第652話 彼女は魔力操作の在り方を考える
第652話 彼女は魔力操作の在り方を考える
「貴様ぁ!! いい加減にしろぉ!!!」
相手の騎士は激怒していた。馬上槍の対戦、その回数は十を超えた。
「ちょっとやり過ぎかもね」
「いいえ、挑発には丁度良いのではないかしら」
ルールの範囲で最善を尽くしているだけである。何も問題はない。戦場に湿地を選んだり、騎馬の突撃経路上に穴を掘ったり、木杭を打ちこんでも反則ではないのだから、これも同様であろう。
「見苦しいわ。魔力頼りで叩き割るだけの技術がないだけでしょう」
彼女の冷静な声が会場に響き渡る。何やら、相手は更に激昂したようだが、人間、図星な時ほど腹が立つものである。
そして、冷静さを失えば失うほど、魔力の操作は困難になる。特に、量の多い人間ほど魔力が散ってしまう。身体強化のような体に作用させる技術ならなおさらである。
彼女の姉が『大魔炎』を好む理由も、魔力を操作する精緻さを自ら苦手であると理解していることから、強引に魔力量で発動させる魔術を好んでいると言えるだろう。挑発は魔力操作にとって阻害要因となる。王国の騎士が大敗した戦場において、その辺りは良く利用されている。指揮官である高位貴族や元帥辺りが良く抑えねばならないのだが、血筋による身分で手に入れた指揮官では、激昂する騎士の一員となるだけであったとか。
激昂するのはルイダンで慣れている灰目藍髪。ついでに言えば、ルイダンより技術では劣る分、怖さを感じていないようである。
「我はブレフェルト伯エドワルドなるぞ!!」
キレたのか、偽名をかなぐり捨て本名を名乗った。周りが一瞬どよめく。それはそうだろう、今を時めく女王の側近であるビル=セシル卿が後見する歴史ある伯爵家の十七代目。数年前幼くして爵位を継いだ後、貴族としての教養を身につけ王宮に参内させようと自邸において養育した少年貴族なのだが、出来が悪いらんぼうものと評判であった。
鍛錬にもかかわらずムキになり、相手にけがを負わせるなどこの国の高位貴族の暗黒面を体現したかのような存在だとリンデの民の口に登るほどだとか。処置無しとセシル卿も見放しつつあるようだが、卿の子女が好意を持っておりそれも即断しにくいという。伯爵家の系統に加われるのであれば、セシル家も相応の家格になっていくと考えられるからだ。
女王の母方の家系は、リンデ市長になる前は農民であり、何代かかけて伯爵・公爵の子女を貰い受け宮廷に喰いこんだ経緯がある。同じことを目指すリンデの有力郷紳層は少なくない。
相手の魔力も削り、こちらの魔力もそろそろ回復し始めてきたと判断した藍目灰髪は本気を出す事にした。
魔力壁で相手のランスを弾きながら、自身のランスの後備を魔力壁で固定し、威力が抜けないようにして何度も伯爵の胸にワザと命中させる。これが木製のランスなら砕けて威力を抑えるものの、槍のダメージがそのまま甲冑を通し相手に伝わることになる。何しろ、柄が砕けなければ撓むとしても少々にすぎない。
「ぐはっ」
三度にわたる胸鎧への打撃を受け、フラフラになる伯爵閣下である。
「な、なぜ最初からそうしない。甚振るつもりであったなぁ!!」
打撃による揺さぶりは合っても、身体強化と鎧の性能で大きくは傷つくことがなかったようであり、未だ意気軒昂であると見える。
「まさか。こちらにはこちらの都合があります」
「……次は、このようにはいかんぞ!!」
兜の面貌を上げ、顔を主に染めながら叫ぶエドワルド卿。年齢的には灰目藍髪や彼女と同世代だが、もっと幼く見えるのは乳母日傘育ちだからであろうか。幼くして伯爵となれば、周りも相応に気を使うし女王の最側近とはいえ、一郷紳に過ぎないセシル卿では抑えが効かないのだろう。そもそも、人の話を聞く性格でもなさそうではある。
