第684話 彼女は人狼の依頼を探す
第684話 彼女は人狼の依頼を探す
地域の中では中心的な『街』であるドゥンには、冒険者ギルドはないがやはり狩猟ギルドが存在した。
「ん-ヨルヴィクの街まで行くので何か依頼ですか」
冒険者ギルドのようにネットワークを重視していない狩猟ギルド故に、ギルド間の手紙の配送のような依頼は基本無いようだ。街から街への護衛依頼もない。
「あれ、この辺ゴブリンが出るんですか?」
最近すっかり王都近郊では見かけなくなっったゴブリン。今では、ワスティンの森までいかないとなかなか遭遇する機会はない。連合王国も南部やリンデの周辺ではほぼ見かけなかった。
「最近ね。でも、ちょっと変わっているのよ」
ゴブリンと言えば肌は緑色が多い。だが、この近辺で見るゴブリンの肌は人間と変わらないという。それ以外は子供ほどの大きさで、簡素な武器を持ち集団で人を襲うといった性格は変わっていない。
「常時依頼枠ですか」
「狩猟ギルドだからね。害獣駆除の一環扱いなの。狐を狩るのと比べると討伐報酬は安いわ。だから、あんまり人気がないの」
狼も狐も毛皮には需要がある。ゴブリンはただ殺すだけであるから、同じ手間なら狐の方が良い。縄張りを巡回する経路に罠を仕掛けておけば危険もなく狩ることができる。怪我のリスクに加え、討伐報酬以外利益の無い小鬼の討伐は誰も好んで行う事はない。
「兎を罠にかける方がまだましよ」
「ですね」
茶目栗毛が愛想よく答える。兎罠を仕掛けるくらいは、養成所で教育されているので、赤目銀髪以外で罠を仕掛けられるのは冒険者組では茶目栗毛だけである。兎は数も多いし、毛皮も肉もともに需要がある。
「兎肉の串焼き買って帰りましょう!」
「そこで売ってるわよ。狩猟ギルドで買い取った肉の串焼き屋」
身内なのだろう、お奨めされる。
「そういえば、リンダムの街ではこの辺りに人狼が出たという噂を耳にしましたが、何かご存知でしょうか」
彼女は、最も気になる情報を受付嬢に聞いてみることにした。その反応はあまり芳しいものではない。
「いくらこの辺が田舎だからって、もう狼はいなくなって随分経つわ。私の祖母が子供の頃には大体狩りつくしたって。じゃないと、羊の放牧とかできないでしょ?」
人狼どころか、狼さえこの辺ではいないと強く言う。数はかなり少ないが、北王国にはまだ狼がいるのだという。
「狼よりゴブリンに襲われることを心配した方が良いわ」
そんな話をしていると、ギルドに長弓を背負った男が入って来た。年齢は三十前後だろうか、灰色がかった黒髪とそれに合わせたような黒っぽいマントを身に纏っている。
「お帰りなさいアルインさん」
「ああ」
買取であろうか、三羽の兎を袋から取り出した。いや、まだ普通に動いている。
「いい肉付きですね。毛の状態も良いですし」
「そうだな」
一羽辺り銀貨二枚なので銀貨六枚のところ少し色を付けて銀貨七枚の買取となった。男は黙って金を受け取ると「じゃあ」と声をかけてギルドを出て行った。
「すごく使い込んだ弓だったわね」
「ええ。それと、腰の鉈も鍔の付いた剣としても使える護身用のものだったわ」
三人とも腕の良いベテランなのであろうと、受付での対応、持ち物から悟った。彼らのお陰で、兎の串焼きが食べられるのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「兎肉ですぅ」
「結構、顎が疲れるんだよぉ」
「じゃあ、いらないのね」
「「いりますぅ(わぁ)」」
伯姪にバッサリ切られそうになり、慌てて訂正する二人。嫌なら食べるなの精神が生きるリリアル。
「狼男どころか、狼だっていないらしいわ」
「そうなんですのね」
王国は王都近郊でも狼を見かける。襲ってくることはないが、家畜に被害が出ないわけではない。とはいえ、羊の放牧で羊毛を得ることを大きな産業としているこの国とは狼に対する考えがかなり異なると言える。『狩狼官』という役人が百年戦争の頃設置されたが、あくまでも貴族位の代わりに与えた褒賞のようなもの。勿論、相応の価値のある役職だが、ソレは金銭で置き換えられる程度のものである。
