第664話 彼女は灰色乙女と共に女王陛下の依頼を聞く
第664話 彼女は灰色乙女と共に女王陛下の依頼を聞く
「セシル卿、依頼の件詳しく伺いに参りました」
「それは有り難く思っている。それで、そちらの二人はどなたかな」
セシル卿は顔も名前も知っているだろう彼女とメイに対して、今回の役割りとしての立場で話を敢えてすることにしたようだ。
「帝国の冒険者パーティー『リ・アトリエ』のアリーとメイです。今回の協力者として同行してもらいました」
「始めましてセシル卿」
彼女もその態で頭を下げる。
「それで、そちらの女性はどなた様でしょう。ご紹介願えますか?」
意地悪い質問と思いつつ、オリヴィはセシル卿に同席している男装の麗人に話を向ける。
「……私の上司だ」
「上司と呼ぶが良いぞ」
「「「……」」」
それ以上紹介はないらしい。
「打ち合わせに参加していただいて宜しいのでしょうか」
「良いのだ」
「スポンサーだからな」
どうやら、上司で金主であるから同席するのは当然だということのようだ。
「上司が呼びにくいのであれば、『ベス』と呼ぶことを許そう」
「へ、陛下」
「ん、ベスだ」
「べ、ベス様」
隠す気は全く無いようである。
「この依頼は、私がビルに頼んだものだから、最終的には私の依頼だ。直接できないのは……察してもらいたい」
討伐が不首尾に終わった場合、ビル=セシルあるいはその使用人が責を問われることになるのだろう。そして、女王陛下は「知らん」と言ってその責任を回避する。
ネデルとは表立って戦争状態とはなっていないものの、原神子派を支援しているのは公然の秘密である。
神国ネデル総督府=ノルド公=御神子教徒とネデル原神子派=リンデ商人・貴族=厳信徒という対立の構図の中で、女王陛下はバランスを取らねばならない。セシルは自らは厳信徒でありながらも、政治家・陛下の側近としては聖王会教会と女王を支持している。
あまり表立ってノルド公・総督府と構えたくないのだが、しかし、吸血鬼が関わっているとするならばこれは放置できないと判断したのだろう。国賓を招いた馬上槍試合で、雇われ吸血鬼が優勝したと言うことも許しがたい。それを是とするノルド公の傲慢さも叩き潰さねば、王家の面子が立たない。
「では、どこまでを依頼となさいますか」
「そうだな……」
「吸血鬼の一掃、それとノルド公の心を圧し折れ」
セシルの返答を待つまでもなく、レディ・ベスはそのあるべきところを示した。
「……それなりに高くつきますぞレディ」
「構わぬ。それに、奴から接収した財貨を充てればよいだろう。時機を見て奴は白骨宮の住人になる。お望み通り、王宮に住まわせてやろうではないか」
「「……」」
彼女と伯姪は少々閉口したが、オリヴィはその決断を大いに賞賛した。
「大変結構ですレディ。では、その為の手はずを整えていきましょうか」
「うむ。必要なものは全てこちらで用意しよう」
「で、ですが。吸血鬼はともかく、それ以上にかなりの戦力があの城には集められているようです。それなりの戦力を派遣しなければ、オリヴィ殿らだけでは敵いますまい」
ノルド公の元に集められた戦力に対して、オリヴィは傭兵で千人程度。そのうち、吸血鬼が数体と考えていた。一生懸命即席で喰死鬼を作ったとしても、精々数十体だろう。なので、さほど問題ないと考えていた。
「新種の吸血鬼が観測されている」
「新種?」
ノイン・テーターに関しては、その製造元をリリアルで拉致したので、新たに発生することはないだろう。「魅了」「狂戦士化」が取り柄の吸血鬼であり、戦場では大きな効果を発揮するだろうが、少数が多数を攻撃する局面においてはさほどの事はない。
ネデル遠征で、ノイン・テーターと対峙した経験のある彼女らにとっては計算できる範囲である。銅貨忘れるな!! だけで十分である。
「それを血啜鬼といいます」
「劣化吸血鬼だ」
レディがそれだけだと言わんばかりの言いきり方をしたのだが、それでは意味が通じない。
「そのブラッド・サッカーというのは何でしょう。吸血鬼と何が違うのか教えていただきたい」
すまんと言い、セシルは話を始める。
「これは、未確定情報なのだが」
