第630話 彼女は旧修道騎士団リンデ支部へ足を運ぶ
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第630話 彼女は旧修道騎士団リンデ支部へ足を運ぶ
王国の駐連合王国大使から、彼女に連絡が入る。リンデにも駐在事務所が存在しており、大使は通常、ここか大使公館であるリンデ郊外の城館に滞在している。あるいは、今回の場合、事前に女王陛下の側近との打ち合わせがあるため、女王陛下の宮廷に滞在していることもある。
「やっと来るんだね」
既に連合王国入りして一月以上経つ彼女達一行。その間に、姉と共に拠点を確保したり情報収集を進めている。
その中には、リンデにある現在は王室の管理財産となっている聖母騎士団の拠点であった、旧修道騎士団蛮王国支部の存在もある。
この場所は『新聖母地区』と呼ばれる一画であり、サンライズ商会の拠点のある通りの少し西にある一画である。聖王都にあった修道騎士団本部の円形の建物を模して造られた建物が今でも残されている。
当時、聖征に熱心であった英雄王とその旗下の貴族達は、蛮王国内に数々の領地を修道騎士団に寄進し、連合王国においても修道騎士団は大きな勢力を有していた。
また、内海地域との貿易において、修道騎士団支部は以前の商業同盟ギルドのリンデ支部の役割を担っていたし、『大島』から王国内を縦断し内海へと至る『街道』も支配下に置いていた。
蛮王国と修道騎士団は対王国において共闘関係にあったと言えるだろう。その名残が、未だに『ヌーベ公領』として残っており、また、南都に王太子が滞在し王国南部の貴族を統制するための施策を施している事にもつながる。
ロマンデとルーン、レンヌとソレハなども、その強い影響下にあり、百年戦争においてもその影響を少なからず受けていると言える。
「王都の王太子宮みたいに御呼ばれすればいいのにね」
「そんなわけいかないでしょう」
修道騎士団の新拠点となるはずであった、王都支部。今は王太子宮として一画が使用されており、その大半は修道騎士団の関連施設と言う事もあり封印されていた。しかし、事件が起こり調査した結果、王都内でアンデッドによる暴動を起こそうとする動きがみられ、その排除を彼女たちが行ったという経緯がある。
反面、リンデでは未だに修道騎士団の残党が対王国の工作機関として稼働している可能性がある。それは、巧妙に隠蔽されているであろうし、『自由石工』の一団との関わりも調べたいのだが、恐らくは簡単に情報に辿り着けることはないだろう。
「反連合王国の勢力から情報を得たいわね」
「いるにはいるけど、パートナーにはならないんじゃない?」
「そうかもしれないわね」
姉の指摘ももっともである。北王国の女王陛下は神国と国内の御神子勢力の傀儡に過ぎないし、その息子は赤ん坊の国王だ。神国に協力する為、過激な反連合王国・原神子排除勢力であり、その端的な例が姉王時代の反動政治だと言えるだろう。
つまり、協力者としては浅慮であり、関われば巻き込まれかねない。
「穏便な反女王派・連合王国派はいないものかな」
「……例えば……旧湖西王国の活動家でしょうか」
「その系統の商人や元貴族の家系などいればなおよろしいかもしれません」
王家は滅ぼされ、既に領地も連合王国の貴族のものとなっているとはいえ、言葉や風俗は別のものとして残されているのは確かであるし、未だに完全に一体化したとはいえない。
「教会か修道院でもあればねぇ」
この島においても、修道院と言うのは『古帝国』の文物を伝える組織であったといえる。国家としての古帝国は千年も前に崩壊してしまったが、教皇庁とその旗下の修道士たちは、建築物や社会的インフラを修道院に残すことにした。
連合王国の成立以前、様々な蛮族が海を渡りこの島に訪れ王国を建国する以前から、古帝国の軍団が駐屯地を引き払って後、教皇庁は多くの修道士や司祭をこの島へと布教のために送り込んだ。
古帝国の軍団兵の代わりに修道士がやってきたのである。都市と駐屯地の代わりに修道院を建設し、野外劇場と悲劇を上演する代わりに聖典を写本し読み聞かせたのだ。
それを父王が断絶したことで、不安定な時代を迎えている。教会と修道院を拠り所とする社会を破壊し、王家を中心とする社会に再編成するという過程にある故に完成すれば強固な国になり得るかもしれない。
しかしながら、今は「救い」の無い国でしかない。
「不満を持つ御神子教徒の有力者から味方を増やして、修道騎士団の残党の動き、反王国の活動の情報を得るしかないのかしら」
反原神子=親王国ではない。その場合、原理主義的神国寄りになるので恐らく、協力者を見つけることはかなり難しい。
「まあほら、神国がネデルでやらかしていることに危機感を持っている御神子教徒の有力者ってのもいるよ多分ね」