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馬上剣の試合、灰目藍髪は健闘したのだが、相手に魔力を消費させる作戦を継続。高位貴族として幼い頃から馬術を学んでいるだろう伯爵の手綱さばきは灰目藍髪よりかなり上等であり、馬を左手で操りながら右手で攻撃するということも慣れの差がみられた。
なにより、再三疾駆させた灰目藍髪の馬が疲労困憊のようであり、馬格が上回る伯爵の乗馬には大きく差を付けられてしまっていた。
「はっ! この程度かぁ!!」
馬を明日以降も使わねばならない事を考えると、灰目藍髪は徒歩剣に賭けるべく、剣をワザと取り落とし馬上剣の戦いを終了させた。
「わざとってわからないのかしらね」
「実力で勝利したと思って貰えれば、次の仕掛けがやりやすいのでしょう」
彼女と伯姪も灰目藍髪の行動意図を理解しているが、さて相手はどうであろうか。
「馬同士の戦いでは負けましたけど、剣だけなら余裕ですよぉ」
「……それはどうかと思いますわ……」
魔力量の多い人間は、剣技や体捌きを余り重要視しない。魔力でゴリ押しで勝てるからであろう。まして、接待気味の鍛錬を受けた若い伯爵がどの程度の力を持っているかは疑問でもある。
本日終の試合となったため、観客が集まってきている。
相手は噂のある生意気な伯爵。対する灰目藍髪は妙齢の美女。応援するのは当然、美女の側に決まっている。
「遠慮するなぁ!!」
「叩きころせぇ!!」
とても不穏である。
セシル卿の屋敷での評判はさんざんであり、使用人一同から忌避されるほど我儘である。これは、リンデの市民の多くが知るところだ。
建国から続く古い伯爵家の十七代目当主であり、当主に就任したため学位を取得できなかったものの、八歳で学寮に入学するなど能力的には優秀であると見られるが、自己顕示欲が強く権力に阿る傾向が強い。また、自己中心的で自分の利益のことしか関心がない。
女王からも目をかけられており、「甥」のように思われている。これは、 女王自身が見目の良い貴族の子弟を女官・侍女・執事などとして置きたがるため、エドワルドのこともそう思っている節がある。
自分に自信がある為、周りの意見も聞かず暴走する傾向が強い。 また、センスがないため、奇矯な服装をすることがあり正直かなりダサい。身分の低いものに暴力を振るう事がある。甘えんボーイでもある。
『容姿に優れ勇敢な若者であるが、利己的で驕慢、常に他人と争う男』
馬上槍試合の腕前には定評があり、優勝の経験もある。
しかしこれも、接待試合であり女王の意向を配慮したものであったとか。
剣を片手で持ち、左手を前に突き出し牽制するように構える伯爵。
「今度こそ!! 尋常に勝負しろぉ!!」
「尋常に接待しろぉ!!」
どこからともなく、合いの手が入る。観客は爆笑。
「「「わはははは!!!」」」
「わ、笑うなぁ!! 無礼者どもぉ!!」
接待云々を言ったのは、碧目金髪である。
徒歩戦闘用の鎧は、馬上試合用の鎧を部分的に差し替え足運びを容易にし、視界を広くとる面貌の兜になっている。腰回りも体を固定するよりも動きやすくなる装備に差し替えられている分、刺突などには弱くなる。
剣同士の戦いであれば、そこまで気にする事もないだろうが、馬上よりは軽装になっている分、怪我のリスクは高まる。
「いい加減、こちらも腹が立って来た。手加減はせぬぞ!!」
「……」
伯爵はいきり立つが、先ほどよりはずっと落ち着いて隙が無い。魔力量は散々消耗させているにもかかわらず、圧倒的に灰目藍髪を上回っている。
「そりゃああぁぁ!!」
肩に担ぐように剣を構え、身体強化を施した突進からの斬り降ろし。そして、斬り上げ。
BUNN!! BUONN!!
「はあっ!!」
BUNN!! BUONN!!
