第621話 彼女は『星の館』を訪れる
第621話 彼女は『星の館』を訪れる
『星の館』はリンデの中心部にある『ブルウォール川』が『テイメン川』に流れ込む西側に存在する、二つの通りで区切られた敷地に街壁を巡らせた独立した空間を確保している。
川には専用の桟橋があり、倉庫や宿に酒場がある為、リンデの市街に出ることなく商館内で完結した生活を送ることができる。
「ここがギルドね」
『上テイメン通り』に面している比較的間口の多い敷地に対して外向きに建つ建物が『冒険者ギルドリンデ支部』である。
「これじゃ、中は見ることできなさそうね」
「治外法権の範囲ですから。ここは、外部から出入りできるように独立した建物になっているようです」
「まるで楼門塔のようです」
中に入ると、確かに間口は狭いものの冒険者ギルド然とした受付がある。
「あれ、酒場もあるじゃない」
「あの奥の扉から先が商館の内部のようです。用心棒が立っているのが見えるでしょうか」
「あれね」
茶目栗毛は酒場の奥に視線を送り、その視線の先にいる革の胸当に帯剣した中年の男に気が付いた伯姪が納得とばかりに口にする。
「商館員も酒場を利用できるから、あそこに出入り口があるのでしょうね。冒険者との商談もあるでしょうし」
「それはそうかもです。食事にご招待してもらえないですかねー」
商館員専用の食堂はおそらく外からは入れない位置にあるのだろう。居住区や宿も中に存在するので、その辺りの需要は十分あるのだろう。商館長は爵位持ちの帝国民であるだろうから、貴族のもてなしにも十分耐えられる用意がなされているだろう。碧目金髪はその辺が気になるようだ。食いしん坊か!!
「あら、『リ・アトリエ』の皆さん、依頼探しでしょうか? 今日はお休みかと思っていました」
昨日の依頼完了の手続きをしてくれた顔見知りの受付が声をかけて来る。
「あら、そちらの方は昨日はお見えではなかったですわね」
「はい。依頼主と同行していましたので」
見かけなかった二人=依頼主なのだから嘘ではない。同一人物なだけだ。
「受けるかどうかはわかりませんが、面白そうな依頼を探しています」
「面白そう? 貴族の依頼でも構いませんか。『リ・アトリエ』様ほどの実力のある冒険者の方に依頼したいとのご希望なのです」
護衛程度では勿体ないとばかりに、受付嬢は身を乗り出すようにして依頼の話をし始める。
「難しい案件なのでしょうか。旅の疲れもあるので、数日はゆっくりするつもりなのですが」
茶目栗毛は女性陣の圧を感じて、先延ばしに出来る内容なのかどうか確認する。リンデ観光もまだであるし、姉がいると落ち着かない事もある。数日はゆっくりしたいのだ。姉抜きで。
「はい、期日は有って無いようなものですし、対象は逃げも隠れもしません。お屋敷ですから」
「……お屋敷ですか……」
話を聞く気があるのなら詳しく説明しますと受付嬢が言う。茶目栗毛は彼女と伯姪に視線で確認を送る。
「先ずはお話を伺いましょう。聴いたうえでお断りすることも可能でしょうか」
「勿論です! あの、言いにくいのですが……」
既に星二のパーティーがそれぞれ二組依頼を失敗しており、依頼主から高位の冒険者に依頼するようにきつく言われているという。
「お偉いさんなんですか?」
「えーと、元リンデ市長の義理のお孫さんです」
意外と偉い人であった。
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「屋敷の幽霊退治」
「依頼主はそう言っているのですが、それを含めての調査と退治になります」
依頼主は二代目ノウ男爵。先代である父親は、何代か前のリンデ市長の再婚相手の連子であったので、義理の息子と言う事になるようだ。
リンデ市議として、また弁護士として父王の時代に活躍し、主に修道院の解散に力を尽くしたとか。とんだ罰当たりである。また、姉王時代は逼塞していたが、当代の女王陛下の戴冠以来、側近として活躍したものの数年前に亡くなっている。
「その屋敷の幽霊にとり殺されたとか?」
