第06話 彼女は思ったより村人に知り合いが多い
登場人物
『彼女』:主人公の子爵家令嬢・次女。13歳。黒目黒髪の美少女。
『魔剣』:子爵家の書庫で見つかったインテリジェンスウエポン。古の魔術師の魂の依代。
『姉』 :子爵家令嬢・長女。16歳。侯爵・辺境伯の次男三男との婚約を目指している。
『子爵』:彼女の父。王都の都市計画に関わる一族。もとは騎士の家系であり、その昔、民を守るために命を落としたことで叙爵されたものの末裔。
『戦士』:濃黄のタンカー30代半ばのベテラン戦士。足に障害がややある。濃黄パーティーのリーダー。
『女僧』:薄黄の女僧侶。元は他国騎士の一人娘であり、女騎士ではなく騎士の妻となることを父に望まれ出奔。回復魔法は教会仕込みの本格派。
『剣士』:薄黄の軽戦士で20代前半。細身ではあるが、速度を生かした攻撃で相手を翻弄するものの、耐久性は低い。ちょっとヘタレ。
『野伏』:濃黄のレンジャー。サブリーダーを務めるほどの力量。冷静かつ計算高いが意外と優しい。薬師の心得もある。
『村長』:子爵家が代官を務める村の指導者。息子は現在、子爵家の使用人頭を務めており、先代子爵の頃、自分も子爵家で使用人頭を務めていた。
第6話 彼女は思ったより村人に知り合いが多い
この村に来てパーティーメンバーが驚いたのは、彼女の知り合いが非常に多いということだ。
「随分と顔見知りが多いようだが、ここにはよく来るのか?」
「収穫祭の時に、何度か父と訪れたことはありますけど、それだけが理由ではないんです」
彼女は説明する。
子爵家の使用人の多くはこの村の出身者であり、過去働いたことのある者を含めると、かなりの数が子爵家とゆかりがある。
今の使用人頭は村長の長男である。村役人の子弟が数年ごとに入れ替わり、子爵家で奉公するのだ。これは、行儀見習いの一環であり、村役人としての育成にもなっている。お金が循環することもある。
因みに、使用人の中で、執事は下位貴族の庶子もしくは当主一族の縁戚のものが多く、貴族の末端のものでもある。半平民とでもいえばいいだろうか。これが伯爵以上になると、男爵家当主が執事を務める場合もある。
侍女は貴族と直接やりとりをする関係から、執事同様貴族の庶子もしくは行儀見習いの貴族子女や富裕な平民の娘であることが多い。給与は小遣い程度で身の回りのお世話と話し相手となることが主である。
これが、使用人、下男下女となる場合、いわゆる家事をする存在になる。例えば、貴族の寝室を掃除するのは侍女で、それ以外のパブリックスペースを掃除するのは下男下女と言われる使用人の仕事なのだ。
とはいえ、村から数年やってくる若者たちにとっては、王都の貴族屋敷の一角に居室をいただき、王都で貴族様のお屋敷でお仕事をさせていただくわけである。給金も出るし、村にお金や都でしか買えないような美味しいお菓子や小物なども渡すことができる。
なにより楽しみなのは、若い男女が同じ場所で暮らすことで、自然と村に戻った後、夫婦となることである。まあ、そういうTVの番組とかにはありがちだったりするのが、まさにそれなのである。シェアハウス的な何かだと思って欲しい。
いま同行してくれている者のうち、一人は狩人として村から動かなかった者だが、片方は1年ほど前まで下男として主に庭仕事をしていた男なのだ。
「お嬢もお変わりないようで何よりです」
彼は懐かしそうな表情で挨拶するのだが、彼女は「胸は少し成長したわ。変わったのよかなり」と内心思っていた。まだまだである。
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森に入り、足跡を追う。彼女は薬師の仕事をしながら後方を顔見知りの村人と歩いていく。その前には女僧がいる。
「お嬢のおかげで皆助かっております」
「家族のようなものですもの。気にしないでちょうだい」
「子爵様への御恩は返しきれないほどでございます」
「昔のまま、普通に話してもらえないのかしら?」
『お嬢』とは呼ばれていたものの、屋敷の庭で遊んでもらったり、こっそりお菓子をもらったり、薬草の見分け方を教えてくれたのも彼なのだ。
「お嬢の薬のおかげで、村は助かっております。そんなことはできません」
「これはお願いなのだけれど、聞いてもらえないのかしら」
「……わかった。これでいいかお嬢」
「ええ、それでいいわ」
前の女僧がクスクスと笑っている。確かに、彼女は人形のように表情も薄いのだが、感情は普通にある。特に、親しいものとはかなりなものなのだ。むしろ、濃いくらいである。
なにしろ、子爵家において、姉が絶対であり、執事や侍女は彼女に対してかなりぞんざいな扱いをしていた。また、姉は貴族の跡取り娘らしく下男下女はいないもののように扱っていた。
彼女は「自由に」していいとされていたので、誰彼かまわず相手をしてもらい、使用人は姉と違い自分たちを人間扱いする彼女に好意を持っていた。それは、図らずしも母の考える彼女の在り方に合致していたので何も言われなかったのである。