灰目藍髪はその連撃を二度続けて後ろに飛び去りつつ躱すが、その間を潰し反撃を許さない前進を伯爵は繰り返す。
面貌越しに、伯爵の嗜虐的な笑顔が見て取れる。恐らく、弱い者いじめをする時に見せる顔なのだろう。
碧目金髪もルミリもこの攻勢に大いに怯え心配する。
「ひっ! もう! だめぇ」
「ぴ、ピンチですわぁ!!」
しかし、彼女と伯姪は涼しい顔で見ている。本来なら、初撃を躱して一閃で終わるはずなのだが、刃引きの剣と全身板金鎧ではそうはいかない。剣を取り落とすか、降参するか、地面に叩き伏せるしか勝敗を決することはない。決着がつくまで、いつまでも続くことになる。
灰目藍髪は、剣をやや斜め下にひいた状態で構えている。そして、突進に合わせて左右後方に飛びのき、間合いを一定に保って剣戟を躱している。最初と比べれば、二度目三度目と回を重ねるごとに、反応に余裕がみてとれる。
「掴んだわね」
「単調だもの。まあ、手札を伏せているかもしれないけど」
躱しながら、伯爵の身体強化の能力を確認していたようだ。恐らく、今までの相手は最初の突進を受け、斬り降ろしあるいは斬り上げのどちらかを受けて倒れていたのだろう。戦場での剣と言うのは、あまり小細工や駆け引きをするものではない。一撃で倒さねば、次の敵が襲い掛かって来る。単純でも強力な一撃に特化した剣術というものは確かに存在するし、それで伯爵の剣術は十分に役に立っていた……これまでは。
「当主の自衛なら、あの剣技だけで十分よね」
「周りの護衛が駆け付けるまで生き延びれば良いのだから、それ以上は余計な技ですもの」
数多くの技を覚えるより、たった一つの技を繰り返し磨き上げる。高位貴族であれば覚えるべき事は多々ある。高価な全身鎧とそれを生かす身体強化の魔術に一撃必殺の剣技があれば、それで十分なはずであった。
「女の癖に、何故倒れん、何故当たらぬ!!」
「うるさい!!」
灰目藍髪は斬り降ろしのタイミングで相手の剣の脇を擦り抜け、首元の辺りに、護拳と鍔元のL字部分を叩きつけた。
「があぁ!」
「女の癖に王位にあるのはどう語る!!」
よろめいた伯爵の喉元に今一度鍔元を叩きつけ、顎をカチ上げる。馬上用の兜なら首がしっかり固定されているので顎下を打ち上げてもダメージはないが、徒歩用のそれは首を動かす余地を確保するため、首回りはチェインでできているし固定されていない。
身体強化しているとはいえ、首は急所。そして、頭を激しく振り回され脳震盪をおこしたのか、身体強化も魔力の扱いも大いに乱れているように見える。
「いまよ!!」
伯姪の掛け声に反応するように、灰目藍髪は素早く伯爵の背後へと回り、剣先を握り、護拳の部分をハンマーのように、ピックのように、メイスのように激しく左右に兜を振り回す乱打を叩きつける。
GANN!!
GANN!! GANN!!
GANN!! GANN!! GANN!! GANN!! GANN!! GANN!!
倒れそうになるたびに、兜をカチ上げ、下から掬い上げるように殴り続ける
灰目藍髪。
「ま、待てぇ!!!!」
審判が大声を上げ割って入る。剣を構え直し、距離を取る灰目藍髪。その足元に向かって、伯爵が朽木が倒れるように沈んでいったのである。
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「なんか、あの組、伯爵様が勝ち上がるために仕組まれた接待用の予選っぽかったみたいね」
国境騎士や灰目藍髪、魔力量的に厳しい者を集め、誰が上がってきても伯爵の優位な魔力で勝てると踏んで組んだ勝ち抜き戦の組合せだと伯姪が呟く。
「忖度したのかしらね」
「女王陛下のオキニだっていいますから、そうかもですねぇ」
「……まずいんじゃありませんの?」
ルミリ、それは言わない約束でしょと彼女らは思うのである。とはいえ、明日の御前試合本選には出場できるのであり、午後からの連戦は、少々灰目藍髪には厳しいだろうと思われる。
「魔力馬鹿があつまっているでしょうしね。厳しいわね」
「……はい」
一戦目はなんとかなったとしても、二戦目以降は間隔が短いこともあり、魔力回復ポーションの効果の出る前に試合が始まってしまうだろう。
「けれど、やはり剣速や見切りの能力は負けていないのだから、勝機はあると思うわ」
「はい。頑張ります」
正直、ノインテーターの騎士の剣速・剣技の方が上回っていると灰目藍髪は感じていた。真剣で斬り結んだネデルの遠征に比べれば、馬上槍試合の対戦はさほど緊張するものではない。ある意味、訓練・鍛錬の範疇でしかない。
「全力を出します」
「ええ、存分に力を見せつけてあげなさい。女王陛下の御前でね」
リリアルの騎士の決意に、彼女も心からのエールを送るのである。