表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
697/986

第656話 彼女は生まれついての騎士を観察する

第656話 彼女は生まれついての騎士を観察する


「まあ、当然よね」

「先に徒歩剣の試合があれば、多少は見られたのかもしれないわね」


 ルイダンが本選で早々、馬上槍・馬上剣で連敗し姿を消したのである。全身板金鎧を装備して、槍や剣で戦うのは……ちょっと向いていなかったのである。


 ルイダンに勝利したのは、北ハンブル伯に仕える騎士であり、灰目藍髪が初戦で闘った国境騎士同様、かなりの腕前を有しているように見えた。ジジマッチョ系である。


 北ハンブル伯は、北王国との国境に近い領地を有しており、お互いに相手の領地を襲撃し合う事を繰り返している。実戦経験豊富である反面、先代は父王政権末期に修道院の解体に反対し反乱を起こした一人であり、その後処刑されている。


 姉王の時代に名誉回復がなされ、先代伯爵の甥が爵位を継いだのだという。とはいえ、聖王会よりも御神子教徒の影響が強い地域であり、北王国や神国との関係が強いと噂される貴族でもある。


「剣と槍の腕を磨いていることが伝わるわね。相手が悪かったわ」


 筋肉爺隊は当然、ルイダンではなくその相手を応援していた。親近感の湧く相手を応援するのは当然だ。





 第一戦が終わり、次いで第二戦が始まる。予選から勝ち上がってきたのは、帝国傭兵風の騎士であるが、どちらかというと馬上槍試合を渡り歩いている風体の騎士である。何故なら、馬上槍の鎧が非常に特殊な形態をしていたからである。


「変わった鎧ですわ」

「ふむ。帝国では、槍試合に特化したこの手の催事が多いのだそうだ。それ故に、同じ重さなら、あのように他の使い道のない全身鎧と盾を組み合わせた専用の鎧も普及しているらしい」


 伯姪は彼女に話しかけたつもりだったのだが、その言葉を拾ったのは王弟殿下である。


 兜は水差しのような形をしており、前傾姿勢で上目遣いになり外を確認し、命中する瞬間に首を上げてぶつかることで、槍の破片が最も顔に入りにくいように工夫しているのだという。


 左右は非対称であり、左肩にはマントのように張り出した鎧が装着され、さらに左腕を庇うために、巨大な前腕鎧となっている。幼児が大人用の手袋を無理やり装着したかのように見える。


「シオマネキみたいね」

「ええ、煮ても焼いても食えなさそうね」


 兜は胴鎧に半ば埋め込まれるようにマウントされており、正面からの衝撃を首で受止めずに済むようになっている超安全仕様でもある。そのかわり、腰から下はかなり簡略化されており、脚の前に盾を掲げたような簡素なものを装着して、重量のバランスを取っているようだ。


「リリアル工房では絶対に造られないでしょうね」

「馬上槍試合よりもラ・クロスですもの」


『ヒンテハルト』と名乗る傭兵騎士は北ハンブル伯の配下として出場しているノーシードの選手。そして対戦相手はよりによって決闘大好きルイダンであった。


「ダンボア卿絶体絶命って感じで始まったけど、予想通りの結末ね。」

「馬上槍試合向きではないもの。次回に期待しましょう」

「次回が有るならね」


 二戦目に出てきたシード選手はノルド公トマス・ハウルの配下で『リッツ・ゼルトナー』と名乗る。


 しかし、このシオマネキは相当に強かった。馬上槍・馬上剣と相手を圧倒し、馬上槍で勝負の帰趨は見えていたのだが、馬上剣では早々に相手が降参し大怪我を負う前に勝負を投げ出したようだった。


「見せ場らしい見せ場はなかったけれど、圧倒的だったわね」

「ええ。体の大きさはさほどではないから、恐らく、魔力による身体強化のレベルが相当に高いのでしょうね」


 魔導具有なら分からないが、通常は身体強化のレベルの差がなければ素の身体能力が高い方が効果が高い。筋肉爺隊が魔力を纏いつつ筋力をも底上げしているのはそれが最大の理由だ。加えて、全身鎧を着た場合の戦闘可能時間が伸びるという効果もある。


 しかし、彼女を始めとするリリアルは筋力を望めない女子供が現状主戦力であるから、魔装と気配隠蔽からの一撃離脱を戦い方と定めている。


 そういう意味で、騎士らしくはない集団であり、本来このような場所に参加することは不利でしかない。


「筋肉があればどうという事はない」

「……持てる者の言葉ね」


 ジジマッチョのように、子供のころから騎士としての教育を受け体をつくるに十分な食事を与えられ、また、騎士として適切な装具を身につけることができる恵まれた環境を得られるものは少ない。騎士が強いというのは、そうした環境を手に入れ長い時間をかけて鍛錬した末の戦闘力であり、専業戦士故の能力であると言えば良いだろう。


