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第651話 彼女は予選会場を堪能する

第651話 彼女は予選会場を堪能する


 王宮内に屋台はでることはないが、『物売り』は歩いている。自分で売り物を担いで移動する分には『店』でも『屋台』でもないため、所謂ショバ代がかからないあるいは安いのである。この辺り、各ギルドも次代を育てるためお目こぼししてくれている。


 新しいものは、老舗の奥からではなくこうした『物売り』から始まる。売れるモノは直ぐ真似をされ一気に流行るのだが。王都では『ガレット売り』が人気であったと記憶している。安く片手で食べられ、腹持ちも良く小麦より健康的だというので下町ですぐに広まった。レンヌの名物であり、王女殿下の嫁ぎ先であることも好意的に広まる理由の一つであった。


「さて、どんなもの売りがいるのかしらね」

「王都と変わらないんじゃない? とはいえ、ちょっと違うのよね」

「先生、肉包パイは避けてください。腐肉を混ぜているものもあるそうですので。このような場所では危険ですわ」


 ルミリからそのような話を聞く。なんでも、厨房で下働きの手伝いをした際に、使用人から『物売り』で旅人が買わない方が良いものを教えてもらったのだという。混ぜ物をしたり、タダ同然の材料を使った危険な食品があるのだという。


「なら、果物を使ったパイなら問題なさそうね」

「林檎パイとかですねぇ、ジュルル」


 碧目金髪、最近彼女の姉に毒されているのではないかという気がする。リンデでは姉の従者として連れ回され、恐らくおいしい物でも食べたのだろう。


 結局、無難なところで黒パンとチーズに、薄いエールという組み合わせの昼食をとることになる。


「明日は厨房で用意してもらいましょう。特に、選手と従者は食事をとる時間もままならないでしょうから」

「それもそうね。私たちは……二食生活になりそうかも」

「女王陛下が観戦するのは午後からだから、午前の試合が終わったなら、一緒に昼食を取るのがいいのではないかしら」


 すっかり勝ち残る気の伯姪と彼女にルミリが苦言を呈する。


「勝ち残ればですわ」

「勝ち残るでしょ? 魔力量の残りを考えたら、一日四試合勝ち残れる人ってそんなにいなそうだもんね」


 碧目金髪の言に二人は頷く。魔力操作を時間単位で繰り返せるような『魔騎士』はこの会場には見当たらない。


「これを持って、二人の所へ向かいましょうか」

「了解です!!」

「私が持ちますわ」


 小間使いのルミリが二人分の食事を持ち、一行は選手の控え場所へと移動するのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 灰目藍髪と対戦した騎士と何やらジジマッチョは親しげに話していた。その話をすると、実はなと話を始めた。


「あの騎士は、何やら北王国で不穏なことが起こっているという報告に訪れたついでに参加したのだそうだ」


 仕事は先に済ませたのであろうか……


「それはどのような」

「さあな。あそこの女王は世継ぎの王子を産んではいるものの、まあ、あまり落ち着いた話を聞かぬからな」


 王配を事故に見せかけ暗殺したとか、傍仕えの楽師と男女の中であったとか、様々な噂がある。王宮が不安定なのであろう。


 北王国も、旧湖西王国も氏族がいまだに根強く残っている社会であるという。その昔、百年戦争以前においては王国も似たようなものであったし、連合王国もそういった地域を版図に組み込んでいるので様子は想像できる。


「神国の手も伸びているのであろう」


 その氏族の長である、爵位を持たない領主あるいは、『伯爵』といった層に対し、神国が影響力を及ぼしていると考えられる。北王国は御神子教徒がほとんどであり、教会の影響力も強い。とはいえ、原神子信徒も浸透しつつあるのは、連合王国の影響であろうか。


 それぞれが、それぞれの思惑で王位を利用しようとしている。それが女王であっても、その息子の赤子でも構わないという事なのだ。


「王は血脈だからな」

「力のない王である方が、貴族にとっては都合が良いと考えているのでしょうね」


 実際、力のないあるいは、頭の軽い王が統治するとどうなるのか。王国は百年戦争において非常によく理解している。そんなものは、冗談ではないと。


「貴族が反乱を起こす、その結果、新たな王が誕生する。赤子の王がな」


 結果として、原神子信徒の女王の国は安定するということだろうか。





 二回戦は、どこぞの伯爵家の騎士であった。魔力はおそらくたいしたことはなく、近衛騎士に居そうなタイプであると彼女は判断した。


「身体強化ができれば、この国では結構大きな顔ができるみたいね」

「羨ましい……と言えば良いのかしらね」


 他の騎士達の予選を見て思った彼女と伯姪である。とはいえ、午後は連戦、勝ち上がって来るものは、魔力量が相応に多いか、あるいはジョストに慣れている試合巧者であると考えられる。


