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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
第三幕 首都リンデ

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第629話 彼女は不審な『炎』について知る

第629話 彼女は不審な『炎』について知る


 『シャルト城館』の噂を集めたリリアル生たち。姉は怖いので、最初から聞く気が無かったのだが、手放す理由をはっきりさせておきたかったという事がある。巻き込まれる事は確定なのだから。


「門衛や使用人の方達の中には、実際墓地に灯る怪しい炎を見た人が幾人かいるそうです。本人に確認できたわけではありませんが」


 湿地において人を埋めた場合、腐敗が進み可燃性のガスが発生するということが観測されている。その手の化学現象であればいいのだが。墓地は、棺桶が腐朽した場合、その空間分陥没するので立ち入るのは危険なのだ。


 特に、枯黒病でリンデ市民が半減したとされる時代においては、どのような埋葬状態であったか想定できない。知りえた修道士たちは既にこの世にいないので、調べようもない。死霊の類も、男爵の城館になる際に処分されているだろう。


「ただの化学現象だよ」

「ならいいのだけれど、放置は出来ないわ」


 彼女は、姉と作った土塁の中に、魔物除けの魔水晶を埋め込んだため、敷地の中の魔物の類が外に出られなくなった結果、良からぬことが起こる可能性があることを伝える。


「じゃあ、壊して……」

「同じ事よ。問題としては、怪しい火の原因究明の方が良い結果に繋がるのではないかしら」

「そうね。この場所を本格的に活用するなら、おかしな噂の原因を特定しておくことも必要じゃない?」


 伯姪が同意し、薬師娘も意見を揃える。


「そうですね」

「遠征じゃないので、賛成です」


 リリアル組は全員賛成となる。


「お姉ちゃんは、参加しませーん」

『ビビッてんじゃねぇよ』


『魔剣』の呟きに彼女も内心同意する。姉は魔物やアンデッドは恐れていないが、所謂『幽霊』の類、実体のないものが怖いのだ……昔から。


 何しろ、祖母の家に泊まらない理由は「一人で夜中にトイレに行かないといけないから」というものが、実はその核心部分であったりする。


 子供のころから、怖がりは変わらない。





『大島』北部や『貴石島』においてはジャック・(Jack-)オー・(o'-)ランタン(Lantern)、南部においてはウィル(will-)(o'-)ウィスプ(the-wisp)あるいは『愚者火』と呼ばれる現象。古戦場や墓地、あるいは沼や湿原などに現れるとされる不可思議な炎を示している。


 古戦場=平原であるなかで、そこに湿地や沼が周辺にある場合もある。追撃されて沼や湿地にはまり込んで溺死するという最後も敗残兵にはあったかもしれない。


 ジャック・オー・ランタンは『泥炭地』で現れることから、泥炭が自然発火もしくは、そこで発生した可燃性の気体の発火現象ではないかとも思われる。昼間は明るく見えないのだが暗く成れば見え始めてしまう弱い炎だ。


「可燃性の気体が発生している墓地……有害なものかもしれないわね」

「石灰でも漉き込まなければならないのでしょうか?」


 腐敗した死体から生まれる可燃性の気体……硫黄分だろうか。とはいえ、墓地として利用されてから百年以上経つであろうこの元修道院の死体から有害なものが沢山発生しているとも思えない。既に死体は棺桶ごと分解され、土に戻っているだろう。


 姉と碧目金髪(怖がり仲間)を残し、彼女と伯姪、茶目栗毛と灰目藍髪、そして通訳代わりの赤目のルミリの五人で、元修道院にある枯黒病死者の墓地へと赴く。時間は未だ宵の口であるが、月もなくすっかり日が暮れて暗闇の中である。


「あなたの『雷魔術』って便利よね」

「小火球よりも魔力の消費量が少ないのよね」


『雷』魔術による『小雷球』は、小火球よりも少ない魔力で広範囲を明るく照らしてくれる優れモノだが、そもそも、『雷』の精霊の加護をもつ彼女ゆえに使いこなせる魔術であり、普通は魔力消費量と術の難易度的に小火球を選ぶことになる。むしろ、加護無しでは発動できない。


 パチパチと音をさせながら、四個の『小雷球』が彼女の胸ほどの高さを五人を囲むように進んでいく。


「気体の燃焼でなければ何でしょうか」

「や、やっぱり幽霊ですわぁ……」


『幽霊』が存在することは問題ない。死にたてならゴーストと呼ばれる、生前の記憶を残す存在。会話もできるし人格もしっかりしていて、人の姿をしている。これが、死後何年も経っていると、記憶が希薄化し感情や情念だけが残り、強い害意が集まると、『スペクター』『ファントム』といった朧げな存在となる。


