第674話 彼女は一先ず商業ギルドへ向かう
第674話 彼女は一先ず商業ギルドへ向かう
「あー 良く寝ましたぁ」
「スッキリですわぁ」
今日から明日にかけ、吸血鬼討伐で大忙しとなるであろうことから、この野営はしっかりとした休息をとることが目的でもあった。
「昨晩、下見に来ていたわ」
「はい。吸血鬼らしき魔力持ちが一体と、そのつれですね」
「「ええっ!!」」
碧目金髪と赤毛のルミリは恐怖を露わにする。
「大丈夫よ、攫われるのは……」
「私なのだから。みんなは、まとまって行動。特に二人は、宿屋の部屋から出ないようにね。食事はあなたが運んであげて」
「わかったわ!」
宿の者のフリをして部屋に入ってくる可能性もある。魅了を利用するかもしれない。若い女巡礼者は、魔力が無くても良い売り物になるからだ。
「宿は巡礼宿ではないところに泊まりましょう」
「ええ。昨日のうちに、オリヴィが探してくれているでしょうから、一先ず商業ギルドで合流するわ」
馬車を収容し、水魔馬を小型にする。巡礼なのだから徒歩で移動する。というより、馬車の場合入場するのに手間がかかるからだ。荷検めや、入場税も余計にかかりかねない。馬車目当ての盗賊もいるだろうから、余計なことに巻き込まれたくないのだ。
「マリーヌは奪われても問題ないしね」
「ええ。恐らく、自力で撃退……いいえ捕縛までするでしょうか」
水魔馬は、水の精霊として精霊魔術を駆使するのだが、純粋な水の精霊である『オンディーヌ』とは異なり、水草のような土系統の要素を加えた魔術を行使する。
例えば、捕縛に使用できる『水縄』は、水草を用いて縛るもしくは引寄せることができる。
また、『水鞭』として使用することができる。前脚の付根あたりから左右に使う事ができるが、後脚からも出せるので都合四本の鞭を操る。馬の持つ広範な視界を生かす。
固有の特殊能力としては、対象の姿移しの変化を行う事も可能だ。故に、『身代わり』となることも可能。但し、話したり同じように行動することは難しい。あるいは程度によってはできない。
野営地を撤収し、朝早くにノルヴィクへ到着する。入場する者はまだ少なく、様子から見ると近隣の村や町から食料などを納品する者のようである。これは、顔見知りなのかあるいは通行手形があるためか、審査が簡単でスイスイと進んでいく。
「まて、お前たちは……巡礼か」
「狩猟ギルドからの依頼で、商業ギルドへ書状を渡しに行きます。これが会員証、これが書状です」
「……お、ロッドからか。いいぞ」
一行は頭を下げ、ノルヴィクの街へと入る。どうやら、狩猟ギルドからロッドの街の仕入依頼書を届ける依頼を受けておいて良かったようだ。
そして、門衛とは別に、派手な衣装の武装した男たちが彼女達一行を凝視している事にも気が付く。一人が急ぎ足で離れていき、一行の後ろに二人の派手な武装をした男が距離を置いてついてくる。
いつもならフードを被るのだが、今日はターゲットとなるために、彼女は顔を晒している。正確には、茶目栗毛が軽装の剣士風の姿で、他の五人は巡礼風である。
「やっぱいたわね」
「ええ。あの野営地からなら、あの門に入場することは予想できるもの」
もしかすると、彼女と他のメンバーをそれぞれ別に攫うつもりなのかもしれない。魔力持ちと魔力なしでは、その後の使い道が違うと言ったところか。
商業ギルドに向かい、茶目栗毛が受付にロッドからの仕入依頼を渡す。
「お待ちしておりました」
商業ギルドの受付から、ものすごい勢いで感謝される。どうやら、最近ノルヴィクを訪れたロッドの住民が何人か幾人か不明になっているのだという。その為、ロッドの住民がこの街を避けているのだとか。
「なん人くらいですか?」
「若い男性や女性ばかり、十人くらいです」
特に危険な職業に就いていることはなく、ロッドの製糸工房や煉瓦工房で働く者であるという。休日にこの街に買い物などに来て、そのまま帰らないのだそうだ。
「駆け落ちかもしれませんね」
「そうね……一人二人ならそうだと思うんだけど」
大きな街なので、どこかにいつの間にか去っていたという若い男女は珍しくないのだが、ロッドの者たちはそういう浮ついた感じではないのだそうだ。
