第663話 彼女は灰色乙女の依頼に一先ず協力を約する
第663話 彼女は灰色乙女の依頼に一先ず協力を約する
彼女の姉は、魔力は力なりという信条の……多分信条を持っている人間である。魔力量で圧倒し、細かな遣い方よりもその圧力で相手を畏怖させることに意味があると考えている。剣ではなく棍矛を好む事も同様。貴族の跡取り娘として、剣技を学ぶことを良しとしなかったということもあるだろう。
彼女自身の信条はどうか。魔力量が多いに越したことはない。しかし、それは『大きい事は良い事だ』的な発想ではない。
一つより二つ、二つより四つ、同時に魔術が扱えた方が良い。それに加え、魔力量が多ければ持続時間も長くできる、魔力操作が精緻であれば少ない魔力でより長くより多く魔術を行使できる。
つまり、心配性なのだ。臆病と言っても良いだろう。
故に、敵を先に発見し、こちらは察知されず、優位な状況を作り、数と装備を整えて対峙することを好む。姉ならば、力づくで拙速に解決する状況でも、時間をかけ確実に対応する。
姉の行動は、古い貴族らしさであろう。『賢明王』と称された『善愚王』の息子は、王太子時代「学者先生」などと宮廷では揶揄された。騎士らしく振舞ったのは父親だが、国王としては愚物であった。
王は騎士ではない。いや、王はただの騎士ではない。騎士としてなら赦される事も、王としては赦されない。姉はそこまで愚かではないし、腹芸もこなす、宮中伯アルマンや王太子に近い人間だ。だが、根っこの性格は変えられない。
「オリヴィに協力して、吸血鬼を叩く。それを女王に対する貸しとするのはどうかしら」
連合王国はやがて神国と直接闘う事になるかも知れない。ネデルでの争いが長引けば遅かれ早かれ背後にいる存在に気が付くだろう。その際に、吸血鬼が巣食う、あるいは、吸血鬼に支配された宮廷であったなら何が起こるだろうか。
神国は当然教皇庁に働きかけ、連合王国に対する『聖征』を行わせるだろう。そこに王国も巻き込まれることになる。
過去、王国は大島に対する侵攻をしたことがないわけではないが、成功したのはロマンデ公の遠征だけだ。ロマンデの騎士が優秀であったことだけではなく、既に幾度か他の蛮族の遠征を受けていた先の蛮王国はボロボロであったからということもある。
また、蛮族から自分たちを護りきれない王や貴族に対して先住の民は愛想をつかしていた……ということもあるだろう。
北王国をノルド公が打ち負かし支配下に入れ、連合王国の背後が安定すれば、吸血鬼と連合王国の貴族は仮の王を担いで『聖征』に対抗できると考えられる。住民は聖征に対して協力するとも思えない。
全てを王国なり神国なりネデルから送らせるならそれだけで多大の戦費が必要となる。戦費の負担は、神国国王を破産させるほどの威力があるのだ。今は外に対して最低限の効率的な備えで済ませている王国は、その分豊かであるが、聖征が始まればそれも失われる。
王国が攻めたとして、大したものが手に入るわけではない。領地は不要であるし、神国と揉める元にしかならない。が、参加した貴族には領地なり名誉なり、それに相当する金貨を与えねばならない。王国が豊かになったとはいえ、そんなものを負担すればあっという間に困窮する。
そもそも、住んでいる王国の民にはあまり関係がない。
ならば、最初から念のために吸血鬼が活動する余地を消してしまえば良い。小さな火なら簡単に消し止めることができるだろう。
「なら、話は決まりね」
「いまなら、予定はある程度調整できるでしょうし、公爵家の領地に入るのにも二人では手が足らないものね。手伝うわ」
とはいうものの、彼女達は親善大使の一行の一部。勝手にリンデ周辺を離れるわけにはいかない。どう、段取りするのか考えねばならない。
訪問先として、『賢者学院』に足を運ぶことは了承されている。あとは、受け入れ時期とどの範囲で交流するかの調整が若干残っているという。元は、この島での御神子教化を進める重要な拠点である修道院であった。布教を行う宣教師を育て、聖典を写筆する者が多数住んでいた。そこに、元々大島に存在していた『ドルイド』の系譜が入り込んだ。
教化に回った修道士たちとドルイドの親和性が高かったということもあるのだろう。つまり、本の表紙を変えて、ドルイドが修道院に入り修道士となったのである。蛮族の襲撃から大島を護る指導者として、ドルイドは元々部族を指導する存在であった。それが、修道士の皮を被ったと言えば良いだろう。
教化は進み教皇庁は大いに喜んだ。しかし、実体としては旧指導者層を教会組織に取り込んだという事になる。
