第624話 彼女は二人の勝負を見守る
第624話 彼女は二人の勝負を見守る
二戦目、三戦目と無難に勝ち残った茶目栗毛と灰目藍髪。茶目栗毛は剣でも短剣でも勝利し、灰目藍髪は、受けてからのカウンターを繰り返し勝利をものにした。
「あと一勝で大金貨……大金星だよ!!」
「……姉さん、隠せていないわよ」
金貨十枚で大金貨一枚相当なので間違いではない。
「そろそろ貴女は対策を練られているでしょうね」
「……はい。覚悟しています」
灰目藍髪は持久からのカウンター狙い。つまり、魔力に余裕がある間に力技で押し切るのが良い。剣技もそこそこ、魔力による身体強化はあっても瞬間の出力では男の魔剣士には勝てないと見切られている。
「勝算は?」
「勿論あるよ!!」
「……聞いているのは姉さんではないわ」
姉、金貨五十五枚を目の前にしてかなり舞い上がっているらしい。お前は冷静になれと言いたい。
「最後まで危なげなく勝利してちょうだい」
「全力を尽くします」
「そうだよ、金貨二十四枚君」
姉、完全に金貨で頭がいっぱいである。たぶんフリなのだが、楽しんでやがる。
第一枠の決勝戦、勝てば本戦出場が決定する。
「バグズ!! 殺すなよぉ!!」
「お前に全額賭けてんだから、負けたら殺すぞぉ!!!」
茶目栗毛の対戦相手は『バグズ』と言う名の騎士崩れ、あるいは傭兵騎士だろうか。使いこまれている板金鎧だが、商売道具だけあってしっかり手入れが為されている。
「あれ、部分的に魔銀合金製だね」
「有名な傭兵なのでしょうね。でも……蟲けらなんて趣味の良い名乗りじゃない」
姉も伯姪も、相手が相当の遣い手であると見込んだようだ。
『正統派の魔騎士……なわけねぇよな』
「それなら、最初から本選に出場しているでしょう。お抱えの騎士としてね」
自力で本選出場を狙う傭兵であれば、就職活動を兼ねているのだろうか。もしくは、敢えてこうした場を選んで腕を磨いているのかのどちらかだ。
「斧を使うのですか」
「リーチじゃ全然負けちゃうけど、大丈夫なのかな?」
薬師娘二人の驚嘆の声。茶目栗毛は、二戦目を短剣、三戦目を片手剣を用いて危なげなく勝ち残っている。相手が有利と感じる装備を敢えて選んでいるところが曲者と言えば曲者だ。
バグズ氏は恐らく茶目栗毛より20cmは背が高く、リーチも同様だろう。剣と斧のリーチ差に加え、自身のリーチも随分と負けている。相手が安全な距離からアウトレンジできるほどの差。50cmはあるのではないだろうか。
「斧を振るう前に、自分の体に切っ先が届くことになりそうね」
「いや、どうかしら。刺突でなく、振り下ろしであれば躱してカウンターという勝ち筋もあるんじゃないの?」
斧は重心が先端にある武器であり、剣は手元にある。操作しやすいのは剣が格段に上。盾を構えて牽制しながらという展開なら、押し込んで斧を上手く使ってダメージを与える戦い方もあるが、今回は、片手半剣と片手斧の戦いである。分が悪いのにあえて選ぶ理由を彼女は知りたかった。
「始め!!」
剣を突き出すように構えるバグズ。茶目栗毛は柄の三分の二ほど後方をもち斧を垂直に立てて構える。切っ先が出てくれば、体を躱して斧を∞の形でヘッドを振り、絡めて往なすことになるだろう。
牽制の刺突、斧を振り切っ先を絡め捕ろうとするが、牽制ゆえに戻りも早い。武器を変え、戦い方を見切りにくくした茶目栗毛だが、今の身体強化に魔力を回していない動きであれば、容易く躱されてしまう。
「まあまあね」
「結構強敵じゃないの!! ああ、金貨があぁぁ……」
「諦めも肝心よ姉さん」
彼女の中では二人のうちどちらかが勝てば、ノウ男爵とつなぎが取れると考えているので、二連敗しなければ十分だと言える。マッチョな男たちに混ざり、優男と長身の美女が決勝に残っているだけでも、決勝から観戦に来たであろう男爵にはアピールできている。
「バグズというのは、男爵の仕込でしょうか」