王国は神国ほど過激でも原理主義的でもないという事で、一定の支持を得られる存在である。神国のやりすぎ感は教皇庁でも高まりつつある。とはいえ、教皇が変われば主張も変わるので、何とも言えないが。
今の教皇猊下は、神国よりであり原神子派特に、厳信徒や連合王国に大しては強硬論を持っている。国内における教会の最上位を国王としている時点で、『異端』と見做されておかしくはないし、異端であれば聖征の対象とされかねない。
女王陛下の立ち回りと言うのは、その時間稼ぎが目的であろうことは明白だ。
王弟殿下は教皇庁と神国に対するアリバイ作りの当て馬に過ぎない。
「今のあの教会って、どうなってるんだっけ?」
「牧師様がおられますよ」
お茶を入れに来たサンセット夫人が会話に入って来る。
御神子では司祭であるが原神子では「牧師」となる。現在の牧師は『アルベイ牧師』であり、グランタブ大学で神学を学んだ生粋の原神子信徒であるという。姉王時代は国外に脱出し、帝国のアム・メインに滞在していた。女王陛下の戴冠後、修道教会の牧師となり数年が立つ。
「今では、法学校として使われておりますよ」
「そういうことなのですね」
元は大学で学んだ牧師を据えた学究的な場所として利用されているのだろう。とはいえ、一商人や、王国の貴族が立ち入れる場所ではない。見学程度では中に入り込めるとも思えない。
「場所ではなく人の問題じゃないかしら」
「そうね。とはいえ、雲を掴むような問題だわ」
修道教会を捜索しても恐らく何も出てくることはないだろう。王国内ならば、仕掛けがある可能性はあるだろうが、ここは敵地であり、情報は人の中に隠されていると考えるべきだ。
「女王陛下の周辺に、何か隠されていると良いのだけれど」
「マウント取りに来る奴がいれば、チャンスだね。何か知っているか、企んでいるから様子を見に話しかけてくるんだからさ」
姉、自己紹介乙である。
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翌日、先触れを出したのち、「サンライズ商会一行」として、修道教会へ足を運ぶことにする。ご近所さんであり、新たに商会頭となったこともあり、軽くご挨拶である。
元修道騎士団リンデ支部は、特徴的な外観をした教会を有している。聖王都にあった修道騎士団本部の有した礼拝堂を模した円筒形の施設なのだ。
彼女達は事前に訪問を伝えてたため、礼拝堂でしばらくお祈りを捧げたのち、牧師館に案内される。教会にある聖職者の為の居住施設であり、来客の際に利用される応接室も存在する。
案内してくれたのは『執事』氏であるが、これは、聖王会における「助祭」の役割りを有する職制で、他の原神子派教会であれば「副牧師」等と呼ばれる存在だ。
「こちらで牧師様がおまちでございます」
彼女ら一行は、牧師に挨拶するために、応接室へと通される。
「始めましてですな」
「はい。この度は……」
姉が新しく商会頭となり「サンセット商会」は「サンライズ商会」へと変わったこと、そのご挨拶に伺ったことを伝える。
「皆様は聖王会の信徒でしょうか」
「いえ。ですが、この国では教会と言えば聖王会のもの以外ないと存じます。信仰の形は違えども、同じ神様に祈る場所と心得ておりますが。お困りになりますでしょうか」
姉はそこはかとなく、信仰について問いただす。教皇庁と直接つながりをもつ聖エゼル海軍の提督夫人なわけだから、当然、姉は御神子教徒であるし、そうでなければ三男坊と結婚することができない。宗派違いでは教会で式を挙げることができないのだから、正式な婚姻にならないからだ。
正式な婚姻でないと何が問題なのか……子供が「庶子」となり、本来得られる嫡子としての権利が全て得られない。例えば……男児なら成人時点で騎士となる扱いを受けるなどであろうか。相続も除外される。
牧師は自らを『アルベイ』であると紹介し、「何も問題ありません」と答えた。
「確かに、我が国の聖王会においては、御神子教の祭祀の在り方は教皇庁の定めたものとは異なります。しかしながら、これは原神子派であるからではないのですよ」
教皇庁の定めた今日の式祭典が行われる以前から、この島には様々な布教のための修道士・司祭が渡海してきた。その中で、土着の祭礼などを御神子教の祭典に取り込みつつ独自の方法を続けてきていた。
そういう意味では、教皇庁の祭祀の在り方とは異なるのだが、それは異端だからではなく、伝わってきた時代が違うからということになる。
「それに、聖母様や守護聖人も否定しておりませんし、聖王会にはこれまで通り『教区』が存在します。ですので、ネデルや帝国のように、教区の無い原神子派の集まりが存在するわけでもありません。牧師はその地区を統括する『主教』、皆様の国では『司教』に当たる方に指名されるので、それは変わらないのです」
