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第649話 彼女は『濃縮ポーション』を作成する

第649話 彼女は『濃縮ポーション』を作成する


「いざ参る!!!!」


 些か古めかしい板金鎧を着た巨漢が、『チルト』の馬場を疾駆する。巨漢に見合う黒い戦馬。重さを感じさせない足運びである。


「はぁっ!!」


 一方は、兜に胸当、脛当てに手甲、それ以外は軽装に近い今風の騎士。マスケット銃が普及した今日、全身を覆う板金鎧をも貫通する弾丸が、致命の一撃を避ける部分以外の鎧を省略した軽量化により機動力を重視する装備に変わっている為である。鎖帷子はおろか、厚手のキルトのような鎧下然とした装備に過ぎない。


 二人の対象的な騎士はあっという間に接近し、騎槍(ランス)が交錯する。


BANN!!!


 すれ違いざまに槍をつき合った二人は、片方はダメージを受けよろめいたものの、槍を取り落とすことなく、馬場の先まで勢いを残して進み馬首を返す。


「はははっ!! これでは試合にならぬな!!」


 ジジマッチョは折れ曲がった騎槍を振り回しつつ、ゆっくりとした馬脚で戻ってくる。


「それだけ曲がっても槍を手放さないのはさすがですね」


 軽装の騎士は……彼女である。『チルト』での対戦、上手く使うべきなのは『魔力壁』。その扱いを確認するために、彼女が手本としてジジマッチョと改めて対戦したのである。


「やっぱり、狙ってくる場所にあらかじめ魔力壁を固定して、突進する方が効果が高そうね」


 自分との相対位置を出走前に固定し、魔力壁を自分の疾走と完全に一致させ、魔力壁を伴い移動するのが良いだろうという結論だ。


「試合の時間はさほど長くありませんから。三十秒を都合、数回。それを四戦ですから……」

「結構な時間だよ。他にも、馬上剣とか、拗れれば徒歩剣の試合もあるんだから」


 自分を鼓舞するかのように勝ち目を示す灰目藍髪に対し、相棒に厳しい碧目金髪である。確かに、終日予選に掛かる故に、試合の合間で魔力を回復させることは可能であるのだが、自然回復では限界がある可能性が高い。


 午前と午後一試合程度であれば問題なかったであろうが。


「魔力回復ポーション頼みで勝ち抜きますしかないですわ」

「飲み過ぎると、お腹がちゃぽんちゃぽんになるからぁ」


 魔力回復ポーションで回復するにしても、大量に飲むわけにもいかない。


「それには、少し考えがあるわ」


 彼女は、灰目藍髪の魔力確保方法に何か心当たりがあるのだという。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 魔力持ちの死にかけを不死者であるノインテーターにする『アルラウネ』の能力。これを利用した魔力回復薬を作れないかと彼女は考えていた。通常の魔力回復を上回り、尚且つ、複数回の連続使用に耐えられる形状である。


「一応、自分の魔力で実験してみたのだけれど」


 魔力ポーションの作成の素材に、アルラウネの葉と根を使用し、自分の魔力を込めて魔力回復ポーションを作成。それを蒸留器に掛けて濃縮するといったものだ。


「うえぇ、かなり濃くなりそうです」

「ええ。そのまま飲み下すには難があるの。舌が壊れるくらい苦いのですもの」


 既に、自身の魔力を用いて試作を繰り返した彼女も、苦みを抑える方法はそれほど多く考えることができなかった。


「それで、どうするのよ」

「舌がおかしくなることくらいなら、問題ありません」


 言いきる灰目藍髪。男前である。


「対策を幾つか考えたのよ。一つは、蒸留した魔力回復ポーションを固形の錠剤に替えて、糖衣加工すること。でもこれは、加工に時間がかかるし、このタイミングでは対応できそうにもないわ」


 自分自身の魔力で作った魔力回復ポーションの方が効果が高い。魔力の波長が同じなのだから当然だろう。また、魔力量の多い彼女が作る物は、魔力量の少ない灰目藍髪との相性が良くない。


「では、他にどのような方法があるのでしょう」

「……ソーセージを作るときの腸の皮を使ってポーションを入れておいて、飲み込んだ位の中でそれが溶けた後に効果が出るようにすることができるわ。消化に時間がかかるので、効果が出るのには少々時間がかかるでしょうけれど、今から作るのであれば、これが無難ね」

「……なるほど……」


 豚の腸か羊の腸を使ったソーセージ。中に詰めるのは肉ではなく、アルラウネの葉と根、そして自身の魔力を込めた濃縮ポーションである。





 彼女と灰目藍髪は、早速、『魔力回復用濃縮ポーション』を作成することにした。これから試合のある前日まで、毎日、これを作り続けることにする。連続して作るには、灰目藍髪の魔力量が少ないので、朝一に魔力を注ぐ形になるのであろうか。