「そうとは限らないでしょうけれど、有名人なのかもしれないわね」
傭兵は余程の有名人でなければ、貶めるような綽名を持つ者も少なくない。『蟲』呼ばわりされるのは、余程やり方が汚いか、嫌悪を感じる行いがあるからではないだろうか。
『試合は正々堂々とやってもらいたいもんだな』
「それはどうかしら。掛け金にもよるでしょうね」
バグズの勝確を思って賭けたものがおおいようで、声援は今までとは比較にならないほど熱を帯びている。
牽制の剣戟から、だんだんと踏み込みの速度、深さが高まっていく。
「本気出してきたぁ!!」
「いっけえぇぇ!!!」
神国風の剣戟であろうか、円を描くように剣先が常に茶目栗毛へと振り下ろされ、斬り上げられる。リーチの長さ、そしてフットワークも鎧を着ているにもかかわらず軽快だ。
「こっちは、鎧下魔装で軽量化してるんだけど、負けてないわね」
鎖帷子の代わりに魔装布の鎧下を着用している分、身体強化に廻す魔力が抑えられている。
「身体強化のギアが上がったみたいね」
余裕をもって躱していた茶目栗毛の鎧を切っ先が掠め始める。鈍い音がして、体が後退する情景も増えてきた。
「ピンチ?」
「誘っているのではないかしら」
相手の剣の切っ先に合わせるように、逆L字型の斧刃の『顎』の部分を引っ掛けぐいと手繰り寄せる。引っ張られるように体が前に出るバグズに向け、茶目栗毛が踏み込んだ。
「何する気よ!!」
斧の柄を滑らせ、斧刃の付け根あたりを握り込みなおすと、そのまま身体強化した腕で、斧を胸に叩き込んだ。
一、二、三、四……
板金鎧の胸鎧がベコベコと殴られるたびに凹んでいく。
「狙ってたんだ」
「あれ……いいね。メイスよりアックス」
「……姉さん」
胸や腹を激しく叩かれ、兜の面貌から血の混ざった吐しゃ物があふれ出る。
「ばっちい」
「言わないのそういうことは」
崩れ落ちるように闘技場の床へと沈んでいく『バグズ』
「しょ、勝者、シン!!!」
闘技場である舞台の中央で、斧をクルクルと廻し勝者のアピールをする茶目栗毛。意外とお茶目さんである。
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第二枠は、長身の神国の剣士風の男が勝利していた。カトリナに似た雰囲気のレイピア遣いだと彼女は感じていた。こんなところに、サボア大公の婚約者がいるわけないのだが。
「第二枠の決勝ではなくて助かりました」
「そうかな?」
「剣技で勝負なら、勝てないと思います。ここは、何でもありの戦場ではありませんから」
茶目栗毛は、何でも使いこなせるタイプだが、剣技だけ磨いた試合形式の戦いで必ず勝てるほどの身体能力でも技術でもないのだ。敢えて、斧のような相手と噛み合わない装備で決勝に出向いたのは、相手が多少とも混乱し戦い方が単調になることを期待していたからだという。
「斧と剣なんて、今時、まずない戦い方ですから」
「ロマンデ公の戦争の頃は結構使われていたんじゃない?」
「五百年は前じゃない。それに、あの頃の斧は、生活道具と兼用でしょう?」
剣を授けられるのが騎士の証明となるのが今時だが、その昔の一人前の男は、斧を授けられるのが成人の証であった時代もある。剣を作る製鉄の技術が未熟であった頃は、すぐ折れる剣より叩きつける斧の方が実戦に適した武具と考えられていた節もある。
「斧で殴るのもいいよね」
メイスは王杓のような存在もあるので許容できるかもだが、斧はいかんだろう。
「……姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「返り血を浴びながら斧を振り回す姿は、とても貴婦人とは言えないわよ」
「「「確かに」」」
「えー」
斧の背中にピックがある方が、剣を絡め捕るときや鎧を引き倒すのに便利だと姉は熱弁し始める。そういう物は、老土夫にでも聞くべきだろう。土夫と入江の民は斧を持って戦う種族だからだ。