と断りを入れた上で、セシルは説明を始める。吸血鬼が『分霊』によって『子』ないし『枝』を作ることは知られている事だが、これを中途半端に利用した『劣後種』に相当するのだという。彼女は、吸血鬼狩りを生業とするオリヴィに確認するように顔を向ける。
「手数が欲しい時、喰死鬼では戦力不足の場合、そういう手段をとることはあるんだけど、珍しいわよ」
オリヴィ曰く、喰死鬼と『劣後種吸血鬼』の間にあるのは、元の素材が魔力持ちであるか否かであるという。
「でも、吸血鬼って『分霊』が必要なんでしょ?」
「その分霊をケチるのよ」
『劣後種』に必要な分霊の数は『一』であるという。その代わり、劣後種の持つ能力は実質的に「オーガ並み」でしかなく、再生能力も低い。とはいえ、不死であることは変わらず、それを望む『傭兵』『騎士』あるいは戦闘狂の者たちは少なくないのだという。
「東外海の異教徒相手に好き勝手やった、貧しい帝国騎士辺りがそれを望んだようね」
騎士の叛乱が起こったのはそう昔の事ではない。小さな耕作地を相続する程度でしかなかった下層の帝国騎士は、傭兵になるくらいしか生きる道がなかった。が、騎士は騎士だ。虐げられてよい存在ではない。
多少の魔力と戦闘技術を持ち、不死者あるいは吸血鬼となり強い力を得れば手駒として有効に使える。中途半端な吸血鬼でも、なりたいと希望する者はそれなりにいた。原資も少なくて済む。
「その数は」
「凡そ百」
吸血鬼の『貴種』と数体の『従属種』か『従属種』に加え、『劣後種』の騎士が百、中隊の規模である。ノインテーターの率いる中隊と比べれは数段戦力が上だ。
「劣後種には喰死鬼を作る能力はないので、それはマシだと言えるがな」
「そう思うなら、依頼などしなければいいのにね」
「はは、そう言うな。リンデには独自の戦力は無いに等しい。諸侯の軍を頼るしかないが、それでは餌にしかならぬし、借りも作りたくない」
レディの言葉に軽口を叩いたオリヴィが「それはそうでしょうね」と答える。
「今のところ、総督府は遣おうと考えていないけど、先は分からないの」
オリヴィ曰く、ネデルの支配が一段落すればその余剰戦力を、連合王国侵攻かあるいはランドルに向けて来る事も想定されている。その尖兵は『貴種』の率いる吸血鬼の中隊ではないかと言うのだ。
「一当たりしておくのも良い経験になるでしょ?」
「随分とアテにするのですね」
少数の吸血鬼であれば高位でも何とかできる自信がオリヴィには合った。思考能力の劣る喰死鬼であれば、百でも千でもビルと二人で討伐できると考えていた。
しかし、雑魚とはいえ食人鬼並みの力と騎士の戦闘力を有する中隊規模の吸血鬼と対峙するのは手数が足らない。そこれ、彼女らを巻込む事にした……ということなのだろう。
「では、報酬についてはこの内容でどうか」
契約書を提示されたオリヴィが、その内容について目を通す。ニ三度頷き、「私は十分」と言いつつ、彼女に契約書を回してくる。彼女自身は契約の主体者ではないものの、影響は受ける。
「一つ追加を」
「……何だ」
セシル卿は警戒したような声で彼女に返答をする。
「連合王国国内の女王陛下名義の自由通行許可証。水上においてもです」
「水上? 必要なのか」
魔導船を使い川や海、或いは湖を移動するつもりの彼女は、それがあることでこの先の移動が便利になると考えていた。
「無期限で」
「……無期限……」
「いいだろう。この国が『リ・アトリエ』と敵対しなければ済む事だ。はねっかえりどもも、許可証を持って信任された者たちに喧嘩を売るような者がいれば……」
レディは「処分した方が私の為だ」と続けた。セシルもそうですなと同意する。
「貴族どもはともかく、その下の者どもは王が女であることを知らぬ者も少なくない。珍しいが、北王国も女王の国だというのにな」
なので、女王の名のもとに許可した自由通行を妨げる者がいれば、それを叩いて女王の名をついでに広めて欲しいらしい。ここでも都合よく遣われる彼女である。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
契約書の内容を修正する間に、時間も時間と言うことで夕食となる。明日は、屋敷を案内すると言うことで今晩はゆっくり泊ってもらいたいというのである。
何でもミントソースの夕食を頂き、彼女達はワインを片手にゆっくりとした時間を過ごす事になる。ミントソースも食材に合わせた味があり、全て同じ味に思えるということはなかった。
