第660話 彼女は灰色乙女と再会する
第660話 彼女は灰色乙女と再会する
「先日はお世話になりました」
「いいのよ。こっちも有難かったから」
王太子宮では強力な吸血鬼に苦戦していたところを、オリヴィとビルそして……若干名が乱入しあっという間に止めを刺すに至ったのである。
「わざわざこんなところまで追いかけて来るとは、会いたくなっちゃった……わけではないのよね」
「リンデを訪問したのは、お察しかと思うけれど吸血鬼を狩る為……ね」
手にしたワインを口に含み、軽くのどを潤すとオリヴィは話を始める。
「吸血鬼が聖騎士団、特に修道騎士団と深いかかわりがあったということは二人とも理解しているわね」
元修道騎士団王都管区本部であった王太子宮の大塔に、あれだけの数の元騎士団総長のアンデッドが揃っていたのだから、それは理解できる。
「王国を追い出された修道騎士団の一部は、神国の聖騎士団に編入されるか、新たに神国国王により設立された聖騎士団に組み込まれたのよ」
当時、サラセンに国土の過半を抑えられていた神国において、それまで王国内から派遣されていた修道騎士団の騎士・兵士が引き上げられるのは戦力的に大変好ましくなかった。結果として、派遣されていた聖騎士らを戻さずそのまま神国内で確保した結果と言い換えてもいい。
「他にも、王国の動きを察知したり、あるいは、異端として幹部が捕らえられたタイミングでいち早く逃げ出した者たちがいるわ。一つは王国内への潜伏。一つは、当時半独立であったレンヌを経由して海を渡り北王国へと逃げ込んだ集団。あるいは、東へ逃亡し帝国に入り、駐屯騎士団へと潜りこんで東外海聖征に参加した奴らね」
『東外海聖征』あるいは『北方聖征』と呼ばれる対異教徒戦争である。実際は、東外海沿いに勢力を広げ、大原国との貿易を独占しようとする商人同盟ギルドと結びついた駐屯騎士団の征服植民活動だ。
行っていたことは、サラセン相手に都市を攻略し聖王国を建国した事と大差はない。その目的はサラセンが仲介する東方との貿易を直接行いたい商人にそそのかされた遠征活動であった事に似ている。
帝国の人口増加と不足する食料を補うために、帝国の余剰人口を駐屯騎士団国の植民都市へと送り出し、大原国の小麦や東外海沿いの木材や鉱石などを帝国に輸入することで利を得ようとする商業活動の一端でもあった。
「それで、吸血鬼とどうつながるのかしら」
「あなた達『ジルギスの戦い』と言うのを聞いたことが有るかしら」
今から百五十年ほど前、駐屯騎士団とそれに加勢する帝国の司教領の編成する軍と、大原国とその友邦の連合軍が真っ向からぶつかり合ったこの世界で最大級の戦いである。
「確か、騎士団国軍が三万以上、大原国連合軍が五万以上でぶつかって騎士団国軍が包囲殲滅された戦いだったと思うけど」
「……指揮官である騎士団総長をはじめ幹部騎士達が軒並み戦死した戦いだと記憶しています」
駐屯騎士団は異教徒の先住民を弾圧し、苛政をもって統治することで有名であった。先住民は駐屯騎士団領に入る以前の数分の一迄人口が減らされ、その代わりに帝国から貧農などを入植させ、また、多くの貴族・商人が植民都市を築き帝国の影響力を東方に広げた。
また、大原国で生産される小麦を安く買い、帝国で高く販売するという方法で商人同盟ギルドと結びつき、大きな利益を得る。しかしながら、このようなやり方は大原国の不興を買う行為であった。
東外海南岸に広大な領土を有するようになっていた駐屯騎士団は、『騎士団国』と呼べるほどの規模となっており、総長は実質的な『国王』のような存在であり、各領地を治める騎士団長らは『貴族』のような存在となりつつあった。経済的には商人同盟ギルドの影響下にあり、独自の統治・外交を行うことが騎士団総長・本部の役割りとなっていた。
国内の叛乱に大原国が関わっていると考えた駐屯騎士団は、なし崩し的に大原国との戦争を始めることになる。
そして、『聖征』を唱え大原国との全面戦争を計画し始めた。騎士団領に隣接する幾つかの司教領の領軍と『傭兵』が参加する聖征軍の戦力は凡そ3万。これに大して、大原国は近隣友邦の軍をも集め5万の戦力を整えた。
聖征軍は騎士ら2万、重装備の歩兵6千、より軽装の歩兵5千の戦力でり、数では劣るが装備は大原国連合軍を上回っていた。
大原国は、騎士と従士3万、軽装歩兵4千に加え、友邦の援軍1万に軽装騎兵の傭兵千、傭兵の歩兵6千が加わった。
この戦いは、数で勝る大原国軍が両翼からの包囲を完成させ聖征軍を殲滅する戦いとなったと言われる。友邦軍を意図的に後退させ、敗走を擬装した上で統一的な反撃を放棄し敗走軍を攻撃した聖征軍を上手にあやつり包囲を完成させた。
「当時、騎士団総長だった男の名を『ウリッツ・ユンゲル』と言うのよ。帝国南部の出身で、騎士家の三男坊だったのね」
