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第683話 彼女はリンダムに到着する

第683話 彼女はリンダムに到着する


 リンダム(Lindum)は古帝国時代の軍団駐屯地に端を発する都市。語源は先住民の言葉で「湖」を意味に端を発する。


 古帝国の後、アルマン人の部族が定住を始める。城塞が建築され、ロマンデ公の征服後、城塞は改築され聖征の時代完成した。その後大聖堂が建設され、百年戦争の時代において、第三の大都市であり、王家に影響力を持つ大司教が幾度も在任した。父王の時代、司教宮殿に滞在するほどであった。


 街道の主要都市として繁栄したものの、父王時代に修道院の解散が為され、大司教区の七修道院が閉鎖され、政治的経済的困窮が始まった。都市として停滞し、街の住民も苦しんでいる。


「大きな都市なのに活気が感じられないわね」


 大きな街道に面しているものの、その街道は経済的には主ではない。河川に海を使った水運が用いられ、街道を使う者はさほど多くない。そもそも、国内の街道を使った商業的な売買の循環が成立していないのがこの国だ。


 羊毛を売り、その他の物を買い入れる。途中にある都市は、政治的な意味はあったとしても、経済的には定期市などでの交流はあったとしてもそれ以上の存在ではない。


 そもそも、王都と比べればリンデでもその三分の一から半分程度の規模であり、それ以外の都市はかなり小さい。王国においても王都以外は大きくてもニ三万の人口、普通は五千人程度でも十分大きな都市と言えるのだ。


 リンダムには大聖堂があり、その傍には巡礼用の宿坊がある。その昔は大いに活気のあったであろう場所だが、今はリリアル生たち以外には使う者もいないようだ。


「貸切だよぉ」

「貸切ですわぁ」


 土間に台所があり煮炊きができるスペースと井戸、そして幾つかの寝台が用意されている大部屋があるだけである。


「ちょっと寒いかもしれないわね」

「その為のマントでしょう? 巡礼なんだから、暑さ寒さに耐えるのも巡礼のうちよ」


 いや、見た目が巡礼風を装っているだけである。それ以外の意味はない。





 リンダムの街は元はロマンデ公が築いた城塞とそれに付属する街を取り囲む城壁からなる区画と、大聖堂と北大道沿いに立ち並ぶ街区とに分けられる。城塞部分は王家とその配下の貴族の所有であり、街道沿いの街のうち、城塞の壁で囲まれていない部分は大聖堂や修道院が管理する街であったのだろう。


 軍事的な価値はさほど変わっていないことで、城塞はそれなりに管理されている。とはいえ、城塞の用途は現状、監獄・監房として利用されているのは他の土地と同様である。王族を筆頭に、貴族は都市とは離れた場所に城館を建てている。むしろ、王国では先代国王時代で一段落した城館建築のブームが連合王国ではこれからといったところである。


 女王陛下はもっぱら父王時代の王宮もしくは、側近の邸宅に居住しているため、女王を招きたい側近たちがこぞって美麗な城館を何年もかけて建築し競い合っている。それは地方の貴族も同様である。


 城塞を中心とする昔ながらの貴族の城館は住みにくい。美麗な家具なども似合わない。城塞と城館は根本的に異なるからだ。


 なので、古い城塞は放棄され朽ち果てるか、街中の城塞は裁判所や監房として転用されていることが多い。


「昔ながらの街ね」

「そうなんでしょうか」


 城塞は城塞、街は街で分かれている場所も少なくない。百年戦争の時代、係争地となった場所、リモ(Limp)がそうであった。川沿いの商人街と、大聖堂・城塞のある城壁で囲まれた場所に別れていた。


 連合王国の攻撃を受け、黒王子の降伏を拒絶したとされ三千人の住民が虐殺され街は破壊された。このとき、城塞は持ちこたえた。街全体を城壁で囲むように『賢明王』が都市に命じ、それを怠った都市を破却や自治権を取り上げる等の政策を進めるきっかけとなった事件である。


「街を捨てて郊外に逃げるか、城塞に逃げ込むかするのよね」

「入れないわよ。ニースも旧街区は街壁で囲っているから、有事には新街区の住民が逃げ込むくらいは許すけれど、城塞は敵の工作員の侵入を防ぐ為に、封鎖するもの」


 などと伯姪と彼女は会話をしつつ、街を歩いている。宿坊には薬師娘とルミリを残し、自炊の準備をさせている。茶目栗毛と二人は、街で買い物をしつつ、この先の街道沿いの噂話を収集して歩いてるのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 寂れかけているとはいえ、大聖堂を有する古帝国時代からの街道の要衝。旅人が必要とするような情報は、それなりに集めるようにするのが商売人のようだ。三人はそれぞれ、何件かで「人狼」に襲われて行方不明の行商人・旅人の話を耳にしていた。


 北大道をこのまま北上すると、本来の古帝国街道は真直ぐに大河を渡るルートになるのだという。架橋する技術を持っていた古帝国の軍団兵にとっては多少の川なら問題なく橋をかけてしまう。


