第670話 彼女はノルド公と対面する
第670話 彼女はノルド公と対面する
末端の吸血鬼の討伐を終え、彼女と伯姪、茶目栗毛と灰目藍髪の四人は、城館のノルド公の居室へと足を運ぶ。
そこに現れたのは、公爵家の使用人と思わしき初老の男性。執事か家宰であろうか。なかなか良い仕立ての服を着ている。主人の体面を汚さないよう、身だしなみには気を使っているのだろう。歩人にもこの心がけを見習わせたいものだと彼女は思う。
帯剣した四人に、恐る恐ると言った態で男は話しかけてくる。
「おそれながら……どちら様でしょうか」
「リリアル副伯です。オリヴィ=ラウスと共に、女王陛下の依頼でノルド公への使者として伺いました。公爵はいらっしゃいますでしょうか」
「……」
伯姪が「場所は分かるから、案内は不要よ!」とばかりに足を進める。階段を登り、それぞれの通路には、吸血鬼と思わしき死体が一体ずつ転がっている。これも歩哨なのだろう。
三階の奥、既に魔力を持つ者の気配はそこにしか感じられない。
『主、既に幹部二体はラウス卿が討伐しております』
先駆けしていた『猫』がこの先のノルド公の居室以外には吸血鬼がいないことも踏まえ、彼女に伝える。
瀟洒なタペストリーの飾られた回廊を進み、一段と豪華な扉の前へと至る。中からは二つの巨大な魔力、やや大きな魔力、そしてささやかな魔力が感じられる。
「さて、お邪魔しましょうか」
ノックをし、伯姪を先頭にノルド公の居室と思わしき部屋へと入る。
そこは、珍しい毛皮を敷き、壁には精緻な模様のタペストリーが掲げられ、どうやらノルド公家の歴史を描いた騎士物語風の図柄である。
そして、手足を斬り飛ばされた大男が床に、部屋の中央の椅子には両手をあげ何やら甲高い声で喚いている細面の男が座っていた。
「わ、私を殺す気かぁ!!」
オリヴィ達がその気であれば、その男はとっくに火柱になっているはずである。
「どう、首尾は」
「これからよ。一先ず、重要そうな書類を接収して、後は隠し部屋でも探す感じかしらね」
「了解よ!!」
隠し部屋探しを伯姪がするはずもなく、その手の探索は茶目栗毛が専門となる。壁を叩き、あるいは、廊下に出て隣室との間に何か空間がないかなど探していく。
彼女は、ノルド公らしい男の視線に注目する。
気になる場所には、自然に視線が向かってしまうものだからだ。
「さて、団長さんについて、色々話してもらおうかな」
『……話す事は……何もない』
「へぇー だって、彼奴、有名な修道騎士団の生き残りの『ウリッツ・ユンゲル』卿でしょ? ノルド公と何を企んでいるかは想像つくわよ」
『……話す事は……ない……』
従属種の表情が険しくなる。
オリヴィは、ノルド公が北王国の女王陛下の王配となり、御神子信徒の貴族・北部の諸侯が挙兵し、ネデルからの神国軍・北王国軍の支援を受け、連合王国・女王陛下を討伐し、御神子教徒による新連合王国を建国するという推測を口にする。
「なっ、何故バレたかぁ!!」
『……公……』
「あっ……私をたばかったのかぁ!!」
吸血鬼が忌々しそうにノルド公を睨んでいる。
「でも、もう無理よ」
『何だと』
「だって、あんたのお仲間の吸血鬼、この城にいる奴ら全部処分したもの」
伯姪は、達磨な吸血鬼にそう言い捨てる。表情から真偽を読み取ろうと吸血鬼が伯姪の顔をじっと見る。
「証拠を見せましょうか」
『……証拠……』
彼女は魔法袋から、大広間と城門楼、討伐した警邏の吸血鬼の死体を山のように積み上げる。
「ああああ、なああぁぁぁぁ!!!」
『ぐっ、クソッ、ウリッツ様に伝えねばあぁ!!』
任されていた吸血鬼主隊を討伐されたと知った従属種・幹部吸血鬼は俄かに慌て始めたのである。
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達磨を虐めつつ、オリヴィとビルはノルド公を精神的に圧迫している。段々とある場所に視線が動く回数が増えていく。
「この壁の棚が怪しいわね」
「そそそ、そこには、何もない!! あるわけがない!!」
はい、ビンゴ。
飾り棚に並べてある無駄に高そうな壺をどける。そこには、50cm四方ほどの隠し棚が存在していた。
「これは、何かしら」
「さあな。下賤の者には開けられまい」
ノルド公は選民思想の強い男であると聞く。
「蛮族の公爵の分際で、王国民である私を下賤の者とは、身の程知らずね。あなたの先祖が、丸木舟で王都を襲っていた時代から、我が家系は王都の護人なのだけれど」
「五月蠅い!! 煩いぃ!!」
すると、伯姪が、護拳で「煩いのはあんたよ!!」と思い切り殴りつけ、歯が砕ける。
「殺さないでね。生かして反逆者として白骨宮に収監する予定だから」
「もちろんよ。どこかの国の狂信者のように自分の宗旨と合わないからと言って殺しはしないわよ」
ノルド公は歯が砕け痛いのか、子供のようにわんわん泣き始めた。これで王配、あるいは国王を狙うとは……随分と安っぽい王位である。
扉には鍵が必要のようなのだが、鍵の在処を聞き出せるようにはとても思えないノルド公の状態である。達磨吸血鬼は幹部とはいえ公の側近でも従者でもない。どちらかと言えば、ノルド公を監視する役割を与えられていたのだろう。
『開けてやろうか』
『魔剣』から思わぬ申し出である。どうやるのかと言えば、鍵穴に差し込める形の装備に変化し、そのまま中で鉤の形に先端を変化させるというのである。
「便利ね」
『あんまやらねぇけどな。嫌なら扉を切裂けばいい』
開けるだけなら切裂くのだが、どのような形で中が管理されているのかわからない。無理やり、あるいは解錠具などで開けると、中のモノが処分される魔導具にでもなっていれば厄介なことになる。
『任せろ』
オリヴィは宥めすかしてノルド公に隠し扉を空けさせようと試みるが、膝を抱えてダンゴムシのように丸まっているので、暫くは無理だろう。
「やってみるわ」
「あなた、鍵開けも出来るの?」
オリヴィは任せたとばかりに頷く。
「先生」
「大丈夫、合鍵があるから」
「合鍵ですか……」
『魔剣』をスティレットの形に変形させ、その切っ先を鍵穴へと差し込む。
穴の中で『魔剣』が鍵の形に変形する間がある。やがて少し左右に廻してから一気にスティレットを廻す。
GASHA !!
