第640話 彼女は女王陛下に謁見する
第640話 彼女は女王陛下に謁見する
「早く座りたいわ」
「謁見の順番待ちですもの、さほど遅くはならないわ」
「だといいんですけどぉ」
「こんな時こそ身体強化でしょう」
「「それだ!!」」
彼女ら四人は四角に並んで小声で話している。周りには彼女が魔力壁を巡らせ音も漏れていないだろう。
どうやら、先に短い謁見を終わらせているようで、列はドンドンと前に進んでいく。顔合わせ、挨拶程度で済む者から片付けているという事か。
「なんでしょうあれ」
「姿絵ね」
「お見合い用よ。気に入れば本人が訪問し、女王陛下と直接お会いしてみると言う事でしょうね」
どう見ても神国国王と同世代、黒っぽい衣装を身に着けた東方の君主のようであった。しっかり隠せ!!
「求婚相手は沢山いるですね。選り取り見取り」
「そんなわけありません。そもそも、この国から離れることは出来ないのですから、婿取りとなるわけで、王弟や王の従兄弟といった方達ばかりなのですから」
後ろ盾にするには強すぎず弱すぎずを選びたいところだ。東方の君主の親族など、いざという時に金も兵も送ってこない可能性が高い。その上、血統を盾に子どもや孫に影響を与えられても困る。
「そう考えると、王弟殿下は一番なのよね」
「選ぶならね」
「まさか、選ばないんですか、贅沢ですねぇ」
結婚したい女である碧目金髪には「贅沢」と言われてしまう。結婚するだけなら容易なのだが、それによって引き起こされる余波がどうなるかという問題を考えなければだ。
「国内ではどうなんでしょうね」
「さあ。少なくとも女王陛下の王配として供に国を盛り立てようとする高位貴族の
縁者はいないのではないかしら」
女王の王配に見合う公爵の息子などで結婚に適した男はいないではないが、かなり若い。既に女王陛下と同年代の者はとっくに結婚している。三十過ぎなのだから。下手をすると孫迄いる。
東方公ジロラモと同世代の公子・公孫はいるのだが、公爵家による王位簒奪の可能性も考慮しなければならない。それは、女王陛下を支える郷紳層・リンデの商人たちも納得できまい。
「じゃ、結局結婚できないじゃないですか」
「だから十年も未婚なのよ。でも、この先見つからなければそのまま生涯独身かもしれないわね。子供が産めない年齢になれば、結婚の意味もないでしょうしね」
「「「ああぁぁ……」」」
ある意味、『連合王国』という名の修道院に身を捧げた存在になるということであろうか。
「人の事は言えないわ」
「あなたの場合、副伯領とリリアルは……結構大変ね」
「他人ごどですぅ」
「それは仕方ありません。実際他人事ですから」
酷い。結構本気で悩んでいる彼女である。
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王弟殿下の前はジロラモの謁見。彼女たちは手前で待たされているが、謁見室のざわめきが伝わってくるのは良くわかる。
「盛り上がってるわね」
「イケメンですからゼロ公子」
「ゼロ公子?」
碧目金髪曰く、『ゼロとよべ』と彼女に言っていたことに加え、王子あつかいするのは問題らしいので公爵からの『公子』呼びだそうだ。
「如何にも育ちの良い王子様って感じですからね!」
「騎士としてかなりの腕前であると聞いています」
「……誰から?」
彼女の疑問に、護衛騎士同士で自分たちの仕える『公爵』『副伯』について探り合いをしたという事だ。
少々はしたないとは思うものの、彼の公爵閣下の能力を知ることは王国としても大切だろう。軍を率いるなら、公爵が率いてくる可能性が高いからだ。
「なんでも、子供のころは『楽師の孫』だと思っていたみたいなんですよ」
ジロラモは神国国王の宮廷につかえていた楽師が隠居する時に、先代神国国王の隠し子として預けられた存在であったという。
「七歳までは、その楽師の爺ちゃんの領地の村で、村の子供たちと普通に遊んで暮らしていたらしいです。なので、庶民目線での考えがわかるそうなんですよ」
あのフレンドリーさはそういうことなのかと彼女も合点する。彼女自身、王都で見習薬師として働いている最中、子爵家の庇護はあったというものの、王都の住民からかわいがってもらった記憶がある。滅多に褒められない子爵家とは異なり、ちょっとしたことで褒めてくれる王都の知り合いや大人たちが彼女はとても好きであった。
王都を大切にしたいと思う気持ちが、自然と育まれたと言えるだろう。
