪が思わず吹き出す。
「それはそうよね。同類相哀れむという事なのかもしれないけど、私たちはああいう魔物をこの国から嗾けられて難渋しているの。だから、そうなる前に駆除するだけ。じゃなきゃ、こんなところで寄り道していないわ」
POW
発砲音の後、三人は一斉に崖を駆け降りる。『導線』に導かれた魔鉛弾は狙いたがわず雌の醜鬼の額に命中し、脳髄を破壊し後頭部がはじけ飛ぶように爆発する。驚く周囲の小鬼ったちと、迷わず穴の中へと逃げ込む雄の醜鬼。
『テ、テキシュウダ!!タタカエェ!!!!』
手に持った骨付き肉の残りを小鬼の一体に叩きつけ、中に逃げ込もうとする小鬼には容赦なくギザメルを振るい、ニ十体弱の小鬼たちは、仕方なく手近な石や武器を手に取り、彼女達に向かってくる。
「さっさと終わらせましょう」
「そうね」
三方から剣を振るい、背後の穴の入口に向け小鬼たちを斬り飛ばし、蹴りつけ追い立てる。一撃で絶命しなくとも手足を叩き切られ、時間を置かずに死んでいくだろう。アンデッドや兵士と違って、殺せばいい魔物は楽で良い。
弓矢等を持つ者も見当たらず、精々石を投げつける程度、それもかなり動きが鈍い。夜に野営地を襲撃し寝込みを襲うのは、この身体能力の低さを補う為なのかもしれない。昨日の襲撃で逃げる際に、武器などを無くしたのか、剣や斧などを持つ個体が少ない気がする。あるいは、昨日最接近して討伐された個体が比較的優秀な個体で、優先的に武器を持たされていたのかもしれない。
切り倒され、蹴り殺され、数をあっという間に減らした小鬼たちそして、最後は穴へと逃げ込む者が数体。もはや穴の前には動く小鬼はいない。
入口に立ち、彼女は魔術を発動させる。
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……『雷刃剣』」
青白い閃光が洞窟の中へと吸い込まれていき、何か悲鳴めいた声が聞こえるが知った事ではない。
「どうするの?」
「煙でいぶすのが面倒なので魔術で済ませたの。あとはいつもの通り、塞ぐだけよ」
人喰いであるからには、生存者はおそらくいない。いたならば、子孫の死肉を朝から大喜びで食べているわけがない。要は、腹が減っていたのだ。
彼女はそのまま、『土壁』で入口を塞ぎ、『堅牢』でそれを人造岩石並みに固めるつもりであった。
「ちょ、ちょっとまってくれ!!」
人狼ルシウスが彼女達の元に駆け寄って来る。剣を向ける茶目栗毛。
「何を待てばいいのかしら。殺しはしないわよ中の奴らは」
「……そ、そうなのか」
「だって、もう抜け穴も逃げ道も全部塞いじゃったもの。あとは飢えて死ぬか、息ができずに死ぬか、どっちかよ」
伯姪が理由を簡潔に説明する。
「話がしたいのなら、この出口の上を少しだけ開けておいてあげるわ」
彼女は魔力を通した剣を完全に埋めた壁の一角に穴を穿つように刺す。空気穴には小さいが、声くらいは伝わるだろう。
「じゃあ、私たちはこれで」
「ちょ、ちょっとまってくれ!!」
どうやら人狼は、一緒にピーの話を聞いてほしいらしい。うっとおしい事ではあるが、少しならばと彼女は同意したのである。
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『オ、オレガワルガッタァ……アヤマルガラァ……タスケテクレェ……』
お前が悪いのはその通り、謝るのはお前の勝手、助ける理由にはならない。因果関係がない。
「反省しなくていいわ。死ねば問題は解決するのだから」
『オ、オレノ、オレノハナシヲキケェエェェ!!!!』
聞く価値もない。わがまま放題、好き勝手やってきた鼻つまみ者の一家。その一家が禁忌である兄妹で子供を作ったので、司祭に話を伝え教区から排斥し、村を追い出した。教区はこの地域一帯が同じであるので、街にも他の村にも移れなくなった。