 複数の人格が希薄化した情念が集まった存在の場合、『レイス』等と呼ばれる強力な『死霊』となり、人を襲い害することもある。


 虐殺や戦場で無残な敗北・処刑を行われた場所などでは、そうした強力な『死霊』が生まれる場合がある。しかしながら、ここは無念の死かもしれないが、看取られて人としての尊厳を守られて死んだ場所であり、そのような強い感情が死霊となるのであれば、『リンデ城塞』の牢獄などの方が余程生まれる可能性が高いだろう。


「幽霊であったとしても、人に害を与える存在でなければいいのよ。最初に、はっきりさせておきましょう」


 彼女は、後々、姉が大騒ぎして巻き込まれるのが嫌なのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「あっ」

「「「……」」」

「も、燃えてますわぁ……」


 城館からは屋敷林を挟んで見えにくかったものの、庭園の際まで行けば林の向こうにある共同墓地には朧げな炎が見て取れる。


「……何となく骸骨っぽいわね」

「スケルトンじゃなくって、炎を纏った骸骨の幽霊?」

「……いえ、あれは、やせ細った男性ではないでしょうか」


 茶目栗毛の言葉に納得する。骸骨と見間違えるほどにやせ細った男性の幽霊と言う事になるだろうか。


 とはいえ、一体の他、白い骸骨のような姿で、その中に青白い炎のような明かりを灯した存在もいる。これが、ジャック・(Jack-)オー・(o'-)ランタン(Lantern)、あるいはウィル(will-)(o'-)ウィスプ(the-wisp)なのだろう。


「蕪のようにも見えますね」

「そうね。人の頭に似せた彫り物を蕪に施して飾る習慣があるのだけれど、これを模しているのかもしれないわね。魔除けの類としてね」


 白い蕪の中をくりぬき、骸骨に似せた飾りを作り冬の初めに飾る習慣がある地域が存在する。


「何か……言葉を発しているわね」

「「ひっ」」


 ルミリと伯姪は少々涙目である。伯姪も……弱いらしい。


「……何と言っているのかしら」


 彼女の知る言葉ではない。


『先住民の言葉……カムリ語か』


 カムリ語とは、湖西国に住む先住民の言葉であった。百年戦争の始まる少し前、湖西王国は蛮王国と戦い征服された。今では連合王国の一部となっているが、その境界領には辺境伯相当に当たる有力伯が配置されており、湖西人の監視と統治を実力で行っている。


 その二百年前の戦争で捕らえられた捕囚がリンデの街に連れてこられ、労働力として利用されたことは知られている。


 百年戦争において、連合王国が王国に数々の勝利を収めていたものの、枯黒病の流行でその戦いが休止されるに至った。その際、リンデでは相当の死者が生じており、戦争継続も困難になるほど連合王国にはダメージが発生した。


 この地で収容された枯黒病の患者の中に、湖西王国からの虜囚であった者たちが多かったのではないだろうか。枯黒病の死亡率は、栄養状態が良ければ五分五分と言ったところだが、長く酷使されていた虜囚にとっては助かる見込みのない病であったのだろう。


「何と話しているか聞き取れるかしら」

『ちょっと待て。俺もそれほど詳しいわけじゃねぇ』


 蛮王国と対立することも少なくなかった王国では、「敵の敵は味方」とばかりに、湖西王国や北王国との交流がそれなりにある。宮廷魔導師であった生前の『魔剣』も相応に交流があったのだろう。『樫の賢者』と呼ばれた精霊魔術師が有名な地域である。


『Rwyf am fynd yn ôl i'r wlad』

『……国に……帰りたい……だとよ』


『Rwyf am weld fy nhref enedigol』

『あー 故郷が見たい……だな』

「……そう……そうよね……」


 武運拙く蛮王国に敗れ、虜囚としてリンデに連れ去られて幾星霜、いつか故郷へ帰ることを希望に生きながらえてきたのであろう。彼女がもし、その立場であったら、やはり王国に・王都に・リリアルに戻りたいと考えただろう。


