第676話 彼女は『魅了』を知る
第676話 彼女は『魅了』を知る
彼女の軽微な魔力を流す程度で『魅了』が解除されたのであるから、
恐らく魅了の効果自体は、魔力のコントロールのできる人間なら耐えるなり、
自力で解除できるのだろうと彼女は推測する。
とはいえ、魔力の無い人間であれば、比較的容易に意識をコントロール
することができそうだ。
「どんな人に誘われたのでしょうか」
彼女の質問に二人は「王子様みたいな人」「物語の騎士様のような人」と異口同音な内容で返答をする。彼女自身は、王子様のような……王太子様のようなキラキラした美形には強く警戒感を感じるので、そういった形で魅了されることはないのだが。
『魅了は多少好意的に思っていねぇと掛からねぇんだよ確か』
というのであれば、最初から吸血鬼と知っている彼女が『魅了』されることはまずないだろう。
「よろしいですか。お二人の身の安全を考えて、魅了のかかったままのふりをして頂きます」
「「……」」
掛かりが浅くなったと思えば、重ね掛けするかもしれない。しかしながら、一旦不信感を持ち、身の危険迄感じている二人に魅了は二度と掛からないだろう。だから危険だ。
「この城にいる傭兵団は、私たちが全て討伐する予定です」
「私たち……」
「え……全部、だって、凄い数いますよ強そうな男たちが!!」
ややヒステリックな声を上げる。それはそうだろう、まだ十代前半に見える少女が屈強な男たちを倒すと言っているのだ。
「大丈夫です。仲間は優秀ですし、既に、フラム城の本隊は壊滅させています」
「「……え……」」
二人は目を大きく見開き、信じられない者を見た目を彼女に注ぐ。
「それと、これは余計なお世話ですが……」
彼女は二人に、見目の良い男が耳に優しい言葉を投げかけてきても、耳を傾けてはならないと説く。恋人や友人が同伴していたのであればなおさらだ。男たちが捕らえられているのは、彼女達の巻き添えに違いないのだから。
二人は「わかりました」とばかりに深く頷く。しかし『魔剣』曰く。
『けどよ、お前は疑い過ぎだと思うぞ。まあ、胡散臭く思うのは俺もわかるけどよ』
王太子殿下以下、キラキラしている若い男は信用できない彼女なのである。
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どうやら、箱馬車が再び現れ、薬師組二人と茶目栗毛、伯姪が下りて来る。ルミリを宿に残したのは良い判断である。彼女は準備は整ったとばかりに、夕闇迫る空を見上げる。
すると、扉がノックされ、直ぐに人が入って来る。
「おお、彼女が貴族令嬢の巡礼か」
振り返ると、貴公子然とした中々の美形が佇んでいた。目が赤く輝いているのは、『魅了』を彼女に掛けているのだろう。彼女は落ち着いてその眼を見るが、特に何も感じることはない。胡散臭いと思うだけである。
「あなたのお名前を聞かせていただけるだろうか」
「……アリーと申します」
「アリー嬢か。よい名だ。本日は、我等が団長が女王陛下主催の馬上槍試合で優勝された記念の祝勝会なのだ。あなたのような可憐な女性を誘えて、団長も大変感激する事だろう」
といいつつ、彼女のほっそりした体を見て「ちょっと細いな」などと呟いている。聴力も身体強化で高めているので、陰口も心の声さえも聞こえそうである。
連合王国の女性は若干フトマシイ人が多い。女王陛下は痩せてるのは、夜更かしどころか朝方まで起きていて昼過ぎまで寝ている生活と、あまり真面に食事をとらず、砂糖菓子ばかり口にしているからではないかと思う。
彼女の場合、魔力として放出されてしまうのでたくさん食べても全く太らないのであるが。姉? 胸は筋肉なのだろう。
訪問してきたのは、リッツ・ゼルトナーもといウリッツ・ユンゲルの最側近の吸血鬼の一人。『魅了担当』といったところか。
『お前、あいつと前に会ってるぞ』
『魔剣』の指摘に彼女も思い出す。聖都を訪問した時に、商人同盟ギルドの商館の二階から感じた視線。あの時の吸血鬼かと思い至る。
「ならば、あの時に仕掛けたのはユンゲルということかしら」