子供ができて腹は大きくなり、遠くへ行けなくなったので、この場所を見つけ住み着いた。最初は、近隣の村や町に盗みに入り、あるいは畑で作物を盗み、野営する旅人を脅して食料をせびった。あるいは、巡礼達には妹が動けなくなって困窮している。その理由は背教者のそれだが、巡礼たちは喜んで食料や衣類や毛布などを恵んでくれた。
正直ちょろいと思った。そのうち、盗みと乞食の真似事を繰り返し、働かずとも村での生活より豊かに暮らす事が出来るようになる。
そのうち、行商人や巡礼の行き倒れに出会い、遺留品を奪うことができるようになると、今度は、自分たちで遺留品を作るようになった。肉も、その時人間のそれを食べるようになった。理由は、美味そうだから。
「それで」
『ハ、ハンセイシテイル。モゥヤラナイ、ゼッタイニダ!!』
何を言っているのだろう。人狼は何やら真面目な顔で考えているのだが、考えるだけ無駄だ。村でもこんな事を言っては、その場限りのことで済ませていたのだろう。聞く価値もないと彼女は思う。
「ルシウス、あなたの悩みは、この外道を助けても何も改善しないわ。それに、問題は隔世遺伝で現れる精霊の加護や祝福とどう向き合うかであって、狂人の相手をして自分の中で勝手に良い事をしたから報われると期待する事ではないわ」
「……」
この人狼狩人は、自分自身が救われたいだけなのだ。その為には、精霊魔術について正しく学ぶ必要がある。今はまだ人狼になったとしても理性を失っていない。しかし、この先自身が、あるいは子ができた時にその子や孫が目の前の『ピー』のようにならないか心配でならない。
そういうことは、相手が見つかってからするとよい。
「私たちは、賢者学院に向かっている途中なの」
「……巡礼の帰りなのではないのか」
「『カンタァブル』には行ったわよ。けど、帰りではなくて、旅の途中にね」
人狼は漸くこの国の人間ではない事に気が付く。確かに、言葉が若干おかしく感じてはいた。
「ここで、この馬鹿の世迷言につき合っている暇はないの。ついてくるなら、賢者学院まで同行させてあげる。その先、精霊魔術を学べるか、自分の問題を解決できるかはあなた次第。で、どうする?」
伯姪の畳みかけるような問いに、人狼は勢いに負けたかのように首を縦に振る。
「では、別れの挨拶を」
泣き叫び壁をどんどんと叩く『ピー』に何やら別れの言葉を言うと、人狼は振り返りもせず離れていく。彼女は先ほど剣であけた穴を埋め直すと、その後に続いて馬車へと戻ったのである。
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「ポーク」
「それは豚のことでしょう? オークよ」
「似たものですわぁ」
確かに、豚鼻ではあるが肉が豚に似ているというような事はない。あくまで、人に似た何かであった。数は少ないものの、彼女は何度か討伐したことがある。ワスティンに、醜鬼の勇者に率いられた軍団と遭遇し、半ば打ち倒し、半ばヌーベ領に逃げ帰られたのは記憶に新しい。
小鬼とも食人鬼とも異なる存在なので、どのような素性なのか気になっていたのだが、「精霊術師」あるいは「精霊の加護を持つ者」の子孫で、精霊の力を歪んで使っている結果、精神が獣化あるいは退化し、人間の理性や知性、信仰心を失い、精霊の力で少ない魔力でも身体強化が常時行われている結果、魔力持ちの騎士あるいは戦士程の力を有すことになるということが推測できるようになる。