オリヴィ曰く、これが吸血鬼であったのだという。最初は隷属種か従属種の大したことのない存在であったのだが、この男の次兄が駐屯騎士団の総長付きとなった事から道が開けたらしい。
その後、兄が騎士団総長となったことで、積極的に暗躍するようになったと考えられる。
異民族狩りや大原国との小競り合いの中で『貴種』となっていたユンゲルは、そろそろお暇するつもりであったという。そのタイミングとして『ジルギスの戦い』は丁度良かったのだろう。既に齢五十となり、吸血鬼化したことで老化が抑えられ、更に若返りつつある状態であったのだから。
ユンゲルは、装備を傭兵のものに擬装し敗走する集団に紛れて戦場を離脱。大原国軍は、その後、進軍し騎士団の本部のある都市を包囲したものの、陥落させるに至らず和を結んだ。
ユンゲルは『傭兵』として各地を移動し休眠する場所を確保し、百年ほど眠っていた。数年前に覚醒し、自身の配下を増やしながら帝国内で『傭兵』として活動していたとみられる。
「聖都周辺で吸血鬼や喰死鬼が発生する騒ぎがあったでしょう?」
恐らくはユンゲルの配下の吸血鬼の者であろうとオリヴィは答える。オリヴィも以前、駈出し冒険者であった頃、吸血鬼に襲われたのだというのだが、これもユンゲルの部下だったのではないかと推測している。場所が、騎士団国領に隣接する地域であり、策源地に相当する場所であったからだ。
今では、騎士団国領は解散しており、世俗の騎士団として『ブレンダン公国』の配下に収まっている。
ユンゲル自身は吸血鬼の『貴種』から力を与えられた『従属種』あるいは『隷属種』からの成り上がりであり、『真祖』との直接的な面識はないが間接的に自分の『主』を通じて『真祖』の意図を汲んだ活動をしている。
帝国はサラセンとの対決が継続しており、帝国の背後を脅かす勢力に対して抑止する政策を考えている。後方の策源地であるネデルを安定させる為にも、原神子信徒らの叛乱を暗に支援する連合王国に対して影響力を削ぐ工作を行おうと考えている。
その為、ノルド公に反乱を起こさせリンデとノルドの貴族・商人がネデルの原神子同胞を支援できないよう混乱させようと画策しているものオリヴィは考えているのだという。
これまで討伐した吸血鬼、あるいは、それに力を貸した貴族達を締め上げあるいは様々な形で口を割らせた結果集めた情報を総合するとこのような結論に達したのだと。
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「それで、吸血鬼討伐にわざわざ渡海したという事なのでしょうか」
「依頼と言えば依頼になると思うけど」
「ヴィの場合、依頼の押売りですね」
それまで黙って聞いていたビルが口を開く。
「リンデの支配層にとって、ノルド公とその領都『ノルヴィク』は利害が対立しているのです」
連合王国の中でも南部や西部の貴族は、素材としての羊毛を単純に輸出するのではなく、ネデルや王国から毛織物の商人・職人を呼び込み、自分たちで加工した製品を販売しようとしているのだという。原毛あるいは素材としての羊毛を輸出するより、完成品を輸出した方が利益も単価も大きくなるのは当然だからだ。
しかしながら、ノルド公は考えが違う。ネデル総督府と結びつき、原毛の輸出量を増やす事で簡単に売上利益を増やせると考えているのだという。
「それって、単純に羊を飼う数を増やすってことよね」
「はい、その通りですね。しかしながら、これには様々な問題が発生しています」
ビルが続けて説明する。
「ノルド公の領内において、領主あるいは地主たちが農村の共有地を勝手に柵で囲い込み、放牧場に変えてしまっているのです。あるいは、森を切り拓くなり、湿地を干拓するなどですね」
共有地と言うのは、村全体に利用権が認められる場所であり、そこで植物を採取したり或いは秋には豚がドングリ等木の実などを食して冬備えに用いたりする場所である。これを勝手に取り上げられたのでは、農村は立ち行かない。
「それだけではなく、耕作地まで取り上げ小作人を追い出したりもしているのですよ」
「「……領主とは思えないわね……」」
「まあ、この国の貴族なんてそんなものよ」
そして、父王の次の弟王の時代事件は発生した。
『ケットの乱』と呼ばれる住民叛乱である。
弟王は護国卿(摂政に準ずる大臣)を通じ、農地を収奪する行為を認めない布告を出したため、小作人たちは地主が作った柵を破壊し、農地を取り戻す事に対し正統性を得たと考えた。
しかしながら、領主層は私兵を持って農民たちの集団を攻撃し、その中で争いは暴動へと変化していった。
『ケット廃城』に集まった農民たちは評議会を開き、その代表者らは攻撃する領主らに対し逮捕状を発することにした。ノルド各地から集まった農民の数は一万二千を数え、ノルヴィクの人口を越えるほどとなる。
リンデ市議会に彼らは代表を派遣し自らの姿勢を表明、また、ノルヴィクを包囲し、領主らの行いを責める29か条に渡るリストをノルヴィクに送りつけ、市長らと代表は話し合う事もあった。