「魂だけでも、帰してあげたいじゃない」


 伯姪が共感するが、そう簡単な事ではない。外交日程と言うものがある。


「そうですね。ですが……」

「旅程に湖西は含まれていない……ですがどうしますか先生」


 勝手に向かうわけにはいかないが、そこはサンセット氏なり、冒険者ギルドに依頼するなりすれば問題ない。あるいは、ノウ男爵の伝手も借りれないこともないだろう。


「なんとかなるわ」

『じゃあよぉ……話してみるわ』


『魔剣』はつたない『湖西語』で相手に話しかけている。


Ydych chi (国に)am ddychwelyd(帰るか) i'r wlad』

Dychwelyd (帰る!!)adref』

Dychwelyd (帰る!!)adref』

Dychwelyd (帰る!!)adref』

Dychwelyd (帰る!!)adref』

Dychwelyd (帰る!!)adref』


 三つほどであった『愚者火』が次々と増えていく、墓地一面が青白い炎で一杯になる。


『で、どうすんだよ』

「魔水晶に封入されてもらおうと思うの」


 何かに使えないかと考えていた細かな魔水晶。クズとか欠片にしか思えないが、一つ一つの朧げな魂を封ずるには十分な大きさである。


「ここへ」

Dychwelyd(これに) adref(入れ)

『『『『『Ddiolchgar(ありがたい)』』』』』


 彼女が広げた小指の爪ほどの屑魔水晶に、青白い炎が次々に吸い込まれ、ほのかに輝きを持ち始める。


『あー これはこれで役に立っちまうな』

「どういうこと?」


 簡単に言えば、『魔剣の素』になるのだという。


『こいつら、連合王国に勝ちたいと思う執念があるだろ? それが魔剣につながる根幹になるんだよ』


『魔剣』曰く、元が魔力持ちであった『霊』なら、恐らく魔剣の素になることが可能だという。とはいえ、二百年前の放置された希薄な霊なので、今の段階では『素の元』といったところだという。


「どうなると、魔剣に至るのかしら」

『生前の記憶がはっきりと思い出されて、相応の魔力が魔水晶に貯めこまれて、その上で地に戻るより魔剣として生きることを選ぶ奴がいれば……だな』


 かなり狭き門な気がする。魔水晶の数は凡そ三十個。強い魔力を感じるものは今の段階では皆無だ。


『お前らと同行している間に、色々思い出すんじゃねぇの』

「かもしれないわね」


 彼女は一先ず夜の探索を終えることにする。


 元『シャルト修道院』の墓地に眠る、湖西人戦士の霊が封印された事で、この地で『愚者火』騒ぎが起こることはもうないだろう。





 館に戻り、姉とサンセット夫人に事の次第を説明する。


「左様でございますか。湖西地方では時々反乱が未だに発生しますし、リンデとはかなり隔絶した場所でございます。交流のある商人も少ないので、こちらよりサウスポートの商人の方が交流がありますわね」


 サンセット夫人曰く、リンデと湖西地方は直接やりとりをする商人はほぼおらず、サウスポートやその他南西部の港湾都市の商人を仲介に貿易也取引を行っているのが湖西地方なのだという。


「お、お姉ちゃんもしばらくリンデから離れられなさそうだから、その魔水晶はちょっと持っていけないかな」


 姉曰く、元聖エゼル騎士の修道士がリンデに商会員として到着するので、彼らに行商がてら足を向けてもらえばよいのではないかと言う。いつもなら、率先してでしゃばるのだが……魔水晶(幽霊入り)は触れたくないようだ。


「早く帰せと騒ぐんじゃない?」

「その時はその時ヨ。二百年待ったのだから、あと一二年はどうということはないでしょう? その程度の分別は残っていると思うのよ」

『どうだろうな』


『魔剣』の物言いは不穏当だが、彼女は敢えて無視をする。


「それでね、姉さん」

「何かな妹ちゃん」


 彼女は、今ある霊魂入り魔水晶の中で、やがて『魔剣』の『核』となる存在が生まれる可能性について示唆する。


「……いらないよ。そういうの」


 姉は即座に拒否をする。


『あー こいつ、俺の声も聞こえないふりして無視したくらいだからな』


『魔剣』はその昔、最初に現れた彼女の姉に話しかけたことが有るのだという。しかし、ものの見事に無視された結果、更に何年かを書庫で孤独に過ごす事になったと。仮に、姉が『魔剣』と先に邂逅していたのであれば、リリアル副伯として忙しく過ごす事はなかったのではないかと彼女は思うのである。


読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔水晶の中の人達は、リリアル勢が連合王国の王族・貴族らに近づく事で、荒ぶる(覚醒する)人も出そうな気もしますね。
[一言] 悪魔を騙して地獄を出禁になってついでに系列店の天国も出禁になったジャックさんと同じ道辿りかねないよね、姉は
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