例えば、精霊の加護持ちあるいは、その子孫を持つ人間を集め、「歪化」させ、醜鬼にすることができるのであれば、人攫いや襲撃事件を起こす理由もわからないではない。ヌーベは王国を南北に分ける高地を抱えており、そこは人跡未踏の場所とされる地も少なくない。内海から外海に至る主要街道として見做された時期が聖征の時代ごろは存在したが、百年戦争の時期以降、王国東部あるいは法国から大山脈を越えて帝国・ネデルに通じる街道が整備され、あるいは、神国を回り海路移動する経路が生まれ、今ではすっかり廃れている。
ヌーベ領が鎖国しているということもあり、怪しげな商人や密貿易のルートとみなされる事も少なくない。
「それで、その人は」
「賢者学院まで同行することになったわ。精霊魔術を学びたいのだそうよ」
「まあ、精々こき使ってやりましょうかぁ」
「私は先輩ですので、命令には従うのですわぁ」
赤毛のルミリ、先輩風をビュウビュウと吹かせている。人狼がどの程度の能力を有するか調べることも彼女の目的の一つであるのだが。いろいろ、無茶振りしようと考えているのである。
「人狼って、やっぱ鼻が利くとかあるんですかぁ」
「かなりだな。嗅ぎ分ける能力が高いと言えばいいかな。例えば、その馬は水草臭いとか」
「それは私も思うのですわぁ。別に人狼でなくとも、分かるのではありませんの?」
馭者台に座る二人と平行に歩きながら、人狼が会話を繰り返す。人狼人狼連呼して大丈夫なのだろうか。気にならないわけではない。
「人狼の話題は割と良くある。だから、気にしなくても大丈夫だ」
「へぇー」
人狼が出るという話は、野盗や人攫いの話をする際の隠れ蓑というか、親が子供に諭す際によく使われるのだという。野盗に襲われる人攫いにあうという時に「人狼が」と置き換えるのだ。
「そういうの、どのくらい事実なのかしら」
「さあな。俺みたいな能力を生かして、野盗の頭をしているものもいるかもしれない。とはいえ、街で穏便に生活できるのに越したことはない。だから、そういうのがいるとするなら、かなり精神的にヤバい状態だろう」
最初からおかしい『ピー』のような存在もいるのだが、子供の頃から親や大人の言う事を聞かない、あるいは同世代の子供と仲良くなれないといった村に適応できない者もいる。大概、言葉に出来ないので暴れたり、他人に暴力を振るう、ものを盗むなどの問題行動をする。
けれど、それは歪んだ精霊の力の影響なのだろうと人狼は言う。
「他人のせいではなく精霊のせいってこと?」
「頭も心も弱いんだ、そういう奴に限ってだ」
言い訳にしか聞こえないのだが、精霊の影響を受けやすい体質が、頭と心を弱くするのか、あるいは、受けた結果弱いのかは何とも言えない。
「他の人、例えば身近な親兄弟が見えない聞こえないものを、そいつだけ感じるとするなら、どうなるかということだな」
幸い、ルシウスの両親は自分の家系が精霊術師の家系であり、そうした精霊の加護が思わぬ形で現れることもあると知っていた。それ故に、「人狼」に変化する息子を誇らしいと思えども、困った物扱いすることはなかった。
「あの兄妹も、まともに育てられていれば、ちょっと頭は悪いが、力持ちで子沢山な母ちゃんとかで済んでいたと思うぞ」
親も兄妹同様、微妙な人間であった事と、その理由も受け継いでいなかったことが大いに影響している。
「原因は、あの枯黒病の大流行からだな。あれで、村や町が全滅とか、半分が死んだりすることもあった。親が伝える前に病気で沢山死んだから、そうした知識が伝わらずに、加護や祝福だけが残った結果だろうな」
精霊魔術師は、古帝国の支配が早くから及んだ王国にはこの国ほど多くのものが残っていない。とはいえ、先住民は姿形を変えて王国民として生きている。精霊術師の素養を見出す者がいれば、人狼のような能力を発現させる術者がいてもおかしくないと彼女は思うのである。