第62話 彼女は幼馴染と姉に絡まれる
第62話 彼女は幼馴染と姉に絡まれる
「へー で、あいつをここに連れてきたってわけ」
「……しょうがないでしょう。お隣さんで姉さんの幼馴染なんだから」
私とはあまり関係がないのよね彼は、と彼女は内心思っている。婚約者様中心に活動している彼女の姉となかなか会うこともなかった幼馴染は、これ幸いと彼女を出汁に姉に会いに来たのだろう。
「主、失敗?」
「いいえまさか。毒を以て毒を制すよ」
いいように自分を利用してきた姉に対する意趣返しでもあるのだ。
挨拶を軽くして別れようと思っていた彼女に幼馴染が話しかける。
「いま、君は子爵家にいないのかい」
「ええ、王都の郊外の屋敷に住み込んで孤児の世話をしているの。その関係で屋敷を離れているわ」
「そうなんだ。君は相変わらず……他人に優しいんだね」
そうかなと彼女は思う。自分は貴族としての役割を果たしているだけであり、彼女と彼女の姉が違うのは、貴族としての役割を果たす側面の違いに過ぎない。権力・権威のある家柄の子弟を婿にもらうことが、王都の都市計画を任された子爵家に必要であるし、孤児がきちんと生活できるように仕事を身に着けさせることも、王都の都市計画として大事なことなのだ。
「それで、この後の予定は?」
「ニース商会で待ち合わせしているので、そこへ。学院に戻るのよ」
「そうかい。僕も挨拶させてもらっていいかな?」
家同士の交流は子供同士を除けばそれほどでもないので、彼は彼女の姉の婚約者に挨拶をしていないのだそうだ。姉婿が子爵を継ぎ、彼が男爵を継げばお隣の当主同士となるのであるから、挨拶は必要だろう。
「でも、ご本人がいるかどうかわからないわよ」
「いいさ。挨拶に来たというだけでも、後々違うだろ?」
確かに、いい機会だと思うのである。この間、主人と友人の会話に口を挟まない程度のマナーを守れるようになった歩人は、会話が聞こえるかどうかの範囲まで離れて後ろを追っている。
「そういえば、彼のこと紹介してもらえるかい」
「ええ、私の従者のビト=セバスよ」
一瞬婚約者と言おうかと思ったのだが、それほど面白くもない冗談だと思い彼女は普通に紹介した。
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ニース商会王都支店の二階に商会長室はある。大概、令息と姉、伯姪はここでお茶をしたり仕事の打ち合わせをしている。さっぱりとしたブルグント公爵の執務室といったところだ。大き目のダイニングセットが入っているので、食事も可能なのだ。
彼女は来客を連れている旨を伝え、令息に承諾をもらい幼馴染と従僕を連れ部屋に入った。
「あー ビト君、来てくれたんだー」
姉はショタ属性があるのか、美少年(中身は中年)の歩人に対して明らかに反応が違う。令息は「はは、君は子供好きだね」と言っているのだが、視線の粘りつき方が異なると断言しておく。
「君が彼女の従僕の歩人君だね」
「初めまして、令息様。私は、ビト=セバス、お嬢様の従僕でございます。お見知りおきを」
貴族の息子に従僕が直接話しかけるのはどうかと思った歩人だが、姉の反応を察するに、既に話題になっていたようなので言葉を交わすことにしたのである。
「それで、隣家の男爵子息と偶然会いまして、ぜひご挨拶をと申されましたのでお連れしました」
彼女は幼馴染の名前を紹介し挨拶を交わす。そして、冒頭の会話となるのである。だって、その方が面白いじゃない! と目を輝かせている伯姪がサムズアップしている。
「でさ、今日は二人で何してたの。デートか、デートだな!」
「……呆れるわね。婚約者様と始終一緒にいる姉さんに言われたくないわ。今日は、お婆様にセバスのご挨拶と所作の指導のお願い、それに冒険者ギルドへの登録、薬師ギルドへのあいさつ、武具屋に装備の相談をして……彼に会ってここに来たのよ」
伯姪は『何買ったの?』と食い気味に聞いてくるのだが、その話は帰りの馬車の中まで待ってもらいたい。祖母の名前が出た時点でかなり姉の顔色が悪化する。
「お婆様のところで行儀見習いか……大変だね!」
姉は……ブートキャンプを思い出し遠い目なのである。とはいえ、歩人のパラダイムシフトを掲げるビト=セバスの目に迷いはない。
「我が主は王家とも親しいお方。王家に仕えた方からご指導いただけるのであれば、主君に恥をかかせる心配がなくなるというものでございます。身命を賭してやり遂げる所存でございます」
「ほおぅ、歩人とは今少し砕けた物言いをする陽気な者たちと聞いているのだが。君は違うんだね」
「令息様、セバスは私と騎士の誓いを結んでおります。それに彼は庄を継ぐ名主の息子です。王国で認められ、故郷に錦を飾るのが彼の本望なのです」
令息は、なるほど君と僕は似た者同士だねとほほ笑んだ。怖いくらいのいい笑顔である。
「ああ、すまない。君もわざわざ挨拶に来てくれて礼を言う。本来は、こちらから男爵家に挨拶に伺うのが筋なのだが」
「いえ、子爵家が男爵家に挨拶に来られるのは畏れ多いことです。それに、私は、幼馴染の姉の婚約を……祝いたかっただけなのです」
「そうなんだー ありがとねー」
姉はぞんざいに返事をし、令息は苦笑いである。最近、すっかり大人の雰囲気を漂わせているので、姉の関心は爵位のみなのだろう。子爵家の跡取りは男爵嫡子と仲良くなる意味がないから、そういう態度なのだ。
幼馴染はそれが納得いかない……とでも考えているのかもしれない。
「いま僕たちは、来年の結婚に向け準備中なんだよ。君にもぜひ式には出席してもらいたい。案内状を出すよ」
「……ありがとうございます……」
という他ないのである。令息と幼馴染は最近の近況について話をしている。姉は……歩人に絡んでいる。頑張れ従僕!