素材採取もできたので、夜中にポーションでも作ろうかと思う。毒消しに解熱剤、化膿止めに痛み止め……かなりの数が揃ったのは、しばらく誰も森に入れていないことの証左だろう。
『しばらくこれで素材には困らないな』
魔剣は言うが、このあとすぐに入用になるかもしれないのだから、そうも言っていられないのである。
15分ほど森の中に入り道が狭くなるころ、先頭の野伏と戦士が立ち止まり、あたりを確認し始めた。どうしたものかと足を進める。
「これを見てもらえるか」
それまで狼の足跡だけであったのだが、かなりの数の人に似た何かの足跡が混ざっている。
「ゴブリンね」
「それと……これだ」
大人の男性……戦士より一回りは大きい足跡が深く記されている。その周りにはやや小さいものの、彼女と同程度の複数の足跡……
「明らかに上位種。サイズ的にはホブが数体と……チャンピオンだろう」
「……キングではなくって?」
ベテラン濃黄の戦士。もし今の足のケガがなければ、将来は青も狙えた程の戦士であった。もう10年も前の話だろうか。それなりに、レイド討伐も経験している。レイドとは複数パーティーによる大規模討伐を意味する。
「チャンピオンが複数のゴブリンを連れて巡回するというのは、群れの最上位ならまずない話だ。その上の者がいる。キングかもしかするとジェネラルかもしれない」
キングがいる群が強化される一つの理由。それは、ゴブリンの群が知性をもつジェネラル・キングに差配され、統一的な行動をとり始めることにある。チャンピオンが率いる群であれば、もう少し村の周辺で異変がはっきりと起こるはずなのだ。
濃黄戦士曰く、大規模な村を奇襲し、武器となる農具と「女」を攫うため潜んでいるのだろうという。既に、孤立した農民や狩人は周辺で刈り取られゴブリンの戦力を強化しているかもしれない。
「村を根こそぎ略奪した後、別の森に移動してまた別の村を襲うのだろう」
人の女にゴブリンを産ませ、人の村から奪った農具や武器で武装する。大規模に略奪を行いながら王国内を移動していくのだろうというのだ。
「目と鼻の先なのにな」
「いや、目と鼻の先だからさ」
「どういう意味なのでしょう」
彼女は気になり、言い返した野伏に質問した。野伏曰く、恐らくステージ2に進んだのであろうというのだ。
「最初は少数の群で王都周辺に集まる護衛の少ない行商人などを襲っていたんだろう。そして、武具を盗み、知恵をつけ少しずつ襲う相手を大きくしていった。最近、隊商も襲われているし、行方不明の旅人も少なくない。女性も含まれているのは……そういう理由だろう」
ゴブリンの群が大きくなるのは、人の数倍早く成長することにも起因する。妊娠期間も短く、何度か妊娠した女性は体を壊して死に至る。そうでなくても、人間としては死んでいるようなものなのだが。
「数が一定数を越えたので、容易に討伐できない規模となり、次のステージに移った。スタンピードに近い略奪旅行の始まりだろう」
この王国内では例がないものの、辺境の小国が壊滅したり、辺境伯領で大変な事件となり王国の戦力が集められたという話は記録されている。すなわち、このままいくと村は消滅し、王国の歴史に残る大惨事がここから始まるということなのだろう。
「可能性の話だがな。そうならないために、王都に連絡を入れ、本格的に騎士団による威力偵察を行ってもらうしかないな」
威力偵察。まとまった戦力による討伐を兼ねた偵察である。数十人といった騎士団で数か所から森に侵入してゴブリンを掃討しつつ相手を見極めることになるだろう。
これが高位貴族領であれば、彼らの騎士団の仕事であるがここは王家の直轄領扱いなので、王都の騎士団の仕事になるのである。
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村に戻るとリーダーは村長に主だった村人を集めるように話をする。見張り台に設置された呼び板が叩かれ、村の広場に村人が集まってくる。村長がリーダーの説明を聞くように促す。
「先ほど、村の案内役とともに、森の中を確認してきた。おそらく、王都周辺で旅人や商人を襲っていた大規模なゴブリンの群が潜伏している。魔狼の足跡の外に、ゴブリン多数、少なくともオーガ並みの力と知能を持つ上位種が複数確認されている」
「なら、あんたらどうするんだい? 討伐してくれるんだろうね」
体格のいいおばさんがリーダーに問いかけるが答えは当然否だ。
「俺たちの仕事は、今回のゴブリンの活動、魔狼の存在がどのようなものか調べて王都に報告することにある。それに、数は多ければ100を越える。俺たち4人ではあっという間に死ぬだろう。その後、村も同じ目に合う。速やかに、王都に戻り、ギルドと子爵家経由で王と騎士団に討伐の依頼をするつもりだ」