修道院が父王により排除されるより遠い昔、蛮王国がロマンデ公に支配される少し前に修道院は『賢者学院』に姿を変えた。入江の民の襲撃を何度も受け、修道院はその地を離れより安全な西方へと拠点を移したからだ。
その故地に『賢者学院』という組織を立ち上げた。魔術の力で襲い掛かる魔物や蛮族を討伐することを目的としていたのだろうと考えられる。教会とは別組織である方が、教皇庁やその教区の司祭・司教の影響を受けずに済むことができるからだ。
魔術は神の奇蹟そのものではない。故に、『魔術』なのだ。教会からすればこっそり使う分には目こぼしもするが、堂々と使われるのには問題がある。その辺りを考え、『賢者学院』として、教会とは異なるドルイドの系譜を残す事を容認したと考えられる。外から見る分にはだ。
「それで、何をすればいいか、教えてもらえる?」
オリヴィは押売り依頼を女王にする際に、こちらで提示する条件の中に彼女の必要とする要件を加えることにした。
「賢者学院の訪問の正式な許可、その際に、ノルド公の領地を通ることを認めてもらう正式な書状があると望ましいわね」
幾つかの経路のうち、賢者学院に向かう途中でノルド公領に立ち寄れればいい。何なら、表敬訪問をするくらいあっても良いだろう。公爵と副伯で身分差はあるが、『親善副使』『王国副元帥』という立場であれば招待されることに問題もない。
「賢者学院までけっこうかかりそうよね」
「魔導船なり魔装馬車なり使って時間は短縮できると思うわ」
徒歩なり騎乗なりで移動するとして、普通は一日30-50㎞程度の移動しかできない。これが、海上を移動する魔導船ならその数倍移動することができるだろう。交代で操舵手が魔力を用いて昼夜を問わず移動することができるからだ。
ノルドの港からなら魔導船で一昼夜と掛からずに到着することができるだろう。少々時間を取られても問題ない。
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数日後、オリヴィはリンデの商業同盟ギルドを通し『依頼』の打診を受けた。要は、相手にその依頼を出させたのである。
表向きは、ビル・セシルの部下である貴族からの調査依頼。場所は当然、ノルド公の領都『ノルヴィク』と公の居城・居館である。ネデルとの貿易及び総督府とのつながりについて不穏な情報を得たことを確認する為というのが表向きの調査理由となる。
伯姪は「へぇ」と声を上げその話を聞いている。
「商人同盟ギルドとリンデはあまり良い関係じゃないと思っていたけど」
「良くはないわ。けど、敵の敵は敵という程度の話」
「……味方が誰もいないわね」
ネデルは多くの船舶を抱え、外海の貿易の中心地として成長している。それは、商人同盟ギルドとの摩擦を高め、戦争めいたことも行うことになる。実際、連合王国と商人同盟ギルドは戦争をしたこともあり、その時連合王国が敗北し、リンデの一等地に土地を得て商人同盟ギルドは商館を構えることができたのだ。
ネデルと連合王国が揉めることは、商人同盟ギルドにとってメリットがある。仲介するのは当然の成り行きだ。
「大変ね、貿易頼みで生き延びる国は」
「そうね。王国の様に、国土が広く内需で賄える国はそう多くは無いから」
王国の人口は神国に倍するほど多く、国土も広く豊かだ。耕作に適した場所は粗方畑となっており小麦が育っている。十分に国の中の人を食べさせる事ができる。
連合王国も帝国もネデルも、ある程度あるいは大半を輸入しなければならない。王国が分裂していた時代、各国が攻め込んできた理由もわかる。百年戦争を経験し、王家の下でまとまりつつある王国派はそう簡単に切り取ることはできなくなっている。
結果、貿易を主とする国同士で争いが行われることになっているのだろう。
「それで、いつどこで打合せするの?」
伯姪の質問に、オリヴィは「明日、セシル卿の城館でね」とこたえる。
リンデの北20㎞程のある場所だという。
「その昔、女王陛下の姉の御世で陛下が軟禁されていた場所なの」
「「……」」
数年前、セシル卿により購入され女王陛下を招くに相応しい城館となるように様々な改修を進めているのだそうだ。その場所であれば、周りに感知される事もなくオリヴィらと打ち合わせができると判断したとのこと。
「馬を貸しましょうか」
彼女はオリヴィにそう問うと、手を振り振りオリヴィが答える。
「何言ってるの、あなた達も来るのよ。打ち合わせに二人は参加してもらうから」