「その後、お城に引き取られ、見習騎士として高名な将軍の家で育てられたそうです。その人、国王陛下の元側近で、一緒に神国の宮廷を退いた人で、今は後見役を任されているそうです。ほら、あの怖い顔のおじいさんですよ」
確かに、ジロラモの背後には、ジジマッチョ世代の護衛としては随分と良い身なりの老人がいたと思い出す。国王の元側近の将軍にして後見人というのであれば納得できる。
「その将軍の夫人? が養い親みたいな立場で、七歳からは城で様々な教育を受けたみたいです。騎士になるか聖職者になるか、どちらでも選べるようにと」
王国の貴族の家系でも、三男坊以下あるいは庶子を聖職者にすることは伝統的にある。聖職者であれば子を作ることは出来ないので、後継者争いを起こすことなくスペアを確保できるからだ。また、貴族の子がその地の高位聖職者であるなら、教会を通じて領民を統治することも容易となる。
随分と話し込んでしまったが、いまだジロラモの女王陛下との謁見は終わらず、前にいる王弟殿下の挙動が明らかにおかしい。焦っているというか、比べられるのを嫌がっているというか。
『あいつ。国王や王太子と比べられるのが苦痛だからな』
それほど凡愚と言うわけではないのだが、年の離れた国王である兄、また早熟であり聡明であった王太子と比べられ、表に裏に馬鹿にされたこともあるのだろう。
「殿下に伝言を」
「……はい……」
茶目栗毛を呼び寄せ、彼女は王弟殿下への伝言を託す。
伯姪は、珍しいものを見るような眼で彼女を見る。
「なんて言ったの?」
彼女は曖昧に笑いながら答える。
「騎士として優秀なのはジロラモ閣下ですが、王配に相応しいのは殿下です……と伝えただけよ」
「確かにね」
優秀であれば人が集まり、又利用しようとする者も増える。凡愚だという評価は国王ならともかく、王配なら「扱いやすし」と思われるだろう。王配に適しているのは、凡庸であっても野心を持たない男の方なのだ。
「英雄になりたい者に、王配は向かないわ」
ジロラモが成りたいものは騎士物語の主人公であって、女王の隣に立つお飾りの王配ではないのだから当然だ。
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やがて、王弟殿下の番となる。
「王国王弟フランツ殿下、王国副元帥リリアル副伯アリックス閣下ご入来!!」
珍しく本名を呼ばれ、自分でも一瞬誰だったかと思う彼女である。アリックスとは、アレクサンダー=守護者という名の短縮された女性形で、古くは王族・貴族の女性に名付けられたものであったが、正直言ってシワシワネーム扱いの今は珍しい名前である。だが、彼女は嫌いではない。
すすと前に進み、王弟殿下と並んで会釈をする。深すぎないように注意する必要がある。
「顔を見せなさい」
先ほどまでのざわめきとは少々質が違う。ジロラモの時は賛美するような、黄色い歓声であったが、今は見定めるような、品定めするような視線と声が聞こえる。
「静かになさい。ようこそこの国へ。皆を代表しお二人を歓迎します」
思っていたよりも優しげな声音。色は白く、恐らくは美女と言われる顔立ちであろうが、骨ばって男のように見えなくもない。本来は明るい金髪であったとされるが、凝った髪型を衣装に合わせてするために、しばらく前から髪は鬘にしていると聞く。髪型は……確かに独創的であり、唯一のものであろう。
重そうだなと彼女は思う。
「お目にかかれて光栄です女王陛下。王国の親善大使として、両国の親睦を深めたいと思い参上いたしました」
「まあ、国同士だけですか?」
明け透けな物言いが得意であるという女王であるから、この辺りの事は問題ない発言なのだろう。周りの廷臣たちや貴族も声を上げて笑っている。品定めは歓迎へと切り替わる。
「国同士が親密であれば、陛下と私の親密度も高まると考えております」
「それは素敵な事です。親善大使一行の歓迎の催しを考えています。旅の疲れをいやす為にも、暫く王宮に滞在してくれると嬉しい」
「御心のままに」
大きく礼をして、王弟殿下はホッとしたような空気を醸し出す。
「世に名高い妖精騎士を迎えることができて喜ばしいと思います」
「……陛下の厚情、いたみ入ります。この国に、平和が訪れますように」
「私もそう望みます」
これで、彼女の謁見は終了した。
『魔剣』は女王についての見立てを述べ始める。
『確かに、男に生まれなかったのが残念だと言われる器量だな』
「あの一瞬で何がわかるのかしら」