村の危機が現実となり、泣き出すもの、怒り出すもの、ウロウロするもの黙ってうつむくもの……広場は混乱に包まれる。彼女は口を開かざるをえないとおもった。
王都への救援要請。それは5人全員で向かわずとも良いはずである。
「……私は村に残ります」
「それは……ダメだ……あんたの護衛も仕事なんだ」
濃黄戦士のリーダーの反論に、彼女が答える。
「それでも、私はこの村に残ります。それが臣としての務めです」
彼女は王家の家臣。元騎士の家柄の娘だ。それに、戦うことも癒すこともできる。なら、残らない理由がない。濃黄戦士は戸惑うが、薄黄僧侶が声を上げる。
「パーティーを分けましょう。私が護衛に残ります。連絡だけなら全員で向かう必要はないでしょう」
リーダーと剣士は頷く。それならば……
「弓が使える俺も残ろう。その代わり……」
「母親の手のかからない子供たちを馬車に出来るだけ乗せる。俺と剣士で護衛をすればいいか」
村人たちは安堵の顔を向ける。村長が声を掛け、戦えない小さな子供は子爵家で預かってもらうようにお願いすることにした。彼女も添え状を書く。自分は王の臣として村を守るために残ること、村人の子どもたちを守って欲しいこと、王家に伝え騎士団を派遣してもらいたいことを書き添えた。
『いいのか、それで』
「いいのよ。皆を守って一緒に死ぬのなら本望ですもの。それに……」
村人を守って自分が死ねば、恐らく王としては姉の婿を探してくれるだろう。もしかすると、側室か王弟の王子を姉婿にしてくれるかもしれない。そうなれば、子爵家も王家に連なる家系となり、宮廷伯くらいにはしてもらえるだろう。
「どちらにしても死に損はないわ。命を掛ける価値のある事よ」
『……そんなところも似てるのか。なら、俺はお前を助けねえとな……』
魔剣が何か言っていたが、彼女にはよくわからなかった。
馬車の用意ができ、村長と彼女のしたためた書状をリーダーに渡すと、十数人の子供たちを乗せた馬車が村を出て行く。恐らく、昼間起きている見張りのゴブリンたちも確認しているだろう。今夜がチャンスだと。
さて、この村は元の城砦の跡を生かしたものだ。モット&ベイリーと呼ばれる様式に近いと考えられる。モットと呼ばれる築地された台地の上に平素は倉庫、戦時は避難場所ともなる堅牢な建物を持つ平城とでも言えばいいだろうか。
王国が帝国崩壊後の戦乱期に自衛機能を持つ村落を設けたのだが、この村は周辺拠点として幾分大きく、また重厚に作られているのだ。なので、ただの環濠集落ではなく、広い敷地の中には馬場や野鍛冶の工房などもあり周辺の村の中心地となっている。
もちろん、森に最も近いことから、魔物の来襲に対する備えも今となっては兼ねているのだが。
「では、今夜から不寝番を始めましょうか」
残る決意を定めた彼女を中心に、村長、僧侶、野伏と村の面々が話を始める。柵には板を立てかけ中が見えないようにすること。周りの堀には水を流し込んでおくものの、泳いで渡れるほどにはせず、ぬかるんで登れない程度に満たすこと。
掛けられた橋は暗くなる前に撤去。橋の板も柵に配して壁とする。木を組んで逆茂木を作り柵の背後に設置する。見張り台の周りに板を巡らせ湿った泥を塗り火攻めに耐えられるようにする。家の屋根も同様だ。草ぶき、板葺きは良く燃えるのである。
「暗くなる前にそこまでやりましょう。それが終われば、女衆は奥の避難所にお年寄りとともに隠れてください。橋も上げてしまう事。それと、万が一もあるので、交代で見張りを立て刃物と長い棒を確保してください」
彼女たちの長い夜がこれから始まる。
『お前も逃げ出さないのか』
「誰と同じだというのかしら。私は私なのだけれど」
魔剣の言っている意味は分からないが、それなら、女僧と野伏も同じであろう。普通の貴族なら、命が大切だと言いながら村から逃げることを勧めるかもしれない。だがしかしそれは違う。
村は生産設備であり、村人の命含めて王のものなのだ。王の財産が勝手に逃げ出し村が灰燼に帰したとしたらどうなるだろう。少なくとも、責任を誰かがとらざるを得ない。村長と村役人の何人かが処刑されるだろう。
その上、廃墟となった村に財産は何も残されていない。これが他国からの進攻であれば話は異なる。護らなかった王国の責任だ。だが、魔物は所詮獣の延長であると考えられており、獣の群に恐れをなして勝手に逃げ出したとなれば、それは処罰の対象となる。
「あの子供たちさえ生き残っていれば、この村は再建できるのよ。私たちがたとえ全員死んだとしてもね」
村を守るために命を懸けた村人の子孫を王は放置することはできない。恐らく、魔物の討伐ののち後見人を立てて免税し、新たな指導者を付けて子供たちを村に返すであろう。村も一層立派な防塁や工房を備えた小さな『町』くらいになり騎士も駐屯するかもしれない。ならば、村人からすれば出世なのだ。
『命あっての物種だぞ。だが、お前がそう言うのなら、俺がお前だけは守ってやる』
彼女は「ありがとう」と答えたが、本気で助けてもらおうとは思っていなかった。