第672話 彼女は『狩猟ギルド』を知る
第672話 彼女は『狩猟ギルド』を知る
連合王国は貴族が圧倒的に少ない理由。それは、ロマンデ公の率いてきた騎士兵士の子孫がその基であり、それ以外の先王国の住民は精霊魔術中心で魔力量が少ない者しかいなかったという事が理由であった。
精霊魔術を誰でも使えるというわけではなく、祝福持ち、加護持ちが少ない魔力量で精霊の力を行使できたのだ。生活環境が変わり精霊の少ない場所で暮らす集団から精霊魔術が失われ、教会での教えが浸透するに従い、精霊との関係も失われていった。
結果として、『魔力量の少ない』先住民の子孫である平民が圧倒的多数を占めるに至る。貴族とその配下の騎士と、それ以外の平民・兵士の間に大きな力と身分の格差が生まれる。
魔力持ちが騎士・貴族に取り込まれないと言うことは、身分の間に断絶が存在することにつながる。
言い換えれば、魔力持ちの平民の孤児がほぼいない連合王国においては、『リリアル学院』は成立しない。魔力持ちの階層間移動がないので、対立は常に深まる。
原神子信徒が都市に多い理由も、その辺りにあるのだろう。本当の貴族と見做されない「魔力の無い貴族」である商人・都市住民出身の者たちが集まったものが厳信徒と言える。
聖典にはそもそも「魔術」に関する記載が非常に少ない。あるのは神の奇蹟という名の魔術の行使である。聖典が全てであるとするならば、魔術が使えない事は全く問題がない。
言い換えれば、彼女が『聖女』と王国でみなされる最大の理由は、魔力量に恵まれ、『神の奇蹟』を顕現させていると単純に思われているからだ。教会・教皇庁は公に認めることはないが、身上としては「有り」と考えている。
狩猟ギルドは『準軍事組織』であると、会話の中から彼女たちは気付いた。
各街のギルド同士の交流は希薄であり、土地に根付いた活動をしている。また、等級などの評価はない。狩猟ギルドに登録の無い者だけでの狩猟採取は、原則認められない。(狩りや換金素材など)
年会費が発生する。但し、採取メンバーに一人以上在籍していれば活動は可能と見做される。
その場合、ギルドがある街を統治する貴族の軍に所属する。
定席会員(正会員)と臨時会員がある。臨時会員には従軍義務はないが、年少者(15歳未満)・高齢者(50歳以上)・他領の者の場合に限られる。
連合王国では貴族による狩猟地・放牧地の囲い込みが進んでおり、ギルドメンバーであれば大目に見られるという点がある。反面、有事の従軍義務が発生する(弓兵・斥候・看護兵として)準軍事組織の意味もある。
「討伐の補助兵力、斥候や道案内、支援のための人員として容易に領主から命令がありそうね」
「……ある意味、リリアルの薬師組みたいな感じですね」
「「「確かに」」」
冒険者組が騎士・領兵の扱いであるとするなら、薬師組・使用人組は狩猟ギルドの徴募兵といった関係になるだろうか。
「今は戦争がない期間がしばらく続いているから少ないでしょうけれど、お年寄りの中には、その昔『徴募弓兵』として王国と戦った方達もいるのでしょうね」
長弓兵は自営・自由農民という豊かな農民が担う兵種であった。彼らは、女王の親衛隊やリンデ城塞の守備兵など王家との縁が深い。恐らく、王家とつながりの深い領地出身者なのであろう。
『水魔馬』である『マリーヌ』はとても力強い馬である。ネデル遠征では二頭で牽いた魔装荷馬車を一頭で牽いていくのだが、全く遜色がない。
ただし問題がないわけではない。
『ちょっと、またなのねぇ』
「仕方ありませんわぁ。水場ですから」
馬は毎日大量の飼葉と水を必要とする。そして、水魔馬の場合、池や川、沢で水に浸かる事で力を回復する。
「リリアルに養殖池があってよかったわね」
「はい。心配せずに済みます」
住んでいる魚は大丈夫なのだろうか。王都もワスティンも水に恵まれた環境であるから何ら心配はない。マリーヌも力を尽くせるだろう。
ざぶざぶと手が痺れるほどの冷たさの沢の水に胸までつかり、気持ちよさそうな水魔馬。人間なら心臓が止まるのではないだろうかと思う冷たさである。