「剣技はやはり力技ね」

「凹んだり歪んだ鎧って、今日の明日で直せるのかしらね」


 筋肉爺隊の鍛冶師がいるので、リリアルに関しては何とかなるであろうし、最悪、予備の甲冑でも代用できなくはない。かなり地味な装いとなるのだが。


「確かに、畝や文様が施してある甲冑は見ているだけで素晴らしいわね」

「そうなんですぅ!! 金メッキとか最高です!!」


 確か、王太子殿下のパレード用の鎧がそんな感じであったなと彼女は思い出す。タラスクス討伐の時であっただろうか。鎧一領で、伯爵領の城が建つと言われたものである。成人の祝に王家が贈ったものらしいのだが。


「あれで戦場は無理よね」

「目立って仕方がない。余程の腕前かあるいは一切前線に出ないかでないとな」


 敵に向かって突撃し、生け捕りにされた恥ずかしい王もいるのだが、それは例外というものだろう。九割の戦力が消失したとしても、残りの一割に王が残っているのなら再起できるのだから。先頭に立つ必要はない。いや、むしろ立つなと強く言いたい。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 馬上槍の対戦、今回、灰目藍髪は魔力量勝負に出ることにした。自分の量が明らかに下であったとしても、試合後ポーションで即回復できる自分と、勝ち上がった後、次で魔力切れになり負けることが確定する相手とでは、魔力量の消費加減が異なる。


 一日、二個程度は十分に吸収回復できる専用の濃縮ポーションを灰目藍髪は用意している。


 相互に一点づつを獲得し、五戦目を迎える。午前中は共に一試合であったことから回復したのは同程度と相手は考えているだろうが、灰目藍髪は完全回復させている。この時点で、相手は魔力量の残がかなり厳しくなってきていた。


「まだ馬上剣と徒歩剣の試合もあるのよね。考えてしまうわ」


 伯爵騎士の心理になり、伯姪は考えてみる。早めに勝負を掛けなければ、ここで終わってしまう。ここで丁寧に一得点し、馬上剣で剣を取り上げるか落馬させて早々に勝つしかない。


『『DONN』』


 結果は相討。引き分けで終わる。


「もう、魔力が持たないわね」

「さて、どうかしら」


 魔力が持たなくても、剣技が上回れば相手の勝機は十分にある。それに、灰目藍髪の有利な点は、次の試合の魔力不足を心配せずに済むだけであり、この試合の最中の魔力量の残りはむしろ余裕がないのである。


「五分にさせてもらったか」


 ジジマッチョの言は正しい。この試合において、灰目藍髪の不利を気にしないで良くなった程度のバランスだというのが正しい。




 とはいえ、次の試合を考慮せず目の前の相手に集中すればよいだけの灰目藍髪と、そうではない相手の騎士の間に徐々に心理的な傾きが生じる。加えて、魔力持ち同士の真剣勝負を長時間するといった経験が相手には明らかに不足しているように見えた。


 魔力の纏い方が雑になり、身体強化が継続できなくなりつつある。馬上剣においては、一瞬で済む馬上槍の試合と異なり、バインド有り、剣戟の応酬有りで、身体強化の程度はより多くなる。


「やっぱりね」


 伯姪の思うのは、馬上槍試合=馬上槍の対戦と言うのが一般的であり、連続して三つの勝負を、何度も繰り返すような鍛錬を目の前の伯爵騎士は行っていないだろうと推測するのである。


「こう見ると、リリアルの鍛錬ってちょっと異常よね」

「……そうかしら。普通よ」


 いや普通ではない。連続して複数の魔力運用を長時間断続的に展開するという方法を前提に鍛錬をするのである。冒険者なら少数で長時間敵地に滞在するのは当たり前であり、孤立無援も上等なのが前提。


 しかしながら、騎士はそのような戦いを前提にしていない。戦場も騎馬での移動・突撃が可能な平原での戦闘が前提だ。森や城壁、廃墟での討伐など、経験しているとは思えない。その辺り、傭兵の魔力持ちの方が余程経験が豊富であろう。