「なんか、悪さする小人がいるみたいです。人を襲うんだそうですぅ」
教会近辺で出会った人から居残り組も話を聞いたらしい。行商人が襲われたとも。
「それはゴブリンなのかしらね」
「さあ。噂でしか聞いていないようですよぉ」
残っていたのはかなりの数の小さな裸足の足跡で、多分小鬼であろうと話されてるという。
「人間の子供ではなく?」
「はい。人家がある場所からかなり離れているそうですし、それに、数も一人二人ではなく十数人分だといいます。そんな沢山の子供が街から遠く離れた場所にいるとも思えないとか」
暗殺者養成所はそんな場所であったが、あれは廃城塞をそっくりミニチュアの街と砦にみなした訓練施設であって、森の中そのものではない。
「足跡に注意しましょう」
『先行して、確認してまいります主』
『猫』は噂の足跡を確認する為に、街道を先行し偵察する。既に串焼きを食べ始めている彼女以外のメンバー。冷めて硬くなるとおいしくないのだ。
「鶏肉っぽいですよねぇ」
「そうですわぁ」
スープにしてもそれなりにおいしいのだが、煮炊きするのには薪がいる。時間もかかるので、串焼きを選んでしまう。鶏と比べると少々硬く筋張っている気はする。とはいえ、串焼きは下処理がしっかりしているので、筋を切ってあるので相応に柔らかい。
「同じ素材でも、下ごしらえをしっかりするかしないかは大きな差になるわ」
ドゥンの街は三千に満たない然程大きくはない街だ。一見の客は少なく、街の住人が繰り返し購入する。まして、ギルドが関わっている店であるから相応に良い味でなければ信用にもかかわる。折角ギルド員が手に入れた肉を不味く調理すれば、わざわざ卸そうという気持ちも失せてしまう。
「でも、兎って禁猟にならないんですねぇ」
「王室森だからかもしれないわね。鹿や猪は駄目だけれども、兎は数が増えすぎれば森を傷めるから」
鹿はともかく猪もそうだが子供が多い。兎は年に何度も出産することができる。鼠算ならぬ兎算式に増えてしまう。王が必要なだけ狩りをし間引くことができるわけではない。その辺りの加減なのだろう。
「すごく増えるんですよぉ」
鶏代わりに飼ったことのある孤児院にいた碧目金髪だが、一組の夫婦から生まれた子供が更に子供を産み、一年で百匹まで増えたことが有るのだという。
「毎日肉食べ放題になった?」
「いいえ。餌が掛かりすぎるので、結局途中で潰しました」
「……潰した……ですわぁ……」
鶏なら絞めるだが、牛や豚なら潰すである。が、兎の場合、文字通り子兎を……潰したのだ。
鶏なら、雑草抜きを手伝ってくれたり卵が採れる分、兎よりメリットがある。糞は肥料にもなる。兎は毛皮だが、羽もそれなりに使い道はある。
「孤児院では結局、鶏の方が良いってことになりました」
遠い目をして碧目金髪は話を締めたのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
翌朝、彼女達が馬車で出発する前、『猫』が報告に現れた。どうやら、小鬼らしきものたちが夜の街道を監視しているのだそうだ。
「小鬼で間違いないのね」
『……少々異なります、主』
『猫』曰く、魔力を持っていない「小鬼」なのだという。魔物であれば大なり小なり魔力を有する。元が土の精霊であるノームと人の悪霊が結びついたものがゴブリンであるとされる。魔力無ということは考え難い。維持できないではないのだろうか。
観察していると、夕闇迫る時間、あるいは明け方前の薄暮の時間に街道を行き来するものを観察し、襲う準備をしているのだという。
「どんな様子なのかしら」
『恐らく、以前襲った人間が持っていた小さな武器を持っていますが、野ざらし使いっぱなしであるのか錆びたり腐食したりしております』
鋼であっても錆びる。まして、安い道具に使われる鉄は水気や使った際の汚れを放置すればすぐに錆びたり持ち手が腐ったりする。なので、砂で磨き、油を塗り、布で拭き上げる必要がある。小鬼にそんなことは出来ないので、奪いたてでもない限り、武器は大概ボロボロなのだ。