「いよいよ第三枠めですね」
「負けてもいいわよ。気楽にね」
「駄目!! ぜぇーったいダメ。五十五枚ちゃん!! ガンバレェ!!」
姉、金貨の枚数で呼ぶのはいい加減にしなさい。
灰目藍髪の相手は、恐らく斥候系の傭兵ではないだろうか。騎士の物語の騎士よりも実際にネデル辺りで神国に雇われている軽装騎兵といった趣だ。
「よろしく頼むねお嬢ちゃん」
「……こちらこそ……」
軽口を叩きつつ牽制をする。得物はブロードソードに左手用の短剣。一回戦の灰目藍髪と似ているだろうか。対する本人は、バスタードソードを選ぶ。これでリーチは互角。刺突系の剣技を用いなければ、左手の『受け』用の短剣はあまり意味がないかもしれない。バックラーのような視線を隠し、剣先を往なす方が良いだろう。
「チクチク系の剣技だと左手短剣は生きるけど、それは対策するでしょう? 何の意味があるのかしら」
「恐らく、何か仕掛けるつもりなのでしょうね。対人戦はあまり経験がないから、読めないわね」
『腕試し』や『遭遇戦』での対人戦ならともかく、「試合」形式というのは難しい。魔力頼みでゴリ押しできるわけもなく、相手に会わせて攻め手を考えることになるというのが、彼女自身も経験不足なのだ。
「始め!!」
本来、馬上槍試合の徒歩の戦いにおいて、双剣、それも平服用の片手剣と左手用短剣の組合せはありえない。板金鎧を切裂く事は出来ないし、動きが止まった時以外では、刺突を綺麗に決めることができないからだ。
素早く動き回る全身鎧の騎士の鎧の継ぎ目や隙間に剣先を差し込み、ダメージを与えることなどできるはずがない。剣は、馬から降り装備を失った場合の最後の護身用の武器であり、剣を失えば組打ちで勝って武器を奪うまでが騎士の嗜みであると言える。
『動きを止める秘策ありってところか』
「魔術の使用は身体強化以外禁じられているのだから、一瞬でも動きを止める手段と言うのは……何を用いるのかしらね」
この場が土の鍛錬場であれば、土煙砂煙で眼潰しをして怯ませるという手段が考えられる。魔術を使えばもっと容易である。例えば……『雷』魔術とか。
「何を仕掛けるつもりかしら」
「楽しみだねぇ」
姉は相手の様子を伺いながら楽しそうである。
「スライミィ!! お前は勝てよぉ!!」
「頭潰されても絶対かてぇ!!」
どんなアンデッドだよ。
『スライミィ』というのも綽名・それも蔑称に近いだろう。ドロドロ・ヌルヌルした物といったニュアンスだ。転じて、「卑怯」「低俗」「胸糞悪い」といった意味になる。仮に、その傭兵としてのスタイルであるなら、正攻法ではなく反則じみた奇策を行う事だろう。
双剣を立てやや斜に構える『スライミィ』。オーソドックスなスタイルだが、剣士のそれであり、騎士が全身鎧でするスタイルではない。
「……」
「さあ、どこからでも来なさい!」
胡散臭い笑顔で誘うスライミィ。灰目藍髪も剣を中段に構え躊躇しているように思える。
やがて心を決めたように剣を振り、連続した浅い斬撃を繰り返す。
「はは、腰が引けてますぞぉ!!」
「くっ!」
腰が引けているわけではない、こちらの間合いは相手からすれば遠いのだ。距離がかみ合わない。左右の剣で斬撃を往なし、軽いカウンターを合わせるように曲剣を繰り出す。
間合いを詰めれば、往なされ距離を取られるの繰り返し。焦れてきた灰目藍髪が思い切った踏み込みをする。
BWWWW!!
『スライミィ』の口元から何か液体のようなものが飛び出し、灰目藍髪の顔にかかる。兜はしているものの、面貌はない『キャバセット』型であったのが裏目に出た。視界を確保するための工夫を逆手に取られたのだ。
「ううぅぅ」
「どうした、俺はここだぞ!!」
ここぞとばかりに剣を叩きつける『スライミィ』。
「審判!! 反則だぞぉ!!」
「いや、吐しゃ物は反則じゃねぇ!! いけぇ!! 俺の金貨あぁ!!」
一気に攻勢に出る相手に、打つ手なしとなったのである。