第60話 彼女は歩人を子爵家に紹介する
第60話 彼女は歩人を子爵家に紹介する
さて、ブルグントの領都から王都に彼女たちが戻ってきたのは、公開処刑の後、五日ほどしてからである。公爵からは、王都に自分が戻ったなら、改めて薄赤パーティーも呼び、食事をしようと約束していただいた。
馬車での移動の最中、薄赤野伏は約束通りセバスのレンジャースキルを確認してくれており、恐らく、薄黄レベルのレンジャースキルがあるだろうと見積もってくれていた。
とはいえ、武器に関してはほぼ扱えておらず、冒険者としてはいまいちだが、素材採取や野営、追跡や罠発見などの能力は歩人らしく優秀であるという。
「流石、生まれながらの野菜売りね」
「……野菜売りをしたことはねぇ……ございません。お嬢様」
「ははは、まあ、戦士より野菜売りにしか見えねえというのは歩人を示す定番の言い回しだもんな」
薄黄剣士は仲間ができたとばかりにご機嫌である。いいのかお前それで。
「アリーもメイも、今回の件で昇格するだろうな」
薄赤戦士がそう査定する。まじか……冒険者登録してまだ半年ほどしかたっていないのだが、と彼女は思うのである。
「人攫い組織の傭兵団を壊滅させたわけだから、薄黄ではないよな」
「そうだな。堂々と捕まって内部破壊工作して、賊は首領以外皆殺しで、証拠品押収に被害者救出して首領は依頼人に引き渡して裁きを受けさせた。文句の付け所ないから、あり得るな」
いやいやと思いつつも、黄色である間は依頼のランクが赤までであり、濃い薄いは関係はないのでどちらでも構わないのである。薄黄剣士が自分の昇格について聞いているが、あと二つくらい同じ程度で依頼を達成すれば……という事のようである。
「なんで俺は上がらないんだよ」
「実際、後をついて行くだけの簡単なお仕事だからじゃない? 依頼の達成に主導的な立場も活躍もしていないと評価されないわよ」
中級から上級の冒険者になる為には、依頼達成のための貢献度が査定の主な対象になる。所謂、剣を振り回すのが上手下手は関係ないのだ。
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王都に戻り、一度子爵家に顔を出すことにした。学院に直接向かう事もあり得るのだが、従者の件は直接報告する必要があると考えたからである。
本来、上級貴族で男子なら、従僕が子供の頃からつくものである。彼女の場合、平民に嫁ぐ可能性が高かったことと、子爵の次女という立場から、従者は男女ともついていない。男爵家を立てるのに執事や従僕は必要なのだが、子爵家から派遣するほど人がいないのだ。
未成年の彼女に自分で執事を探せるほどの力はないと考えられているだろうから、子爵家とは言え王都でそれなりの力のある家の当主として、それなりの人を娘に用意することは難しくないのかもしれない。
とはいえ、自ら半妖精の従僕、執事候補を連れ帰ったのは子爵にとっては僥倖であった。うら若き女男爵に仕える執事が老齢のものでも困るであろうし、かといって、年若ければ良い噂が流れるとも思えないからである。
「お父様、半妖精・歩人の従者、ビト=セバスです。ご挨拶を」
「初めまして当主様。私、ビト=セバスと申します。お嬢様の従僕を誠心誠意務める所存でございます」
最敬礼で応じる歩人。その所作は、一応、子爵家の合格ラインに達していた。かなり厳しいので、辺境伯家なら褒められたであろう。
「そうか。未熟な娘だが良き相談相手となってもらえると嬉しい。それでは家族を紹介しよう」
子爵は、彼女の母と姉を紹介する。母は「あらまあ」とばかりに驚き、姉は完全にロックオンしたようである。だがしかし、そういうことはこの先多々あるだろうから、姉で慣れてもらいたいと彼女は思うのだ。王妃様と王女様に、学院の女子たちが同じ反応をするだろう。
「あのね、私噂で聞いたことあるんだけどさ、歩人って足の裏の毛がもじゃもじゃで、その足の裏の毛の油で水に浮かぶんでしょ?」
どこのアメンボだよ……と、彼女は思わずにはいられない。
「た、確かに、ひざから下の毛は多いと思いますが、水に浮かぶほどではありません。普通に靴が履ける程度でございます」
とはいえ、毛が多い分2サイズほど大きくなっている気がする。剃ればわかるのだが、そうはいかない。
何か姉が暴走し始めた気配を感じた子爵が話を中断させる。セバスは子爵家の執事に連れられ、使用人に挨拶をする為、部屋を出て行った。
「でも、お姉ちゃんビックリだよ。まあ、確かに、王都の貴族の息子とは違う野性味というか、面白さを感じるけどね」
「そうねー でもあなたとはバランスが取れて良いかもしれないわね。しっかりし過ぎているのも心配なのよ」
「彼なら、身近に置いておいても問題なさそうだな。新しく立つ男爵家で女性が当主となると、なかなか難しい。大事にするのだな」
