第639話 彼女は謁見の準備をする
第639話 彼女は謁見の準備をする
「殿下にはお伝えしないのですか?」
「今のところは。殿下にはほかにお考えにならねばならないことが多いでしょう。
それに、私たちと別行動しているのならさほど影響はないはずです」
王弟殿下は主賓として『新王宮』や女王陛下の宮廷に滞在し、自分が来客を
迎える場合などにこの城館を饗応の為に使う事になるだろう。あるいは、女王陛下
を歓待する場に選ぶかもしれない。
その行動に逐一副使である彼女とリリアル一行が帯同することはない。
「リンデ周辺で日中移動するならば問題ないでしょう。また、女王陛下と同行
するならばそれも問題ありません」
「夜、移動しなければ良いわけですね」
「基本的には。それと、移動するならば他の貴族やリンデの有力者を供にする
方が良いでしょう。相手も簡単に見つかるでしょうし」
王弟殿下と知己を得たいリンデの住人は少なくない。馬車に同行させるといった
ことも却って喜ばれるだろう。
「ダンボア卿ら近衛騎士にはどうでしょう」
「彼らは護衛としての教育は受けているのでしょうか」
エンリは首を横に振る。多くの随行員になっている近衛騎士は「ご学友」扱いの
貴族の子弟であり、警護の為の人員ではない。ルイダンもその一人であり、警固の
責任者は他にいるというが、それほど熱心でも有能でもないとエンリは評価している。
「ならいいじゃない」
「そうね。卿だけが知っておいていただければ。何かあったなら、ダンボア卿と二人で
王弟殿下だけ護っていただけることを望みます」
他は囮なり餌也にすればよいと彼女と伯姪は暗に言うのである。恐らく、それが
実際のところだろう。
「貴族の子弟だから、魔力持ちなのよね。魔銀の装備もあるんでしょ?」
「……飾りに過ぎませんよ。あまり当てにできません、残念ながら」
伯姪の質問に、首を左右に振りつつエンリは答えたのである。
部屋で一人になり、会話するとはなしに彼女は『魔剣』と語る。
『ノインテータ―のあの人を操る力ってのは、随時なんだろうかな』
「さあね。サブローにでも聞いてみないと分からないわ」
ジローもサブローも生前、身分のある存在ではなかったので何とも言えないが、
大国の王太子であったであろうアストラ公のノインテーターが再び下僕を集め、
この城館を襲撃できるかどうかは疑問である。
夜半とはいえ、リンデの目と鼻の先の城館の回りをワラワラと挙動不審の
男たちが取り囲めば、それなりに目立ってしまう。街道上ならともかく、城館を
囲むなら昨日の十倍の人数は必要だろう。一周数百mはあるのだ。
「防壁もそれなりだし、壕に水を張れば吸血鬼の類は渡れないのではないかしら」
『流水を越えられないという奴だな。下僕なら飛び越えるくらいはできそうだが、
元となる人間の力が無いとどうもならないかもしれねぇな』
ネデルのノインテーターの下僕は傭兵の下っ端とはいえ健全な若者であり、
それなりに体力も整っていた者たちである。対して昨日のそれは、中高年の
路上生活者の類であり、下僕として力を発揮したとしても並の人間程度で
しかないだろう。勿論、討伐することも容易であろう。藁束を斬るのと変わらない。
「集めたのは、リンデの下町の住人とかかしらね」
『商人同盟ギルドの下部組織あたりで、何らかの名目で人あつめすりゃ、
銀貨一枚くらいでわんさと集まるんじゃねぇかな』
「簡単な作業、当日日払い」といった言い回しで、操りやすそうな路上生活者を
一箇所に集め、ノインテーターの下僕にしたといったところか。着の身着のままで
フラフラ郊外をうろついていても、大して気にされないといったところだろうか。
『お前たち六人を始末するなら、千や万は集めねぇとな』
「支配範囲が100m程ではなかったかしら。中隊規模が精々。ノインテーター
一体ならあれが限界よ」
アルラウネをリリアルが連れ去り、新たなノインテータ―を生み出す事は
出来なくなったと彼女は判断していたが、もしかすると他にもノインテーターを
生み出す方法があるのかもしれないと思い至る。しかし、それを調べる術は
ない。今のところは。
『まあほら、狂戦士のように襲ってくる以外問題ないだろ?』
「それだけでもかなりの問題よ。魔装馬車ならともかく、普通の馬車ならあっと
いう間に破壊されるじゃない」
『お前の魔法壁なら一昼夜でも展開できるじゃねぇか』
「……王弟殿下や姉さんが襲われたらという事よ」
王弟殿下はともかく、姉は嬉々として『大魔炎』を放ちながらメイスを振り回し
疾走するだろう。あるいは、ノインテーターを完膚なきまでに叩き潰すかも
しれない。不死者は「死なない」のではなく「死ねない」と思うだろ。