 傭兵の中には、騎士としての家が保てず野に下り傭兵を営んでいるものがいる。その中には、騎士以上に優秀で能力の突出した者もいる。シオマネキはその類である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 三戦目は気が付くと終了しており、いよいよ第四戦。灰目藍髪の出番である。


「相手は……誰?」


 伯姪は場内に案内されるシードの騎士を見て、胡散臭げな眼をする。


「『グラフ・クリガァ』……だそうよ」

「また、帝国傭兵なのかしらね」


 伯姪の疑問に、彼女は小声で示唆する。こんな時は扇で口元を隠すものだ。グラフ・クリガァは帝国語で伯爵戦士程度の意味である。


「伯爵……」

「あの方は確か伯爵でしょう」

「ああ、あの人ね」


 女王のお気に入りには幾人かの伯爵がいる。ブレフェルト伯エドワルドもその一人だったが、この先はどうか分からない。


 若い頃からの友人であり、幾度か王配候補として名前が上がりながらも周囲の賛同を得られず見送られた男。


「レイア伯ロブ・ダディ」

「さっきまで女王陛下の背後にいたのに、今はいないわね」


 公爵の子息であったロブ・ダディは、若い頃から才気あふれた美男子であり、騎士としても名を知られていた。馬上槍試合では相当活躍し、女王と同世代の中ではもっとも有名な一人であった。


 残念ながら、姉王戴冠時に厳信徒として対抗する王を立てようと画策した一族であり姉王時代に父である公爵とその息子たちの多くは処刑されたのだが、当人はリンデ城塞に収監され数年を過ごしている。母親が神国王女で姉王の母親である先代王妃の侍女を務めていた関係から許され、一時期神国のため軍務について王国と戦ったこともあった。


 姉王が死に女王陛下が王位に就くに際して、リンデ城塞で苦楽を共にし、また、好意を持っていたダディ卿を側近として取り立てた。自身の領地を売り払い、王女時代の女王を支えたこともあったというから、論功行賞の意味もあっただろうか。


 とはいえ、当時、既に大地主の娘と婚姻していたこともあり、女王の好意は表立ってそれほど示されるものではなかった。また、許されたとはいえ『反逆罪』で処刑されたものの息子であり、王配に迎えるに相応しい身分とも言えない。


 数年前に妻が死亡し、また、その後『レイア伯』に叙爵されたこと、側近としての実績もあることから王配に相応しいと思われていることも確かだという。しかしながら、セシル卿を中心とするリンデの都市貴族とは敵対する派閥を率いていることから、王配とするには難があるのだという。


「目立ちたがりみたいだから」

「王国の騎士相手にこれを叩きのめせば、ブレフェルト伯の仇を討つことになるのでしょうね」


『この勝利を陛下に捧げる』とでもいうのだろう。だが、そう簡単に負けてやる

つもりはない。


 本選出場に際し、彼女は灰目藍髪に予選同様、馬上槍の試合を捨て、剣で勝負することを示唆した。馬上槍は、如何に試合に適した装具を身につけ、槍を当てる技術を磨くかにある。若い頃から馬上槍の模擬戦に慣れている高位貴族の騎士には勝利することは難しい。


 それに、槍を捨て体力を温存し、尚且つ、徐々に剣で魔力と気力を消耗させるほうが、リリアルらしい戦いになると彼女は想定した。


「泥臭い試合をして貰いたいわね」

「そうね。騎士が物語の中の存在とはかけ離れていると知らしめてやればいいのよ」


 騎士物語では貴婦人に愛と勝利を捧げる騎士が描かれているものだが、それは騎士の物語ではなく、恋愛物語である。馬上槍は、物語映えするし、ドンと槍が当たれば勝負がつく。剣を用いた泥臭い戦いとは異なる。


 馬上槍だけの戦いなら最初から勝負にならないと思うのだが、剣を用いた接近戦なら魔力量が少なく騎士としての経験も少ないリリアル勢にも勝機はある。





『伯爵戦士』は、兜に派手な羽飾りを施し、また、鎧には金の蔦を這わせたような彫金が施されている。これは、装飾と板金の強度を高める効果があるのだという。多くはないが、恐らく魔銀を混ぜた鋼の合金である『魔鋼』製であると思われる。

王国工廠製だろう。


 馬上槍用の『グランドガード』と呼ばれる左肩から胸を護る防具を追加し、また、左前腕を護る『パスガード』を加えている。御身大事にと言った装備だ。


 従卒もそれに合わせた白と金の縦縞の衣装を身につけ、高価そうなフェルトの帽子に羽飾りをつけ、馬の轡をとっている。


「これぞ貴族って感じね」

「私たちとは大違いと思うわ」


 彼女も伯姪も、騎士らしい格好というものは武具に関して持っていないと言えばいいだろうか。そもそも、晴れ着のような甲冑を身につける機会が王族や高位貴族のようにあるわけではないからだ。


「あなたには必要になるかも知れないわね」

「リリアルは黒子が似合っているのよ。そうした場所に出るのは遠慮したいわ」


 正直、彼女の体格では甲冑を誂えても貧相にしか見えない。今、馬上槍試合に出場している灰目藍髪でさえ、少年にしか見えないのだ。彼女なら、騎士見習よりさらに年下の小姓にしか見えないだろう。


