第657話 彼女はリリアルの騎士を肯定する
第657話 彼女はリリアルの騎士を肯定する
本選第四戦、灰目藍髪と『伯爵戦士』の馬上槍試合。一本目を取られた灰目藍髪は、二本目に突入する。
馬の息が整ったのを確認し、審判が試合の開始を宣言する。
疾駆する二騎が交錯する瞬間、灰目藍髪が馬上槍を一瞬振り上げたのちV字型にパンと跳ね上げ『伯爵騎士』の馬上槍の下から掬い上げるように槍を操作して胸に一撃を決める。弾かれた槍のせいで、『伯爵戦士』は右腕を大きく振り上げざるを得なかったので、胴はがら空きであった。
障壁に槍を当てて跳ね上げたのではないかと、審判に物言いがつく。障壁を叩くのは失点になるからだ。
「何をしたのだ」
「魔力で壁を作って、その壁に槍を叩きつけて反動ではね上げただけですわ殿下」
この技も、筋肉爺隊と灰目藍髪が鍛錬していたので彼女と伯姪は見知っている。王弟が聞いてくれたのを幸いと、女王と神国王弟にも聞こえるような声で彼女は敢えて答えたのである。
「……副伯、そのようなことが可能なのか」
「恐れながら陛下、鍛錬すれば可能でございます」
「……そうか。よほど腕を磨いたのであろうな。天晴なリリアルの騎士……であるな」
「お褒めいただき、恐悦至極にございますわ」
神国王弟ジロラモはやや興奮した口調で「すごい」「素晴らしい」「私も真似たい」等と口走っている。騎士気質というのは間違いないのだろう。
「タイミングと度胸がいるのよね」
「ええ。けれど下からの力に対抗するのは難しいのですもの。力や魔力が劣ることがあったとしても、技で跳ね返せるという事が大切なのだと思うわ」
失敗すれば何をしたのか分からないような技なのだ。恐らく、自身ががら空きの胴を晒し無様に槍で突かれ落馬しかねない仕掛けであった。なので、落馬の恐怖にも打ち勝たねばならない。まさに、技ありの一撃であった。
「騎士の戦いとは言えませんな」
女王の取り巻きの一人が聞こえよがしに言ってのける。聞き流しても良いのだが、自分の騎士を貶めるような言葉を咎めぬわけにはいかない。
「ふふ、面白いことをおっしゃる貴族がおりますわね。力を示す場で、腕力や魔力だけが力ではありません。騎士とは、護るべきものを守る力を示す為に、己のすべてを捧げる者ではありませんの。体力でも魔力でも経験でも劣る騎士がする工夫を「騎士らしくない」などと……本当にそのように思う方が貴族なのでしょうか。王国では考えられません」
戦って勝つことに意味があるのが貴族。面子にこだわるのも、騎士としての振舞いに拘るのも相手と戦わずに済ませられればそれに越したことはないからだ。戦うなら必ず勝たねばならない。早々簡単に戦争なり決闘を始めるわけにはいかないのだ。
だが、戦うなら必ず勝たなくてはならない。
「確かに。勝つために全てを尽くすのが騎士。我が認めよう。リリアルの騎士は真の騎士であると」
「女王陛下の慧眼、恐れ入ります」
これで、灰目藍髪を悪し様に言う者は、女王陛下の言葉を否定することになる。女王の宮廷の騎士・貴族らは勿論、リンデに在する諸外国の貴族もこれを否定することはできないだろう。喧嘩を売るなら買ってやるという話になるからだ。
「正に、天覧試合に相応しい女騎士です」
これにジロラモが肯定することで、灰目藍髪を否定する言葉は発せられなくなった。
三本目、早々に負けて馬上剣に移行すべきなのだが……人事を尽くさねばならない
「手を抜いて敗れるのは、お爺様が許さないわよ」
『ま、後が怖いよなぁ』
ジジマッチョら筋肉爺隊も一段となってこの試合を観戦している。教えたことを遣り尽くしてなお届かなかった敗北であればともかく、不覚を見せれば後の特訓が怖ろしい。その後、魔力も体力も相応に伸びるのだが。
三たび疾駆し、障壁越しに馬上槍が交錯する……はずで会った。
――― 『漏斗』
漏斗あるいはファンネルと呼ばれるものは、古帝国時代には素焼きの土器で作られていた大きな容器から小さな口の容器に移すために用いる円錐形の器具の事であり、錬金術においてはガラス或いは銅で作られるようになった。
リリアル生の薬師組が何人かで「漏斗の形に魔力壁を変形させられると、楽だよねー」と考え、日常遣いに考えた魔術の一つであった。
これを用いると、剣先等を強引に漏斗の口に集めることができるのだ。
二つの漏斗を組み合わせ、砂時計のような形に成形、相手の槍の穂先を強引にこちらの槍の穂先に合わせるように漏斗が誘導する。
「なっ!!!」
槍の穂先が強引に突き合わされ、これが模擬戦用の木製槍なら砕けて
終了なのであるが、手にするは実戦用の槍に試合用の突起を重ねたもの。
強い衝撃を受け、そのまま互いの腕に激しい衝撃が加わる。
DANNN!!!!