すると、ノルド公が耳障りな声で笑い始める。
「何がおかしいの」
「ふあっふあっふあっ!! そのとひらは、むりにあけたならは、なかのものか、いんくまみれになるのたぁ!!」
歯が砕かれたので、ふぁふふぁふ言っているのだが、やはり何か罠があったようである。
「……先生……」
鍵開けの技術のある茶目栗毛が残念そうに声をかける。
「大丈夫よ、これは魔導具だから」
扉を開け、中を確認する。そこには赤黒い字で書かれた契約書が
入っていた。
「なにかしらこれ」
「契約書……血盟契約ね。守らなければ、致死の呪いが掛かる契約書だと思うわ」
どうやら、古代の魔術の一つであるという。血を使う事で、確実に呪の魔術が発動し、契約者を拘束するのだそうだ。
「王国にもあるのかしら。聞いたことが無いわ」
「そうね。まともな魔術師や魔法使いは使わない。死霊術を扱う魔術師の範疇になるからね」
『死霊術師』が扱う契約であるという。
「では、ユンゲルは死霊術師なの?」
オリヴィは首を振る。
「吸血鬼に協力している死霊術師が帝国にいるのよ。それが協力したのだと思うわ」
その死霊術師は、おそらく王国のあちらこちらにレイスやワイト、あるいはアンデッドの魔物をばら撒いた存在であろうと彼女は推測する。
「名前は何というのでしょうか」
「さあ、私も掴んでいないの。あなたの推測通り、ミアンに攻め寄せたアンデッドの軍団を使役したのはその死霊術師だと思うわ」
契約書の結ばれた時期は、ミアン攻撃のしばらく後だが、既に二年ほど前の日付となっている。
「もう、この地にはいないわね」
けれど、と断りオリヴィは続ける。
「あのね、ノルヴィクの城塞がある場所は、ロマンデ公の征服直後の時期において、王城として建築されたものなのよ」
とオリヴィは伝える。その後、聖征の時代において王族内の内戦があり、その時期以降は狩猟宮として整備され、やがて放棄されたのだという。
「けどね、それ以前の先住民の王国時代にはね」
オリヴィは言葉を区切りこういった。
「墓地だったの。先住民の」
つまり、死霊術師が細工をするのであれば、十分に素材のある場所なのである。
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隠されていたのは、叛乱に関する一連の契約書・盟約の類であり、かなりの数の貴族がそれに参加することが記されていた。
これをもって、内々に参加者を罠に嵌めるなり、個々に処罰して勢力を削いでいくことができるだろう。女王陛下にとっては、敵が明確になったことで、今後の対策が取りやすくなる。
目先では、ノルド公の軍が北部に行くことを阻止することができる。ノルド公の軍が北部に叛乱討伐に向かうと見せかけ反転、軌を一にして北と東からリンデに軍を差し向けることになるのだろう。
そこに、北王国の女王の軍やネデルの神国軍が加わり、湖西地方の貴族も叛乱に加わることになる。
結果、南に逃げるしかない女王は、そのまま海を渡り王国辺りに亡命するしかなくなる。
「王国に亡命されても困るわね」
「これで、ネデルの原神子派・厳信徒も後ろ盾も逃げる先も無くなって、殲滅されるしかないじゃない」
オラン公も行き場を無くすだろう。それに、神国の影響力が大きく拡大する。王国の周囲の国が全て神国とその影響下にある国ばかりとなるだろう。
穏健な御神子教徒の国である王国は、神国のような強い締め付けをする事の必要を認めない。ネデルと連合王国の原神子信徒が弾圧されることで、帝国内の原神子信徒にも影響を受け、最終的に、穏健な王国に雪崩込んで来る可能性がある。
そうなれば、ネデルと西大山脈から王国に原理主義御神子教徒軍が攻め込んでくる可能性も高い。神国はネデルを金庫として十全に利用でき、連合王国の私掠船を自軍戦力に加えることができる。
「そうはいかないのだけれど」
「吸血鬼を利用してまで宗旨違いを攻撃するというのは、修道騎士団と本質的には何も変わらないじゃない」
旧修道騎士団王都本部に潜んでいた吸血鬼たちも、不死者となり聖征を継続するという大義名分で自らを魔物化したのであろう。そして、異教徒の魔力持ちを狩り自らの力を高めることを是とした。
「吸血鬼を持ち込んだのは、聖征の教会の先鋭的集団だったのよ。
毒を持って毒を制するつもりだったんでしょうね」
毒を以て毒を制するという言葉は、ミイラ取りがミイラになるという言葉に似ており、前者が後者になることが良くあるのである。