第679話 彼女は死霊にゴリ押す
第679話 彼女は死霊にゴリ押す
がくりと項垂れる『コンラート』とは対照的に、何やら不敵な笑い声をあげるウリッツ・ユンゲル。
『フハハハハは……はぁ。まあ良いか。ではごきげんよう、『灰色乙女』(笑)』
厭らしい笑みを浮かべ、ウリッツの体の輪郭が朧げとなる。
『おい』
「大丈夫よ」
オリヴィとビルの視線が一瞬彼女に向くが、黙って頷き返す。
『いいかよく聞け、人の理を抜け出せぬ者よ。私のような生死を超越した「超人」には、このように姿を霧に変え逃げ出す事も出来るのだ。まあ、そこのコンラートには出来ぬ芸当だがな。ふははははは!!!』
『貴様ぁ! 兄を置いて逃げ出す気かぁ!!』
『馬鹿め。吸血鬼になったからには、兄弟で在った過去など関係ないわ。そもそも、お前は同じ主に仕える関係でしかないではないか』
そんなセリフを言いながら、すっかり濃灰色の煙のような『霧』と化したウリッツが、勝ち誇りながら彼女の入って来た扉の隙間から出ようとした瞬間……
BACHIBAHIBAHI!!!!
『霧』が扉に触れるたび、正確には扉に施されている鍵穴から外に出ようとするたびに激しく静電気が起きたような現象が発生する。ピカピカと光が暗い室内にほとばしる。
『があぁぁぁ……消える、消えてしまうぅぅぅ』
「消えてしまえば」
「消えてしまえども」
「消えてしまいなさい」
『ううう、なぜだぁあぁぁあぁ……』
そんなものは決まっている。高位の吸血鬼は姿を変えられる。狼、蝙蝠、そして……『霧』だ。ミアンで逃げられた失敗を彼女は忘れていない。
「ようやく引っ掛かってくれたわね」
「まあ、この後消しちゃいますかアリー」
オリヴィとビルもこの展開を起こす為、敢えて館の窓と煙突を外から土魔術で塞いだのだ。正面の大扉だけを残して。逃げだせる方向と方法を制限し、油断している振りをした。そして、彼女が自身の魔力で部屋全体を『魔力壁』で囲んだのだ。
『消える、消えてしまうぅぅぅぅ……』
「なら、実体を戻せばいいでしょう。その密度では、私の魔力を帯びたものに触れたら一瞬で浄化されて消えるわよ」
『ひいぃぃぃぃ』
情けない声を上げつつ、実体に戻ると、どうやら今度は腕を失ってしまったようだ。
「兄と同じになったわね」
「ええ。兄より優れた弟はいないのが世の常ですから」
姉より優れた妹はいるかもしれない。
彼女の魔力壁を解けば、また『霧』になって消えるかもしれない。このまま連れ回すわけにもいかないのだが。そもそも、彼女よりオリヴィが欲している存在である。
「さて、困ったわね」
「大丈夫。これを使って貰えれば」
彼女は魔法袋から、『魔装網』を取り出す。目の細かな物で、日頃、魔物を捉える時に使う物とは少々異なる。
「これは?」
「私の魔力で加工した魔装糸で織った魔装網です。これを革鎧や胴衣の中に挟んで簡易的な魔装鎧にしようと考えて作りました。これなら、吸血鬼が『霧』となって透過しようとした瞬間、浄化されるでしょう」
それは良いと頷くオリヴィ主従。そして、震えるウリッツと、先ほどとは異なり、満面の笑みのコンラート。
『ざまあぁ……ウリッツぅぅぅ!!!』
『……だまれ』
『お前は昔から気にいらなかったんだ。俺の引き立てで駐屯騎士団で出世したくせによ』
『黙れ!! 俺がお前に協力したから出世できただけではないかぁ!!』
本当に仲の良い兄弟などこの世には無い。
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どうやら、吸血鬼の兄弟は魔装網と魔装縄で縛り上げて、そのまま王国というよりも、リリアルに戻るらしい。縛られた状態で木箱に入れて、そのままリンデで討伐報告をすることになるようだ。
とはいえ、彼女もオリヴィもスケルトンを放置して帰るわけにもいかない。
「そうそう、早めに始めないと、ノルヴィクの街にスケルトンの軍勢が暴れ回り始めてしまうわね」
「こんなこともあろうかと、囮を置いているので、街には出ていないようです」
魔力走査でスケルトンの位置を確認した彼女がオリヴィに伝える。
「え、なんで?」
彼女は指示をした。伯姪たちに城塞に逃げ込んで防御するようにと。近くに、魔力持ちがいれば、そこに引き寄せられる。下手に動き回るより、纏まって生きた人間、それも魔力持ちがいる方が、スケルトンは集まり易いと判断したからだ。
「では、ちょっと片付けてきますね」
「ええ。この手の仕事は聖女様の役割り。魔術師の出る幕ではないわね」
ビルの浄化の炎的な物も有りなのだが、石造の壁や城館はともかく、付属の施設はこの建物も含め木材を相当使っている。石造であっても、内装は木材や布を使っている。燃えたら勿体ない!!