「うえぇ、凄い臭いですぅ」

「いや、出ていていいんじゃない?」


 碧目金髪も野次馬根性……仲間が心配故に、薬師仲間として助手を務めている。基本は口呼吸である。伯姪は、自分用に作成したいと考え、手本代わりに見ている。魔力量中迄増加させているのだが、いざという時の保険として特大回復能力の見込める自分の魔力で作成する濃縮ポーションを作っておきたいのだ。


「俺も作りたいですね」

「分かるわ。順番ね」


 茶目栗毛も思わず本音が口に出てしまう。魔力量の少ない体に特化した技術を磨いてきた茶目栗毛だが、多ければ戦い方の選択肢が増えることも間違いない。継戦能力も格段に向上する。今回の遠征では、敵地で孤立無援という状況も想定しなければならないのだから特に必要性を感じるのだろう。


 臭いが強いのは、やはり大きな魔力を有しているものであるからだろう。それに、自身の魔力を注ぎ、ある程度の量を作成する。普通であれば、これで終了であり、ガラスなり金属の容器に入れて封をする。


 しかし、蒸留するのであれば、これを更に五分の一くらいに濃縮することになる。それはもう、臭いの暴力といえるものになるだろう。固形にするのであれば、ある程度臭いはおさまるのだが。





「目がぁ!! 目ガアァ!!」

「……ゴーグルも必要だったのよ」

「……はい……」


 彼女と灰目藍髪はゴーグルを着用したのだが、野次馬は持っておらず、碧目金髪は目に染みたようで水洗いの為に飛び出していった。


「うー 凄い臭いよ」

「そう。もう鼻が慣れてしまっているから、何も感じないわ」

「へんへい、きょれ、にほひたけで、ぶきになりましゅわ」


 鼻をつまんだ赤目のルミリが器用なことをしている。


「急ぎ着替えましょう」

「そうね。そろそろ夕食ですもの」

「うー 何食べても味がわからなそうですぅ」


 風邪を引くと味がわからなくなるということがあるのだが、味の何割かは臭いによる想起である為だ。良い臭いと感じる物は美味しく、臭いと感じる物は大抵不味い。濃縮ポーションが激マズなのは確定である。


「これから毎日作成するのだから、慣れなければ」

「……はい……」


 全てを諦めた目で頷く灰目藍髪。しかしながら、身体強化だよりである場合、魔力が命綱であることは間違いない。不味いポーションに慣れることも、また大切なのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『騎士の魔力量が微妙な理由っつーのは何なんだろうな』


『魔剣』が何やら言い始める。どうやら、連合王国における騎士達の持つ魔力量の微妙さに思うところがあるようだ。


「何が言いたいのかしら」

『あー いつぞや、ゴブリンに喰い殺された斥候の魔力持ちの騎士がいたよな』


 リリアル学院が成立した初期のころ、魔猪狩りのついでに見つけたゴブリンの『村塞』を偵察に行った四人の魔騎士が反撃を受け全滅した話を彼女は思い出す。


「それで」

『魔力を用いた身体強化を継続できる時間が十五分くらいって話だ。お前なら、どのくらいできるんだ』

「さあ、一々考えたことはないのだけれど、三つ同時に一日中といったところかしら」


 魔力量を増やすには、常時魔力を使用しているのが最も効率が良い。魔力を枯渇させるまで使い込む。回復する際に、魔力量が底上げする。あるいは、魔力を消費する量を減らすために、使い方を精緻にする。魔術の使用も、展開時間を必要最低限にしたり、発動速度を改善する為に、魔力の放出の仕方を工夫するなど、出来ることはいくつかある。


 彼女の場合、それをこの十年ほど、継続して行ってきた結果が十を超える多重発動に耐えられる魔力量の確保に至ったということになる。一つの魔術の発動に対し消費される魔力量は一にすぎないが、複数同時展開は、魔力量の乗数倍の消耗につながる。二つなら二倍だが、三つなら四倍、四つなら八倍となる。同時に十も展開するならば、魔力消費は五百倍を超える。


 とは言え、常時十ではなく、瞬間的最低限の発動もあるので、継続して展開出来る時間はおそらく十分程度であろう。


『この国の奴らって、魔力量が多い奴がいねぇ。元からなのか、そうなっちまったかは分からねぇが。恐らく、自身の魔力より精霊魔術を基本にしていたからじゃねぇかと俺は思う』


 精霊魔術は、精霊に接触する際の魔力さえあれば、あとは精霊自身の魔力任せとなる。『加護』や『祝福』が得られているのであれば、ほんの少しの魔力で大魔術師並の力を得ることができる。


