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第638話 彼女は『シャルト城館』にて王弟殿下を迎える

第638話 彼女は『シャルト城館』にて王弟殿下を迎える


 翌日は、王弟殿下を迎えるために……大使とその関係者の皆さんが頑張っているようである。リリアルは「たまたま同宿」と言う関係であり、特に何かするつもりは全くない。


「王弟軍団も、馬上槍試合参加すると思う?」

「さあ。でも、いいところ見せようと思うのが心理ではないかしら」


 王弟殿下は……文武特に傑出しているところはない男である。王配に出しても良いと思われる程度に凡庸である。あとマザコン。


「ルイダンとエンリ卿は出るかもしれないわね」


 近衛騎士で王弟殿下付きの者たちは、基本、王弟殿下の取り巻き連中であり、騎士としては最弱の部類である。いい年したルイダンですら、騎士学校を出た正規の騎士ではなく、生まれながらに「騎士」を名乗れる貴族の子弟たちだからだ。つまり、へなちょこ中のへなちょこ。まともな騎士は、国王陛下や王妃殿下、王太子の側近として出仕している。


 身分はあるが苦労したくない者の寄せ集めが……王弟付きであると言えるだろう。


「鎧は良い物揃えてそうだから、見栄えは良いんじゃない?」

「まあ、騎士学校出身が二人いれば、目も当てられないほどの負けはないでしょう」


 長柄を用いた個人戦闘の教科もそれなりに充実している。馬上でも徒歩でも剣にしてもそれなりに扱えるようになっている……はず……多分。


「お爺様も臨時教官として参加されているのだから、大丈夫でしょ?」

「……とても心配だわ……」


 まさかとは思うが、リンデに来ることはないだろうなと彼女は一瞬不安になる。ルーン商会員のリンデ駐在組を依頼していたことが気になる。ついてきたりするのではないかと言う一抹の不安である。





 姉は朝早くから、馬上槍試合用の防具や馬具、武具を集めるためにサンセット氏とリンデの市内へ向かっていた。リンデ市内で見つからないようであれば、周辺の都市にも足を延ばす必要があるのだろう。


 姉自身は、東方公ジロラモと顔合わせしたものの、女王陛下の宮廷に呼ばれることはない。王弟殿下と彼女たちは「親善大使一行」としてとどまることになるだろうから、その間に手配が付けば問題ない。


「こんなことなら、ネデルで回収した甲冑も直しておけばよかったわ」

「あれは、中等孤児院の衛兵科に寄付したでしょう? そもそも成人男子の身に纏う甲冑では、私たちに合わないわよ」


 メイルなら詰めることも容易だが、プレート=板金鎧はそうはいかない。脛当や前腕甲なども、かなりサイズが異なる。胸鎧は何とか今ある装備で対応できるし、兜も面頬を合わせればなんとかなるだろうが、他はかなり厳しいと考えている。

 

 姉曰く「従騎士用とか見習騎士用のが放出されていればそれがいいよね」

と言っていた。貴族の子弟が少年時代に使用していた板金鎧なら、それなりに高品質で痛みも少ないものが手に入るだろうということだ。実用品よりも飾りとして作られたものである可能性もあるが、それはそれでもよい。





 昼過ぎに城館の正面に数台の馬車が現れ、俄かに騒がしくなる。使用人(大使が手配したリンデの雇用人)が忙し気に歩き回っているのだが、直接王弟殿下の随行員とやりとりする上級の使用人は大使共々馬車の出迎えに向かったようである。


「さて、これから少々落ち着かなくなるわね」

「流石に、ルイダンもエンリ卿もいるんだから、王都の頃のように無茶振りはないでしょうね」

「「そうだといい(けど)(のですが)……」」


 ルイダンとエンリは騎士学校の同窓である薬師娘二人は、少々そうではないと感じているようである。


 暫くすると、執事長が彼女たちを呼びに来た。


「王弟殿下が面談をご希望です。お飲みものを用意いたします」

「そう、ありがとう。では、向かいますね」


 執事長は案内の執事を残し、次の場所へと向かうようだ。恐らくは厨房。王国風の料理の仕上がり具合を確認したいのだろう。昨日の晩餐の料理内容について王弟殿下は「そろそろミント味以外のソースを味わいたい」との感想で、その辺りを踏まえてメニューの再確認と言う事らしい。


「ミントは体に良いのよ」

「知ってる。でも、なんでもそれってどうかとも思うわ。スースーするし」

「そうですよぉー」


 ミントには鎮静作用と殺菌効果があるので、あまり火を使わないリンデの料理には不可欠なのかもしれない。王国が時間をかけて煮込む料理が多いが、リンデ料理はさっと火を通したものも少なくない。ミント必須である。




