第685話 彼女は狩人に話しかけられる
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第685話 彼女は狩人に話しかけられる
殺すかそのまま通り過ぎるか、それが問題だ。
「あの、私たちには関わりの無い事ですよねぇ」
最初に自らの考えを示したのは碧目金髪。
「そうね」
「まあ、この地の住民也、税金とっている貴族なり国が対応するべきでしょうね」
「ですが、討伐する対象が不明確だからではないでしょうか」
灰目藍髪の主張は、その『歪人』の襲撃の痕跡がないので、襲われたことの証明ができず、噂でとどまっている故に討伐が行われないとする。
「狡賢いわね。群の頭は、人間の仕組みを良く知っているんでしょうね」
「そうね。そこも調べるには時間が足らないわ」
討伐するか見逃すかの選択肢以外はない。時間をかける理由がないのだ。因果関係を調べるのは、役人の仕事であり、この国の問題だ。リリアルには関係ない。
「討伐はしないんですのぉ」
「半日くらいは時間がとられる。恐らく、見たくないものを見ることになる」
茶目栗毛が端的にやらない理由を並べる。王国なら被るべき泥も、ここでは関係ない。貴族の騎士の力を示すべきなのは王国の中であるからだ。大事な事なのでもう一度、関係ない。
「どうしますか」
「私は今回の件、判断は五人に委ねるわ。奇数なので、同数で意見が決められなくなることも避けられるし」
『うまく逃げたなお前』
そんなつもりはない。ただ、皆の意見を聞きたかっただけなのだ。彼女が一人旅であるなら、通りがかりのついでに皆殺しにしておいただろう。自分の生きるためとはいえ、人を襲った時点で魔物と同じ、要は盗賊の類だ。生かす慈悲はない。
「襲われるなら討伐します。そうでなければ、そのままで良いのでは?」
最初に意見をしたのは灰目藍髪。自分たちが襲われるか否かで討伐するかどうかを決める。それはそれで正しいだろう。
「わたしはぁスルーで良いと思いまぁすぅ」
「ですわぁ」
碧目金髪と赤毛のルミリ。ルミリは最初討伐するべきではと思ったようだが、人を殺して食べているという話が出てから、急速に拒絶する雰囲気を見せるようになった。碧目金髪は、最初から否という感じだった。正直、群で襲い掛かられた場合、二人が一番危険であるということもあるだろう。
ニ三匹ならともかく、十数体となると場合によっては庇いきれないこともある。水魔馬もどう動くか予想ができない。
「私は討伐したい。そのまま放置すれば、もっと良くないものになる」
伯姪は言い切る。人が人を食べた場合、魔力持ちなら確実に『食人鬼』になる。人間の魔力持ちを大きく上回る身体強化能力と再生能力。古い時代であれば小国を滅ぼす程と言われる能力だ。
「で、でも」
「関係ないことはない。例えば、魔術師が捕らえて船に乗せれば、二週間もしないうちに王国に来るわよ。そして、殺戮が始まるんじゃない?」
「「……あ……」」
人攫いを送り込む事ができ、近隣の都市に協力者がいたとはいえ不死化した魔物を王国内に密かに手配できる集団が連合王国にはいる。そして、女王陛下は限られた統治能力しかない。
「だから。今殺しておけば、不安材料が一つ減る。やらない理由がないでしょう」
「私も討伐に賛成します」
伯姪に続き、茶目栗毛も同意する。賛否が各二票、襲われたならばと条件付き討伐賛成が一票。
これでは五人で決めようとした意味がない。
「どうしようかしら」
困惑する彼女に、悪い笑みを浮かべ伯姪は提案する。
「襲われればいいじゃない?」
条件が有るならば、条件を満たせばよい。『歪人』の偵察範囲でわざわざ野営して、準備万端待ち構えればいい。それならば、拒否組二人も魔装馬車と水魔馬を盾に安全圏においておける。
「なら、昼前に出て、襲撃地の手前で野営できそうな場所を探しましょう」
「そうそう。待伏せするのが自分たちだけだと思っているなら、嵌めてやればいいのよ」
