第681話 彼女はオリヴィと別れ北へ向かう
第681話 彼女はオリヴィと別れ北へ向かう
一旦、宿に戻り入浴をし仮眠をとる。その間に、領主館の役人を連れ、オリヴィ達がノルヴィク城塞の後始末へと向かっていた。
「疲れたわ」
「疲れましたねヴィ」
夕食の時間は、高級宿に戻って来たオリヴィ主従。そして、夕食を共にする。
今日の出来事の情報交換をし、彼女は気になっていたことをオリヴィに話す事にした。
「捕らえられていた、あるいは誘拐されていた人たちはどうするのかしら」
オリヴィ曰く、吸血鬼に雇用されていた使用人は兎も角、拉致連行された被害者に関しては、簡単な取調べの後、解放されることになっているという。
「ああ、それでお願いがあるんだけど」
オリヴィはロッドの街の住人で保護された人たちを明日にでも送り届けてもらえないかと彼女に依頼する。魔装荷馬車と水魔馬で移動すれば一日仕事で終わるはずだ。こちらも、全く縁がないわけではない。
「構いません」
「助かるわ」
笑顔で快諾する。
傷の手当てをし、食事を与え多少粗末ではあるが寝具のある部屋で寝たこともあり、拉致監禁されていたロッドの若い男女はかなり回復していた。
「やはり、若さって大切ね」
「「……せんせいぃ(ですわぁ)……」」
彼女だってまだまだ若い。婚約者だってこれからだ!!
馬車(魔装荷馬車の魔力抜き)に十人のロッドの若者を乗せ、早々に城塞を出る。オリヴィとビルは「リンデで会いましょう」と再会を約束して分かれる。
ノルヴィクとフラム城の接収に立ち会い、解散するであろう傭兵団が帝国に去るまでの間、吸血鬼の残党狩りや恐らくネデルに潜伏しているであろう『貴種』『真祖』の上位吸血鬼の足取り・潜伏先につながる情報を、大量の資料を捲りながら探す事になる。
そして、依頼完了の報告に新王宮の女王陛下の元へと赴くだろう。
「二人で大丈夫かしらね」
伯姪が達磨兄弟の吸血鬼について心配になったのか、ふと漏らす。大規模な吸血鬼の集団を指揮していた存在であり、『従属種』から成りあがった『貴種』とはいえ、帝国あるいはネデルに潜む上位者とのつながり・情報を持っている分、上位者は奪還を試みるかもしれない。
「それもあって、リンデではサンライズ商会をそのまま拠点にするみたいね」
「それなら、問題ないでしょうね」
王弟殿下一行はともかく、ジジマッチョ軍団と彼女の姉主従がいる。今回の親善副使一行と戦力的には五分以上である。リンデから引き上げる姉と共に王国に帰還するという選択肢もある。
今回、女王陛下との約定の中で、錫の延棒を毎年定額定量、リリアルが手に入れることもあり、その卸先になるであろうニース商会(姉)はオリヴィを粗雑に扱うとは考えられない。ウザイくらいの接待モードで接するはずである。
「いつまでもリンデにいるわけにいかないでしょう」
「それもそうね」
姉はそろそろ落ち着いて後継者作り(出産)もしなければならない年齢である。十代で二人程度子を産んでいる貴族の女性は少なくない。とはいえ、出産はリスクを伴う事もあり、落ち着いて商会を委ねられる状態にすることが必要なのだが。
今回、リンデにも提携(実質傘下)商会を持ち、王都周辺・トレノ・リジェに支店を置き、新しい商品の開発・拡販に力を入れている。結婚以来、商会運営に全力疾走中なのだ。
顔を合わせれば姉妹の母に「孫」「孫」と言われるのも、いい加減うんざりらしいと聞く。ソースはお付きのアンヌ。
「子供を産んで母親になれば、落ち着くのでしょうね」
「どうかしら? むしろ、義務は果たしたとばかりに、ますます勢いづくんじゃない?」
彼女も口に出す程は思っていない。とはいえ、遠征先に常に現れる姉もどうかと思う。賢者学院には来ませんようにと強く思うのである。
