第662話 彼女は灰色乙女に吸血鬼についてさらに聞く
第662話 彼女は灰色乙女に吸血鬼についてさらに聞く
魔力持ちの魂を獲得することで、吸血鬼の魔力量が増え、より強力な吸血鬼となることは彼女も理解できた。
「それと、外見も変わるわ」
「魂を多く獲得し、魔力量を増やした吸血鬼の『貴種』は若々しく優れた外見を有しているのですよ」
吸血鬼が自らの下僕とする新たな吸血鬼を作り出す条件の一つは、魔力量に優れている事にある。今一つは、見た目が良い事、美男美女であることが条件となる。
「最初の隷属種だと、結構みすぼらしいのよね。まあ、素材は悪くないから、化粧や衣装で誤魔化すんだけどね」
肌の張りや血色が悪く、髪の毛も艶がないのだとか。魔力持ちの魂を獲得するにつれ、生前の最も良い状態に到り、従属種も半ばを超え貴種に近づけば、生まれながらの貴族のような磨き抜かれた体のコンディションとなるのと同時に、身体能力も魔力に応じて優れてくるのだという。
「吸血鬼になってまで、優れた外見を求めたのもいるみたいね」
魔力持ちにもかかわらず生まれに恵まれなかった者は、吸血鬼の差し伸べた手を容易にとり、自ら進んで下僕になるのだとか。そして、他者を糧とし吸血鬼の位階を上げるために主人に忠実に務めるという。
「そういう意味で、王都の孤児院で魔力持ちの子どもをリリアルで保護したというのは、吸血鬼対策としては最善だったと思うわ」
魔力持ちの魂を糧に位階を上げ、能力を高める。あるいは、自らの分霊を生み出し気にいった者に与え眷属を増やす為にも魔力持ちの魂は必要だ。
魔力持ちは貴族に多く、それを狙うとしても数が少なく守りも堅い。砦のような城館に住まい、警護の者もいる。本人自身も優秀な魔術師あるいは魔剣士である可能性が高い。奪うには不向きだ。
しかし、貴族の血を持ちながら貴族ではない者たちがいる。庶子、あるいは貴族に孕まされたものの僅かな手切れ金で放逐され、子を産んだものの育てられず、あるいは魔力持ちの子どもの出産に耐えられず母親が死んだために孤児となった子供たちである。
特に貴族が多く住まう王都には、人知れず放逐された使用人が産んだ貴族の血を引く子供が少なくない。故に、孤児院も彼らを受け入れ、あるいは、養子縁組の対価として「寄付」を受けることでその他の孤児たちを育てる
原資を得ていると言える。
それに漏れた子供たちがどうなっていたかは、彼女は分からない。魔力を持っていても使い方を教わらなければ宝の持ち腐れである。赤毛娘のように気が付かず身体強化を魔力で行い「力持ち」認定されていた者もいたかもしれない。
あるいは、その能力を生かし「冒険者」となったこともあるだろう。
冒険者が依頼に失敗し死亡することは良くあること。可能性としては、魔力持ちの冒険者を『狩る』ことも下位の吸血鬼であれば考えただろう。聖都周辺に現れた吸血鬼は、その類だ。たまたま、彼女が相手であったので自ら二度目の墓穴を掘ることになったのだが。
「吸血鬼が魔力持ちを漁る為にこの国に現れたのかしら」
「最終的にはね」
吸血鬼は仲間を増やし過ぎれば、自分の取り分が相対的に減ってしまう事を考え、容易に増やす事をしない。従者代わりにニ三人といったところであり、『分霊』で自らの財産である魔力持ちの魂を分け与えることを考えると、そうそう増やすわけにもいかない。
兵隊なら喰死鬼だけで十分だが、消耗品にしかならない。また、考える能力も低く命令も複雑なものは与えられない。側近の隷属種あるいは従属種の吸血鬼に、『魅了』あるいは、自主的な動機で協力する――― 吸血鬼となりたい『側近候補』を率いているのだという。
「一番いいのは、貴族の『家令』あたりになって領地を任されつつ、私設の騎士団あたりを自分の下僕吸血鬼に指揮させて上手に生活拠点を整えるといった手法になるでしょう」
「それに飛びついたのが、今回はノルド公であったと」
「そう考えているわ。馬上槍試合に側近を出すには、力不足であると感じたのでしょうね。あるいは、家令の仕事を側近『吸血鬼』に任せて、自分が騎士団なり傭兵団を指揮するつもりなのかもしれない」
家令では簡単に魔力持ちの魂を得ることは出来ない。戦場に出る私兵の指揮官なら、より簡単だろう。敵を殺すのは仕事のうち。
「北王国の戦士には魔力持ちが多いらしいのよ」
「確か、『ハイランダー』と呼ばれる魔剣士たちだったっけ」
「はい。軽装の鎧に魔力を纏って大剣を振るい襲い掛かって来る者たちです。恐らく、風の精霊の加護持ちあるいは祝福持ちが多いのでしょう。速度を重視した神出鬼没の戦士団です」
