第619話 彼女はリンデ橋を渡らない
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第619話 彼女はリンデ橋を渡らない
連合王国の首都であり、古帝国時代からある城塞都市に端を発する。
古帝国時代の支配拠点であった。先住民の言葉で『湖の砦』を意味する「リン」「ダ」という名前から「リンダニウム」と名付けられた。また、古帝国崩壊後一時街は衰退。千年ほど前に教皇庁から大司教が派遣されるまで、蛮族の支配下となり、いくつかの蛮族の王朝が交代しつつ支配していた。
大司教着任後、街は『リンダバラ』と呼ばれ、やがて『リンダ』が呼称として定着するに至る。
枯黒病の流行前、人口は一時十万に迫る勢いであったが、その流行で人口が激減。三万前後まで減るが、近年往時を越え、十二万人ほどまで増加している。それに伴い都市環境が悪化、現在は都市の再開発を行う必要が認められているが、予算不足で難航しているという。
また、リンダを流れる川の名前は『テイメン川』といい、泥濘の多いといった先住民の時代の言葉が語源とされている。川は西から東へと流れており、やがて海へと続いている。
ドレントから街道を進むと、夕方にはリンデへと到着する。
「今日は南側の街で泊まる?」
リンデはテイメン川で南北に別れており、北側は王宮や大聖堂のある所謂『山の手』であり、川の南側は『下町』と言っても良いだろう。
「確か、リンデ橋は渡るのに通行料が発生するのよね」
「ええぇぇっ」
「橋の上に家が沢山建っているのよね」
「確か、地代が年金貨一枚とか必要な、高級住宅地だよ」
「「「えええ!!」」」
礼拝堂もあるし、様々な商店が軒を連ねている立派な「街」なのだ。確か、宿屋もある。
「二階までは左右に分かれておりますが、三階四階は左右の建物が繋がっております」
「トンネルだよね」
両側に建物が立つのであれば、橋の上はあまり光が差し込まない場所なのではないだろうか。びっしり建っているわけではありません。
「確か、南の橋のたもとには、晒し首が並べられているんだよね」
「はい」
リンデで処刑された者の首を晒す場所となっているのである。王都にも似たような場所がある。処刑は一種の庶民の娯楽でもあり、さらし首もまた似た要素がある。怖いもの見たさと言う奴だ。
「宿を探しておいてちょうだい」
「妹ちゃんはどうするのさ」
「対岸から、リンデの街並みを確認しておきたいのよ」
「OK!! では、サンセット君、お奨めのよさげな宿を紹介してくれたまえ」
姉はサンセット氏を連れて去っていく。『リ・アトリエ』の三人は、依頼の完了を冒険者ギルドに報告に行くつもりのようだ。
「南岸にあるのかしら」
「いえ、あの辺りですね」
リンデの北岸、橋のやや上流に流れ込んでいる川が見て取れる。
「あの川の上流側、左岸の一角が『商人同盟ギルド』のリンデ商館になります」
「……城塞の中にさらに城砦があるように見えるわ」
商人同盟ギルドの『商館』は、ギルド加盟の都市以外に存在する『大使館』のような役割を担うと同時に、取引所であり商人居留地であり倉庫であり、武器集積庫でもある。リンデの法の外にある異国であるとも言える。
「今から行く必要はないのでは?」
「いえ、先生方をお連れするわけにもいきませんし、先に様子を伺うためでもありますから」
依頼人と冒険者が一緒にギルドに行くことも依頼達成後ならおかしいかもしれない。
「どんな依頼があるか、それに商館の雰囲気も確認してきます」
「ええ。お願いするわ」
魔術的な結界含めて、どのような措置が施されているのか気になるところではある。『猫』がいない状態では、情報収集も人手がかかる。
『王弟殿下もさっさとリンデに来て欲しいもんだな』
「合流したらしたで面倒が多いわよ」
『それもそうだな』
リンデの市内に王宮があるものの、今では催事など以外では使われていないと聞く。大聖堂横の旧王宮ではなく、川上にある『新王宮』に女王陛下は滞在していると聞く。川沿いなので、船での移動であれば大した時間はかかることはないだろう。
「なかなか立派な城塞じゃない」
川下にある巨大な白い城塔を有するのは『リンデ要塞』。父王の戴冠以前において、長く王宮として使用されてきた巨大な城塞である。
「あの東端にある城壁は、元は古帝国時代のリンデ城壁であったそうね」
「相変わらず詳しいのね。でも、今は使われていない王宮なんでしょ?」