「従騎士になったのかい。将来は騎士になるんだね」
「はい。男爵家はもともと騎士として取り立てられた家系ですので。私は魔導騎士の適性がありましたので、その方面に進むつもりです」
「ああ、王国の決戦兵器だね。大砲とどちらが先に主戦力になるかと見守っていたけれど、その辺は流石王国、軍事大国だね」
法国北部での王国と帝国の代理戦争において、歩兵騎兵砲兵の組み合わせによるコンバインドアームズと、歩兵・騎兵・魔導兵の組み合わせが試された結果、砲兵は攻城戦以外には向かないと判断され、王国の魔導騎士・魔導兵中心の編成改革のおかげで、王国は法国・帝国に対して軍事的優位に立っている。
その影響で、内部かく乱工作のような人攫い事件が頻発しているともいえる。
「あの鎧はすごいよね。騎士の衝突力と、歩兵の柔軟性を同時に両立しているじゃない?」
「確かに。戦場で味方に絶対的勝利の確信を、敵には敗北の烙印を刻み付ける存在だね」
それらは魔導士が開発した魔導兵器であり、幼馴染は操縦者に過ぎないのではあるが。
『魔導騎士……攻撃力だけなら、お前と同じくらいだな』
とはいえ、隠蔽が出来るわけでも、稼働時間や戦場への搬入を含め使い勝手が制限されるものではあるのだ。使わないということがより大切な戦略的な兵器ともいえる。
魔導騎士の存在が、戦争抑止となっているのだ。目立ってこその抑止力、騎士の甲冑が立派なのもそういう効果があるだろう。
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姉が幼馴染を相手にせず、微妙な空気で挨拶は終了。彼女と伯姪、歩人従者は馬車で学院に戻る最中だ。
「なんだか微妙な関係? 幼馴染さんって」
「姉も小さい頃は弟みたいってかわいがってたんだけど、その時期の関係をまだ続けようとしているのかもしれないわね」
彼は彼なりに姉を慕っていたのだろう。恋愛対象とはならないと知りつつ、声変わりするくらいで急に離れられたのは……弟らしく思えなくなったということだろうか。
「それでも、ビトに対してべたべたしすぎだよね、中身おっさんなのに」
「おっさん言うな! でございますお嬢様」
「見た目はたぶん、姉の好みの少年なんでしょうね」
「……ショタコン……」
なにやら、聞きなれない言葉を伯姪が口にするのだが、第二次性徴期前の少年が姉はひどくお気に入りなのだろう。あまり触れたくないのだが。
「まあいいわ。で、ビトの冒険者登録大丈夫だったんでしょうね」
「歩人は依頼を投げ出すことが多いので、基本お断りなのだけれど、私の従者で同じパーティーであるという前提で薄白からスタートね」
「先が長そうだわ……」
「じ、十年頑張れば……『あんた何歳よ』……心は少年のままだぜ! でございます」
見た目だけね。心は薄汚れやオッサンだと彼女は思うのである。
「装備、どうしたの?」
「剣は同じものを用意したわ。学院の一期生にも同じものを、これは、ミスリルのものもあるので、全部そろうのは二か月ほどかかるそうよ」
「サクスはダガー代わりに採取に必要だから当然か。でも、剣は……」
「護身に習わせないと。薬師ではなく魔術師になる子たちだから、危険度はかなり高いわね」
魔術が使える平民自体がかなり希少価値。貴族や他国が欲しがる人材であり、誘拐や略取も十分考えられる。
「最低、三人以上、できれば班単位でまとまって行動が望ましいわね」
「……難しいかもね。小さい間はそうするけど、成人したらそうもいかないかも知れないでしょ?」
「一期生はできる限りリリアルに残ってもらうわ。というより、男爵家に仕えてもらうつもり。そうね、五年くらい年季奉公という形で教育するわ。冒険者や従者としての教育も可能でしょうから、その先につながるのではないかしら」
十五歳で社会経験のない頭でっかちな子供を魔術師というだけで放り出すのは危険だろう。彼女経由で仕事を与えて、達成状況を見てアドバイスなりサポートすることも必要だろうか。
「いまの十一人が初期の幹部になると思うわ。年齢も若く、魔力も彼らの中ではかなり多い子を選んだのはそのためよ」
「基幹要員にして、王家を支える組織を作り上げるとか考えているんでしょ」