吸血鬼の狩る対象は北王国の魔剣士。確かに、ノルド公辺りなら、北王国との国境付近での戦争に軍を差し向けるよう宮廷から命ぜられる可能性が高い。
「新しい狩場ではしゃいでしまったというわけね」
「そんな感じだと思うわ。そもそも、吸血鬼は魔銀の剣を使えないのだから、剣や槍を用いた戦闘は不向きなのよ」
不死者に効果のある魔銀の剣を自らが用いることができないのは当然。なので、『模擬戦闘』であり殺傷能力の高い装備を使えない馬上槍試合であれば、実力を発揮させやすかったのだとオリヴィが説明する。
「ノルド公が自ら軍を率いる際の名目にもちょうどいいでしょ?」
女王の御前試合で活躍した『騎士』が率いるのであれば、選ばれることも難くない。
「それで、誰に吸血鬼討伐を依頼させるのかしら」
彼女は率直にオリヴィに質問する。
「それは勿論、女王陛下よ」
帝国の冒険者として最上位のオリヴィは伯爵相当として扱われる。直接女王に面会するのに不足する身分ではない。既に、リンデの代表者達から女王には面会の依頼がなされている。
リンデとノルド公の主導権争い。女王がどの程度干渉するかは今のところ何とも言えない。北王国との摩擦を考えるならノルド公の武力は利用したい。が、ノルド公の力が増しネデルの原神子信徒がこれ以上劣勢になることも許しがたい。
「女王陛下の匙加減と言う事ね」
「そうそう。ここで依頼しないなら、次は無いとでも言えば頷くしかないでしょうね。会えば、依頼するしかなくなるのよ」
吸血鬼討伐は容易ではない。リンデには商人同盟ギルドの中に帝国の冒険者ギルド支部が存在するが、依頼を受けるにしても受ける者がいるとも思えない。リンデとネデルあるいは帝国との間の商人の護衛が主な依頼であり、上位の魔物と対峙するだけの能力を持つ者はいないだろう。
このタイミングであれば、リリアルもオリヴィに助勢することもできる。どれだけの戦力を有する傭兵団かは知らないが、さすがのオリヴィもビルと二人では厳しいだろう。
「傭兵団は幾つか関わっているけど、総数は千人規模ね」
「「千人……」」
「吸血鬼はそのうち数体です。全員をグールにするわけにもいきませんから、せいぜい百体を討伐すればいいでしょう」
「「……百……」」
並の傭兵隊なら、夜間に斬り込んでを繰り返し百ぐらいは今回のメンバーで対応できるかもしれない。が、『貴種』の吸血鬼と数体の吸血鬼を加えたグールの傭兵百は……結構厳しい気がする。
野戦ではなく、駐屯している城塞での討伐を考えているのだろう。
「まあ、最初に頭を潰せば何とかなるわ」
オリヴィはそう気楽に答えたのである。
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吸血鬼、それも、『貴種』の吸血鬼に対するのは……なかなか難しい。手強い相手であるというのは彼女も理解している。
「改めてなのだけれど」
彼女は、吸血鬼の強力である由縁、理由をオリヴィに問う事にする。敵を知り己を知れば百戦して危うからずである。別に百戦して百勝できるわけではないことって割と大切。あくまでも『危うからず』であり、ヤバけりゃ戦わないという選択肢もある。これは、今準備不足では戦わないという意味であって、逃げ続けるという意味ではない。逃げるのは、戦う準備を整える時間を稼ぐためだ。
「まず、人間より力が強い」
オリヴィは口にするが、それは食人鬼や醜鬼であってもであり、言い換えれば食人鬼程度でしかない。竜やより大型の魔物に比べれば可愛いものであり、それも、吸血鬼の『隷属種』辺りならベテラン冒険者パーティで討伐できるであろうし、『従属種』でも中程度であれば教会の魔銀装備の聖騎士団で討伐可能だろう。
「人間を超える力と言っても、オーガ程度ではどうとでもできるわ」
「私たちも、魔力量を増やす事で身体強化の時間がある程度延長できれば、十分に対応できるものね」
吸血鬼は自身で魔力量を増やすことはできない。これは『不死者』という名の死者であるからである。死んでいるのだからこれ以上死者にはならない。死者でありながら生前の人格を残している、あるいは、成長することができる。その方法は、他者である魔力持ちの魂を取りこむ事で、自らの力を高めることができる。
一人ひとりから取り込める量は僅かであったとしても、『不死』であるから老いとは関係なく時間を長くとることができる。安全に、確実に魔力量を増やせるのであれば、百年二百年と重ねて自らを成長させることができる。
「次に、強い再生能力を有している」
吸血鬼は、自らの魔力を『再生』という形で生かしている。これは、『隷属種』であれば斬りおとした腕を繋げたり、切り傷をあっという間に塞いだりであるが、『貴種』になると体の部位を再生させることまでできるのだ。但し、首を斬り落としたり、心臓に魔銀の杭を突き立てられると再生できずに死ぬ。