「王室の宝物庫とリンデを守る軍の武器庫を兼ねているのよ。確か、王室に仕える『衛兵団』が詰めているはず。人数は少ないのだけれどもね」
現在では、王宮として使用される事はなくなり、城塞兼王家の宝物庫兼政治犯収容施設として利用されている。父王の時代において、カンから三千トンの石材を追加で輸入し、大きく修復を行っている。これは法国戦争における大砲の活用による攻城戦を想定した軍事的改修だとされる。
城塞の防衛は上級農民層出身者で王家に忠節を誓った『衛兵団』が務めており、その定数は二百名、内長弓兵百、槍兵百と言われている。
女王の『護衛隊』もそうだが、王国や帝国では騎士階層が務める役割を郷紳・上級農民層が担っているのが連合王国であると言える。
しかしながら、王家の予算がひっ迫する中、定員は大きく割れていると思われる。
「世知辛いわね」
「あちらこちらに戦争を吹っかけてきたからしかたないでしょうね。けれど、王家の直卒の騎士団などが無いのは少々歪ね」
王国には近衛騎士団だけでなく、近衛連隊、王国の徴兵された部隊を率いる為の騎士団も平時から育成されている。連合王国は、王が直接率いる軍は常設ではなく、貴族の有する『諸侯軍』、各州の総督が指揮する『徴募軍』に傭兵が加わる形で編成される。
徴募軍を指揮する州総督は、その地の有力貴族が務めることが多いため、実質的には有力貴族の力が強いと考えられる。
長く続いた内戦の過程において諸侯が率いる軍の力と編成が強まった結果であろうか。内戦が終了して八十年ほど経つのだが、祖父王の時代のことであり、世代はさほど変わっていない。むしろ、体制を変えるほど王と貴族の関係が変化していないのだ。
王の力を強めるために教会と対立する形で、貴族に利益誘導したが故に貴族との関係が固定化されてしまったとも言える。王は常に自身の周りに支持者である大貴族を集めておかねばならないのだろう。
「王国の国王というのは、やはりかなり強い力を持っているという事が外から見ると改めて実感するわね」
「そのお陰で、先代国王陛下の御世では終始戦争が行われていて、
国は落ち着かなかったんだから、宜しくないじゃない」
法国・帝国・連合王国と絶えず戦争をしていた先代国王は、常に王国を金欠にしていた。武器を買い兵を雇い、軍を国外に遠征させれば大金が湯水のように使わねばならなくなる。お湯も水も必需品であり貴重品であるのだが。
「貴族や商人を使って外でやらかさなければならないのは、国としての力の弱さなのでしょうね」
私掠船を送り出しているというのは、各国行っているが連合王国は特に激しい。新大陸との間を行き来する神国の貿易船を狙って襲い掛かっているのだが、神国国王もいい加減にしろと怒りを露わにしているとか。
「丁度、王都の半分くらいの大きさかしらねリンデは」
「川の北岸だけだものね。あの、古帝国時代の城壁を利用しているから、簡単には広げられないのでしょうね」
川下は「リンデ城塞」があり、それ以上街を広げることが難しそうで、川下には『白亜宮』と呼ばれる、父王の建てた競技施設を取りそろえた王宮が広がるのみだ。その背後には、王宮を維持するための使用人の居住スペースがあると思われる。
川上は、西の城壁外に街が街道に沿って広がりつつあるようで、そちらは新興の商家などが立ち並んでいるように思わえる。
「王都も下町はこんな感じよね。古くて狭いところに木造の家がびっしり建て並んでいて」
「古い城壁を持つ都市はみんな同じよ。馬車だってろくすっぽ入り込めないような路地だらけなんだから」
馬車なら2tは詰める荷物が、馬の背中であれば精々100㎏ほどしか運ぶことができない。街道・街路の整備というのは馬鹿にできないのである。船であればさらに100t以上積載できるのだから、運河の開削は経済的な効果がとても大きいと言える。
「サンセット商会ってどの辺かしら」
「さあ。あまり歴史がある商会とは思えないから、あの街壁の外の街道沿いあたりではないかしらね」
明日はサンセット商会に姉と共に乗り込む事になるだろう。その際は、商人の娘や貴族の令嬢らしい装いではなく、冒険者スタイルで向かうべきかと彼女は考えていた。とはいえ、旅装であるから、武装の有無くらいの差でしかないのではあるが。