『ある程度は分かる。それはお前もだろう?』
父王の美徳をもっとも受け継いだのは女王陛下であると言われるのは確かだと彼女も感じた。相手に自分を認めさせつつ、上の立場であることを示す。調和の中にも序列を感じさせる。親しさの中にも規律を感じる。
「英邁な君主……なのでしょうね。残念ながら」
『王国にとっちゃ、取引できる相手くらいに思えば良い。少なくとも原神子信徒絶対殺すマンよりずっとマシだ』
異端審問を繰り返し、万余の貴族・商人を処刑・処罰した神国国王とは、政治という面で妥協することは難しい。一旦、戦端を開けば互いに妥協する点を見つけることは難しくなる。恨みつらみが積み重なるからでもあり、また、『赦す』という気持ちが宗旨の違いからお互い受け入れられないからでもある。
「どちらか滅ぶまで戦争するなんて御免だわ」
『まあな。実際、親が始めた戦争も当事者同士が死に絶えるまで中々終わらねぇ』
法国戦争が終結したのは、当事者が死んだ後である。帝国皇帝・父王・先代国王の全員が死んで数年後に和平が結ばれた。戦争というものは世代を跨ぐほど続いてしまう。何も得るところがない、あるいは、僅かな物を手に入れる為に、多くのものを捨てねばならない。金も命も名誉も時間も時には領土もである。
『ただ、君主が英邁なだけでは国は整わねぇ』
「廷臣、国内の貴族達、リンデの有力者、北王国の関係者、バランスを取るだけでもあの座を守るのは大変そうね」
誰もが自分に手にする機会があると思う故に、女王陛下は君臨できているといえるかもしれない。王の力が弱かった時代、例えば尊厳王以前の王国などはその様なものであった。あるいは、救国の聖女が現れる直前などであろうか。
「魔力はどう見たのかしら」
『まあまあだ。だが、突出してはいねぇ。恐らく、そういった教育・訓練を受けずに成人に達しているんだろうぜ』
十代前半が最も魔力を伸ばせる時期であり、その為、七歳くらいから修行に入ることが多いのが魔力を扱う職に就く定番になる。ニ三年、扱い方を学び、その上で成長期に当たる。リリアルの入学もそれが前提であるし、騎士や魔術師の見習もその時期を考えて設定している。
女王陛下は、王女時代、父王にも姉王にもかなり冷遇されていたと聞く。それでも、母方の実家が何くれとなく手を差し伸べ、教育を施してくれたとは聞いている。とはいえ、原神子信徒の家庭であるから実学中心の教育である。
法律に簿記、古代語は勿論、帝国語・王国語・法国語・神国語・ネデル語の読み書き会話も普通にできるという。教皇庁の遣いには法国語で嫌味を言ったとも聞く。
「ネデルの商人貴族に、魔術を教えるという発想はないでしょうね」
『ああ。男なら騎士・魔騎士の教育を受ける過程で、ある程度伸ばせたかもしれねぇけどな。だが、恐らく父親から継いだ魔力量の多さで、見た目も若いし、実際、疲労することも少ないだろう。ありゃ、長生きするぜ』
「なら、誼を結ぶのも悪くないわね」
長期の安定した女王になるのであれば、伝手を作る事も好ましいかもしれない。あまり王国にちょっかいを出させないようにするとか、海賊行為もほどほどにと掣肘する事も出来るだろう。
「サラセンが一段落すれば、神国は異端討伐に本腰を入れるでしょう。ネデルの原神子信徒を支援しているのがリンデの商人ということは容易に推測できるはず。その先には……」
『異端討伐の為の聖征発動か。教皇庁も、サラセン討伐後なら嫌とは言えないだろうな。元々破門されている王家であるしな』
『聖王会』を設立した連合王国に対し、教皇庁は『国王の破門』という形で対応している。異端として討伐されても文句が言えない存在なのだ。
「神国だけが騒いでも、聖征は成り立たないでしょうね」
『帝国はそれどころじゃねぇだろうし、法国もそりゃ同じだ。王国が動かなければ、神国単独じゃただの戦争にしかならんだろうな』
多くの国や君主が参加してこその『聖征』である。王国南部に広く流行した『タカリ派』に対する聖征も、単なる内戦にならなかったのはその為でもある。
「王弟殿下には、精々気を持たせてもらわなければね」
『人気はゼロの方だろうけどな。だが、廷臣どもは現実見ているし、そりゃ女王も同じだ。実利を得るのは王国、人気を得るのは神国公子ってことで良いんじゃねぇの』
ネデルの南部を王弟殿下の公爵領にすることを対価に、ネデル北部と連合王国の同君連合を認めるなどということも『宮中伯』あたりは画策しているように彼女は思うのである。