「リリアルの騎士も男性には、それらしい甲冑があってもいいわね」

「まあね。出るところに出たとき困るでしょうからね」


 青目藍髪と茶目栗毛だけなのだが。それでも、ある程度成長期が終わるまではお預けか。騎士の叙任が二十歳以降が一つの目安と言うのもその辺りが影響しているのかもしれない。板金鎧ではサイズを修正するのも大変だ。


 鎖帷子なら、それよりは簡単だろうが。


 漆黒の戦馬には一角獣を模した馬鎧が施されている。リリアルの鎧が一見、キルティングの敷物を馬に纏わせたものにしか見えないのと好対照だ。馬鎧の差だけで、若干笑いものにされているのが気になる。


「無知は罪ね」

「ええ。魔力を通せば、鋼の鎧より強力で軽く暖かいのですもの。馬だって冷たい金属よりもその方が嬉しいわよね」


 とはいえ、一角獣の角には意味がある。馬は、先端を忌避する傾向にある。槍を揃えて突き出すのは、馬を押しとどめるという意味と、馬の嫌う尖っているものを面前につきつけることで馬が逃げることを試みるという効果がある。


 一角獣の角も馬が嫌う物であると考えられる。『衝立(チルト)』がある馬上槍ならば問題ないだろうが、馬を寄せる馬上剣では影響があるかも知れない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 馬上槍の試合が始まる。


 上等な馬鎧を付けた漆黒の戦馬、王立工廠製の精緻な板金鎧を身につけた『伯爵戦士』は、魔力を全身に漲らせ魔力を持つ者であれば、その力量は遠目でも理解できるほどであった。


「魔力はかなりあるようね」


 伯姪が若干見直したと言わんばかりの口調で評価する。元は公爵子息の高位貴族であり、若い頃から実戦でも馬上槍試合でも名を轟かせた騎士である。年齢的に肉体はピークを過ぎつつあるが、魔力は年齢とともに鍛錬を継続することで死ぬまで増加する。また、精緻な魔力操作で同じ量でもより強固な身体強化が行える。ジジマッチョの強さというのは、素の肉体の堅固さに加え、修練により積みあげた魔力操作の賜物でもある。


 細身でありながら『伯爵戦士』には、同じような魔力が見て取れる。


 衝立の両端から二騎が向き合って加速、あっという間に交叉する。


 BA BA BA BANNN!!


 三枚重ねた手のひらほどの魔力壁を易々と貫通し、ただの身体強化で支持されていたはずの馬上槍が灰目藍髪の胸鎧に叩きつけられる。仮に、魔力壁がなければ、一撃で落馬させられるほどの勢いであっただろうことが容易に想像できる。


「一先ず助かったわね」

「ええ。魔力量がもうすこしあれば、確実に止められたでしょうけれど、無いものねだりだもの。仕方ないわ」


 斜めに逸らすには相応の大きさの壁を維持する必要があると考え、小さく複数の壁を槍前に展開する方法に切り替えたのである。落馬するなり槍を取り落とすか、或いは衝立に触れさせれば失点となるが、騎士としては不名誉にあたる。最小限の消耗で、相手の力量を計りつつ失点を三度受けるには、これが最も有効であると彼女と灰目藍髪、そして稽古につき合ったジジマッチョが判断した。が、かなりギリギリである気がする。


「次はどうするのかしらね」

「まだ手は幾つかあるわ」


 相手の腕前を確認しつつ、時間をかけて馬上槍の試合をやり過ごす方法を幾つか考えていないわけではない。


「ほーっほっほ、さすがは、我の騎士」


 女王陛下の高笑いが聞こえる。


 どうやら、昔なじみの男であるというのは間違いないらしい。背後でセシル卿が渋い表情をしているが、他の側近たちは曖昧なお追従をしている。女王にとっても、セシル卿を筆頭とする父王の支持基盤であったリンデの商人・郷紳層と対抗する勢力として、レイア伯ら新しい原神子信徒の側近貴族を生かしたいのだろう。女王がセシル卿らの言いなりにならない為には、レイア伯の勢力が都合が良いということなのだろう。


 女王陛下自身に政治的権力が十分備われば、セシル卿にもレイア伯にも、その背後の政治的集団にも配慮せずに自分の政治が行える。それには、今しばらくかかると考えている故に、両方に良い顔をし、あるいは一方を理由にもう一方の主張を躱すという方法を取っているのではないだろうか。


 王弟殿下が王配になることはないだろうと最初から分かっていたものの、女王の宮廷では微妙なやり取りが繰り返されているだろうことを推測し、彼女はやれやれと思うのである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >無知は罪ね いや、そもそも誤認させることも目的の一つに装備を開発したのだから、 そこは「狙い通り!」とガッツポーズ(だだし内心で)すればいいんじゃないかな?
[一言] ルイダンは皆の期待通りか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