その後、ノルヴィクはケットの反乱軍に制圧され占領されてしまう。これに対し、ノルド公は1400人の傭兵を基幹とする私兵を送り、大きな損害を出し反乱軍はノルヴィクを退却することとなった。
その後の追撃戦で数千の反徒が死亡している。
首謀者らはノルヴィクに集められ裁判で有罪判決を受け、街の城門に反逆者として吊るされた。
とはいえ、これは反乱と言うよりも、生活手段を取り上げた結果窮した農民が暴動を起こしたという当たり前のことであり、為政者としての無能さを示す証左でもあると考えられる。
「それで、公爵は何も咎められなかったのかしら」
「いえ。一度は爵位を取り上げられたようですが、先の女王の時代に代替わりをして公爵位を再び認められたようです」
現ノルド公の父親は若くしてなくなり、処罰を受けた祖父の公爵は蟄居させられていたのだという。孫が成人したので当主を譲り、孫は公爵として復帰した。
「そして、この反乱を鎮圧するために雇った『帝国傭兵』の中に、『ウリッツ・ユンゲル』が含まれていたというわけです」
「けど、ネデルってなんでそんな吸血鬼と強くつながっているのかしら」
伯姪の疑問に、オリヴィとビルが沈黙する。彼女は「別に気になるというわけではないのだけれど」と思ってその沈黙を見守る。
しばらくの沈黙ののち、オリヴィが口を開く。
「ネデルに総督が置かれたのはそう古い事ではないの。その時は寡婦となった当時の皇帝の妹が総督となったの」
五十年ほど前、サラセンが大沼国に侵攻。当時、大沼国とベーメンは同じ王を頂き、帝国皇帝の妹を妻としていた。サラセンとの戦いで国王が戦死し、大沼国の大半はサラセンに占領され、また、王位を継ぐ者のいなかったベーメンは帝国皇帝が国王を兼ねることになった。これは、ベーメン王の妹を皇帝が妻としていた「二重結婚」の結果である。
「それで、その妹さんがどう関係するのかしら」
「……婚姻の後、彼女は吸血鬼に見初められ吸血鬼になっていたとするならばどうなるかということね」
「皇帝の妹が吸血鬼……」
王国がサラセンとそれなりの関係を築いているのとはわけが違う。
「皇帝家はそれを認めないでしょうし、公にはなっていない」
「けれど……」
「夫を失い修道女となった妹は、その後、ネデル総督となり開明的な活動を大いに支援したわ。要は、芸術家や学者のパトロンになり、サロンを開いて交流の場を提供し生活を支援したのよ」
ネデルは豊な地域であり、その結果、芸術家や学者が育つ環境が整っていた。宗教にも抑圧的ではなかったという事もあるだろう。先代神国国王の時代は、そこまで厳格な御神子原理主義を求めなかったということとはあるだろうが、総督が上手に抑えていたという事もある。
「その間に、吸血鬼の『巣』を完成させたみたい」
『巣』というのは、ある種の吸血鬼によるネットワークを意味する。身分があり、権限と権力を有している女吸血鬼の総督のお陰で、ネデルの都市にはそれなりの吸血鬼が潜む事が可能となったのだという。
「農村や小規模な街だと、吸血鬼は活動しにくいのよ。
捕食する相手が目立って消えたら気付かれるような場所はね」
他国や他の都市との取引で、人の出入りの多いネデルの諸都市は吸血鬼にとって都合の良い住処であると言える。
「それに、原神子信徒の教会ってのも、いいのよね」
「どういう意味でかしら」
彼女の疑問にオリヴィは答える。御神子教会は、教皇庁と教皇を頂点として組織が存在する。
司祭や司教の任免は独自にできるわけではなく、人事の移動も存在する。故に、吸血鬼の『巣』とする場合、外部に隠す事も難しい。
しかしながら、原神子信徒、特に『厳信徒』系の教会は、吸血鬼の隠れ家として最適なのだという。
「何が違うのよ」
「原神子教会は、その考え方で個々に分派が容認されているのよ。この国の聖王会の場合、頂点は国王とされているけど、厳信徒はそれを認めていないの」
聖典を唯一の存在として考え、教皇庁や国王の存在を認めない厳信徒の閉鎖的な思考は、『吸血鬼とそのシンパ』にとってとても都合が良いのだ。
「聖騎士に紛れ込むのもその延長線と考えていいわ」
修道騎士団の異端とされた理由の中には、騎士の誓いに問題があったとされたり、悪魔崇拝をしていたという事も挙げられる。これが言いがかりではなく全くの事実であったとすればどうなるのだろうか。
そして、その悪魔が『元聖騎士総長』らを吸血鬼化した『真祖』であったとしたならば、大塔での出来事も理解できる。修道騎士団は、教会組織から独立し上には教皇のみを頂く組織であった独立性も、厳信徒教会との類似性を感じる。
全部が全部ではなかったとしても、教皇庁あるいは国王から独立した教会組織の中に吸血鬼は潜みやすいのだと彼女はオリヴィの話を聞き納得するのである。
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