『いや、ユンゲルに指示した存在でもいるんだろうぜ。そもそも、ミアンにアンデッドを送り込んだ奴だっているわけだし、全部が全部吸血鬼ってわけじゃねぇんだろ?』
ミアンには確か吸血鬼も強襲を掛けてきて、オリヴィとともに撃退した。空を飛べたことから考えても『貴種』であったのだろう。ユンゲルであったのかもしれない。
ミアンが吸血鬼とアンデッドにより陥落すれば、恐らくネデルの神国軍も魔物討伐の名目で出兵し、そのまま統治下においたかもしれない。旧ランドルのミアン周辺は、神国でも連合王国でも王国でも経済的に成立するならどこでも良いという面がある。
ネデルとランドル、対岸の連合王国は羊毛とその加工で強く結びついてきた過去がある。
「ここで過去の清算と行きましょうか」
『そのつもりで巻込んだんだろうぜ、灰色乙女はよぉ』
なるほど、聖都とミアンでの借りを彼女自身が叩き返せると言うことか。
それは楽しみになって来たと彼女は思うのである。
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すっかり日も暮れ、室内には小さな蝋燭の火がともされる。ランプではないところが金がかかっているのか、あるいは魔石のランプが希少品なのかはわからないが。
「では、参りましょうアリー」
「ええ。楽しみですわ」
どうやら魅了担当は『コンラート』という名の騎士である。にこやかな笑みを浮かべ、優しげであるが、その胡散臭さは王太子並みである。
「アリー嬢は、こうした式典は初めてでしょうか」
「……このような形では初めてです」
『女主人』のような形での参加はない。自分の為の式典には、何度か参加したことがある。大変不本意なのだが、新たな爵位を賜ったり、副元帥に叙された時などは、当然人を招いてお披露目しなければならない。父子爵や姉婿との関係でつながるニース辺境伯なども面目に関わる。
勿論、爵位を授け副元帥に任じた王家に対しても、盛大に祝わなければ不敬であると叱責されかねない。貴族は面子商売なのである。
それは傭兵団も同様であり、名を売り勝ち戦に参加し、数を揃えて高く売りつける必要がある。有利な契約を勝ち取り、自らが主導権を握り戦争に参加しなければ、損失を押付けられ契約内容を踏み倒されても文句が言えない。
そういう意味で、馬上槍試合優勝の意味は、傭兵団にも契約者であるノルド公にも大いに意味がある……はずであった。ノルド公は既に、俎板の上のニシンである。
今の段階で騒ぎが起こっていないことを考えると、祝勝会の最中に伝令が来るかもしれない。とても楽しみである。
一先ず、ロッドの二人は動揺を表に出さずに、魅了に掛かったふりを継続できている。彼女はそれとなく自身の存在をほのめかしたことも有効に作用しているであろう。
『妖精騎士』は連合王国でもすでに名を知られており、王国内の教会でも『聖女』として、王国を侵そうとする魔物や悪党を討伐する存在だと……物語や芝居を通じて知られている。
何でも、リンデにおいては王都以上に人気の演目らしく、悪い海賊を叩きのめす題目が最近では話題になったという。田舎には、巡業の芝居や、旅の吟遊詩人が酒場などで物語を語るのだという。
どうやら、竜を討伐したり、人攫いの村を探し出し攫われた人を助け、村を襲った吸血鬼とその配下の喰死鬼を滅ぼしたり、また、巨大な小鬼や醜鬼の群れを討伐したりするのだ。
全部実話です。
ホールへと降りると、彼女の登場にわっと歓声が上がる。貴族の御姫様? を間近で見る機会など、傭兵達にはまずない。貴族の前では頭を下げ続けるからだ。
すると、ガシャリと正面の大扉が開き、主役が登場した。背はそれほど高く無いが中肉中背、見事な顎髭と口髭を生やしている。年齢は四十手前ほどであろうか。『戦死』とされた年齢が五十前後であったので、年相応に外見は老けたようだ。
目の前のコンラートは、恐らくかなり若返っている。それは、この男の名前がユンゲルの兄の名であり、ユンゲルの前任の騎士団総長でもある。肉体のピークが兄は若い時期に来たのだろう。どう見ても、一回りは若く見える。