 幾人か、予選で傭兵風の騎士を見かけたが、いずれも優勢に勝利を納めていた。貴族に仕えているだろう騎士とは明らかに差がみられた。


「傭兵騎士は手強いという事ね」

「この予選では合わずに済みそうね」


 幸い、灰目藍髪の予選枠には傭兵らしき騎士はいなかった。強いて言えば、緒戦の相手が最も手ごわかったかもしれない。戦い方・魔力の運用が傭兵に近かったからだ。


「実戦経験の有無は大切だな」


 ジジマッチョは、相手が予想以上に精神的に消耗していることを見てとった。試合とはいえ、装具は精々刃引きの剣であるくらいの加減であり、叩かれれば相応のダメージを受ける。既に、馬上槍で魔力も気力も消耗している為か、あるいは、馬上での剣の戦いに不慣れな為か、動きに精彩が欠けている。


「迷いがある……と言った感じでしょうか」

「ああ。ただ目の前の敵を倒す事に専念しなければならぬのだがな」


 打ちあい斬り合いながら、時間が刻々と過ぎていく。


「あっ」


 伯爵騎士の手から剣が地面へと落ちていく。そして、馬の首に体を預けるようにがくりと前のめりに倒れた。


「魔力切れで気絶したな」


 馬上剣の試合で相手の棄権となり、灰目藍髪は勝利することになった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 三戦目は最初から魔力が限界そうな相手であり、馬上槍、馬上剣で終始圧倒して勝利することができた。とはいえ、連戦続きで、魔力回復薬が吸収しきれていない状態で、予選決勝へと至る。


「時間を稼ぎます」

「それね」


 胃の中で回復薬を収めた羊の皮が溶け、中身が出てこなければ吸収し回復させることができない。その時間が三十分程度かかると見込まれる。しかし、予選決勝までの時間は僅かである。


 馬上槍までの魔力は、前回の残りでなんとかなりそうだが、その後の分は新たに回復薬頼みで吸収しなければならないだろう。


「粘れ!!」

「そうね、そうする」


 相棒の檄に灰目藍髪は頷く。


『魔力の多そうな奴が出てきたぞ』

「……本当ね」


 姿かたちは騎士としてかなり線が細い。オラン公弟のエンリほどではないが、王太子殿下に近い。そして、纏う魔力量もそれに近い。


「偽名で登録しているのだろうな」

「お爺様、偽名ですか?」


 その昔、大貴族の跡取りや時には王太子にあたる人物も名を偽り、馬上槍試合に参加することもあったとか。そういえば、女王陛下の『思い人』と呼ばれる男も、公爵家の五男とかで馬上槍試合で優勝経験が若い頃にある。


「腕はともかく、装備と魔力は上等と言う事でしょう」

「腕試しには丁度いいじゃない」

「やばいですぅ、大貴族様ですぅ」


 いや、ニース辺境伯も公爵に匹敵する大貴族なんだが。


「はっ!!」


 馬上槍の対戦が始まる。すれ違いざま、相手のランスが高く跳ね上がる。こちらのランスは命中せず。再度の疾走の準備へと至る。


「考えたわね」

「ええ。勝負を先延ばしにするために、魔力壁で弾けるだけ弾く算段ね」


 馬の息を整える必要もある。全力疾走に近い動きを馬に強いたのだから、再走には時間を要する。魔力壁だけであれば、その瞬間に魔力を固めて槍の軌道上に置くことで少ない魔力で弾くことができる。その間に、魔力回復薬が効果を発揮することを待つつもりなのだ。


「あんまり弾くと、失格にならないかしらね」

「そんな細則はない。相手に直接魔力で攻撃するか、魔術を使わなければ問題ないじゃろ」


 何かあれば、儂が出るとジジマッチョは張り切り始めた。このあたり、血のつながりの無いにもかかわらず、姉と似ていると彼女は思う。恐らく、相性がよいのだろう。それを受け入れる体質が、ニース辺境伯家にはあってよかったと本心から思うのである。




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― 新着の感想 ―
[一言] >肉包パイは避けてください。腐肉を混ぜているものもあるそうですので ダンボールが入ってる中国の屋台とどっちがマシか >目立って仕方がない。 リリアル勢は兜に派手な前立て付けるしか
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