用心深ければどうするか? 巣は見つけてあるのだから、時間を見計らって巣ごと駆除するだけの簡単なお仕事だ。中に押し込めて、入口を土魔術で作った壁で封印してやればいい。
小鬼退治でなすべき事は大して変わらないのである。
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折角の野営地なので、兎を仕留める話で大いに盛り上がる。しかしながら、狩猟ギルドを通してならともかく、勝手に狩りをするのは問題がある。森の所有者から罰せられるからだ。
「駄目よ」
「ええぇぇぇ……」
ええぇぇぇではない。兎肉くらいお金を払って買ってもらいたい。大して高いものではない。
「学院の回りとか、ワスティンでなら取り放題じゃない」
「いまがいいんですぅ。いまじゃなきゃだめなんですぅ」
意味が分からない。
魔装荷馬車の馭者台には灰目藍髪と碧目金髪が座る。荷台の後方から周囲の様子を観察するのは茶目栗毛。馬車に先行して、『猫』が進んでいる。野営地までは四時間ほどで着くだろうか。
街を出て街道を進む、畑も多く時折放牧地が見て取れる。この辺りも羊毛の産地ではあるが、ノルド公領あたりと比べると地味が良いので牧草地と畑を入替えつつ土を肥やす必要がないのか、少々風景が違う。
水捌けの悪い湿地や沼沢地も少し入り込んでいるが、その向こうには森が広がっている。
「なかなか厄介な地形ね」
「ええ。森からはかなり遠くから街道を行く人間が確認できるけれど、こちらからは見てとれないもの」
やがて街道は林間へと入っていく。林と放牧地が交互に繰り返され、やがて完全な森の中となる。牧草地には兎の開けた巣穴が散見され、兎狩りをしたがる若干名が煩かった。確かに、王室森ではないが、私有地だから同じ事である。勝手に入り込んで兎を獲れば、犯罪扱いされる。
そこで、兎狩りをしている狩人を見つける。こちらに気が付くと手を上げて近づいてくる。何の用かといぶかしみつつ、馬車を止める。
「すまない」
「いいえ。何か御用でしょうか」
灰目藍髪が様子を伺うように話を聞く。笑顔の碧目金髪も警戒している。
「いや、どこまでいくんだ」
「……ヨルヴィクからもっと北の故郷に帰るところです」
「この時間でここでは、ヨルヴィクまで行きつけまい」
男は、ドゥンの街の狩猟ギルドで出会った兎狩の狩人であった。馭者台の二人はギルドに行っていないので気が付かない。
「あの、どういうことでしょう」
「……昨日、ギルドで会ったな」
「はい。それで、わざわざ足止めしてまで伝えたいことが有るのでしょうか?」
彼女も警戒心を露わにして狩人に告げる。
「いや、聞いていないかもしれないが、この街道で最近、旅人が失踪する事件が続いていてな。それで、街道沿いで野営することになると危険だと、伝えたかったんだ」
男は、そう告げる。何か知っているのだろうか、視線が落ち着かない。
「御親切にありがとうございます。ですが、巡礼の最中に野営も何度か経験しておりますし、幸い、馬車もあります」
馬車に乗って巡礼はどうなのかということはさておきだ。
「……そうか。まあ、馬車に乗って……護衛もいるんであれば大事ないか」
「はい。ご心配いただいて恐縮です」
「いや、余計な心配だった。時間を取らせて済まない」
「いいんですよぉ。だからといってはなんですがぁ」
碧目金髪は、兎が狩れたのであれば譲ってもらいたいと言い出す。またか!! しかし、狩人は「ギルド経由で地主の依頼を受けて狩っているので、勝手に売ることは出来ない」ときっぱり断られてしまう。
「できる限りヨルヴィクに近いところで野営した方が良い。この辺りは、良くないものが出るからな」
「心に止めておきます」
そう言葉を交わすと、馬車は前に進み始めた。
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「さっきの話、どう思う?」
「さあ。でも、わざわざ話しかけてきたのは正直怪しいと思うわ」
「どういうことですの?」
