第669話 彼女はフラム城に至る
第669話 彼女はフラム城に至る
「珍しいね、巡礼かい」
「はい! カンタァブルから故郷に戻るところですぅ」
「ですわぁ」
フラム城にある小さな雑貨屋に一行は入っている。雑貨屋兼食堂で、恐らく夜にでもなれば傭兵達が食事や酒を飲みに来るのだろう。女将は「いい売り上げになる」と喜んでいるようである。
ノルド公領は、原神子より御神子教徒が多いので、巡礼に対する視線はとても暖かい。
傭兵団は戦場であれば、随行する商人がいて装備から食料、酒に料理、女迄手配してくれる。この地にも、大規模な傭兵団らしく、それらが滞在し、様々に活動しているという。
「うちみたいな小さな店じゃ、あれだけの人数賄えるわけないからね。それに、ここに立ち入れるのは、傭兵でも士官の人に限られているんだよ。なので、みんな礼儀正しいよ。公爵様の……いや何でもないよぉ」
恐らくは、公爵の家臣団の方が態度が悪いと言いたかったのだろう。愛想のよい碧目金髪と赤毛のルミリが女将に話しかけ、傭兵団の大体の様子を確認してくれた。
どうやら、主力はこの先の兵溜に用いられる原っぱに簡易な宿舎が用意されて滞在しているのだという。そして、幹部や隊長直属の精鋭だけがフラム城塞内に滞在しているのだと聞いているという。
オリヴィは、吸血鬼と普通の人間では生活時間が異なるので、主力で数が多い傭兵団とその指揮官を吸血鬼から隔離しているのだろうと推測する。
「城塞の中は、日も当たりにくいでしょうし、出入りも限られているから、秘密は守りやすいものね」
女将や街の住民から聞いた情報を総合すると、やはり吸血鬼の一団が城塞にいると確信する。
特に、牛馬の類が城塞に近づくあるいは入ると落ち着かないか、狂乱するという話を幾人かから耳にした。吸血鬼の気配を察して、動物は恐怖心を感じるのだろう。住民は「精鋭の殺気に怖気づいた」と考えたようだが、使役されていない動物は、吸血鬼の存在が怖ろしいのだろう。
狼・鼠・蝙蝠といった動物を、貴種あるいは、貴種に近い従属種は使役するのだが、そもそも連合王国には狼がいない。内戦が終わった頃には狩りつくされてしまっていた。熊は、ロマンデ公の征服以前に絶滅している。
故に、「熊虐め」用の熊は輸入している。馬鹿だろう。
雑貨屋で旅に必要なものを幾つか購入したので、店を出る。馬の世話をしていた灰目藍髪と、少々距離を取り周りを警戒しているビルとオリヴィ。街中に何人か傭兵らしき者が歩いているが、用事があるようで流石にフラフラしている者はいない。未だ午前中である。
「どうだった?」
「間違いなさそうです」
城内への突入。碧目金髪と赤毛のルミリはこの街に置いていく。もうしばらくすれば昼食時間になり、先ほどの雑貨屋の食堂が開く。ここで食事をして用事を済ませて戻る仲間を待たせてもらうということにする。
彼女達も、合流して食事をすれば問題ないだろう。
『主、確認してまいりました』
『猫』が彼女たちと合流する。吸血鬼の数は、従属種らしい幹部クラスが三体、他に、『劣後種』と思われる吸血鬼が七十二体存在するという。
数が多いのは面倒であるが、今は吸血鬼にとっては真夜中に当たる時間なので、恐らく不意がつけるだろうということだ。
「見張はどうかしら」
『城門楼に三体、城館の三階ある各階に一体、フード付きマントで体を覆った巡回組が各三体二組。それと、恐らく幹部室に一体が常時起きています』
起きているのは、幹部の従属種一体、劣後種十二体。それ以外は、幹部は個室で、劣後種はホールで就寝中だという。
「ホール……広間で就寝とはどういう状態なのかしら」
『ずらりと……棺が並んでおります』
彼女は「ああ」と合点する。吸血鬼はベッドではなく、己の生まれ育った土地の土を敷いた棺桶で眠らなければ力が再生されないという話を聞いたことがある。己が出身地でなかったとしても、土の精霊の力を含んだ土の上で寝なければならないのだろう。不老不死であったとしても、不眠ではない。