「あの街は特に信心深い人が多いですし、地元を大切にしているので、失踪とかは考え難いんですけどね」
古い聖地でもあり、街には働く場所もある。大きな都市にも近く生活しやすい。わざわざ、故郷を捨てて余所で暮らす必要もない。これが、原神子信徒同士で、宗旨が違う為に結婚できないというならともかく、ロッドの住民は全員、聖王会・御神子教徒なのである。
すると、そこにオリヴィとビルが現れた。
「首尾は?」
「上々よ」
「それは楽しみです」
オリヴィは、昨日既に六人分の宿を確保してくれているという事で、場所を確認し、彼女らは宿へと向かう。
一旦宿に入り、適当な時間に彼女が一人で街に出て……攫われるのだ。オリヴィ曰く、そこそこ良い宿であるし、人が失踪するような事件は起こしていないということだが、ノルド公の息のかかった傭兵団の協力要請という名の強制を排除できるとも思えない。
長生きしたいのであれば、長いものには巻かれなければならない。
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宿は、恐らく元は貴族あるいは富豪の館を改装したものだと推測された。馬房があり、馬車も止められる。三階建ての最上階をワンフロア貸し切りにしている。北部の富豪の敬虔な御神子教徒の娘が、侍女らを連れて巡礼に出ているとオリヴィは説明したようだ。
貴族の遣う主寝室と応接室、そして使用人の控室。同じ階には、従卒や供回りの大部屋が用意されている。食事は、宿で簡単なものを用意できるのに加え、提携している料理店からルームサービスとして夕食を手配することができるのだという。
一通り部屋を確認し、サービス内容を見ると、恐らく、南都や旧都にある下位貴族あるいは富裕な商人が利用する宿であると見当がつく。
そんな話をしていると、赤毛のルミリは「もっと上の身分の方はどうなさるのでしょう」と聞いてきた。
「ニース辺境伯閣下はどうされるのかしら」
「大抵、その地の貴族の城館の客になるわね。挨拶して食事を共にするし、家族同士を引き合わせたりして、社交をするわね」
王都から出ない子爵家ではわからないが、伯爵より上の身分であれば、その地を訪問して素通りというわけにもいかない。また、歓待しなければ、その地の領主も面目を失う。事前に承諾を受け、あるいは数日前に先触れをだして訪問することになるようだ。
「それより緊急の場合はどうなるのでしょう」
「そうなると、騎士団の駐屯地とかになるんじゃないかな。あるいは、王領の領主館・代官所あたりかもしれない」
先触れなしで食事と休息、馬の世話のできるところは限られている。主のいないであろう領主館・代官所、緊急時の対応に慣れている騎士団駐屯地の辺りなら、それに対応できるのだろう。とはいえ、高級宿と巡礼宿位の違いはあるのだが。
簡単な昼食を頼み、この後の段取りを確認する。
ノルヴィクはウェン川の蛇行点を利用した都市であり、川の流れと城壁の組合せで外郭防御を担っている。街の中を流れる川に掛かる幾つかの石造の橋も、防御拠点として円塔・城門楼を備えた堅牢な構築物となっている。
ノルヴィク城は、街の人々を侵略者から守る施設であった。ウェン川も同様で、都市の 3 つの側面に自然な防御線を形成しています。これらの 2 つの重要な防御線に加えて、二百年前に建設された高さ 6mの壁の建設によって都市はさらに保護された。
壁は 十の城門で構成され、その間に一連の塔が建設された。
「そのノルヴィク城が監房として利用されて、傭兵団がいるというわけですか」
「そのようね」
宿の従業員にそれとなく「傭兵団」の話を聞いたのだが、昼夜問わず街中を巡回しているようで、安心を感じる者が少数、不安を感じる者が多数であるという。やはり、派手な衣装を着た帝国出身者の多い傭兵は、言葉も余り通じないこともあり怖いのだそうだ。
無茶や乱暴狼藉は今のところ見られないが、「気が付いたら後ろにいた」「しばらく追いかけられて怖い思いをした」といった話が多いのだそうだ。