これは決定事項と言わんばかりに断言するオリヴィ。どことなく感じていたのだが、言葉遣いはともかく行動パターンが姉に似ていると彼女は思う。とはいえ、否はない。
「相手も承知しているのでしょうね?」
「……」
どうやら、勝手に決めているらしい。それを察したビルがフォローをする。
「承知しているわけではありませんが、察しては下さるでしょう」
「先触れを出しましょう。恐らく、宿泊することを前提にした打合せになるでしょうから、先方も急に人数が増えればお困りになるはずです。それでは、お願いしますね」
「畏まりました」
茶目栗毛が恭しく頭を下げる。彼が先触れを務めることになるのだろう。他に適任者は……まずいない。ジジマッチョ軍団や姉は論外であるし、関わらせたくない。リンデで大人しくしていて欲しい。
――― それはフラグだよ妹ちゃん
頭の片隅で嫌な声が聞こえた気がするが無視だ。
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翌日の昼過ぎ、オリヴィと彼女と伯姪、そして馭者役の茶目栗毛と灰目藍髪を伴い、ビル=セシル邸へと向かう。
「毎回思うけど、この馬車良いわよね」
「二輪馬車ならご用意しますよ」
「是非お願いしたいわ」
王国に戻った際、彼女はオリヴィに王妃殿下に贈ったものと同じ二輪馬車を譲ることを約束する。箱馬車もあるが、使い勝手が宜しくないだろう。オリヴィとビルであれば、野営も困難ではないであろうし、目立つ箱馬車で野営するのはどうかともおもう。
二輪馬車で二頭立てであれば、収納して騎乗移動にも切り替えられるし、馬車と騎乗で並走も出来る。箱馬車を一頭で引けるサイズにするには大きさが限られてしまう。あくまで見た目の話であるが。
「アイネの愛車である魔装兎馬車も心惹かれるけどね」
「あれは、行商人を装うための方便です」
敢えて、行商人を装い野盗らに襲わせ返り討ちにするのが旅の楽しみだと彼女の姉は良く口にしている。「最近、王国の近くは平和だからやんなっちゃうよ」等とほざいている。ネデルは最近荒れているので、入れ食いだとか……何が入れ食い何だか。
並の馬車であれば、二時間ほどはかかるだろう距離をその半分で走破し、ビル=セシル邸に到着する。ちょうど、午後のお茶の時間であろうか。
『主、おかしなモノはおりますが、何か仕掛けられてはおりません』
先行しセシル邸を探っていた『猫』からの報告を受け、彼女は馬車から降りる。馭者である茶目栗毛は馬車と共に去り、灰目藍髪は本日「侍女」として同行している。地味目のドレスではあるが、そのスタイルは大変宜しい。
「今日はいつもと違う役割だけれどお願いするわね」
「畏まりました」
常であれば、碧目金髪や赤毛のルミリが女性使用人から話を聞き出したり、艇内の様子をそれとなく探る情報収集役を担っているのだが、今回はある程度護衛として単独で活動できる人間を選んだ結果、その役割は灰目藍髪に回ってきたと言うことだ。
正直あまり向いていない。だが、そうした仕事に慣れる必要もある。結果を期待しないとまでは言わないが、務めては貰おうと彼女は考えていた。
入り口では初老の執事が迎えてくれる。賓客ではないので、外までお出迎えはしていただけないらしい。来訪はあくまでも「冒険者アリー&メイ」ということだと判断する。
「いらっしゃいませ、オリヴィ=ラウス様とお連れ様の……」
「帝国の冒険者パーティー『リ・アトリエ』のリーダー・アリーとメイです」
「……ようこそ、アリー様、メイ様」
侍女を連れ如何にも貴族子女といった雰囲気にもかかわらず「冒険者」を名乗った彼女に、執事はその素性を察し、また確信したようである。
「セシル卿は御在所か」
「はい。レディもお待ちでございます。こちらに」
『マジェスティ』でも『ハイネス』でもなく『レディ』としたのは、女王陛下と周囲に特定させない為であろう。高位貴族の夫人あるいは未婚の娘に対する敬称を敢えて使ったのはその配慮か。
恐らくは来客をもてなす居間か貴賓室であろうか。扉の装飾も美しく、見事な象嵌がほどこされている。入口にはいかにもな護衛の騎士、それも良い装備を持っている。恐らくは、女王陛下の近衛であろう。
「お連れしました」
「入れ」
中から声が掛かり、扉が開けられられる。
正面にはビル=セシル卿。そして、その隣には、男装の麗人が座っている。髪は赤みがかった金髪、そして、ほっそりとした面立ちで顔のあばたがなければ、うっとりするほどの美女であっただろう。
何故か、どこかの大公妃殿下になる彼女の友人のような姿をしたこの国の君主が足を組んで優雅に手を振っているのであった。