赤毛のルミリが彼女に疑問を呈す。
「もし、何か問題があるのであれば、ドゥンの街で、もう少し教会や街の衛兵などから声がかかると思うの」
「確かに。噂は多少ありましたけど、特に何も言われませんでしたもんねぇ」
馭者台の碧目金髪が振り返りつつ同意する。
「ですが、何か知っているのであれば、もう少し細かな話もあるのではありませんか」
「そうね。確信がないのか、事情があるのか、わざわざ足を止めさせたにしては微妙な反応だったかもね」
とはいえ、噂は単なる噂以上の問題があることは、『猫』からの報告で理解している。狩人は襲われることを知っているのだろう。
『主』
先行する『猫』が戻って来る。
「何かあったのかしら」
『先ほどの狩人、かなりの魔力持ちでしたがお気づきでしたか』
『猫』曰く、魔力持ちで尚且つ何らかの精霊の加護持ちであるという。
「精霊術師ということかしらね」
『正確なことは分かりませんが、そうであってもおかしくはないと思われます』
旅人失踪の件に関わりがあるのか。例えば、良くないものを使役する精霊術師の仮の姿が『狩人』であるとか。
『とはいえ、お前たちがそうそう後れを取るもんじゃねぇだろ。魔力走査していれば、接近には気が付ける。あっちが魔力隠蔽してなきゃだけどな』
『魔剣』は考えすぎるなと言いたのだろう。
野営地は林間のやや開けた原っぱに決めた。昼前に出たので、ドゥンとヨルヴィクの丁度中間になる。野営の形跡も残る場所であり、周囲を確認してみてもおかしな遺物・遺品の類は残っていない。
『歪人』は魔力を持っていない。夜間視も特に能力を有していないだろう。暗がりに慣れている、あるいは焚火などで襲う側は目標の居場所がわかりやすいということもある。
馬車を街道に向け、水魔馬はその傍に放ち、焚火を囲んで軽い夕食の準備をする。木立に阻まれ夕闇は思っていたより早い。森に囲まれた野営地が暗くなるのは思っているよりも早いのだ。
スープとパンの簡単な夕食を済ませると、茶目栗毛に表向き見張を任せ、五人は馬車へと引き上げる。とはいえ、馬車の中で襲撃を待つのだが。
「どきどきしますわぁ」
「……暗いのやばいよねぇ」
魔力の無い相手に夜間襲撃されるというケースはあまり無い。帝国遠征の際に、野営地で野盗と遭遇したくらいか。それでも、魔力持皆無ということはなかった。
「それで、あなたはこれをつかいなさい」
「……」
彼女は、魔法袋に死蔵していた「ホースマンズ・フレイル」を赤毛のルミリに渡す。
「あの」
「これは、振り回して叩きつけるだけの武器で、致命傷にはならないと思うのだけれど、小鬼に接近された場合、剣で致命傷を与えるよりも、一先ず打ち払う事を優先してほしいの」
その昔、リリアルの薬師組が銃兵となる以前、魔力の少ない女子の護身装備としてフレイルを用意したことが有る。その時の残りだ。
「これはどうやって使えば……」
「あのね、おりゃ! って頭めがけて叩きつける感じだよ。こぅ……おりゃ!!ってね」
碧目金髪、適当である。とはいえ、脱穀竿が元であるから、相手に向けて振り回すことが扱い方になるのだが。
「ちょっと、振ってみて。あ、馬車の外でね。見てあげるわ」
「よ、よろしくおねがいしますわぁ」
伯姪が確認しながら、声をかける。座って、膝立でと姿勢を変えて振る練習をする。多少身体強化したとしても、いや、技術はなく身体強化だけを上手に生かすのであれば、フレイルは悪い手段ではない。薙ぎ払うように振り回すことで、複数に集られそうな場合、相手から距離をとって殴りつけることができるだろう。片手剣や短剣より、効果はあるだろう。
自分の身を護る時間を稼ぐことができれば、彼女達によって倒す事ができるだろう。
「わたしは……槍銃でぶんなぐってやりますよぉ」
「あとは、いつもの調子でね。それと、マリーヌにも指示をしてね」
灰目藍髪は「勿論です」と答える。
こうして、夜更けになる頃、野営地の周りに何かが集まるまで、じっと馬車の中で息を殺し待機する彼女なのである。