第653話 彼女は本選の準備を見守る
第653話 彼女は本選の準備を見守る
「なんか、派手に勝ったらしいねー」
城館に戻ると、姉がニヤニヤして話しかけてきた。恐らく、どこかで見ていたのだろう。見ていたのに伝聞風に話すのが腹立たしい。
「いえ、普通に戦っては魔力量の多い高位貴族には勝てませんので、工夫した迄です」
「いやいや、剣をメイスの様に使いこなすって……驚天動地だよね!!!」
そこかぁ!!
ちなみに、姉はリリアルで「メイスは剣より強し」という宗派を広めようとしている。現在メンバーは赤毛娘のみ。
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「剣をメイスのように用いるのは、むかしから戦場ではよくある話でしかないの。それに、メイスを用いた馬上試合も存在するのだから、決して珍しくはないのよ」
近年、安全性の問題から打撃武器を用いた馬上槍試合の競技が見送られているのだが、百年戦争の頃であれば、メイスやベク・ド・コルヴァンを用いた試合も存在し、試合の過程で死者が出ることも珍しくなかった。
また、馬上槍試合形式の決闘においては、出血による死亡に至りにくいメイスを用いた対決も好まれたとか。死なないが騎士としては再起不能と言うことはままあったようだが。
とりあえず、剣を逆さに持って鍔をハンマーヘッドに見立てて振るのはリリアル的には認めるつもりはないと彼女は姉に宣言したのである。
明日の試合は午後からだが、組み合わせ抽選が先に行われるため、灰目藍髪は先に会場入りする。彼女と伯姪、侍女の碧目金髪、小間使いの赤目のルミリは女王陛下の観覧席に臨席するのと、それに仕えることになるので別行動になる。
「誰と対戦するのかしらね」
「さあ。ダンボア卿ではないでしょうね」
「それはない!!」
「ありえませんわぁ」
ルイダンはレイピアを使った平服での決闘形式での対戦はかなりの自信があるようだが、馬上槍試合は……押して知るべし。板金鎧での打撃戦には刺突剣を使った攻撃はなかなか難しい。相手が動けないのならともかく、身体強化までして素早く動く相手に刺突はなかなか決まらない。相当の力量差があれば別だが。
王国の騎士同士は恐らく、離して勝ち抜き戦を組む事になるだろう。でなければ面白くない。
「どのシードと当たるのでしょうか」
勝ち上がってきた者とシード同士がまず準々決勝を行うことになる。その中で注目なのはルイダン……なわけがなく、ノルド公のお抱え騎士である。魔力量・戦技ともに高水準であり、ノルド公の護衛騎士の筆頭格であるとも言われる。
「お爺様とどっちが強いのかしら」
「ジジイ一択」
碧目金髪が即答える。ジジマッチョ……未だ王国最強ではないかと言われる。それと互角に模擬戦を熟した彼女も忘れないでくださいね。
「魔力量に裏付けられた力と、それを生かす騎士の技を高度に兼ね備えているということかしら」
「ええ。見ている分には楽しそうね。対戦相手になるのは……」
「最悪です」
灰目藍髪の言葉を聞くまでもない。
「力で勝てないなら、早さや死角をとることで勝負することになるでしょう」
「そうね。身長差を生かすことね」
茶目栗毛の言に彼女も同意する。相手の間合いが遠ければ、剣を躱して死角へ死角へと回り込み攻撃することになる。腰から上を叩くしかないルールでは体が大きく筋肉大盛の男が有利となる。
「殺し合いなら負けないんだけどねぇ」
「まあ、リリアルの場合何でもありですから」
「否定できないわね」
魔装銃に魔銀の剣、道具を使い奇襲を仕掛け不意を打つのが基本だから、正々堂々の試合と言うのはなかなか難しい。
「こうして、自分たちの弱点をかみしめるのも必要かもしれません」
「私はいいや。解ってることだからぁ」
茶目栗毛の言葉に、碧目金髪がやれやれとばかりに答える。
「折角なので、胸を借ります」
「女王陛下の目の前で、面白いものを見せてあげればいいじゃない?」
肩に力の入る灰目藍髪をからかうように伯姪がまぜっかえした。
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「それで、明日はどうするのよ」