『街道で見張と襲撃地点を分け、襲撃する者とそれを指揮する者、逃げた時に逃げ道を塞ぐものとを配置しております』
彼女は魔力無の小鬼から、もしかするとと考えを改めた。
「矮化した人間」
『恐らくは』
栄養状態・生活環境が悪い場合、健康な人間から逸脱した姿に変化することがある。鉱山や地下牢などで長い時間過ごした場合、体の変化が起こる。骨が歪み、視力や筋力の大幅な低下などであろうか。鉱山や地下牢であれば、体が耐えられなくなった時点で死んでしまう。
「数は」
『二十数名です。動いていることと、魔力を持たないので確実に数を把握する事は困難です』
魔力走査が使えなければ、『猫』といえども人間の観察者と変わらない。概算になるのは仕方ないだろう。
「では、日中移動すれば問題ないわね」
『そうとも言えません』
『猫』は、彼ら『矮人』を追いかけ、巣穴を発見したそうだ。そこには、明らかに解体された人間の体の部品が残されていたのだという。
『人間を食べています。牛や豚を食べるように』
「……なんてこと……」
生きた人間は残されていなかった。騒いだり、逃げ出す前に速やかに屠殺し解体しているのだろう。火を扱えると思われ、燻製肉が沢山あったという。
「人間だけ」
『大半は。あの体の大きさでは、猪や鹿を捕えることが難しいのでしょう。兎は素早いので、罠か弓を用いなければ難しいので、これも捕まえられないと思います』
ゴブリンが人間を襲う理由も、人間が弱いからだと思われる。悪霊が元となっている故に、生きている人間に対する恨みつらみも当然あるが、猪なら数匹の小鬼では盛大に反撃されて大怪我を負う事になる。人間が、槍などで散々に傷を負わせ疲労困憊したところに止めを刺すほどなのだ。
―――魔力持ちが身体強化と魔銀装備で斬れば一撃で倒せるのだが。それでは狩りとしての醍醐味が無いらしい。
彼女は考える。王国内であれば迷わず討伐する案件だ。だが、ここは余所の国。つまり、余所は余所である。王国内であれば、騎士団も冒険者もこの地を統治する代官でも彼女が動かす事ができる。しかし、この場所ではただの旅行者である。自ら行うか否かの選択肢しかない。
下手に報告すれば、こちらの手の内を知られてしまう。オリヴィの協力案件は、報告者であるオリヴィ=ラウスの名で行われるので、彼女達が何をしたかまでは細かく説明されないだろう。依頼は達成したのであるから、その経緯を協力者に関してまで説明する義務はない。
だが、この話なら役人なり貴族を動かす為に、説明しなければならない。そんな面倒は御免被る。
王国内の事なら、彼女が独断で決めることはおかしくない。そういう役割を王国から与えられた存在だから。その為に、リリアルを育ててきた。
しかしながら、これは違う。面倒ごとに巻き込む事になる。
「少しいいかしら」
彼女が声をかけ、全員が出立の支度を止め彼女に向き直る。
「人狼の件で少しわかったことが有ります」
彼女は『猫』に調べさせた結果を端的に説明する。失踪事件の犯人は人狼ではなく魔物ですらない。小鬼に見えるようになるまで歪んだ人間であったものであると。
「それで?」
「いま出立すれば、このまま関わりなく通過できるの。朝晩の少人数の旅人を集団で囲んで連れ去るから」
「その人たちどうなっちゃったんですかぁ」
「ど、奴隷とかですおのぉ」
彼女は言いたくなかったが、皆の決断に一番影響を与えるだろう言葉を発する。
「食べるのよ」
「「「「……」」」」
「人を攫って、殺して、食べる。その為に襲うの」
彼女を除く全員が息をのむ。そして、伯姪がぼそりと呟く。
「……本気で狼みたいね」
貴族の狩りは娯楽の一つだ。自分が狩らずとも飢えるわけではない。しかし、狼の狩りは違う。自らの生を繋ぐために狩りをする。森の中に潜み、狩りをする歪んだ人間は、非力であり罠を作る知恵もないので……人を狩ることを選んだ。そういうことなのである。