一瞬撓んだものの、覚悟を決めて槍を抑え込んだ灰目銀髪と、いつものつもりで命中する際に抑え込む程度の感覚で槍を操作した『伯爵戦士』では、反動を抑える力が異なる。
二つの槍は激しく変形し、片方の槍は刎ね飛ばされ、片方の槍は腕に握られたまま疾走が終了する。
「……しょ、勝者……」
手元に残った拉げた槍を掲げ、灰目藍髪は勝利の宣言を受けるのであった。
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「流石リリアルというべきか」
思わず漏れる王弟殿下の言葉。魔力で強引に槍の穂先を合わせさせるという方法も驚きであったようだ。
「リリアル副伯。少し聞きたいのだが宜しいか?」
女王陛下の向こう側から、ジロラモが彼女に声をかける。失礼だと周りは空気を醸し出すが、女王も何を聞くのか気になるようだ。
「リリアルの騎士は、あのような奇抜な戦い方をするのが常なのかな」
「奇抜……でございますか。魔力の遣い方に工夫を凝らす事が『奇抜』であるとするのであれば、その通りでございます」
ジロラモは少々気まずそうな顔をしたが「褒めているのだ。奇想天外と言うか、その、神のご加護を感じる」等と言い始めた。厳信徒の多い女王の側近が周りに沢山いるのだから、少しは気にした方が良いのではと彼女は考える。
「人事を尽くした結果にございます」
「なるほど。勝利の女神は、微笑むわけか」
「確かに、その通りであるな」
女王陛下も同意したようで、一先ずジロラモの神発言は問題なさそうである。
「しかし、見れば見るほど騎士とは何かと考えさせられる戦いだな」
「それは、騎士を下馬させ長弓兵と並んで戦列を組んだ『善領王』陛下の戦いから学んだのでしょう」
彼女が引き合いに出した『善領王』とは、百年戦争を始めた際の連合王国の国王であり、黒王子の父親に当たる。王国は彼の王に三倍の戦力で当たりながら大敗を喫し、万を超える兵士、千を越える騎士と十一人の諸侯がが命を落とした。善領王の軍は兵の損失だけで五百程度であったという。
王国にとっては長い屈辱の歴史の始まりであり、言い換えれば連合王国にとっては栄光の勝利の始まりでもあった。百年戦争の結果、王国は諸侯の力が弱まり、王領・直轄領が大きく増えることになった上に、王権が強化された。王国から連合王国の領土も駆逐されることにもつながった。
とはいえ、百年間断続的とはいえ戦場となった地域は枯黒病の影響もあり大いに苦しめられたのではあるが。
『善領王』は血縁的に王国の王孫に当たった。母が王女であったからだ。また、『ギュイエ公』位を有しており、当初は連合王国の王でありつつも、王国に大しては「ギュイエ公」として臣下の礼を取っていた。
同じことが、王弟殿下が連合王国の王配となった際に発生しないとも限らない。一時、姉王が当時の神国王太子である現在の神国国王を王配とした際には、王太子は連合王国国王位を有していたこともある。王太子と姉王の間に子が生まれていれば、神国の一部に連合王国はなっていたかも知れなかったのだ。
今回の二人の王弟訪問も、三者三様に思惑があるとはいえ、誰も本気で婚姻が成立するとは思って……多分思っていない。はず。
馬上剣での戦いは、わざとらしく見えない程度に剣を取り落とした灰目藍髪の負けであっという間に終わる。
「この程度か」
「所詮は偶然の勝利であったか」
等と聞こえよがしにわざとらしい大声の独り言が聞こえるが、これも策のうち。
「力尽きたというところか」
「ええ。余計な一戦を戦っておりますから」
横車を押し込んだのは彼の伯爵、言い換えれば女王の側の問題だ。忖度して余計な負担を受けたリリアル側にとっては迷惑以外の何物でもない。
「けれど、それを言い訳には致しませんわ」