「何もしないわ」
「何も?」
茶目栗毛と灰目藍髪は厩舎で今日一日活躍した戦馬に飼葉と回復ポーションを希釈した水を与えている。人間同様、馬もポーションで身体のけがや疲労を回復させることができる。同じ馬に明日も働いてもらわねばならないので当然だと言える。
大きく傷つくことは少なかったが、念のために板金鎧を始め装具の類も筋肉爺隊に整備を依頼しているので、その辺も問題はない。明日の本選は全員応援に来るつもりだという。今日は、他の連合王国の騎士を見学に行き、誰が残るか賭けに興じていたのだとか。
「儲けたらしいわね」
「そう聞いているわ」
身内贔屓だけでなく、鎧を整備した爺隊は当然、灰目藍髪に賭けた。そして、およそ百倍になったのだとか。3-4倍のレートで勝った分を全部次に賭けたので最初の百倍になったのだという。
「それで大宴会なわけね」
「整備する人は素面よ。当然だけどね」
肩や腰の可動域を広げる工夫をするのだとか。賭けで儲けた資金を潤沢に遣いたいというのだが、昨日の今日では時間も手立ても限りがある。
「剣は、良いものが手に入ったのでそれに替えるらしいわね」
「鍔が大きいものでしょう?」
今日の剣よりも長い両用剣と呼ばれる剣を用いる。これは、レイピアのような刺突剣と曲剣のような斬撃用の剣の両方の使い方ができるように工夫されたもので、長さは片手半剣ほどもあるだろうか。
「最終的には、魔銀鍍金仕上げにしたいみたいね」
「それなら先々つかえそうね」
刃引きの剣であっても、魔力で斬る魔銀鍍金仕上げならば、魔力を通して斬り落とす事も出来るだろう。魔力を通さなければ、打撃武器扱いも可能となる。
「切っ先と峰の部分だけ魔銀で仕上げると、魔力無でも切断できたり研ぐことも問題ないかもしれないから、いいかもね」
魔力で切断するしかないよりは、使い分けられる方が良いだろうか。刺突だけ魔力纏いができるのであれば、魔力の消費もさらに少なくて済む。魔力量に乏しい灰目藍髪向きかもしれない。
何もしないと彼女は伯姪に伝えたのだが、これは、無理に勝ちに行く必要を彼女は感じていないからであり、それを伯姪が改めて確認したのであろう。彼女から直接言えば「信頼されていない」と灰目藍髪が感じるかもしれない。女王陛下の前に出て勝利を無理に得る必要はない。だが、リリアルの騎士を舐められるのも宜しくはない。
「一戦目に全力を出せば十分よ」
「そう伝えるわ」
「お願いね」
魔力量の乏しい灰目藍髪に、三戦分の魔力配分を考えるのは無理がある。試合開始前に、ポーションを飲んでおき魔力が回復するタイミングと試合を一致させてもなお、準々決勝一試合持たない可能性もある。あるいは、試合中の怪我で棄権する可能性もあるのだ。
「一つだけ手伝えることが有るわ」
「なにそれ、面白い事?」
彼女は腸皮に納めるポーションを回復ポーションにしておくことを伯姪に提案した。
「詰め物代わりに、口に含ませるの」
「大きくダメージを受ければ、噛み切ることになるわね。それで回復することで助かることもあるでしょうね」
もし有効なら、三期生の冒険者たちにも持たせようと彼女は思うのである。
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夜中近く、ふと何やら中庭で気配がする。良からぬ者が侵入したなら、『猫』が彼女に知らせに来るはずであるから、そうではない。上からローブを纏い、夜着のまま中庭へと向かう。
そこでは、息を弾ませながら新しい剣を振るう灰目藍髪の姿があった。
「……先生……」
「剣には慣れたかしら」
「はい」
筋肉爺隊が誂えたのは、両用剣に似た剣であるが、灰目藍髪曰く、剣先の砕かれた両手剣を摺り上げたものであるという。鍔元から半ばまでは刃がなく四角く太い棒状をしている事に加え、両用剣と比べて拳二つ分ほど柄が長い。元が2mに近い長さの両手剣であるからそのような感じなのだろう。
「重心がかなり違うでしょう?」
「はい。ですが、自衛用ではなく打撃武器としてなら、こちらの方が威力が上です。扱いにくいですが、遣い方を工夫すれば、膂力の差を埋められそうです」