急激に仕組みを変えれば、人々を纏める教会という組織も崩れてしまう。どうやら、聖王会は原神子派の考えを取り入れながら教会を変えていこうとする連合王国の中での試みであると考えられる。
「まあ、この国においては教皇庁よりもカンタァブル大司教猊下が聖職者の最上位ですし、国王……女王陛下が権威の最上位となるのは教皇庁から見れば『異端』にみえるのかもしれません。ですが……」
教皇庁は『帝国』『王国』『神国』の影響下にある枢機卿から選ばれる経緯がある。そこには、最初から連合王国は含まれておらず、帝国や王国の利益を代弁する存在として教皇庁があると見える。
元々、『カルマン大王』が新たな皇帝として『教皇庁』から認められ、今日の『王国』『帝国』にまたがる地域が御神子教の影響下に収まった。それ以来、『帝国』は皇帝を頂くのだが、その叙任は法国の教皇庁にいる教皇が認めることによって成立するのだ。
『アルマンの王にして帝国皇帝』とならなければ、『帝国』の真の皇帝となることはできない。また、帝国皇帝の後ろ盾無くして、教皇庁は権威を十全に振るう事も難しい。主導権争いは現状、皇帝側に傾いており、その傾向は加速している。
王国の先代国王は若い頃、自身も皇帝になる権利があるとして選挙に名乗りを上げたが、少々無理筋であったのと、帝国の商人から多額の融資を取り付けたアルマン王に敗れた結果、なり損ねた経緯がある。また、それを切っ掛けに、『法国戦争』で半世紀にわたり王国は帝国と戦争をした。
その間、連合王国は蚊帳の外であり、隙を突いて『修道院廃止』『聖王会設立』を行ったのだが、元々教皇庁の影響力は低かったという事もある。
王国内においても、教皇庁の権威は低下しており、王国内の司教・大司教は国王の推薦が必要となっているので、既に教皇庁はお飾り的な存在になりつつはある。
「では、牧師様のおっしゃることは、聖王会は異端ではない……ということでしょうか?」
「異端ではありません。そもそも、聖典には聖職者が結婚してはいけないなどと書かれていませんし、離婚してはいけないとも示されておりません。それは、千年ほど前に教皇庁を始めとする当時の聖職者の中の識者が、教会による統治を行いやすくするために定めた決まりごとにすぎません」
聖王会の教会には『懺悔』の仕組みが無い。『煉獄』といった後付けで作られた教皇庁にとって都合の良い存在も認めない。聖典は母国語の物を用い、古代語での聖典・祭祀を行う事を認めない。
「みな、教皇庁の都合にすぎません。聖職者は、聖典をきちんと読み解きその内容に沿って説法ができる修学の徒でなければ認められませんから、貴族の子弟が肩書だけを名乗る聖職者より余程、信徒の役に立つ存在になります」
古代語の読めない、祭祀を司れない司祭というものは王国でも以前は存在していた。貴族の力が強く、各領地の領主の子弟が司祭・司教として教会も支配していた時代があったからだ。王領地が増えた今日では、それもほとんど見られないが、古代語での祭祀は未だに行われている。
王国語の読み書きさえ覚束ない大半の平民は、当然古代語などわからないため、何を唱えているか見当もつかない。王国語の聖典くらいはあって、それをある程度読めるような環境はあってもよいと彼女は考えている。
とはいえ、遠い道のりの先の話だ。聖典が読めても腹は膨れない。
牧師の話を聞きつつ、彼女は『教区』に関してはさほど変化が無いのだろうと理解した。とはいえ、疑問に感じている事はある。
「牧師様、恐れ入りますが、少し教えていただけますでしょうか」
「……おお、何なりと仰ってください」
彼女はリンデの『シャルト修道院』についての話を引き合い位に出しつつ、修道院が担っていた弱者救済や地域の経済を支えていた『領主』としての側面を教区教会が全て肩代わりできているわけではないだろうと考えていたことを伝える。
アルベイ師は「そうですな」と肯定しつつ、師の知る範囲において、連合王国の現在の宮廷が進めている施策について話してくれた。
「病人・貧民・孤児の救済について女王陛下は『貧者救済法』を定められております」
父王の教会を隣地に持つ王宮の一つを『懲治院』として転用することがなされており、「孤児」を収容、「街娼」の鑑別所として運用されている。また、作業所・病院が設置されている。
女王はこの『懲治院』を各地に設置することを願っているが、『教区・都市単位での救貧』を「救貧税」として徴収すること、救貧官を設置するなどに対し抵抗がある。納税者には都市の参事会の選挙人資格を与えるなど、受け入れの工夫を為しているものの、未だ途上であると言える。
救貧官は各州の「治安判事」の元に数名が配され、名誉ある職務であるとされる。徴税官と『懲治院』の監督、孤児の就労の支援を担う。
とはいえ、まだまだ不十分な状態にあるようだと彼女は感じていた。
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