「さて、この後ロッドで一泊して、翌日にノルヴィクに到着という感じかしらね」
オリヴィは多人数の荷馬車の旅が久しぶりのようで、中々楽し気にしている。駆け出し冒険者であったころは、泥濘を『土魔術』の「硬化」で均しを手伝うことで喜ばれたのだという。
加護持ちであること、桁外れの魔力量であることがあって初めて成り立つことになる。リリアル生なら、「魔力壁」で回避する程度だろうか。
「ノルヴィクに向かう依頼を受けましょうか」
「狩猟ギルドで?」
「ええ」
ご当地ギルドである狩猟ギルドでは、領を跨ぐ依頼は受け手が少ないのではないかと推測する。なので、『臨時会員』として登録するとよいだろう。問題は誰がするかである。
赤目銀髪が要れば確定なのだが、今回は不在である。
「私でしょうか」
「お願いできるかしら」
「はい」
弓の扱いで言えば、暗殺者ギルドで教育を受けている茶目栗毛が相応しいだろう。幸い、弓銃は彼女の魔法袋に収納されている。銃も使えないわけではないが、勢子を使った狩りのような形でないと火縄の匂いで獣が警戒する。威力と構えが小さく狙撃向きの『弓銃』が狩猟向きであろう。
山国の伝説的弓の名手『ヴィルヘルム』も、弓銃を用いている。
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彼女達一行は、ロッドの街の『三身合一教会』の宿舎を一晩の宿として定めた。ここは、父王の父王、即ち祖父王の代に建てられた教会であり、それ以前は千年の歴史を持つとされる『聖幸教会』の古い礼拝堂が存在した。
教会は、先住民の聖地に形を変えて建てられたとされ、水の精霊の加護を受けた場所であるとされている。
『なんか調子よくなってきたわぁ』
金蛙も水魔馬も調子が良くなっている。恐らく、水の精霊に対する感謝の念がつもり重なった場所であるからだろう。古い教会というのは、御神子教以外のご当地の聖人を祀ってることも少なくないが、これは御神子教布教以前にその地で祀られていた精霊を形を変えて祀っている場合も少なくない。
故に、神への祈りの一部は精霊へと向けられているのである。
荘厳なフリント石壁を持つ礼拝堂の横に、下働きの者や旅人、巡礼用の簡素な木造の建物がある。ここが今日の宿である。
「意外と内装は今風なのよね」
「新しい建物ですから、その分、外装は時代がかった物を選んだのかもしれません」
大聖堂ではなく教会なので、内装は簡素と言って良いものである。あくまでこの地の教区民が祈りを捧げる場所である。聖王会の教会であり、御神子教徒のミサ・礼拝が行われる様子が目に浮かぶような場所である。
「大勢で祈り、感謝を捧げる気持ちにさせる場所です」
原神子信徒は自身の信仰に拘る故に、分派が激しいとも聞く。このような大きな教会ではなく、建物の一室・一画を集会場兼教会としている傾向がある。それはそれでよいと思う。
修道院が解散させられ、修道院の礼拝堂がそのまま各地の小教区教会になったとも聞く。そういった場所では、恐らく御神子教の礼拝が、聖王会の名の下に行われているのだろう。
厳信徒の教会と聖王会の教会はかなり異なる。聖王会は、ほぼ御神子教で、ただ教皇庁の支配下にないという要素が強い。反面、厳信徒は聖典以外の教えを認めない。教皇庁を否定する存在なので、異端の度合いが高いと考えられる。
言い換えれば、聖王会は直ぐにでも教皇庁の元に戻れるが、厳信徒は教皇庁の存在を否定する為、それは考えられないと言うことになる。
自炊の食材を入手する為に、一先ずロッドの街へと足を運ぶ。オリヴィ主従と水精霊の加護持ち二人はお留守番である。蛙はともかく、水魔馬は飼主から離すのは少々危険なのだ。この地の精霊の影響を受けたのか、少々興奮気味なのだ。街中に連れてはいけないし、連れていく必要を感じない。
「いい街ね」
「ほんと、感じも良いし雰囲気も明るいわ」
彼女はこんな感じの街にしたいなと思い描いていた『ブレリア』のイメージにロッドの街を重ねる。賑わいがあるなら人の多い大都市であろうが、そこには顔を知らない者同士が無言ですれ違う場所であることも確かだ。