「リリアル副伯、副大使の御役目ご苦労だったな。ここも中々良い城館だ」

「……恐れ入ります殿下」


 ミントティーを下げさせつつ、王弟殿下は挨拶に来た彼女と伯姪に席を勧める。


「姉君はお出かけとか」

「昨日の馬上槍試合の準備をお願いしています」

「そうか。確かに、我々は話を聞いていたが、別行動であったから伝わっていなかったのだな。正直すまない」


 軽く頭を下げられたものの、別行動を選んだのは彼女の判断でもある。


「いえ。ですが……」

「集団戦は我々親善大使組と、親善副使組で二組出ることになっている。馬上槍試合は、最低一人ということだ。リリアルでは誰を出す事になるのか、明後日の女王陛下の謁見までに決めてもらいたい」

「明後日……ですか。承知しました」


 この先のスケジュールに関して、王弟殿下に替わりエンリが説明を始める。既に、大使には書面で伝えてあり、その予定で色々な準備を進めることになるのだという。


 一先ず、女王陛下が滞在している『新王宮』へ向かう事になる。ここで数日にわたる歓待を受け、女王陛下及び宮廷の重鎮たちや、様々な国の大使たちと交流することになる。


 天候が良く女王陛下の体調が整うようであれば、『遠乗り』に供奉することになるという。二人の王弟とお気に入りの若い廷臣たちを連れて行くのだが、彼女らも同行することになるだろうという。


「昨夜も聞かれたのだが、女王陛下は副伯の事も強い関心を持たれている。相応にお相手することになるだろう。それが、希望だ」

「……承知しました……」


 まさか女王陛下と「パジャマパーティー」とはならないだろうが、女性同士ということもあり、その辺り王弟たちとは異なる接待をする事になるのだろう。


『めんどくせぇな』


『魔剣』の呟きに内心同意しつつも、これもお仕事と自分を納得させる彼女なのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 晩餐会が開かれ、久しぶりの王国料理に王弟殿下の気分はかなり良くなった。姉が差し入れたワインの味も好みであったようで「ボルドゥよりシャンパーあるいはブルグントのワインがこの料理には合う」と喜んでいた。確かに、ボルドゥワインと王都の料理はあまり相性が良くないとは思う。


 親善大使として、二月近くかけてリンデに到着したわけだが、その間にあった様々な歓待の様子を王弟殿下は彼女たちに語って聞かせた。実際、王配にならなくとも、旧ランドル伯領周辺の『公爵領』を賜ることになる王弟殿下に対して、海峡を挟んだ両岸の貴族・商人はその人となりを知り、歓心を買いたいと考えるのは当然である。


 決して、王弟殿下自身の魅力によるものではないという事を、側近連中は良く理解しておいてもらいたい。本人は……まあいいだろう。


「副伯はどうであった?」

「原神子信徒は様々な理由を付けて、御神子教徒の庶民を虐待しているようですね。幾度か、襲撃されています」

「……は……そ、そうか。なかなか難しいようだなこの国は」


 王国の治安が回復しているのは、王宮と騎士団が治安維持・戦力強化に向けて様々な施策を行っている事と並行し、リリアルの存在が裏にはある。後ろ暗い人間が活動することが難しい空気が作り上げられていると言っても良い。王都近郊は特にその傾向が強い。また、南都周辺は、王太子殿下の親政の影響がでている。不穏な場所はかなり限られている。


 連合王国はリンデ周辺以外において……女王陛下のご威光は限られたものに過ぎないと評価されているのだろう。実際、治安は宜しくないのだから当然だ。


「それで、昨日は東方公と話していたようだが、副伯から見て彼の御仁はどのような人物だと思われたか」

「……あいさつ程度ですので……なんとも」


 王配レースには、王弟殿下の他にも、東方や北方の君主・王族が名乗りを挙げている。とはいえ、年齢的にも地理的にも有利なのは、王弟殿下なのだが、ジロラモが事前に知らされていた以上に美丈夫であったこともあり、「俺負けた」とでも感じているのかもしれない。


「ニースのご令嬢でも構わない。どのような人物と感じただけでも良い」

「ならば印象だけでもよろしいでしょうか」


 彼女の前に伯姪が話をしてくれるようだ。


「ニースの騎士と似た感触を持ちました」

「それはどういう意味なのだろうか?」


 ニースの騎士は、弱きを助け悪しきをくじくといった「理想の騎士」らしくあろうとするのだという。その背景には、ジジマッチョの背中が語って来たニースの騎士の在り方があるのだろうが。


「騎士物語の騎士か」

「いえ、異教徒や海賊から民を護る騎士です。聖征の騎士のイメージを考えていただけば大きくははずれませんわ」


 王弟殿下は「ふむ」と頷き、暫く何事か考えている。王太子と比べれば思考速度こそ劣るものの、学習・分析に時間がかかるだけで愚か者ではないという事を彼女は暫くの間の付き合いで理解している。打てば響く鐘の如き王太子と比較すれば、凡庸に見えてしまうのが残念ではある。


「騎士の理想を追う人物か」


 王位継承権を持たない高貴な身分の才能ある貴公子。子供のころは聖職者にして枢機卿・教皇に育て上げるという事も考えていたようだが、本人の気質がそれを許さなかったとも噂される。