「一人では出歩かない方が良いですよと言われたのよね」
「まあ、ほら、最初三人で出かけて二対一に別れればいいんじゃないですかぁ」
ということで、伯姪と茶目栗毛、彼女の三人で宿を出て、途中で分かれることにする。宿を出る時点では注意されたとおりに振舞ったということになる。
ノルヴィクは百年戦争前くらいから発展した場所であり、川を利用した水運と周辺から集めた羊毛を加工し、川を使って外港に相当する『大ヤマス』へと輸送する羊毛貿易の主要な場所となった。この市場の成長は 川に支えられ、ノルド公領の羊毛の強力な戦略的輸出ルートを提供している。
また、街を取り囲む土地は非常に肥沃で、都市がさらに成長し、繁栄するのに役立つ食料生産を担っている。
そして、ノルヴィクの人口はネデルからやってきた移民により増加。新参者は街に大きな影響を与え、かつて街の富と繁栄を支配していた繊維貿易の復活に貢献した。
早くから開けたこの地方は、王家にとっても重要な拠点であると認識されていた。
ノルヴィクの街と、その中央の小高い丘の上に立つ城塞も、王の権力と軍事力の畏敬の念を起こさせるシンボルとして建てられた。城塞は王宮として建築され広大な敷地を有するものである。 城塞の主塔は高さ21m、幅28m、壁の厚さは約3m出入口は 一階東側にあり、『ビゴッド城門塔』によって保護されている。
王宮であるゆえに、城塞自体はさほど強力な防御施設を有していない。都市全体を防御施設として建設された『要塞都市』という性格が、領都ノルヴィクにはある。
二百年前には市壁と百年前に市議会が建設され、主塔の軍事・行政上の重要性が低下し監獄として転用された。
「どのくらいいるのかしらね敵は」
「さあ。中隊規模なのだから、兵士が百人、吸血鬼が貴種並が三体、その下に数人の劣後種といったところでしょうね」
「はぁ。百人ですかぁ」
人間でも吸血鬼でも、首を斬り落とせば死ぬ。力も精々、醜鬼程度であるから、裁くのは難しくない。
「折角だから、スティッレットを使っていきましょうか」
「まあね。あとは魔装拳銃くらい? 剣は目立つものね、帯剣はできるかぎり止めておこうかしら」
「魔装扇もつかえそうですわぁ」
巡礼が扇を使うのは少々場違いな感じがするが、メイス代わりに魔力を纏って戦うには良いかもしれない。魔装槍銃とか、絶対無理だから。
宿で待機する薬師娘と赤毛のルミリ。主寝室に滞在してもらう。どこかでこの宿自体はオリヴィとビルが監視してくれている。『猫』をどこに残すかだが、彼女を追走するようにしておく。万全の状態の『貴種』とその従者である高位の『従属種』と三対一で対峙するのは自信がない。
「ではまた後で」
「おいしい朝食が食べたいですぅ」
「宿で用意してもらっておきますわぁ」
湯は水の加護持ちに満たしてもらったバスタブに、ビルが炎の精霊魔術で加温してもらえば……多分大丈夫。
明日の朝までに決着をつけたいと彼女は考えている。
『ラウス卿から伝言です。貴種は城に入ったと』
『猫』の言葉を聞き、彼女はリリアルメンバーに伝える。
「長い夜になるかも知れないので、明日はゆっくり過ごしましょう。怪我のないようにね」
「「「はい」」」
彼女と伯姪、茶目栗毛は宿を後にする。
大通りを歩き、二人は別れて道具屋へと入っていく。彼女はその先にある小径に入ったところにあるという薬師の店へと向かうことにした。
一人になった彼女の背後に、距離を詰めた三人の帝国傭兵がいることに彼女は気が付いている。
『主、距離を詰めてきました』
彼女は黙って前を向いたまま小さく頷き、予定通りに小径へと入る。ざざざと地面をける音がし、彼女の背後から男が声をかける。
「巡礼のお嬢さん、どちらまで?」
如何にも優男でありながら、目はその下心を映しているような暗い目をしている男が、優し気に声をかけてきた。振り向いた彼女を見て、男たちが硬直する。
「こりゃ、貴族様じゃねぇのか」
「かもしれねぇ。まるで、白雪姫じゃねぇか」
「だな」
『白雪姫』は、かなり幼い少女であった気がする。彼女は自分の年齢が幾つに見えているのだろうかと少々腹立たしく感じていた。