巡礼姿であることもあってか、異邦人であるリリアル一行にも笑顔で挨拶してくれる。
「あのぉ、少々よろしいでしょうか」
「ああ、何でも聞いとくれ」
渉外担当・碧目金髪も、日頃ほど媚びる必要なく親切に狩猟ギルドの場所を教えてもらう事ができた。それと、金髪さんには皆親切なので、適任者であると言うこともある。
どうやら、教会とは反対側の街の入口近くにあるとのことだ。とはいえ、大して大きな街でもないので、あっという間に到着する。
その建物は、王都の冒険者ギルドを見慣れた彼女たちにとってはとてもこじんまりした建物であった。冒険者ギルドが宿と酒場を兼ねた施設を併設している場所も少なくないのだが、地元密着の狩猟ギルドには二つのカウンターと、ギルド員が委託したのであろうか、商品を並べたブースがあるほか、売ります買います掲示板などがあり、冒険者ギルドと似た面もあるが、細かいところは少々違うようであった。
「あの、臨時会員になりたいのですが」
「はい。巡礼? の方ですか」
茶目栗毛は、カンタァブルから北の故郷に戻る途中で、ギルドで受けられる仕事をもらいながら、戻るつもりなのだと伝えた。
「どのあたり出身なの?」
受付嬢に聞かれ、一瞬戸惑うが、嘘を言わずに済むのは真実を少し混ぜることである。
「村には狩猟ギルドがありませんでしたが、賢者学院のある島が近い寒村です」
「そう。では、登録の前に簡単な審査をさせてもらうから」
どうやら、『互助』目的のギルドに、『助』だけを目的とするなんちゃって会員が入ろうとすることが増えているのだという。Give&Giveである。
「狩人登録なら弓の腕、薬師登録なら薬草の採取で試させてもらうわ」
王国であればどちらでも問題ない茶目栗毛であるが、植物の種類が違う可能性もあり、ここでは『狩人』としての審査を受けることにする。
「これでもいいですか」
「あら、弓銃ね。もちろんよ! 弓銃は手入れが大変だし職人も専門家が必要だから高いのよね」
けれど、あらかじめ矢をつがえておけること、弓が小さくても威力が高い点など、長弓より弓銃にはメリットが多いのだ。整備さえできれば。
「知り合いに良い弓銃職人がいるので、その方に世話になっています」
「羨ましいわね」
但し、ノインテーターなのだが。人間だとは言っていない。
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ギルドの裏手には、弓用の射撃場があった。牧草をまとめた束が置かれ、恐らくはそれが的なのだろう。
「この距離から十本放ってください」
「合否の基準を教えて下さい」
受付嬢、そしてその場にいた会員が立会人として二人。あとは……
「暇なのねみんな」
「そうね。でも、腕試しを見る機会はそれほど多くないのでしょうね」
大きな競技会が開かれる場所ではないし、領主は教会なので腕試しの機会も多くはない。狩人は自分と比較しようと、それ以外は単なる興味本位、あるいは話のタネとして見ているのだろう。
茶目栗毛は、本来巻上機で弦を引くところ、足を掛けて背の力で腕で引き弦を留め金に掛ける。弱い弓銃なら巻上機はいらないが、相応の距離を狙う弓銃なら機械式で巻き上げるのが当然だ。
「魔力持ちかよ」
身体強化で並の人間では引けない弦を引くのを見て、誰かが口にする。
「素晴らしいですね」
「ありがとうございます」
魔力持ちの狩人が珍しいのか、ざわざわと波が広がる。
「当たらなきゃ意味がねぇ」
「そらそうだな」
と、既に当たらないことが決まったかのように外野が騒いでいるが、そんなことはありえない。何故なら、茶目栗毛も『導線』は使える。矢羽根を魔装布で作り、魔銀鍍金のほどこされた矢を使えば、200m先でも必中となる。
50m先の1mほどの大きさの的に半数命中程度が合格基準であれば魔力を使うまでもない。
結局、一本を除き全てが命中した。その一本も、敢えて外しているのだと彼女は推察した。