第644話 彼女は馬上槍試合の練習につき合う
第644話 彼女は馬上槍試合の練習につき合う
翌日、姉は大きな鎖帷子などを再度仕入れに行くことになる。
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「ネデルで回収した傭兵の武具があるのだけれど」
オラン行軍と別行動をした際、ちょこちょこと遭遇戦を行い、軽装騎兵や傭兵と戦い参考のためにと状態の良い鎧を回収したのである。リリアル工房に粗方渡したのだが、一部残っていた分があることを彼女は思い出したのである。
「どれどれ」
「こんな感じよ」
剣はカッツバルケルのような片手曲剣で短めなもの。鎧も軽装騎兵用の半鎧である。特に、神国軍風である兜が特徴的でもある。
「これは良いな」
「然様ですな団長。如何にも顎長軍風ですから」
あの国の王の家系は、男女問わず顎が長い。故に、顎長軍である。因みに、帝国皇帝家はその傾向を脱している。但し神国王家に限るだ。
「どういう意味でしょうか」
「ネデルで戦っている仮想敵だろうからな。盛り上がるだろうという意味じゃな」
「なるぅー」
つまり、『悪役』を張るなら神国風はいま最もウケるということだろう。
「あまり場を荒さないでいただきたいのだけれど」
「まあほら、分かりやすい悪役って必要だよ妹ちゃん」
「それも、強い悪役がな」
ジジマッチョ、本来の訪問目的を失って久しい。確か、法国戦争のさ中、父王が王国の敵対勢力として参戦したはずである。つまり、彼の爺どもからすればやはり敵のままという事だろうか。
「親善訪問中ですので、やりすぎは駄目ですよお爺様」
「わ、わかっとるよ、儂。隠居じゃもん」
伯姪にくぎを刺されるジジマッチョ。恐らく、王都の祖母たちにお手紙することになるだろう。伯姪の祖母の姉が、ジジマッチョ夫人である。
馬上槍試合の内容は四種目だが、個人戦三種と集団戦に別れる。 ジョストの場合、チルトの他、馬上での打撃戦、下馬しての剣での戦いの三つからなる。
馬上槍試合は「実戦槍試合」となる。これは、競技用の武具ではなく、実際に使う騎乗槍・騎士鎧を着用した戦闘に準じた槍試合となる。 加えて、「隘路徒歩戦」と呼ばれる、剣を用いた徒歩での戦い。これは、メイスやウォーハンマーのような打撃武器を用いず剣のみ可とする試合である。
「チルトのルールはどうなっている?」
書面で預かった試合細則をジジマッチョに見せる。
「ルールは所謂『見せ試合』と同じか。遺恨を残さない為か」
『見せ試合』というのは、安全に配慮した試合であり、ランスが破砕する程度の威力で得点となる場所に当たれば得点となるルールだ。言い換えれば、破砕しやすい槍でコツンと当てれば威力度外視で得点となる。
「今回は、真剣・実戦槍で試合うということで、命懸けだな」
「空気を変えるつもりなのでしょう。ネデルでは戦乱が広がっていますからな」
「然様。先代の頃の騎士は年老いておりますし、この国の北部国境沿いもキナ臭くなっております。喝を入れるには良い機会でしょう」
「「「「ははは!!」」」」
針金のような髭を震わせ、筋肉爺どもが大声で笑う。彼らが若かりし頃は、国の周辺で終始戦争があったであろうし、野良傭兵が街や村を荒す事も日常であったのだ。実戦を感じ気持ちが若返ったというところだろうか。
個人戦『ジョスト』の中で、それぞれ中央から100mほど離れ向き合い、騎士槍で突き合うのが「チルト」と呼ばれる競技であり、帝国ではまた異なる名称で呼ばれていたりするが、花形の競技である。小規模な物あるいは、催しとしてはこれだけを行う大会も少なくない。
先に三得点を得たものが勝利となる。
両者を分ける中央の仕切り・衝立を越え攻撃した場合失格。終日試合参加不可。
相手を落馬、あるいは馬ごと転倒させた場合三得点。ただし、馬を突いて転倒させた場合三失点となる。
相手の武器を取り落とさせると三得点。
但し、圧し折れた場合は戦闘可能であると認め、残りの部分で試合継続。
相手の首から上に槍を当て槍の穂先に被せた『コロネル』という緩衝具が外れれば三得点。
相手の槍のコロネルを自身の槍で弾き落とせば二得点。
相手に命中し、コロネルが外れれば、一得点。
兜が外れた場合、二失点。
衝立を槍で叩いた場合一失点。
「普通じゃな」
ジジマッチョの言葉に、筋肉どもが頷く。とはいえ、『コロネル』を緩くしておいて軽く当てても落ちるように細工をする者がいるのではないかという気はする。
「コロネルが緩ければ、弾かれた時にポロリしてしまうからな。それもあって、二得点にされている」
「なるほど」
普通は、コロネルが外れるほど激しく命中させたことを誇るような有効打を狙うのだという。