「であるか」
女性だから、身分が低い魔力の低い騎士だから、年齢や経験が不足しているからと負ける理由は幾らでもつく。が、それで負けを認めるわけにはいかない。
「ここからが勝負ね」
伯姪もこの後何が起こるかを想像し、楽しみだとばかりに微笑む。
「大丈夫なのだろうな」
王弟殿下は不安を感じ、彼女に問いかけるが、ニコリと笑い自信があるという風に小さく頷く。
「魔力も年齢も経験も男女の差も、最初から計算の内です」
「……そうか」
王弟は自信ありげな彼女の表情を確認し、やや落ち着きを取り戻したようで静かに正面を向く。
最後の徒歩剣の試合が始まる。
馬上鎧から徒歩鎧に着替えた『伯爵戦士』が、帝国で流行の『トンレット』と呼ばれるベル型のフレアの付いた下半身の鎧を装着している。安全性は高いのであろうが……
「女装?」
「異性装は異端ではないのかしら」
「……その方らも騎士服を着用するではないか」
騎士が騎士の格好をして何が悪いのか。とはいえ、領主の妻が領主の名代として鎧を着て指揮を執る場合など、外見から「女性」とわかる胸鎧の形のデザインすることで、『異性装』ではないとわざわざ主張することが有る。
神国あたりでは厳しいのかもしれない。
一勝一敗五分の星。決してどちらかが圧倒的なわけではない。いや、正統派の『伯爵戦士』に対し、灰目藍髪の戦い方は異端であると言えなくもない。魔力体力技術経験の違いがそれを必要とさせる。
「さて、どちらが勝つか」
「当然私たちですわ」
「自信があるのだな」
女王陛下の独り言。敢えて聞き流さず、彼女ははっきりと勝利を明言する。
『始め!!』
剣を構え距離をズンズンと詰める二人。灰目藍髪の剣の異様さに気が付いた
者が声を上げる。
「なんだあの剣は」
「柄がえらく長いではないか」
両手剣を摺り上げた片手半剣ほどの長さの『両用剣』。柄が長い分、剣身は片手長剣ほどの長さしかない。
振り下ろされる『伯爵戦士』の剣を踏み込んで剣で跳ねのける。両手ではあるが、間隔の詰まった片手半剣と異なり、柄の長い分、鍔元と柄頭を槍のように間隔を開けて握り込み、力を上手く掛け相手の切っ先を剣で逸らす。
腕力魔力の差を剣で埋めたと言えば良いだろうか。
「防御一辺倒か」
「魔力切れを狙っているのであろうが、リドル卿の魔力は無尽蔵だぞ」
『伯爵戦士』の正体がロブ・リドル卿、あるいはレイア伯ロブ・ダディであることは観覧席に居る貴族達には既知のこと。高位貴族の子弟として生まれ、相応の魔力の扱いを学んできた故に、「無尽蔵」と称される魔力を有するらしい。
恐らく、リリアル式の節約魔力を用いても継戦時間は同程度。ならば、素の力の優れている『伯爵戦士が』有利なのは自明であると言えるだろう。
だが、リリアル生は、最近得た力がある。
「水の精霊フローシェよ我が働きかけに応え、我の盾となり我を守れ……
『水煙』
パン!! とばかりに灰目藍髪と『伯爵戦士』の間に、水煙が上がる。相手を魔術で攻撃するのは反則だが、目くらましの類はそれに当たらない。
「「「「なっ」」」」
パンパン!!パン!! 水煙を上げ乍ら、灰目藍髪は剣を往なし反撃を試みるも、『伯爵戦士』はものともせずに前に出る。
「何の効果もない」
「ええ、あれ自体にはそれほど意味はありません」
彼女は黙って見ていろとばかりに正面を向いている。その向こう側で、伯姪がニヤニヤしつつ顔を魔装扇で隠している。
「始まるわ」
「ええ」
二人は灰目藍髪が次の段階に入るのを確信する。
『水球』
『水球』
『水球』
時計回りに回避をしつつ、『伯爵戦士』との間の地面に水の塊を落としていく。それをものともせずに前進するのだが、やがて足元が徐々にぬかるんでいくことを彼女達以外誰も気にしていなかったのである。