三者三様なのだが、確かに少女が当主を務める新しい男爵家に、それなりの人物が仕えるとは思えない。しばらく子爵家の執事を遣わそうかと思っていたようなのだが、実際賜るのがリリアル学院周辺であれば、それはそれで勝手が違うので難しいだろう。最初から知らぬものを雇い、子爵家で見習いをさせる方が効率がいいはずだ。
「執事の仕事、当家で教育するのが良いだろうな」
「その前に、学院とおばあ様のところで基本的な立ち居振る舞いを身に着けさせるつもりです」
「げぇっ、おばあ様、学院に呼ぶんだ……」
「もちろんよ。王妃様とは直接かかわりは薄いのだけれども、国王陛下とはお小さいころに見知った仲ですもの、リリアル学院で私が学院長を務める上で、おばあ様にご協力いただかないわけにはいかないでしょう」
姉は祖母が大の苦手なのは、子供のころ厳しくされ過ぎで苦手意識が生まれているからのようだ。その後、彼女が外に嫁ぐ予定の上で姉以上に所作を磨く必要があるという事と、生来の気質が姉よりは合うため、妹である彼女が祖母と主に接するようになっている。
祖母にとって贔屓の孫は彼女の方なのだ。跡取りとして遇したとしても、可愛いのは妹の方なのである、大変わかりにくいのだが。
セバスはその後、子爵家の使用人と同行しつつ、様々な業務について一通り説明を受けつつ、食事や休息をしているようで、翌日、子爵家を出るまで全くの別行動であった。
学院に向かう馬車の中で、彼女がげっそりしている歩人に話しかける。
「ふふ、その様子では大変だったようね」
「……その、使用人の視点というのが……馴染まないので、上手く理解できない
というところ……でございます、オジョウサマ」
人工音声案内みたいになっている。庄名主の息子として人に命じられる経験の希薄な中年男には、パラダイムシフト的な印象を受けるのだろうし、事実、それを要求されているのだ。少なくとも、何を要求されているかは理解できているようなので少々安心した。
「あなた、今まで一人称でしか物事を見ていないから、仕方ないのよ」
「……どういう意味だ……でございますかお嬢様」
自分が自分がという意識で物事を捉える。人に仕えるということは、常に主人の目線で見て理解し行動しなければならないのだ。最適化する行動の基準が主人でなければならない。当然である。
「一つ一つの行動に意味があり、それはあなたにとってではなく、仕える主人にとっての意味である事を理解できないから……でしょうね」
「……なるほど……でございます」
自分はそう思わないから気が付かないというレベルでは困るのである。そもそも、最初からそんなことが気にならないといった手合いであろう。
「お婆様がその辺り、よく指導して下さると思うわ。勘違いしてほしくないのだけれど、現当主の母親で直系の子孫は祖母なの。祖父は婿なのね。だから、あの家で実質的な決定権は父ではなく祖母にあるの。そのことをよく考えて、祖母に接するといいわ」
「……承知いたしました」
一気に顔色が悪くなるセバスである。ただのおばあちゃんではないので、勘違いしてはいけません。
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学院に到着すると、既に伯姪は学院生たちと不在中の課題について確認を進めてくれているようであった。使用人も学院生たちもみな彼女の元に集まってくる。
「皆さん、お変わりありませんでしたでしょうか」
「おかえりなさい」
「おかえりー」
留守をお願いしていた侍女頭に最初にお礼を言い、細かい彼女からの引継ぎは後回しにする。最初に、新顔を皆に紹介しなければならない。
「これは、私の従僕、歩人のビト=セバスです。今後、ここで生活することになるのでよろしくね。これでも、おじさんなので子ども扱いしないでもらえるかしら? セバス、ご挨拶を」
彼女の微妙な紹介に、言葉を濁しつつよろしくお願いしますとまとめる従僕。
「珍しいですね、歩人の従者……王妃様が興味を持たれそうですね」
侍女頭、正解なのだが……
「何分、人間社会に疎い歩人ですので、しばらく、従僕として教育したうえで王妃様にはご挨拶させたいと思います。その前に、祖母の元で行儀見習いをさせてから……ということになります」
顔が若干引き攣る侍女頭である。うーん、祖母と接点はないはずなのだが、何かあるのだろうか。
「……いえ、その王太后様は所作に厳しい方ですので、その代の侍女の方たちは……」
彼女が新人であったころ、王太后付き侍女に厳しく教育されたのだそうである。なるほど、顔も引き攣るだろうと彼女は納得する。子供の頃からなので彼女は慣れたものだが、初見の令嬢は泣くか固まるかのどちらかである。