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「ドレス着られるなんてラッキー」
「侍女らしくしなければなりませんから、護衛と兼務は大変なんですよ。
解っていますか?」
「ほーい!!」
『新王宮』に滞在中、薬師娘二人は侍女として二人に供奉することになるので、
護衛も「ドレス」姿になる。剣は持てないので、茶目栗毛以外は『隠し武器』
の出番となる。
「『魔装扇』がいよいよ活躍することになるね妹ちゃん」
「活躍する機会はない方が良いのよ姉さん」
『魔装扇』とは、扇の形をした魔装武器であり、短めのメイスのようなものだ。
つまり、姉の守備範囲である。広げられるものは「魔装盾」としても有効だが、
その分魔力消費が多い。彼女以外は、広げられないタイプの扇を使用する。
それでも、受け太刀程度は問題ないし、兜を叩き割ることもできる。
「それと、これもね」
「魔装のビスチェにでもしまい込んでおくわね」
魔銀鍍金仕上のスティレットを収容する。魔装扇と異なり、明らかな短剣
なので、仕舞う場所はドレスの中になる。すぐに取り出せることはないが、
何らかの事態が発生した場合は、それで切り抜けることになるだろう。
因みに、彼女は『魔剣』をスティレットに替えて持ち込む事にする。魔法袋は
赤目のルミリのビスチェに縫い込まれた物だけであり、彼女の愛用品はドレス
着用時には持ち込めない。それ故の『魔剣装備』である。
「あ、あの、私の……」
「ポーションや水と食料を収めておくから。武器は最低限ね」
ルミリには魔装拳銃を収納させて自衛手段とする事になる。短剣類の扱いは
得意でないし、護身も最低限でしかないのでその辺りが妥当か。
ドレスはリリアルの色である白や水色の糸で刺しゅうを施したものであり、
地の色合いはそれぞれの髪の色が映える色合いをしている。彼女は濃い紫、
伯姪は明るい緑、灰目藍髪は濃紺、碧目金髪は濃緑を選んでいる。侍女組は
地味目の色合いで刺繍も少なめであるが、似たデザインのドレスである点は
変わらない。
「地味じゃない?」
「女王陛下は相当豪奢なドレスを御召しになるそうだから、その辺り考えて
無難なものを選んだそうよ」
選んだのは姉。彼女は考えるのも面倒なので丸投げしている。
人には得手不得手がある。
「でも、一目でお高い絹の素材だと分かりますよぉ」
「王太子殿下からのご命令ですもの。南都の絹織物を売り込んで来い……
だそうよ」
「畏まりましたぁ!!」
「殿下のご下命、承ります」
恐らくは王妃様からのご配慮で、王太子殿下が手を回したのだろう。王弟殿下
と王国の為に敵国に向かう彼女たちに、せめてもの手向けとばかりに、素晴らしい
絹織物を手配してくれたのである。王都でもそうそう手に入る代物ではない。
それを祖母と姉が王都の流行と伝統を加味して仕立てたドレスであるから、
これ以上のものを彼女が望む事は不可能だと思われる。最強の装備であると
彼女は考えていた。中も外も。
「これなら、女王陛下の近衛兵も殲滅できそうね」
「できます」
「できました」
「……できないわよ。むしろ、殲滅しないで頂戴」
伯姪の言う「近衛兵」というのは、女王の身辺警護を行う『自由農民』層から
選抜された百人ほどの部隊であり、名誉な職とされている。とはいえ、王国の
騎士団・近衛連隊のような常設の戦力を女王は持っていない。
金で必要に応じて傭兵を雇うか、諸侯に命じて軍を編成させるしかない。
そういう意味では、百年戦争の時代から軍制が変わっていないと言えるだろう。
故に工作活動に力を入れたり、私掠船などを熱心に行っているのかもしれない。
軍を動かすこと以外で、女王陛下が力を得る方法を模索している。その一つが、
王配レースであると言えるだろう。その座を目指して競争するものが多ければ
多いほど、無料で女王は自分の存在価値を高めることができるのだから。
王弟殿下の車列に続き、彼女の馬車も後に続く。今回はやや大きめの馬車に
馭者が付く六人が乗れる馬車である。
「狭いんですけど」
「すみません」
「構いません。同じ騎士ですから」
彼女と伯姪の間にルミリが座り、対面には茶目栗毛と灰目藍髪、そして碧目
金髪。騎士姿の護衛が必要なので、茶目栗毛が本日は騎士姿を務める。
「馬車を降りる時は大変ね」
「五人分だもんね」
「いえ、私は不要ですわ」
小間使いと言えどもそうもいかない。鍛えているので大丈夫ですと茶目栗毛は
軽く言葉を返す。リンデを流れる『テイメン川』を遡る事数キロメートル。
恐らく、リンデの街が再開発されるのであれば、この『新王宮』との間に新市街が
築かれることになるのだろう。が、いまは林間の街道に過ぎない。