 とはいえ、その帝国が失われて千年が経ち、今では脇街道であった大きな川を渡らないルートが使われている。


 古帝国時代の砦に起源を発する街ドゥン(Daun)。名前は川の名称に因む。その街の周辺に『人狼』によると思われる失踪者が集中しているらしい。なので、遠回りでも『シーフ』の街を回る方が良いと勧められている。


『シーフ』は連合王国の軍事面での重鎮であるシドベル伯の領都であり、金属製品の製造で名を知られている。お土産に良いと勧められたのである。彼女の姉が同行者であれば、確実に強請っただろう。武器製造から金属製の食器類に製造をシフトしているからだ。


 とはいえ、三角形の長辺を二つの短辺で結ぶような移動となるのであまり好ましいとも思えない。王国内であれば、事件を野放しにする気になれないのだがここは仮想敵国であるし、彼女達の仕事でもない。


「伯爵は放置なのね」

「あまり細かいことは首をつっこまないのでしょうね」


 女王とリンデ、北王国と与する北部諸侯の間で緊張感が高まっている。その中間に位置するシドベル伯は、リンデと北部を行き来して両者の調停役として多忙なのだろう。貴族としての優先順位としては正しい。


「本来は、当地の騎士団なり領兵団が対応すべきなのでしょうね」

「じゃ、なんでしないんだろうねぇ」

「ですわぁ」


 意図的なのかもしれない。人と物の流を古くからある大道から、自領の中心である『シーフ』経由に変えたい。悪い印象を持たれている今の場所を避けて、遠回りでも安全な道を選ばせる。伯爵は事件を利用してそうしようとしているのだろう。


「じゃあ、そのまま放置されそうということね」

「ええ。今のところ、大人数の商人などは襲われていないし、武装した騎士や護衛を連れた貴族も襲われていないのだから、噂を無視しても問題がないと言うこともあるでしょうね」


 旅と言っても物見遊山ではない。仕事を探して生まれ育った小さな街や村を出てリンデや都市に向かう人間も少なくない。若い夫婦なども、故郷に見切りをつけて逃げ出す者もいるだろう。行商人は、店を持てない小商いをする個人事業主だ。これも、弱い立場である。


「冒険者もいないから、依頼も出来ないしね」

「賢者学院や狩猟ギルドに依頼はでないのでしょうか」


 自分の街や村に問題が発生しなければ狩猟ギルドは依頼もされないだろう。そもそも、失踪した人達は本当にいるのかどうかもわからない。賢者学院も巡回に重なれば対応するかもしれないが、それも時期があるのだろう。討伐されたという話が出ない限り、そのまま良くないモノが北大道にいると考えて良い。


「もしかしたら、そのドゥンの街に狩猟ギルドがあるかも知れません。依頼を確認してみてはどうでしょうか」


 灰目藍髪が提案する。本人の性格もあるだろうが、こういった不穏な噂の類いを放置するのは気が引けるのだろう。


「魔物なら、魔力走査しながら街道を進めば不意打ちもされないでしょうし」

「そもそも、マリーヌもいるじゃないですかぁ」

「ケルピー強いですわぁ」


 自分は戦う気のない碧目金髪と赤毛のルミリ。銃手として二人も戦力なのだが。やる気がない。水魔馬任せはどうなのだろうか。


「そうね。寄り道している場合ではないのだから、仕方ないわね」

『仕方ねぇから偶然出会った人狼も討伐しておけ』


 最近、吸血鬼以外の魔物の討伐をしてない彼女は、「人狼」の存在がかなり気になっている。人狼が狼の姿をしたうえで、それに噛まれた人間もまた人狼になるという話も聞いたことが有る。あるいは、太古から棲む人間に変化する狼の一族なのかもしれないとも。


「そうと決まったら、今日はゆっくり休みましょう」

「串焼き買ってきてくれましたかぁ」

「一人二本ね」


 全部を料理するのは時間も手間もかかると言うことで、情報収集の傍ら屋台で買い物をしてきたのだ。王都と比べれば、あるいはリンデと比べても歩き売りの商売人は少なかったが、その分、屋台は揃っていた。まあ、何の肉かはわからないが、肉は肉だ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 残念ながら、今回の行道では立ち寄ることができそうにもない都市がある。


 連合王国の軍事面での重鎮であるシドベル伯の領都であり、金属製品の製造で有名な『シーフ』である。カトラリーや錫製食器に加え武具も含まれている。武具製造で有名な工房の集まる街であったが、百年戦争とそれに続く内戦が終わり、平和の時代となった結果、金属食器などの製造に少なからぬ工房が仕事を変えたためである。


 シーフ川の水力、鉄鉱石が近くで採れ、『燃える石』も採掘されることに加え、砥石も産出することで百年戦争期から都市が拡大し有名となる。


 征服王の世に創設された爵位であるが、現在のシルベル伯家は百年戦争の戦功により男爵が陞爵され叙せられたことに始まる。代々、軍の指揮官、軍政家として有能な家系として知られる。聖蒼帯騎士に所属し、父親は財務省会計官を終身務める。