「で、副伯はかなり会話していたようだが」

「感じた魔力量は王太子殿下に匹敵し、また、頭脳も明晰・優秀な魔騎士であると考えます。ですが……」

「策略の類は苦手か。私と同類だな。ははは」


 王太子と王弟殿下の違いは、実際、頂点の為政者として求められるものを準備しているかどうかにあるだろう。為政者と言うものは、下のものから見透かされてはならない。利用しても利用されてはならない存在だ。


 祖母や姉はそれを体現しているが、彼女は王弟殿下やジロラモと同じ側の存在だと自覚している。優秀であっても、それだけに過ぎないのだと。


「ですが、王配としては目が無いと思われます」

「……それは、副伯の印象か?」

「いえ。神国が要求していることを女王陛下は認めることができないからです」


 以前、神国国王は、連合王国の女王陛下と婚姻することを提案したことが有る。姉王とは王太子時代に婚姻し、王配ではなく『国王』としての地位を持っていたこともあるのだ。姉王の死後その関係は消失し、また、再婚もしているのだが、その前には女王陛下との婚姻の話もあった。


「女王陛下を御神子教徒に宗旨替えすることが婚姻の条件と聞いております」

「……それはそうか」

「先代の女王陛下の御世において、原神子信徒は相応に弾圧され、ネデルや王国に逃げたものが多数おります。父王時代の宮廷の重鎮やその後継者と目された郷紳たちは国を追われるか命の危険にさらされています。その彼らが、神国の後ろ盾を得るために女王陛下が宗旨替えすることを」

「認めるはずはない、だな」

「はい」


 宮廷における女王陛下の支持層はリンデの原神子信徒である郷紳・貴族であり、実際、側近はその者たちで固めている。神国に国を身売りするくらいでなければ、女王陛下が神国の王族と婚姻を結ぶとは思えない。そこまで追い詰められないように、王弟殿下を当て馬として招聘したのだと彼女は考えている。


「リンデの貴族たちや、女王陛下の側近と面識を得るのは悪いことではないでしょう。殿下が、領地を賜るのなら、ある程度彼らと知己がある方が、何かと立場を得やすくなります」

「だが、原神子信徒になるのはまずい……か。ならば、王配の目はないな」


 王配になるなら宗旨を合わせる必要がある。王弟殿下が女王陛下の王配となるのであれば原神子信徒としてなのだ。


 神国は原神子信徒を排斥し異端扱いしているが、王国は原神子信徒を許容している穏健派の御神子教徒の国である。それぞれを尊重するのであれば、ともに王国の民として認め、王の臣下と認めるということだ。


「王配となるか、公爵領を賜るかは殿下のお気持ち一つかと思います」

「……そうか。そうだな……」


 神国からの圧力を躱す為、連合王国の女王とその宮廷は王弟殿下の存在を出来る限り利用しようとするだろう。リンデ商人にしてみれば、ネデルで神国軍が行っている行為は対岸の火事とは言えない。ネデルの制圧が終われば、神国軍は同じ原神子信徒の国である連合王国に矛先を向けることは十分に考えられる。


 王弟殿下の気持ちとはいうものの、実際はかなり低い確率であり、王太后と袂を分かつことになる宗旨替えは、精神的にかなり厳しい選択だろうと彼女は考えている。


 王配になるという気を見せつつ、顔を繋ぎ、新公爵領の利を得られる関係を模索するのが上策ではないだろうか。ネデルからリンデに逃げた商人・貴族は少なくないが、受け入れは不十分だとも聞く。ならば、新公爵領に誘致するということも可能ではないだろうか。


 リンデで行うべきは王配になる為の活動ではなく、王国に優位の人材をつれ出す為の人間関係作りが良いだろうと王弟は考えなくてはならない。相手の思惑に乗るのではなく、それを利用し利を得るということだろう。


 王弟殿下はその後「また明日」とばかりに晩餐を終了させ、彼女と伯姪は自室に戻るのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 晩餐の後、彼女と伯姪は執務室にエンリを呼び出していた。


「こんな夜更けに呼び出されるとは、期待してもよろしいでしょうか?」

「ええ。これから大切なことを言うので、期待してちょうだい」


 エンリも随分と打ち解けたものである。冗談はさておき、彼女は昨晩遭遇したノインテーターについてエンリにだけ話す事にした。


「ネデルから来たのでしょうか」

「恐らく。どうやら、背後にネデル総督府の関係者が働いているようです」

「……では……王弟殿下を狙ってくるとお考えでしょうか。それと、この話を私にするという事はどういう意図をお持ちなのでしょうか」


 彼女はノインテーターの標的はリリアルだと考えている。とはいえ、王弟殿下一行が巻き込まれる可能性が二割くらいあると判断している。その上で、ノインテータ―について認知しているオラン公弟であるエンリにだけ伝え、事態が発生した場合、対応に協力させるつもりなのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 連日のミント攻勢でウンザリしてる所にダメ押しのミントティー。 彼らのお腹は大丈夫だっただろうか。 ミントは身体を冷ます作用が有るから、取りすぎるとお腹を下すんですよね…。
[一言] >策略の類は苦手か。私と同類だな。ははは 「も」の間違いでは? むしろ苦手で無いジャンルは何さ
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