「コロネルとは、どのようなものでしょうか」
「ここにあるよ」
四つ足が十字型についた金具で、先端は斬り落とされたような直線。これを尖らせるのは『反則』なのだという。
「ランスレストは使用して問題ないのだな。それと……」
ただの馬上槍であれば、腕の力だけで槍をさせ、衝撃も腕で受け止める必要がある。鞍も槍も甲冑で一体化させ、その衝突力を穂先に集約させる為に、甲冑に槍を固定させる装具がある。これを「ランスレスト」と呼ぶ。また、護拳が装着可能であれば、そこを握り込む事で槍自体が後ろにすっぽ抜ける事も回避できる。これも使用して問題ないという。
「当てるだけなんだが、これが難しい」
「馬上は揺れますからな」
馬が動けば穂先も動く。命中する直前に互いの動きを推測し、騎士がその先を読んで穂先を向け命中させることになる。威力を狙えば衝立ギリギリを進まねばならないであろうが、寄り過ぎればつい立てと干渉し減点される。
「何事も訓練だ」
すっかり教官気分に戻ったジジマッチョは、早速仲間たちと共に中庭へと飛び出し、簡易会場を設営し始めるのである。
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馬上槍試合は様々な試合内容があり、実戦さながらな時代もあった。とはいえ、今のように専用の競技場ができたのはそれほど古い事ではなく、領主の城館の中庭などで催されることも珍しくない。騎士・兵士を集め閲兵できる程度の広さがあれば、試合会場としては問題ない。
そして、今のような木の衝立ができる前は木杭を打ち縄を張って仕切りとした。それ以前は、なにもなく、実戦さながらの突撃が行われ、馬同士が衝突することもあり、これはいくらなんでもと仕切りが設けられるようになったとか。
「これでどうだ」
「……」
瞬く間に設営終了。さすがベテラン聖騎士団員だ。野営や設営は大の得意。
「まずは、ここを走って……この的に穂先を当てる練習からだ」
恐らく、騎士学校で習うのはこの段階まで。馬上槍試合の練習の練習程度であったのだろう。専用の鞍を据え付けられた戦馬が引き出されてくる。全身鎧を装着し、ランスチャージを行っても体が後ろに吹き飛ばされないように鞍から動けないほどしっかり固定されるチルト用の馬具が据え付けられている。
「これは、乗るのも降りるのも難儀なのだ」
踏み台を用意し、介添えを付けてゆっくりと馬上へ据えられる灰目蒼髪。騎士学校ではここまで本格的な馬具を用いていなかったとのこともあり、本格的な装具に慣れない様子だ。
「随分としっかりとした鞍ね」
「下馬するのが大変だわ。実戦用でないのは明らかね」
実際の使いやすさより、落馬防止を主にしているのだろう。
据え付けられた灰目蒼髪は、まずは馬がしっかり操れるかを確認。試合場を何周か往復し、馬も慣れたころ合いでランスを装備する。
「ここに納めて、この辺りを握る」
「はい」
木製の『ブルードナス』とことなり、騎槍は真剣ならぬ真槍。穂先こそ安全なものに替えられているが、木製のそれよりも当たれば当然ダメージが強い。破砕されて吸収される分が無いからだ。
「先ずは、軽く走ってみなさい」
馬が些か興奮気味に疾走する。右手でランスを持ち、相対する騎士は左側に現れる。これは、右同士ですれ違う事で、正面に近い衝突となりより大きなダメージを与えることを回避する為でもある。殺し合いなら、右同士ですれ違うのだろう。
とはいえ、馬は平らに整地された中庭をかけるのであるから、見た目以上に凹凸のある戦場となる草原などよりは軽快に走ってくれる。凸凹している草原で走るよりずっと加速が良い。
「何だか楽しそうね」
「替わってあげたら?」
「私は特に好きではないから。あなたこそ」
「院生の仕事を取り上げるような真似を副院長ができるわけないでしょ」
伯姪も何年か前なら自分も参加してみたいと強く思っていただろう。今は、紋章騎士となり、相応の振る舞いが求められるのだから、思っていても口にするわけにはいかない。お互い難儀な身分になったなと二人は笑い合う。
「楽しみは集団戦にとっておきましょうか」
「大将は勿論……」
彼女も伯姪も灰目藍髪に押し付けるつもりだ。鎧を身に付ければ顔は分からないだろうし、偶には全力で楽しんでみたいという事もある。自身の力が騎士にどの程度乱戦で通用するのかである。
「王国じゃあ参加するのも躊躇するものね」
「本当に」
実はかなり楽しみな二人であった。見るのも、参加するのもだ。
身体強化をしてランスをしっかり保持する。一定のリズムで上下する馬上で姿勢を保持し、やがて間合いに入れば穂先を一定にするようそのリズムを相殺する形で穂先を維持する。
BAKYAA!!