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並の馬ではへたばるような距離だが、魔物であるケルピーの引くリリアルの荷馬車は、午前中にノルヴィクを出て、夕方にはロッドに到着した。既に先触れが出ていたため、馬車の到着を待ち構えていた若者の家族や友人……街の住人のほとんどが集まっていた。
『おいおい、お祭りかよ』
『魔剣』が思ったように、収穫祭のようなお祭り騒ぎとなっている。これは、街の若者が無事に戻ってきたことを、精霊に感謝する為なのだという。勿論、実際に連れ帰ってくれた彼女達も大いに感謝されている。
感謝されても歓待されることの少ないリリアル生は、延々と感謝される状況に少々辟易していた。
「すごく感謝されているのですわぁ」
「おいしいごはんに感謝だよぉ」
笑顔で相手をしつつ、隙を見て必死に食事をする渉外担当、碧目金髪と赤毛のルミリ。伯姪や茶目栗毛も相応に対応する。彼女と灰目藍髪は……取り繕うのが苦手なので物凄く疲れていた。ノルヴィクやフラムで吸血鬼討伐した時の何倍も。
彼女も貴族の社交あるいは、商家の奥方としての社交についてはそれなりに学んだが、下位貴族の女主人というのは家の切り盛りが主であり、社交と言っても高位貴族のように「主」として持て成す側ではない。
副伯から伯爵となることが確定し、まして、王都に向かう運河が開通すれば主要な交通路となるワスティンの森を守る伯爵領となるのであるから……いろいろ大変なのである。祭りの場でも、主催者として多くの領民や来客の挨拶を受けねばならない。
王国の子爵の多くは王家を始めとする領主の「代官」であるので、王の名代としてあいさつを受けないわけではないのだが、それは姉の「役目」である。彼女はその覚悟も準備もなかったのだから、少々シンドイのだ。
とはいえ、街の若者が無事戻ってきたことに喜びと安堵を見せる人々の顔を見るのは嬉しくないわけではない。冒険者としても貴族としても、これまで人助けめいたことは多く行ってきた。だが、こうして直接感謝の言葉を告げられたのは初めてに近い。
勿論、儀礼的な式典や勲章の授与でお褒めの言葉を頂き、感謝の意を示された事は何度もある。それは直截な感情を表に出さないものであり、喜びを目の前にできるものではなかった。
「こんな事もたまにはいわね」
「ええ。ほんの、偶にです」
愛想のない二人はそう言葉を交わす。顔に出ないからと言って、何も思っていないわけでも感じていないわけでもないのだが、伝わりにくくはある。感謝されるのは嬉しいのだ。顔には出ないけれども。
教会の持つ客室に宿泊させてもらい、六人は翌日早々に街を出ることにした。見送りには救出した十人とその家族、教会の司祭ら街の人達がいた。昨日と同様、散々に礼を言われ「また来てください」と狩猟ギルドの受付嬢にも挨拶された。
町が見えなくなるまで馬車で進み、その後は川を魔導船で下る。そして……
「魔力はマリーヌ持ちということかしら」
「はい」
日頃は魔力量の比較的多い彼女・伯姪・茶目栗毛で持ち回りなのだが、水魔馬を従え水精霊の加護を得た灰目藍髪も魔導船の舵を取ることができるようになった。恐らく、赤目のルミリも『金蛙』の加護と魔力で運用できるようになっているはずだ。
『いやよぉ』
「故郷に戻るのが遅くなりますわぁ」
『……わかったわよぉ。ちょっとだけなんだからぁ』
腕を組んだ二足立ちの蛙が不満そうに答える。これで、魔導船の操舵手兼動力が二組増えたことになる。遠征のメンバーを考えるのに余裕が生まれる。
「でも、水魔馬は海でも大丈夫みたいですけどぉ、蛙は無理ですよねぇ」
「ええ、常識的に考えて、蛙に海は無理よね!!」
碧目金髪と伯姪が『金蛙』を煽る煽る!!