「もう六十にもなられておりましたので、年齢でしょう」
死因と幽霊は関係ないらしい。
「その屋敷はどこにあるのでしょうか」
「あの、北西の『新門』から出て真北に300mくらい行ったところにある『シャルト城館』になります。元は『シャルト修道院』ですね」
受付嬢曰く、父王の時代に修道院が解散させられるまで、かなり大きな規模の修道院であったのだという。その理由は、枯黒病の隔離病棟として運営されている歴史に端所を発している。
「あのノーブルにあった廃修道院の支院かしら」
「ああ……エリ……好みがあるわね」
エリクサーのレシピが残されていたあの廃修道院だ。コボルドの巣でもあったのだが。エリクサーも枯黒病の治療薬として研究開発されたのであろうか。
「それでですね……」
修道院には枯黒病で亡くなった死者を埋葬する墓地があるとというだけではなく、更に、修道院解散の際に悲劇的なことが起こったのだという。
修道院の成り立ちからして、必要に迫られて建設されたものであり、不治の病にかかったとされる病人を受け入れる場所でもあった故に、解散命令に強く反発したのだという。
「最後の院長様は、王命により絞首刑の上に火刑に処せられました……」
「「「……」」」
死を看取る業を行っていた修道院の長を異端者のように処刑するとは。大罪人の扱いと言えるだろう。
また、十人の修道士のうち九人が監獄で餓死させられ、三年の収監後、最後の一人は公開処刑され殉教した。
「それは、その方達の亡霊でしょう」
「……まことに申し上げにくいのですが、女王陛下が戴冠式に列する際に、その修道院跡の御屋敷に滞在し準備を為されたのです」
「「「……」」」
処刑した王の娘の戴冠式の準備にや修道院跡に建てられた豪邸が充てられたのだという。側近である原神子信徒の男爵の面目は大いに立ったのだろう。
海賊行為や人攫い、御神子教徒や修道士・司祭、そして巡礼者への加虐……何を考えて行っているのだろうか。聖典さえ読めれば、獣のようにふるまっても問題ないのだとでも言うのだろうかと彼女は考えていた。
その場で依頼を受けることなく、相談するとして一旦ギルドを引き上げることにした。依頼の手付で金貨一枚、成功報酬は金貨二十枚とされている。
「確かに、曰く付きの屋敷では、どんなに豪華で立地が良くても買い手が付かないのでしょうね」
「……いい買い手を知っているわ。先に、そっちに話をしましょうか」
「ああー 私も心あたり有りますよ」
彼女の言葉に碧目金髪が続き、他の三人も納得とばかりに頷いたのである。
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当然話を持ち込んだのは……
「曰く付き、幽霊付き物件。いいね!!」
「……そういうと思ったわ」
サンライズ商会の店舗から500m程離れているだろうか。北上して東に曲がった場所にあるのが元『シャルト修道院』の現場となる。
「有名な幽霊屋敷ですね」
「有名なんだ」
「はい。先代男爵は喜んでいたようですね。自分たちが加担して非業の死を遂げた修道士たちの幽霊が出てくるので、二度楽しめると話していたとか」
「あなたでもそう思うのね」
「……そ、そうですね」
非業の死を遂げた巡礼や行商人も沢山目にしたであろうサンライズ氏なら、共感できるのではないかと彼女は思わないでもない。
「でもさ、処刑されたのって審問監獄とかじゃないの?」
「処刑ではなく餓死よ。惨いよね」
「叫び声や神様に救いを求める声が絶えなかったと聞きます」
「碌なものではないのですね」
姉の言葉に、リリアル組三人が思いを口にする。修道士たちの死霊か、あるいは無念の死を遂げた枯黒病の死者の魂であろうか。
「両方かもね」
「両方ね」
とはいえ、枯黒病で大勢が亡くなったのは百年戦争の頃。凡そ二百年程前になるだろうか。リンデの人口は半減したと言われる。その当時の死者が死霊となっているのであれば、『シャルト』にだけ異常が起こるのは可笑しなことになる。
修道士たちはともかく、王都を含めた大きな都市では、枯黒病はかなり流行ったし死者も人口の二割から五割に至ったのだから死霊だらけであるはずなのだ。