胸に命中、十分な威力の為、先端の『コロネル』が外れて落ちる。
「あれ、使い捨てなのよね」
「そういう事ではないでしょうけれど、あの器具が緩衝材になっていると考えれば壊れない事こそ問題になりそうね」
外れないような細工をする事は出来ないだろうし、封がなされるのでこっそり交換と言う事も出来ないということだ。試合前に主催者が派遣する審議員が装着し封をする事になっている。が、審議員が八百長に加担すれば成立することもある。
「ポロリもあるよですね」
「縁起でもない」
「まあ、こちらでもその辺り、封をする前に確認は出来る。問題ないじゃろう」
小細工されるのも前提で、それなりに見抜き方があるのだと筋肉爺軍団は声を上げる。
灰目藍髪は、三種の競技について試合開催前日まで特訓を受け続けることになる。彼女の護衛・侍女のお仕事はしばらくお預けとなる。
チルトの練習から、今は馬上で剣を振るう試合の訓練へと変わっている。お相手は筋肉爺の一人。刃引きの剣を振るう二人だが、筋肉爺の方は軽装の鎧下だけであり、胴鎧と手甲だけは辛うじてつけているだけである。
手加減する必要なしとのことで、最初の頃は遠慮がちに受けていた灰目藍髪だが、それでは全く太刀打ちできないと理解し、今では身体強化を使い真剣に斬り結んでいるのだが……
「剣筋は悪くない。むしろわれらより上等だ」
「だが、非力さは否めないな」
「剣が軽い分、乱打戦では打ち負けるだろう」
恐らく体重は半分を少し上回る程度。それでもリリアルでは上から数えた方が早い体格を持つのだが、筋肉の塊からすれば土夫と歩人ほどの差があるように見えるのだろう。
「まあ勝ち筋はある」
ジジマッチョが自信ありげに口にする。
「お爺様、もったいぶるのはおやめください」
「いや、なに、当たり前の事だが。相手は舐めてかかって来るであろうし、一撃を当てれば昏倒するくらいに見ているだろう。ならば、時間をかけて最初は回避、そして焦るなり怒るなりするならば、挑発するように反撃し時間をかけて魔力の消耗戦に持ち込む。普通は十分も斬り合えば終わるから、魔力を終始使い続けるのも当たり前じゃろ?」
「リリアルは、その辺りの運用は得意ですから」
継続した魔力の使用、消耗を抑えた長時間戦闘。リリアルの魔力量の少ない前衛職なら当然の能力。魔力が少ないからこそ、魔力を絞った活動に慣れ、相手をする事も難しくない。
「相変わらずチープな戦い方ね」
「ええ。私たちは常に弱者の戦いを強いられる立場ですもの」
「けれど、勝者は常に強者とは限らない。勝った者が強者と認められるのだからな」
爺どもは「良いこと言うな貴様」とばかりに発言した筋肉爺どもにバンバンと背中を叩かれ、そのうち「いい加減にしろ!!」と顔を真っ赤にして追いかけ始めた。
『爺ども、餓鬼か』
『魔剣』の呟きに、彼女も同意する。少年の心を忘れないという言葉があるが、決して良いものではないと思うのである。