 とはいえ、多くの精霊は『土』か『水』であり、少数『風』が存在するが『火』の精霊はほとんどいない。なので、出来ることが偏る傾向にある。


「賢者あるいはドルイドの魔術というのは、私たちの魔術とは別系統であると言いたいのね」

『多分、精霊との干渉で生まれる術がほとんどなんだろうな。森に生きるって言う意味は、精霊の無いところじゃドルイドとして成立しねぇんだろうな』


 森の賢者等と呼ばれる事もあるが、その活動場所を精霊の満ちている森に据えているのは、自らの力を十全に生かす為であろうか。ならば、リンデにはおそらくいない。


「もしかして、王宮に多数の屋敷森が存在するのは」

『ドルイドの力を生かす為だろうな。元から住んでいた先住民も魔力量が少なく、渡って来たロマンデの奴らもさほど多くはなかったんだろうぜ。王国の魔術のルーツは古の帝国だからな。帝国の軍団兵が精強だった理由は、魔力操作を長い時間鍛錬した結果だと言われる』


 当初市民が自弁で武装した軍団であった古帝国だが、領土が拡大するにつれ軍団兵は職業軍人となった。その年数は二十五年。魔力を纏い、軍団の中核を担うには、魔力の鍛錬を行い十年程度の経験が必要とされた。


 退役後も、魔力持ちは予備戦力として辺境防衛の為の屯田兵として活用されたともいう。『白亜島』に存在した古帝国軍団は、帝国の衰退期に退去しており、また、森において有利な精霊魔術を使用するアルマン人ら当時の蛮族に抗えなくなったためであるとされる。


 帝国末においては、魔力操作に熟達した兵士を育成する意欲も能力も失われ、精霊魔術を多用する蛮族に対抗できなくなったのだと推測される。


「森を開拓し、都市を建設し農地を広げた結果、精霊魔術頼りの戦力が衰微したということかしら」

『王国はそうだろうな。自ら作り出す魔力とその魔力を操る術を磨いた者を『魔術師』としたからな。精霊頼りは『魔法』であって、聖征の時期なんかは使えないってんで見切りを付けられたんだ』


 聖王国のある地は砂漠であり、土や水の精霊の薄い場所でもある。精霊魔術は生かす事ができず、身体強化を自らの魔力で行う『魔騎士』が大いに活躍することになった。


「でも、百年戦争では苦戦したのでしょう。何故かしら」

『騎士として優秀だったのが少ないから、下馬戦闘に長弓での野戦築城による防御戦術に振ったんだろうな。王国の騎士は魔力でゴリ押しして勝つつもりが、足場の悪い『森』と『川』のある場所に誘導されて、精霊魔術も活用しつつ魔力切れになったところを狙われて殺されたってところだろうな』


 王国が百年戦争で幾度か大敗を喫した場所において、確かに地形として森を有効に利用されたことが幾度かある。旧都の防衛戦は長きにわたったが、開けた土地で周囲を砦で囲んだまま見合うことになったのも、森が近くになかったからなのかもしれない。川は流れていたのだが。


「なら、馬上槍試合に参加する騎士達も魔力が少ないということになるわね」

『多分な。『英雄王』はラ・マンあたりで育った男で、大島に渡った期間は極短かったしな。あの男も、リンデ育ちならもっと弱かったろうな』


 聖征の時代における最強の『魔騎士』である、蛮王国の『英雄王』は、王国の『尊厳王』を幾度となく破り、また、サラセンの大将軍にも野戦で幾度か勝利している。最後は、王国の城攻めの最中落命するのだが。


 リンデで育った弟の『失楽王』は、魔力も弱く軍の指揮官としても見る物がなく、『英雄王』の死後、王国内のロマンデ公として確保していた領地のほとんどを失う事になるほど戦に弱かったとされる。これも、精霊魔術頼りであったことの裏返しかもしれない。


『精霊もよぉ、加護くれた奴の側なら力をより発揮するんだと思うぞ。だから、ドルイド率いる蛮族は、防衛戦に強かった半面、反攻作戦は殆どうまくいってねぇ。攻め込まれたなら迎え撃つって感じだな』

「そうなのね。確かに、この島に残る偉大な女王の伝説などでは、そんな話が多いわね」


 古帝国の軍団を相手にし、海からやってくる蛮族を迎え撃つ話など、時代を変え、登場人物を変え似た英雄譚の類があるものの、森に引き込んで戦うというものがほとんどである。近くは聖征の時代に、『失楽王』の代官と闘う義賊の話も存在するが、その賊が活躍する舞台も『森』である。


「魔力量が少ないなら、勝ち目はありそうね」

『まあな。だが、勝ち上がってくる奴らは相応だろうぜ。英雄王の強さの意味を理解しているなら、魔力操作を磨くだろうしな。それに、帝国傭兵なら王国と変わらねぇだろうから、そいつらはこの島の騎士より確実に強い』


 魔力を使った身体強化に関しては、彼女も相応に鍛錬している。リリアル生の冒険者組もそれは同様。灰目藍髪は、魔力量こそ少ないものの、操作の精密さと騎士としての技量は見るべきものが多い。


『負けてもどうなるわけでもねぇんだから、腕試しと思って楽しめばいいんじゃねぇの知らんけど』


『魔術師』である『魔剣』にとって、馬上槍試合という物はその程度の存在なのである。



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[一言] ドルイド的にはトレント大量に従えて森ごと反転攻勢に出るのが正解か
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