 御神子教徒であるが、父王を積極的に支持し側近として認められる。先代は父王の重臣であり、北部議会議長として北部貴族の取りまとめ役を務めた。


「錫製品ね」

「姉さんはリンデから簡単に離れられる立場ではなさそうだから」


 ニース商会で販売する『錫』のゴブレット。加えて、カトラリーなども手掛ける事を考えている姉。錫製品で有名なのは法国の諸都市だが、近年、連合王国のシーフ製も自国内中心に人気が出始めている。


 銀器を揃えるまで行かない都市の商人や豪農層などが「手掴みはちょっと」という流れの中で、手を出し始めている。貴族用と比べれば装飾は簡素であり、その分値段がお安いのだ。


「リリアルでも、錫製のカトラリーなら人数分揃えられると思うのよ」


 これから使用人として、カトラリーをメンテナンスする機会もリリアル生には増えるだろうし、騎士ともなれば食事の席に招かれる事もある。木のフォークとスプーンでは学べないこともある。


「いいんじゃない? 帰りにでも寄れば」

「ええ。寄れると良いと思うわ」


 北大道から西に逸れるので、行によるのは少々気が咎めるのだ。寄り道している余裕があるかどうかは、帰りにならねば分からない。最悪、海を夜通し魔導船で移動して帰る必要があるかも知れない。余計なことに巻込まれそうな状況にいつ陥るかわからないのだから、寄り道はすべきでないだろう。魔装馬車での爆走は禁止であるから。




 連合王国には『王室森』と呼ばれる場所がある。平たく言えば、王室の森で、元々は耕作地などに適さない森林を王家の所有物として管理するようになったものなのだが、不正に木材を伐り出す者などがいるため、『森林官』という役人を置き、管理所を配置して巡回警備などをさせている。


 リンデ近辺であれば、それは狩猟地となり狩猟宮が父王時代には幾つも建てられ、あるいは建設中であったのだが、この辺りまで来ると単に王室の財産であるにすぎなくなる。


「それで、人狼がその辺りに潜んでいるのではないかというわけね」

「ええ。ワスティンの森も、元は王室のものですもの。管理も行き届かないし、魔物も発生しても問題が周辺に発生するまで放置されているのでしょうね」


『狩猟地』であるから、定期的に兵士を勢子として訓練替わりに投入し、狩りを行えばよいのだが、今代の王は女性だ。その前も。ここ二十年は女王の統治下にある。狩りなど行われるはずがない。


「でもぉ、役人が見回りしてるんですよねぇ」

「同じ人間が同じ順路を定期的に回るのであれば、その場所と時間を避けて活動するのも難しくないでしょう? 人狼なら、いつもは人間の姿で近くの街や村にいるんだもの。情報くらい集められるわ」

「ですわぁ」


 碧目金髪の疑問に伯姪が答える。それに、一人で狩りをするのか幾人かの人狼の群れが存在するかでも話は異なる。山賊のように、見晴らしのいい場所で獲物が来るのを監視し、その獲物が襲いやすい場所を通るのを待っているという事も考えられる。食人鬼あるいは、吸血鬼並みの身体強化がなされているのであれば、発見してから襲撃地点まで移動するのも訳はない。




 魔装荷馬車の馭者台には灰目藍髪と碧目金髪の薬師娘二人が乗り、その他の四人は荷台の中に姿を隠す。巡礼というよりも若い行商人で護衛もいないと見えるようにである。


 リンダムを出てドゥンまで移動し一泊。翌日の夕方にはヨルヴィクに到着できるだろう。その多くの道程で王室森あるいはそれに類似した森の中の街道を移動することになる。見通しも悪いことが予想されるのだが、恐らく、街と街の丁度中間あたりで襲撃があると彼女は予想している。


 森ばかりで、村どころか人家も稀であろう。あるのは樵の休憩小屋や森番の住む小屋程度であり、それも街道から入った場所にあるだろう。そう考えると、逃げるに逃げられない街から最も離れた中間あたりが襲うに適した場所になると考えられる。


 いつもの半分ないし三分の一程度の速度に魔装馬車を抑え、水魔馬が疾走しそうになるのを灰目藍髪が宥めすかしつつ一日かけてドゥンまで移動したのである。


「結構大きな街ね」


 街壁こそないが、都市として自治が認められ、また、定期市が開かれ、川と脇街道の交差する場所であることもあり、街は豊かになったと聞く。修道院が立ち並び、やがて施療院や初等学校などが建てられた。

土塁と濠とを有した街である。


「一先ず、泊るところと狩猟ギルドを探しましょう」


 修道院のほとんどが解散されたものの、その礼拝堂はそのまま教区教会に転用された。また、宿坊も宿泊できるようにいくらかは残されていた。今回もリンダム同様、三人づつに別れ彼女と伯姪、茶目栗毛は情報収集に向かうのである。



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