先代国王の時代から、王国は法国から料理人を招くようになり、調味料も調理方法も格段に進んだ。戦争道楽、普請道楽で散財の激しかった先代国王だが、食道楽だけは大いに喜ばれた。勿論、戦争で潤った貴族商人や普請道楽で腕を磨いた職人からの評判は悪くない。法国の建築家を招き、彼の国で流行りの城館を王国の古い城館を改装させ、美麗な館に変えたのだから、それも悪い事ばかりではない。
リリアルの本館も、そうした先代国王の狩猟宮から王妃殿下の離宮に転用され、これを譲られたものなので恩恵を受けてもいる。
それに対して、このセシル邸もかなりの普請道楽であると思われる館なのだ。まだまだ手が入ると言うことであるが、どうやら女王陛下が好みの館をセシル卿が建設するということであるらしい。
「この館の庭は、王国のフォンブローの宮殿を参考にさせていただいている」
『フォンブロー』とは、王国の先代国王が建てた宮殿で、元は数多くの狩猟地に便の良い王都郊外のその地に整備された離宮である。その為に、リリアルで賜った狩猟宮は不要となったのだ。
植栽は植物学者に監修させるなど、とても手の込んだ庭となる。幾何学的なレイアウトと適切な植栽とで、人工的な庭となる事だろう。
「内装も素晴らしいですね」
「当然だな」
自分の館でないのにもかかわらず、レディはとても得意げである。
玄関ホールはとても高く広く、二層となり内側にバルコニーが渡され、楽師たちが演奏するスペースとなり、あるいは、演者が話をする場としても有効に利用される目的で築かれた。
窓は紋章を象ったガラスが嵌められ、樫材の彫刻が施された階段もとても豪奢である。彼女の中では「無駄に贅沢」としか思えないのだが、貴族の価値観としては褒めねばならない場所であろう。
先代国王時代、法国の美しい邸宅を見て感動した国王・貴族は、こぞって法国の建築家を招聘し城館を改装させ、或いは新築させたのだが、恐らく、その後、連合王国も王国の建築を見知った者たちにより、そうした建物が求められるようになり、この館にも反映されているのだろう。
ネデルも本来はそうしたことが有っておかしくないのだが、内戦真っただ中ということもあり、そうした人材がこの国に逃れていることも影響しているかもしれない。それに加え、修道院を破壊する原神子信徒の活動からすれば、そうした場所に関わる建築関係者・職人は城館の建築に移らざるを得ない。修道院から貴族の城館に人が流れているのだろう。
「どうだ」
「そうですね、大変すばらしいと思いますレディ」
「そうだろう!!」
「けど、王国のリリアルも先代国王の狩猟宮を下賜された孤児院みたいなものだから、特に驚かないわよね」
「そうね。まあ、下賜されたのだから大事に使っているし、幼い子は別の宿舎暮らしだから、今はそうでもないわよ」
「「孤児院……」」
ほら、でもまあ、レディも孤児みたいなもんだから、気にしない気にしない!!
完成するのに何年もかかる城館を思うと、気の長いはなしだと彼女は思う。
「ねぇ、劣等種についてどう思う?」
「……『劣後種』ではないかしら」
正直、今回のメンバーでは難易度が高いと彼女は考えている。喰死鬼は
半ば動く死体であり、思考能力が低く動きも鈍い。一般的な兵士であれば苦戦するだろうが、騎士、あるいは一体をコンビネーションで討伐する冒険者にとっては不意を突かれなければ難しくないと考えている。
しかしながら、騎士の記憶と能力を有する食人鬼並みの力を有する不死者と言うのは、それよりも格段に難易度が高い。
「魔力で身体強化をした騎士ということでしょう」
「それも、魔力切れは心配しなくて良さそうなのが困りものよね」
「その通りね」
恐らく、魔力量の少ない騎士と言うのは、身体強化で戦える時間が十五分程度であったのだろう。それが、吸血鬼化することで、半永久とまではいかないが、かなりの長い間その力を振るえることになる。
ただ単に少しの魔力を持ち、身体強化が少々仕える程度の騎士であれば、それだけで何段階も強力な体を手に入れることができたことになる。
小さくない劣等感をその魔力と身分に感じていたのであれば、それだけで生身の体を手放す理由となったのだろう。憐れではあるが、全く同意できないと彼女は考えた。