そう考えると、エルダーリッチを選択した『伯爵』は良い判断をしたのだろう。昼寝もするが、伯爵は寝ることに時間を使うつもりは毛頭ないからだ。無駄にアクティブなアンデッドである。
「どうだった?」
「大半は就寝中です」
「では」
「参りましょう」
接近戦に弱い二人を食堂に残し、オリヴィと彼女は城塞に向かうのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
正面から向かうのは彼女と灰目藍髪。灰目藍髪は、騎士の甲冑を身に着け、彼女は軽装の鎧を纏い従卒の振りをする。
その間に、オリヴィとビルは三階の従属種幹部を討伐し、就寝中の吸血鬼は伯姪と茶目栗毛が片っ端から首を刎ねる算段である。
なんでこっそりしないのかというと……
「ノルド公を抑える為には、正面の出口は押さえておきたいのよ」
「本当は?」
「討ち入りは正々堂々正面からするものだから?」
オリヴィがサムズアップする。それに倣うビル。
「こそこそ殺して回ったら、後でそれを盾に文句を言ってくるからねノルド公が」
「ノルド公は吸血鬼化されていないのかな」
「それはないでしょう。そもそも、あの程度の男を吸血鬼にしても役に立ちませんし、吸血鬼では国を治められませんから」
吸血鬼はあくまで黒幕の役であり、表向きは王族や貴族が統治している形態を望むのだそうだ。吸血鬼はあくまでも自分たちの『狩場』と『巣』を確保する為に協力するのだという。
「吸血鬼が五体も揃えば、普通は手も足も出ないからね」
オーガ五体相当の能力に加え、生前の知能を有している。再生能力もオーガを凌ぐ。人と同じ大きさで人に紛れて暮らす事が可能な、厄介な存在が吸血鬼である。
「リンデにはいないのでしょうか」
「さあ。調べてはいないけど、いるでしょうね」
「いるんだ」
伯姪は警戒するが、魔力持ちの貴族や騎士らは郊外か城塞のような居館にいるので、隷属種程度ではどうにもならない。隠れて力を蓄える行動論理が身についている故に、高名な貴族・騎士には手を出さない。流れ者や外国人の中でも、失踪しても誰も気にしない魔力持ちを物色しているのだという。
「相手が騒ぎを起こさなければ、弱い吸血鬼の存在は正直分からないわよ」
三手に別れ、彼女は『フラム城』の正面にある城門楼へと向かう。
時間を合わせ、昼の鐘に合わせ城門楼へと向かう。
「女王陛下の使者である。ノルド公にお取次ぎ願いたいぃ!!」
灰目藍髪が声を張る。彼女は轡をとり、ややうつむき加減に様子を探る。背後には『猫』に周囲を探らせている。魔力走査で、その場にいるのは微弱な魔力を纏う者が三体。
『吸血鬼っていってもよ、弱い奴はテンで弱えぇのな』
『魔剣』も『劣後種』である吸血鬼の存在を、魔力を通して観察する。彼女も恐らくは醜鬼あるいは、ゴブリンの上位種……人の脳を食べて魔力持ちとなり人語を介するレベルと同等ではないかと試算する。
『女王陛下の使者であると言うが、証は!!』
どこぞの賢者学院への紹介状を掲げる。門番を任される程度の吸血鬼の傭兵が、流麗な文字の手紙のあて名を読む事ができないとたかをくくった上でのでまかせである。
女王陛下の印章くらいは見知っているようで、「開門!!」の声が響く。
「ノルド公はどちらに」
『二階の居室だ。案内を……』
「無用よ」
彼女は魔銀のスティレットを用い、素早く首を断ち切る。あくまでも騎乗の灰目藍髪はそのまま足を進め、馬房と思わしき馬を繋ぐ場所までゆったりと水魔馬を進める。
その間に、彼女は気配を消し城門楼の詰所へと侵入する。
その場には、うたた寝をしている二体の吸血鬼。何れも、衛兵のような軽装の胸鎧を付け、兜は外していた。
『何だ! 貴様ぁ!!』
誰何する声を聞き流し、彼女はそのまま二体の吸血鬼の首を刎ね飛ばす。
椅子に座り、あるいは立ち上がった際に首を刎ね飛ばされ、ばたりと音を立てて吸血鬼の体が床へと崩れ落ちる。
半ば開いたドアをするりと抜け出し、開いた城門の扉を降ろし、昇降機の鎖を魔力を込めた剣で斬りおとす。ガシャリと鎖は落ちて扉は簡単には開かなくなる。