「確かに……私たちも首を斬り落とされたり、心臓を刺されれば死ぬわね」
「でも、あなたのポーションを飲むなりかけるなりできれば、部位再生くらいはできるんじゃない?」
「腕一本や脚一本は無理よ」
「そうね、私の最高のポーションでも目玉の再生とか、指の再生くらいだからね」
「「……」」
オリヴィは小さめの部位再生可能なポーションを作成できるようだ。リリアルでは無理。だが、これも人間であっても何とかなる類だ。
「毒が効かない」
これも死者だから当然、しかしながら、ポーションでどうとでもなる類いのものが大半だ。
「夜目が利く」
魔力走査を用いれば、魔力持ちに限ってはある程度離れた場所から存在確認ができる。見える必要性はあまり無い。
「魅了することで、人を支配することができる」
これも相手との魔力量差に影響する。ある程度身分のある貴族や王族は相応に魔力量も高い。魅了も掛かりにくく、魅了を用いずとも人を従えることができる。例えば『副元帥』という地位でだ。
「人知れず潜んだり、姿形を変え忍び込む事ができる」
これも、身体強化・魔力走査・気配隠蔽・魔力壁の組合せでリリアルの冒険者組なら問題なく行う事ができる。
そう考えると……
「魔銀の装備が扱える分、吸血鬼よりも私たちの方が有利ではないかしら」
「精霊の問題もあるしね。水の精霊とか火の精霊とは敵対関係なんでしょ?」
「「……」」
オリヴィ達の問題をリリアルは改善できてしまう。吸血鬼は仲間を増やせるがオリヴィはできなかった。しかし、リリアルならば王都の孤児や冒険者から有能な者を見出し育てればいい。地位も名誉も与えることができるのは、彼女の生まれが王国の貴族であるからだ。それも、国王にとても近い家柄のである。
「吸血鬼恐れるに足らずね!!」
伯姪が景気良い声を上げる。
「吸血鬼は厄介ですよ」
ビルは釘をさす。
「あなた方もノインテーターで感じていると思いますが、魅了で一瞬にして周囲の人間が吸血鬼に操られる事もあります。喰死鬼であれば、短時間に戦力を整えることができ、隷属種の吸血鬼程度の力を振るいます」
吸血鬼自体は恐ろしくないが、それが入り込む事で問題を巻き起こす方が難易度が高い。
「本来は、吸血鬼が支配している事自体に気が付けないのよ。知らない間に、領主の奥方や側近辺りになって入り込んで、そこから支配するというのが多い手口。ユンゲルは、そもそも戦場で魔力持ちの魂を得ることが目的だから派手に動くけれど、安全な『巣』に籠った吸血鬼は発見しにくいのよ」
オリヴィの説明に彼女は深く納得する。半ば周囲の領地との関係をたち、決まった商人とだけ交易をするとある公爵領などは、そのような『巣』である可能性が高いとも思うのだ。
「王国にもいるのでしょうね」
「少しはいるでしょう。私は把握していないけどね」
帝国は見つけ次第討伐しているので、休眠状態か、痕跡を消せるほど高位の吸血鬼自体はほぼいないという。
それで、ネデルや王国、連合王国にまで出張ってきているのだろう。
『ウリッツ・ユンゲル』は貴種になりたてであり、旗下の吸血鬼をある程度確保・育成した後に休眠期間に入りたいのだろうとオリヴィは推測する。
「その為にこの国に移動してきたというわけね」
「そう。ネデルや帝国では競争相手が多いからね」
今まで、東方で活動して吸血鬼としての位階を高めたものの、帝国には帝国を拠点とする吸血鬼たちが既に縄張りを築いている。その頂点は、『真祖』と呼ばれる最初の吸血鬼に相当する最上位の吸血鬼らしい。
「最上位……」
「いまは恐らく休眠期間中。だから、討伐するにも居場所が分からないのよ」
『真祖』に見初められた皇帝の妹は、最初から『貴種』として真祖の分霊を受けて第一の眷属になったのだという。その後、『真祖』は休眠期となり、第一の眷属である皇妹はネデル総督となった。
そこに、潜んでいたユンゲルが入り込み活動していたのだとオリヴィは言う。
「ユンゲルを捉えて、ネデルの吸血鬼の巣を一掃したいのよね」
吸血鬼には横のつながりが希薄だ。自分の親と子の間にしか関係がない。ネデルの吸血鬼の幾体かをオリヴィは捕らえたが、特に意味のある情報を得ることができなかった。
駈出しとはいえ『貴種』の吸血鬼が表に出てくることはまれであり、ネデルをある意味追い出されたユンゲルなら、相応の情報を持っている可能性が高い。
「先ずは討伐して、口を割らせる。それだけよ」
オリヴィは「ちょっとお遣いに行ってくる」くらいの気安さで『貴種』討伐を口にするのである。