「それで、どうするつもりかしら」
「取りあえず男爵に会って値切る!!」
サンライズ商会のメンバーに聞いても、幽霊屋敷話はかなり広まっており、
因縁のある屋敷をわざわざ手に入れようとする貴族や富豪はリンデには
いないのだという。
「どのくらい下がったのかわかるかな?」
「左様でございますね……」
凡そ、金貨五百枚のところ十分の一の五十枚まで下げて買い手がつかないのだという。
「さらに半額!!」
「二十五枚でも買い手はつかないでしょうな」
住めない屋敷を持っていたとしても、維持費はかかるし税金も取られる。何より不名誉である。幾らでもいいから処分したいというところではないだろうか。これが、リンデの街壁内であればまた事情が違うのだろうが、郊外の元修道院ではどうにもならないらしい。
「みんな大丈夫?」
姉の問いに「愚問だ」とばかりに彼女たちが答える。
「墓地も廃墟も馴れっこよ」
「実体があるアンデッドの方が良いですね」
「魔銀の装備で何とでもなるでしょう」
「魔力でゴリ押しですよね!!」
「なら決まりね」
一先ず、商業ギルドを通して、『サンライズ商会』として『ノウ男爵』との面談をセッティングしてもらう事にする。
「下見位したらどうなの姉さん」
「いいね!! なら、今晩にでも出かけようか」
「夜、幽霊だから……」
「私はパスするわ。突入する迄お楽しみにしたいからね」
伯姪と薬師娘二人、そしてルミリとアンヌは留守番することになった。彼女と姉、茶目栗毛で『シャルト屋敷』を外から下見することにしたのである。
その日は巡礼姿の二人と、護衛の冒険者風の茶目栗毛。リンデは原神子信徒が多く見かけられるとはいえ、大聖堂も健在であり、御神子教徒が激しく弾圧されている段階には至っていない。
「巡礼でも見とがめられないようね」
「流石に、他人の信仰に干渉するのは今のところ女王陛下に許されていないんじゃない?」
父王は教皇庁から破門されている。そして、若い頃からの乱れた生活の為か、もしくは馬上槍試合で負った傷が悪化したためか、あるいは神罰か、最後は足が腐り腐臭を漂わせながら王宮の奥に放置されたという。
神国との関係、教皇庁とはつかず離れずとしておき、聖王会主導の宗教政策を継続するものの、過激な原神子信徒をコントロールし、尚且つ、神国や北王国に協力する御神子教徒や国内に入り込んでいる托鉢修道士たちを監視することを継続しているのが現在の女王の行動だ。さすがに、国内で不安定な基盤しかない女王陛下が、教皇庁にまで正式に破門されるのはあまり宜しくない。
神国と教皇庁の機嫌を取るために、穏健派御神子教徒の国である王国の王弟を王配に迎えようとする行動をとっていると言えるだろう。
ここで、あからさまに巡礼者を保護しないといった行動をとれば、その努力も水の泡になってしまう。故に、人目の多いリンデではさほど危険ではないのだろう。
北西の門から出て五分ほどだろうか。近くには大きな病院が存在するようで、郊外とは言えリンデ市内の人間も歩いているような環境だ。
「結構広い敷地だね」
「できた当初はかなりの規模の修道院ですもの。王太子宮を見てもわかるでしょう?」
元修道騎士団の王都本部。とはいえ、『騎士』『修道会』が本来の姿である。修道院とは、その中で自給自足できる環境が本来整えられるものである。修道騎士団が活動していた当時、葡萄畑や小麦畑、菜園、家畜を育てる牧場まで存在したという。修道騎士団が供給する肉の多くが王都の住民に提供された結果、王都の精肉ギルドから「商売あがったりになる」と苦情が入り、月に二日、定められた日以外に王都の住民に肉を販売することを王都本部に禁じたという過去がある。
自給自足できるほどの敷地とはいえ、元『シャルト修道院』は200m四方ほどであろうか。
「ぐるりと回りましょう」
彼女は敷地に沿ってぐるりと一周してみることにしたのである。
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