姉が祖母のところに寄り付かない理由は、姉の友人の令嬢を叱責したことがあり、苦手意識がさらに増したことも影響している。まあ、下位貴族の娘など、街娘と変わらない程度のものも多いのだ。それでは、王宮勤めの基準からすれば叱責もされるだろう。
「まじで……俺大丈夫なのか……でございます。お嬢様……」
「ふふ、逃げるすべはないのよ。覚悟なさいな」
伯姪の追撃! とはいえ、伯姪もおばあ様の指導を受ける必要があるのではないだろうか。
「平気平気、私、やればできる子だから」
『確かに、中々の猫を被られますな』
『猫』から、猫かぶり認定をもらい、猫かぶりのオーソリティーと言えるかもしれないのだ。自由奔放に見せて、お堅い高位貴族様の子弟を篭絡する姉の手法と、清楚な『辺境伯の姪』とみせて中堅貴族のまじめで優秀な子弟を狙う伯姪ではアプローチが違うのである。
「王太后様の前の王太后様は法国人だし、王国の宮廷料理って法国の流れが多いからね。ニース育ちの私には、アドバンテージがあるのよ」
高位貴族であれば法国との交流もそれなりにあるだろうが、下位貴族であれば縁がないのが普通だ。そもそも、領地もないのであるから。その昔は子爵男爵も領主として存在した時代があったのだが、戦費を負担することが難しくなり没落、王家の家臣団として吸収されている。その過程で騎士爵から昇爵したものが増え、現在、「由緒ある男爵家」というものは王都には存在しない。
大領を有する公爵の陪臣として、残っているものが大半である。
「後日、王都に出向いておばあ様にご挨拶、その後、冒険者ギルドにて冒険者の登録をします。武具の調達も必要ね」
「……ああ……はい、承知いたしました」
顔面ハーフシャドウな歩人である。とはいえ、やらかして歩人庄を追い出された彼が胸を張って故郷に錦を飾るには、この段階で頑張って王国貴族社会で立ち振る舞える程度の礼儀作法を身に着け、冒険者としても一流と見なされる濃赤程度にはならなければ難しい。
「あのさ、振られた女、見返したくないの?」
「はぁ、その頃にはみんな結婚して子供産んで、立派なカアチャンしてるだろ?あんまりな……」
歩人・セバス的には10年経って自分が庄に戻っても、既におばちゃん化したフラれた娘たちはお互いどうでも良くなっているだろうというのだ。確かに、そうかもしれない。
「あなたも庄名主の家名があるのでしょう。名主の息子だ、次期名主だと言葉だけで示すのではなく、能力で示しなさい。自分がみじめで悲しい存在だということが、理解できないのかしら。とても残念な存在ね」
『おい、真実は時に人を傷つけるものだぞ』
『主の言葉、胸によく刻み込め、三下』
三者三様に厳しい。歩人セバスも理解しているのだ、だから虚勢を張り、現実逃避をして誤魔化してきたのだが……もう無理みたい……
「ああ、わかった、わかりました。そんなズバズバ言わないでも理解している。俺は確かに、情けねえ中年オヤジだ」
見た目は彼女と同世代より少し幼い。姉が家で見たとき「隣の幼馴染も少し前まではこんな感じで可愛らしかったよねー」などと宣っていたのを思い出したりする。いわゆる『ショタ』なのだ、中身は中年だが。大事なことなのでもう一度、見た目は美少年、中身は中年のオッサンです。誰、30歳は立派なオッサンです。人生50年の時代だからね。
「なら、私の従者として成し遂げて見せなさい。執事としての立ち居振る舞い、王国での貴族のルール、領地の経営に学院の運営、冒険者としても一流になり、情報収集や護衛の業務も問題なくこなせる、どこに出しても恥ずかしくない一流の魔剣士になりなさい」
「……それ、いいな……」
「いいわね。あんた、魔力そこそこ使えるし、俊敏性が高いから剣士・野伏・斥候として一流になれるわよ」
「そ、そうか。それは悪くない……いや、是非ともそうなりたいです」
「見た目は人間の美少年なのだから、上手くいけば王女様付きでレンヌで近衛騎士になれるかもしれないじゃない」
「王女様……大公妃様付き近衛騎士……」
「そうすると、騎士爵は固いわね。貴族でないものを王女殿下の周りにおくわけにはいかないもの」
確かにその通りである。その為に、二人は男爵だ騎士爵だと叙爵する羽目になっているのだから。
全員から突っ込まれて、少々凹んでいた歩人であるが、ニンジンをぶら下げられ
俄然やる気が出てきたようなのだが……
「先ずは、学院の使用人の仕事から覚えてもらうわ」
「……えー……」
「女子供に肉体労働させて、自分は顎足つきの生活させてもらおうっての?どこのお貴族様かしらね!」
そう、千里の道も一歩よりなのである。使用人としての仕事を理解できなければ、執事として使用人を指導できないから、当然でもある。学院の子供たちからしても、共に仕事をすることで「仲間」と認識されるということも大切であり、その辺りの二人の配慮だと……歩人・セバスはまだ気が付いていない。先が長そうである。