「炎の魔術は使い所が難しいですからね。火事になってしまいます」
ビルは、「傭兵団の書類でも回収しておきます」と背後の書棚に向かった。
一先ず、オリヴィは館を塞ぐために掛けた土魔術を解除する。彼女は、そのまま背後の大広間を通り、外へと出る。
月の輝く夜空に、その月の光を反射して白く輝く骨の兵士たち。
『中々壮観だな』
「ええ。ミアンでは夜間戦闘はしなかったし、月も出ていなかったもの。でも、あのときよりはずっと楽よ」
護るべきものが圧倒的に少ない。そして、敵の数も。
魔力壁を足場に、城門楼へと一気に移動。先ずは、土魔術でこの楼門の扉を塞いでしまう事を考える。
城門楼の門自体は降りているので問題ないのだが、ワイトのような知性の多少ある動死体なら、門を開放させる可能性もあるからだ。
『急げよ』
「もちろんよ」
魔力壁を飛石のように中空に配置し、それを蹴ってあっという間に城門楼へと到着する。門の前にいる数体のスケルトンを消し飛ばし着地する。
城塞の正面は既に突破され、階段に密集するスケルトン、その中には、古い鎖帷子に巨大な剣を持ったワイトも数体混ざっている。スケルトンに邪魔をされ中々階段を登れていないようだが、時間の問題だろう。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の壁を築け……『土壁』」
一呼吸を置き、体に再び魔力を満たす。
「『堅牢』」
焼煉瓦ほどの堅さに土壁が硬化する。門扉の半ばほどの大きさだが、十分防塁として機能する。これを消し崩すのも魔力を使うのだだから、闇雲に魔力を込めるものではない。
再び、魔力壁を今度は城門楼の門前から斜め横に立つ城塞の屋上にむけ階段状に形成し、一気に上へと駆け上がる。
そして……
「何よこれ」
『壁だけなんだな本当に』
石の壁だけであり、天井部分は木造の屋根を中から突き出すように配している。外から見るとまるで立方体なのだが、上から見れば、三角屋根が石壁の中にある。つまり、良くある尖塔の哨戒の空間から中に入る螺旋階段がないのだ。
『どうすんだよ』
「……やむを得ないわね」
彼女は、木造の屋根の部分を……斬り飛ばした。
中に落ちる天井の破片に、何事かと騒ぎになる。どうやら、救助した人間が二階に集まっていたようだ。
彼女が天井から舞い降りると、騒ぎが一層大きくなる。
「派手な登場ね」
「入口が込んでいるみたいだったから。仕方ないでしょう」
伯姪が揶揄うも、リリアル勢は階段を登り押し入ろうとするスケルトンの群にそろそろ抗することができなくなりそうであった。魔力壁と実剣で討伐をしているものの、数が多く、らちが明かないのだ。
「雷魔術で一掃しちゃって」
「もちろん、そのつもり」
階下から打ち上げれば、階段正面で戦闘中のリリアル勢に当たる可能性を考え、わざわざ同じ側から撃つために上から二階へと入ったのだ。
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……『雷炎球』」
青白い小火球は、階段から下に向けスケルトンと対峙している茶目栗毛や灰目藍髪、半泣きで魔装槍銃を振り回す碧目金髪の横をスルスルと降りて行く。その姿は、まるで『愚者火』 あるいはwill-o'-wisp。幽霊火である。
TA……TANNTANN……
GASHA!
GUSHA!!
青白い炎から「雷」がほとばしり、フラフラとスケルトンの間を通りながらそれを打ち据えていく。
『もう何発か必要だろ』
彼女は、ぐっと魔力を込め魔銀の片手剣が一層青白く輝き始める。
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……『聖雷炎』」
先ほどの青白い小火球が四個同時に放たれ、等間隔に階段に並ぶスケルトンを押しとどめるように雷を放つ。
TATANN!!
TATANN!!
TATANN!!
TATATATATATATATA!!!!!!
稲光で階段が激しく明滅し、二階に避難している者たちから悲鳴が響き渡る。小なりとはいえ雷が無数に狭い回廊に放たれたのであるから、耳が痛いどころではない。
「……最初にいいなさいよ!!」
「みみ、耳がアァァァァ!!!!」
「きーんとしていますわぁ」
最初の一発目の稲妻で、目がチカチカするだろうと覚悟はしていた。しかし、こんなに大反響があるとは思わなかったのである。
既に階段下まで、スケルトンは黒ずんだ線を残した骨のまとまりでしかなくなり、崩れた骨は階段中を埋め尽くしている。下から階段を登ろうとするスケルトンがこけてバラバラになる。
その背後から来るのは動く死体戦士『ワイト』である。
「まとめてお引き取り頂けなかったようね」
「あれはそこそこ強そうね」
身に纏う鎖帷子は恐らく魔銀製。剣も、魔銀ではないだろうかと彼女は推測する。
「先生」
「……私たちに任せてちょうだい」
「そうそう。一気に下に降りて、相手してしまいましょう」
階段を登りにくそうにしているワイトに向け、魔力壁の階段を形成し、彼女と伯姪は一気に下り降りた。
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四体のワイト。その背後には数百のスケルトンの軍勢。
「さて、どうする」
「逃げ出したいくらいよ」
「それは無しよ!!」
伯姪は階段を下りつつ、身体強化と魔力纏いを全力で込めた一撃を、伯姪の頭一つは大きな一体のワイトに叩きつける。
しかし、ワイトはその剣を剣で受止め伯姪を弾き飛ばした。
「躱して」
「『雷炎球』」
TATANN!!
TATANN!!
TATANN!!
伯姪の一撃で体勢を崩していたワイトに、彼女の『雷炎球』が至近距離から命中する。雷が三箇所に別れて突き刺さった。頭蓋骨がはじけ、剣を持つ腕を砕き、そして、腰骨を圧し折りグシャりとワイトが地面へと潰れるように崩れ落ちる。
「はっ、私の出番はないじゃない」
「いいえ、あなたが崩してくれたから上手く命中したのよ」
接近する二体のワイト、そして、それを囲むようにゆっくりと前進するスケルトン。
「魔力大事にいきましょう」
「そんなわけにはいかないんじゃない?」
階段下から屋外へと、彼女と伯姪は飛び出したのである。