「そうね、王妃様から頂いている指示に関して……後で二人きりで話しましょう」
従僕とはいえ、まだ日も浅い歩人に聞かせるわけにもいかない。伯姪は共犯者であり相棒なので問題ないし、内容を知ってもらい理解をしたうえで協力してもらいたいと彼女は考えている。
「ちっ、俺は仲間はずれでございますか……」
「当然ね。私たちは騎士爵、王家と王国を守るための存在。あんたは、そうじゃないでしょ? 分をわきまえなさいよ」
伯姪は厳しい物言いだが、彼女たちに期待され要求されていることは、すなわちそういう事なのである。貴族の義務を理解させるに、歩人の従者はまだ日が浅すぎるのだ。
学院に戻り、夕食を皆でいただいた後、彼女と伯姪は彼女の私室、本来は二人の寝室であるのだが、そこに場所を移した。
「で、どんな話なの?」
単刀直入に伯姪が切り出す。王妃様から内々に彼女に出ている指示。それは、王国と王家の為、民の為に働く『軍団』の育成についてである。
現状、騎士団・魔導騎士団・近衛騎士団と三つの騎士団が存在する。魔導騎士団は完全に外征用の部隊である。騎士団は兵士を指揮する指揮官と、平時においては王都と国王直轄領内の治安を司る存在である。
では、近衛騎士団とは何なのか。本来「近衛」という名称からすると、王家を守る近侍の集団だと思われる。本部は旧王宮に設置されている。王族と王宮の守備がその任務で、主な構成員は貴族の子弟である。
さて、この貴族の子弟というものが問題なのだ。王国は元々、今の王都周辺を支配するルーテシア伯が教皇から王国の支配を認められ国王となった存在であり、公爵や伯爵は同輩であったものがたくさんいたのである。
長い時間をかけ、王都周辺を平定し、また、婚姻を結ぶことで王家の領地となる地域を広げ、王国としての主権を強化してきたのである。
「貴族の別邸が王都に沢山あるけど、領邦には自前の騎士団を持っているものたちも公侯爵や伯爵には当然いるでしょう。その王都にいる各領邦の騎士たちの中で貴族のものが近衛に入っているのよ」
「ああ、なるほど。王家ではなく、自分たちの領邦やその主家の為に行動することが当然の者たちが王族の周りに集まっているわけね」
ある意味、近衛という名前の暴力装置で王族を脅迫していると思われる場合も、過去、国王の権力が脆弱であった時見られた現象なのである。
「度重なる争いのなかで、各領邦の領民たちがどの領主につくかを考えるようになり、穏やかで力の強い王国の王家に臣従したがったことから、やむを得ず王国の臣下となった上位貴族は少なくないのだから、当然なのだそうよ」
「そういわれれば、ニース伯もそうですもの。法国にいるより王国側に立つ方がいいもの」
「でも、古くから従いつつ、王家に抵抗したい者たちもいるわけ。それが、近衛に人を送り込んでいるのよ。近衛がそばにいる事は、あまり安心できることではないというのが王妃様の……陛下のお考えのようね」
王妃様一人の判断ではそれはできないことだろう。勿論、孤児を育てて社会を安定させること、王国と王家に忠節を尽くすものを育てるということが目的であるのは変わりがない。
「近衛に対抗するための戦力を秘かに育てることが、学院の隠された任務であったりするのよ」
「それに協力するのが、ニース商会というわけね」
「そう。新参で王都から遠く離れたニースは、王都が不安定であれば、即、危険になる最前線でしょう。王国の安定は、王家とニース辺境伯家双方に共通する目標なのよね」
今回の一連の施策は、王家をより強固にすることで、王国とそこに住む民が平和に豊かに暮らせるようにするための行動なのだという。
もちろん、その過程で高位貴族は力を削がれていくだろう。レンヌ公領のように王家と結びついていくもの、ヌーベ公領のように内部から王国を食いあらそうと暗躍する者に分かれていくのである。
「その過程で、大貴族の数が減り、王家が直接差配する地域が増える。近衛の数が減り、私たちの軍団が数を増していく。その過程で、学院がターゲットにされる可能性がある」
「だから、その為の対策をできる限り打つという事なのね」
伯姪の言葉に、彼女は深くうなずいた。