『そ、そんな事ないわよぉ!!見てなさい!! 海だってへっちゃらよぉ!!』
魔物に近いケルピーと比較して、泉の女神の系統で尚且つ、崇める者も環境も失っていたフローチェには加護を与える力こそあれ、魔力は……大してなかった。残念。
その後、水魔馬から動力源を変わったものの、三十分ほどでルミリと共にダウンしてしまった。流れに逆らうわけでもなく、速度が出ているわけでもない状態でのことなので、ちょっとした休憩あるいは戦闘時の臨時要因として徐々に慣らしていく方向で彼女はルミリ&金蛙の組を考えることにした。
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川を下ると、大きな河口とその出口部分を湾とした『大ヤマス』と呼ばれる港湾都市へと到着する。ノルヴィクの街で集約した羊毛は、この街の港で大きな船に乗せ換えられネデルの都市へと輸出されていく。
ノルド公領の中でも大いに栄えている港であり、また、ノルヴィクの『外港』としてノルヴィクの代官の治政下にある。
彼女達はまだ昼過ぎと言うこともあり、見せかけ上の帆を張り、そのまま海へと出ていくことにする。
「なんか騒がしそうですねぇ」
見ると、衛兵が忙しそうに走り回っており、騎乗の騎士らしきものが何人かの兵士を連れてその後に続いている。
「早速手配が進んでいるようね」
押さえるのはノルド公の代官邸であろう。ノルヴィク城は制圧されており、フラム城も押さえたのであるから、貿易の拠点である『大ヤマス』にも女王陛下の調査が入るのは当然である。
恐らく、ノルヴィクの異変を知る前に、あるいは公爵からの指示を待つ間に代官邸を押さえる手配をリンデの有力者が女王陛下の側近経由で終えたのだろう。御神子教徒の親ネデル総督派の商人に対し、この機会に出来る限り打撃を与えたいのだと思われる。
最高級・高級の織物はネデルや法国で作成されたとしても、原材料の羊毛をただ輸出するよりも商品・完成品として普及品を販売する方がコストも安くなり労働による賃金が国内に落ち、売上も良くなる。はず。
何もしなければ、ネデルに搾取されるだけの立場が延々と続くことになるのであるから、王宮もリンデの商人も何とかしたい。が、大貴族であり御神子教徒が中心のノルド公領はその障害となっていた。
「吸血鬼なんか使わなきゃ、普通に競争になったかもしれないのにね」
ネデルの総督府は味方を失い、吸血鬼は戦力を喪失した。北王国との連携も頓挫。女王陛下は何年か時間を稼いだことになるし、リンデの商人は自らの商売を伸ばす機会を得た。だがしかし。
「神国が一層前のめりになるかも知れないわね」
神国の戦力はオラン公を始めとする原神子派貴族を追放した結果、今までよりもネデルの締め付けを強くしていくことになるだろう。少なくない貴族・商人を「異端」として処分し、その結果、帝国や王国、連合王国に原神子信徒の商工業者が逃げ出した。とはいえ、工房を背負って逃げるわけにもいかない。残った人間で、ある程度生産は維持できるだろうし、取引を担っている諸都市は健在だ。
短期的には神国・ネデル総督の力は強くなる。その後、逃げた商工業者が再び経済力を得るようになれば、十年二十年後はネデルのライバルが各国に育っていくことになる。そうなる前に、神国は覇権を目指すだろう。
「王国は巻き込まれないようにふるまわないと」
「巻き込まれるわよ。周り全部利害関係者じゃない」
「王太子殿下がぁ、上手くやればいいと思いますぅ」
「賛成」
「賛成ですわぁ」
王国南部の王領の親政で力を見せている王太子が王都に戻れば、更に王国の外交力は高まるだろう。宮中伯アルマンと王太子、そして王妃殿下……三腹黒が揃えば王国の護りは鉄壁なはず。
「リリアルも名前が知られてきました」
「抑止する力になれば良いかと」
国内の不穏な事件の解決、外患誘致する勢力の掣肘、ネデルに連合王国にと陰日向に活動をし、王国に手を出しにくい環境を整えつつある。彼女と伯姪が抱えていた想いは、一期生を中心にリリアル全体に広まりつつある。
やがて、中等孤児院出身の兵士や衛士にもそれが共有されるだろう。
「けど、この行脚つづけなきゃならないってこと?」
茶目栗毛と灰目藍髪の「名を知られた抑止力」発言に、伯姪はやれやれとばかりに手を振る。旅は楽しい。が、いつまでも続けたくはない。
北外海はニシン漁の盛んな漁場である。『アルマン海』とも呼ばれ、入江の民の故地である乗国・末国・電国などがその周辺を囲んでいる。アルマン人の一派である『入江の民』は東から西に船に乗り、一族を引き連れ大島にやってくる、あるいは、襲撃してきたのである。
次の目的地は古帝国街道を起源とする『北大道』の中継拠点都市である『ヨルヴィク』。陸上を移動すると一度リンデに戻り、北大道を進む事になるので、沿岸を船で移動する。
王国内では魔装馬車で人目を気にせず移動するリリアルだが、仮想敵国内で魔装馬車を乗り回すのは少々気が引ける。帝国に移動する際にも使った? それは王国の冒険者としての移動なので問題なし!!
「波が穏やかで潮流も緩やかだと良いわね」
「そ、そうですわぁ」
魔力量を増やす為にも、赤目のルミリは魔力切れまで水魔馬と共に魔導船を動かしている。水魔馬は元気なのだが、魔力回復ポーションを飲むと、ルミリが噴水のように吐きかねないので、自然回復をしなければならない。この遠征の最中、ルミリの魔力量は飛躍的に増加するのではないだろうかと思わざるをえない。
やがて、『大ヤマス』から100㎞程離れた漁村である『ケッグ』に到着したのである。