『これどうすんだよ』
「ノルド公が逃げ出せないようにしたのよ。どうせ、出るだけなら、私たちは問題なく門を越えられるじゃない」
魔力壁でも、水魔馬に騎乗して城壁を駆け降りるでもどうとでもなるのは確かだ。
中庭を歩きつつ、城塞内に人影を探す。こちらに急ぎ足で向かってくる歩哨らしきフード付きのマントを羽織り、長柄……恐らくはハルバードらしき装備を手にした三つの陰が城門楼に向かってこちらへ進んで来る。
『何奴だ!!』
「王宮からの使者です。ノルド公にお目にかかりたいのです」
『ん、女か』
誰何する声が幾分緩和される。女王近衛の女従者とでも思われたのであろう。そこに、背後から気配隠蔽を行った灰目藍髪が音もなく駆け寄ってくる。
両手剣を摺り上げた両用剣。魔銀で仕上げていないが、身体強化だけで吸血鬼三体の首を容易に刎ね飛ばす。これまでと比べ、一段の冴えが見てとれるのは、馬上槍試合に向けての訓練のお陰であろう。
『何事も無駄になってねぇな』
「ええ。頼もしいわね」
倒した死体を魔法袋に瞬時に納め、その形跡を彼女は消す。
「さて、どうしましょうか」
「先ずは、広間の討伐に加わるべきではないでしょうか」
警邏中の吸血鬼が後六体、加えて、幹部の吸血鬼が三体。そのうち、起きている者は一体で、恐らく、ノルド公の元にいるだろうと推測される。
「では参りましょう」
彼女は、広間と思わしき扉に向け、気配隠蔽を行いつつ足を急がせたのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「早かったわね」
「御無事で何よりです」
広間に並んだ棺桶を一つづつ開けながら、二人で順番に首を刎ねている伯姪と茶目栗毛が彼女たちに声をかけて来る。既に十体は討伐しているだろうか。
「二人で一つの棺桶なのですね」
「そうね。中には寝たふりして棺を開けた途端襲い掛かって来るのがいたから、一人が棺を空けて、もう一人が首を刎ねる役割分担にしたのよ」
灰目藍髪の疑問に、伯姪が答える。確かに、その方が安全かつ確実だろう。こんなところでリスクを冒しても意味がない。
空いた棺桶の死体を魔法袋に収納し、彼女は灰目藍髪と組んで、棺桶の吸血鬼を始末することにした。
棺桶を空けると、厳つい顔の如何にもベテラン傭兵といった顔の男が現れる。目をつぶったままなので、魔銀鍍金の剣を首元に差し込み、一気に首を刎ねる。吸血鬼は、生き物のように激しく血しぶきを上げることはないが、ボタボタと血がしたたり落ちる。不死者というよりは、体は死体そのものであるとしか思えない。
幾つかの中には、寝たふりをしている者もおり、起き上がろうとするところを棺桶の蓋で体を押さえつけられ、バツりと首を落とされる吸血鬼もいる。オーガほども力があれば蓋を跳ねのけるくらいできたかもしれないのだが、それよりはるかに力の弱い『劣後種』では、押さえつけることが問題なくできてしまう。
まして、蓋を押さえるのは身体強化した彼女である。オーガでも無理だろう。
三十分ほどで問題なく全ての棺桶の吸血鬼の討伐を終える。
「警邏中の吸血鬼がまだ二隊いると思うのだけれど」
「侵入する時に、私たちとオリヴィでそれぞれ始末しているわ。残りの一隊もどうやら終わっているようね」
「ええ。ここに来る途中で遭遇したので、片付けたわ」
吸血鬼の寝込みを襲うということで、あっけなく『劣後種』の討伐は終了した。
「なんで、吸血鬼になったんでしょうね」
「さあね」
伯姪は淡白に聞き流したが、彼女には分かる気がした。回収しつつ目にした傭兵なり騎士の劣後種吸血鬼は、青年を過ぎ中年から壮年に掛けての年齢。彼女の知り合いで言うのであれば、冒険者の足を痛めた『戦士』である。
人生のピークを過ぎようとしている時期に、そのままの力を維持できると誘われれば、何人もがその条件を受け入れることになったのだろう。体を資本とする傭兵・騎士にとって、老いは避けられるのであれば何を対価としても得たいものであったのだろうと彼女は考えるのである。