『新王宮』は元は聖母騎士団所属の荘園があったところ。それを、司教が邸宅
へと改装し自宅としていたものなのだが、父王の威を恐れ進呈したという。
とはいえ、王の宮廷には千を越える臣下がおり、元の邸宅では手狭であった。
結果、数十年をかけその建物は四倍の規模となり、宮廷を丸ごと納めること
ができることになる。
これは、王国の王宮が王の住居であり執務の場である事と同じであるが、
王国の官吏・貴族は王都内の屋敷から日々通っているにすぎない。しかし、
『新王宮』は貴族・官吏ら廷臣の住まいも兼ねているのであるから、王都のそれ
と比較することはできない。
もっとも、馬車で近隣の邸宅から通う者、必要に応じて出仕するだけであり、
リンデや自領で生活している者もいるので全員が住んでいるわけではない。
王国も先代国王の時代以前は、王都以外にも宮廷を構え、その都度、引っ越し
することになっていたという。
「見えてきました」
「ええ、ちょっと、どこなんですかぁ」
進行方向後ろ向きに座る碧目金髪には、見えにくい位置にある。確かに、
林間に館がちらほらと見えてきた。
「あれじゃないのよね」
「あれは、五十近くある別邸の一つでしょうね」
「「「五十……」」」
何しろ、父王は修道院から巻き上げた金で大金持ちであった。妻も……
正式なだけで六人、愛人は数知れず。ということで、それらを踏まえて住まわせる
城館が必要であったとか。独身女王には無駄な設備である。
「私たちは、王宮自体に宿泊でしょうけれど、招待客の中には別邸を宛がわれる
人も少なくないでしょう」
「ああ、他国の大使とか国内の高位貴族たちでしょうか」
それぞれが、自領では「王」のような存在である連合王国内の公伯は、リンデ
周辺に邸宅を持たない者もいる。そうした貴族を宿泊させるにも必要となる
だろう。晩餐に呼ばれたが、そのまま日帰りと言うわけにもいくまい。
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広い敷地には、遥か彼方に礼拝堂を備えた王宮が見えている。
「門から遠いですぅ」
「驚いたわ。元は狩猟用の離宮であったのかしらね」
彼女のリリアル学院も、王妃様の離宮以前は先代国王の趣味の狩猟用の
別邸であった。それを大いに拡大して、『新王宮』に作り替えたかのようだ。
まっすぐ伸びる来客用の馬車道。整えられた屋敷林の間を馬車は進んでいく。
国王陛下は好みではないだろうが、王太子殿下ならこんなものを作って張り合おう
と思うかもしれないと彼女は思う。国王陛下は、父親の作った戦争と城塞作りの
借金返済がトラウマになっており、「それは本当に必要か?」が口癖になっている
のだ。吝嗇ではないが、無駄使いを嫌う。故に、王宮も新たに建設することなく
必要に応じ増改築で済ませている。
本人は「王家の歴史の重さを感じる」とか、もっともらしい事を言い訳にしている
のだが。
「あ、でも、新王宮って……幽霊が沢山出るって噂です」
彼女は姉が同行を求めなかった理由を察する。いつもなら「侍女頭として同行
するのも吝かじゃないよ☆」と吝かな事を言うのであるが。
「ちなみに、どのあたりに出るのかしら」
「あー 有名なのは王太子を産んだ何番目かの王妃様が……」
王太子のご生母殿下は、産後の肥立ちが悪く出産の暫くのち亡くなっている。
宮殿の階段で見かけるという噂だ。
「夜中は階段を上り下りしないと」
「……普通に部屋から出してもらえないわ」
真面目な顔で頷く皆に、彼女は思わず訂正してしまう。
「他には?」
「あー 五番目の王妃様がギャラリーを悲鳴を上げ乍ら駆け抜ける……らしいです」
「「「……」」」
『叫び声だけなら実害ねぇな』
「安眠妨害ね」
五番目の王妃様は、公爵の孫姫で女王陛下の母とは従姉妹同士であった
という。前の王妃の侍女をしている時に見初められたらしい。そして……
王に見初められる以前に親しかった男性との関係を咎められリンデ城塞に
収監され処刑されている。
「夜に廊下を歩くのは禁止と」
「「「「禁止」」」」
「だから、勝手に出歩けるわけがないでしょう」
新王宮の幾つかの場所は『幽霊の廊下』と言われている。中には、父王の幽霊
を見た者もいるとか。散々好き勝手振舞った後、死の床ではだれにも看取られず、
狂い死にした後もしばらく放置されていた男である。
「日頃の行いって大事ね。それと、あまり見苦しい死に方はしたくないわね」
華やかな王宮を目にしながら、その内幕は決して華やかではないと知る彼女は
そんなことを思うのである。
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