バインドした場合、鍔元の位置で剣の押し合いになる可能性が高い。柄が長い分、梃子の効果が高いという事だろうか。
「本選に登場する騎士は心技体揃って高レベルでしょう。あなたの糧になることを祈ります。ですが、ほどほどに」
「はい。ですが、あと少しだけ」
気持ちを落ち着ける為の無心の素振り。新しい剣に馴染ませるのは、技より心であることを灰目藍髪は良く解っているのだろう。彼女も、無理やり止めるつもりはなかった。
『効果あるのかよ』
「初見ならね」
『魔剣』の呟きに彼女は答える。
『剣の握りを変えることで、間合いも変化させやすいこと。それに、鍔元が太い分、重さはかなり高まります。それと……』
『猫』は両手剣の持つ『打撃武器』としての効用を指摘する。
「そうね。確かに、柄頭がとても大きかったわね」
『両手剣の重心を調整する為にも、剣身が長い分、柄頭を大きく重くしてバランスを取る必要があるのでしょう。その分、逆さに持った場合、メイスとしての効果もより高くなります』
『ここにもメイス好きが誕生するのかよ。まあ、騎士が馬上でメイスを振るうのは百年戦争じゃ当たり前だったけどな』
板金鎧が普及するにつれ、剣で叩き割る鎖帷子のような攻撃が通用しなくなり、鎧ごと叩き潰すようなメイスが好まれるようになった。力任せに振り回すには、剣より先端に重みのあるメイスの方が扱いやすいという事もある。
『サラセンじゃ、小型の斧やメイスを振り回すのは騎兵でも普通だしな』
銃兵では剣よりやや長い程度の斧をマスケット銃の銃架とすることもある。それを近接武器として振り回す事もあるのだ。
馬上槍試合では、剣で打ちのめすことで勝敗を決するのであるから、いままでの武器に魔力を纏わせる戦い方が不可能である。その経験の不足する分を、ジジマッチョの配慮なのか、筋肉爺隊がフォローしてくれたという事なのだと彼女は考えた。
『ご老人たちも、明日の試合にはとても強い関心をお持ちです』
『大儲けしたからな。明日は最前列で応援するつもりらしいぞ』
既に、明日の朝いちばんに席取りをするという事で、筋肉爺隊は早朝から白亜宮へ向かうつもりなのだとか。時間待ちの間に飲み食いする大量の食糧とエールも万全の体勢で馬車に積み込んでいた。馬車で移動し、馭者だけが馬車を置きに戻るらしい。
「楽しみなのね」
『筋肉と祭りは密接な関係があるからな』
『血沸き肉躍るとはまさにこの事でしょう』
絶対違うと彼女は思うのである。
翌朝、若干遅めに起床した灰目藍髪は、何か吹っ切ったようであった。
彼女と伯姪、そしてお付きの侍女と小間使いの二人は女王陛下が臨席する観客席での観戦となる予定なのだが、会場入りは同じタイミングで行う事にしたのである。馭者役を務めるのが茶目栗毛だから……ということもある。
試合自体は午後からなのだが、本選参加選手の入場は午前中に済ませて置く必要がある。本選シードの騎士の誰かと予選勝ち上がりの騎士で最初の四試合は行われる。ちなみに、ルイダンと灰目藍髪がかち合うことはない。
会場に入り、馬車を回送させている間に、灰目藍髪と茶目栗毛は出場登録を済ませ、相手が決まることになっていた。
ところが、彼女達が対戦相手を確かめようと受付へと向かうと、なにやら騒ぎが起こっているのである。
「何度言えばわかるのだ!! 貴様らが分を弁え、エドワルド様に本選出場を譲る為に辞退せよと命じておるのだ!!」
「女王陛下の覚えめでたいブレフェルト伯爵家当主のエドワルド様が出場された方が、陛下も喜ばれるであろう。我等は、本日のご臨席を良きものにする為に心砕いているだ。何故理解せぬのだ!!」
ちょっと歪んだ鎧を身につけた騎士が受付前に立っており、その両脇に侍する凹んだ鎧の主を飾り立てるように派手な衣装を着た従者が大きな声で灰目藍髪らに怒鳴りつけているように見えた。
「あれって」
「妙な敗者復活戦ね」
彼女は手に持った『魔装扇』に魔力を込めつつ詠唱を始める。
「雷の精霊よ我が働きかけの応え、我の剣となり敵を撃て……『雷燕』」
PANN!!
PANN!!
大声でがなり立てる二人の従者は、大木が倒れるようにばたりと地面に倒れたのである。