すると、人の塊が割れ、中からジジマッチョを若くしたような男が現れる。恐らくは今一人の側近吸血鬼であろう。魔力量が多い。
「おお、いい女だなコンラート」
「失礼だぞベルナー。申し訳ありませんアリー嬢」
彼女は首を横に振り、軽く会釈をする。
「ホントに貴族の娘なんだな」
「勿論だ。魔力のある平民だって、こんなに淑女に振舞えるわけがない。ですね、アリー嬢」
ほほほと日頃使わない「令嬢」っぽい笑い声を立てる。当然、顔は魔装扇で口元を隠している。
「まじ、令嬢だな。扇だって、かなり良さそうなもんだよな」
「……品定めするだけでなく、思ったことを口にするのは止めなさい」
「はは、申し訳ない。気を悪くしたなら謝る」
「いいえ、お目が高いのですわねベルナー様」
「だろ!!」
うん、脳筋だ。間違いない。交渉・魅了担当のコンラートに、戦闘・教育担当のベルナーといった役割分担なのだろう。この後スタッフでおいしくいただきました、担当とも言う。
「いいから、隊長の所にアリー嬢をお連れする」
「わかった!! おい、路を開けろぉ!!」
人垣がさっと分かれて、ユンゲルの立つ場所まで路ができる。二人にエスコートされ、彼女はユンゲルの所へと向かう。
「ホスト役がいないのではと思って心配したぞコンラート」
「ホステス役のアリー嬢をお迎えに行っておりました。アリー嬢、ゼルトナー団長だ。ご挨拶を」
伯姪たちも正面の扉から入場してきたのが見える。恐らく今、目が合った。
「始めまして団長閣下。アリーと申し……」
二たび大扉が、今度は大きな音を立てて開かれる。そこには、二人の兵士を伴った、騎士風の姿の男がやつれた顔で立っていた。
「何事だ!! 祝勝会が始まるんだぞ!!!」
『酒が飲めるぞ!!』と勢い込んでいたであろうベルナーが、忌々し気に一喝する。
「だ、団長に至急の伝令です!!」
やつれた騎士を促す兵士、よろよろと進んだ騎士が、団長に手紙を渡す。縋訳内容を確認したユンゲルが、二人の側近に耳打ちする。顔を見合わせた二人。
「団長と幹部は少々打合せすることができた! 各小隊長と中隊長はこの後団長室へ移動する。それ以外は、飲み始めてくれ!!」
「「「「おう!!!」」」」
ユンゲルに側近二人、加えて四人の小・中隊長が奥へ移動しようとしたその瞬間、バン!!と盛大な音を立てて扉が開く。そして……
DANN!!
DAN!!DAN!!DAN!!DAN!!
建物の窓が土の壁で塞がれていく。やがて、外に出るには正面の大扉以外、方法が無くなってしまった。はず。
「今晩わ、皆さん。今宵は皆さんに出会えてとても嬉しいです」
オリヴィとビルが現れた。魔術師のような風体の女と、長身赤みがかった金髪の美丈夫。誰かが『灰色乙女』と呟く。
「知ってる人もいるようなので、一応自己紹介しておきますね。帝国の星五冒険者オリヴィ=ラウスと相棒のビルです!! 今日は大変残念なお話をお伝えしなければなりません」
しくしくとどこか姉のような言い回しで傭兵達を挑発するオリヴィ。姉の悪い影響を受けているに違いない。王都ではよく遊んでいるという話だ。
「今日、ここで幹部の皆さんが討伐されるので、この傭兵団は解散となります!!」
そんな事だろうと思っていた。既に、リリアル勢は武装を整えている。ビルも剣を抜いた。ここで彼女もバリバリとドレスを切裂き、動きやすい長さに整える。
「二人は壁際でしゃがんで小さくなっていて頂戴。これから、立ち廻りが始まるから」
「「……」」
固まった後、小さく頷くとよろよろと付き人女子二人は壁際へと移動した。
「ノルド公と親衛隊? は幹部も含めて全部討伐しちゃった。ほら、こんな感じだよ!!」
魔法袋から、首と胴の離れた吸血鬼の死体が放りだされる。驚きで声も出ず、へなへなと腰砕けにしゃがみ込む者もいる。そもそも、祝勝会に帯剣して出席している者などいない。精々、護身用のダガー程度である。つまり、丸腰で、魔術師を相手にしなければならない。それも、帝国最高峰の化け物魔術師とその護衛役の剣士である。