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姉が決めた宿は馬車2台が止められる場所と言う事で、南岸の外れにある宿であった。馬車を持つ行商人が泊まる宿よりは少し上のもので、恐らくリンデを訪れる貴族の使用人が逗留するような宿であると思われる。
「従者も大変ですわね」
「いいえ、これでも王宮に滞在する皆様と比べれば、我々外回りの者はさほどではございません」
北東部に所領を持つ貴族の従者の方たちといつのまにやら仲良くしている姉。どうやら女王陛下が滞在している新王宮に主と供回りは滞在しているようだが、領地とリンデを行き来する従者はここに何日か滞在し、また、領地へと戻るのだという。王都なら、伯爵・公爵は貴族街に屋敷を持っているので、そこから出仕すれば良いのだが、連合王国の場合、昔ながらの王の行幸が行われ、リンデ近郊の王宮を移動しつつ宮廷が維持されているという。
王国も先代国王の時代まではその通りであったし、戦争であちこち移動していたこともあるので、王都に居ない時間も相当あった。とはいえ、王都に政治の機関がまとまっているので、王宮が移動するというよりは王と側近が移動しているに過ぎないのであるが。
「枢密院とやらが仕切ってるよね」
「左様でございます。とはいえ、主要な構成員の中で、大領を持つ伯爵様公爵様は王宮にさほど滞在いたしませんので、女王陛下の側近たちである郷紳やらリンデの参事会員などが声を大きくしておるようですな」
彼らの主も枢密院に近い貴族であり、貴族院議員であるというのだが、時間を見つけては王宮に参内しているものの、領地をさしてもたないか、王国で言う法衣貴族のような郷紳出身の側近のように王宮に詰めているわけにいかず、中々良い関係が宮廷で築けずに主は焦り気味であるらしい。
「北王国の件、ご存知でしょうか」
「北の女王陛下……元女王陛下のことでしょ? 武力行使でもしたのかな」
「……お耳がよろしいのですね夫人は。いえ、噂でございますよ。赤子の王を頂いて権勢を振るおうとする者に、対抗する北王国の貴族が女王陛下を頂いて反乱を起こす。これに、北のこちらの貴族が参戦するとかしないとか噂でございます」
連合王国が北王国の内乱に干渉するなら、それはそれで問題だろう。北王国は王国とも神国とも近しい『御神子教』を国教とする国であり、原神子信徒の国である連合王国とは対立しているのだ。
内政干渉を期に、原神子派が北王国内で力を持つなり勢力を扶植することを神国は許さないだろう。派兵もあり得る。
「では、代理戦争が起こりかねないと」
「噂でございます。その確認も兼ねて、我主は参内しているのでございますよ」
そんな話をその辺の商人に話して良いのだろうかと彼女は思うのだが、姉は聞き上手であるという分を考慮する必要はあるだろう。ニコニコと話を聞き、「大変ですわね」とか「気苦労が絶えませんわね」等と言われると、貴族の元で抑圧されている従者たちの口は、アルコールと共に滑らかになるのである。
「これ、よろしければお部屋で召し上がって下さい」
「……このような貴重なものを」
「大したものではありません。商いものですので」
「……主に薦めて見ます」
「ええ是非」
姉はいつの間にか作り上げた「サンライズ商会 商会頭 アイネ☆」と記されたカードを従者に渡す。両手で恭しくカードを受け取ると、従者はよろよろと立ち上がり、部屋へと戻っていったのである。
従者が奥へと去ると、待ってましたとばかりに彼女は姉に話しかけた。彼女が宿に到着した時点で、姉はすっかり従者と話し込んでいたからだ。
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「何をしていたのかしら」
「営業活動?」
サンセット氏も呆気に取られていたようで、「しっかりしてよね代理!」等と姉に背中をバンバン叩かれつつ話をされている。
「今の方は、どちらの家中の方かしら」
「……知らない……」
「……か、会頭。アラウンド伯ピーター・ファッツ様の従者です」
「そうそう、そんな感じの人だよ」
アラウンド伯は、確か、姉王時代に重用された者で神国に近しい貴族であったと彼女は記憶している。
神国王太子と姉王の婚姻を積極的に取り持ち、姉王の側近として枢密顧問官に。また、宮内長官も務めた。若くして父の爵位を継ぐも、それ以前においては少年時代は『グランタブ』大学で学んだ俊英でもある。
「北王国と絡んでいるとかかしらね」
「宮廷工作中だとしたら、危ない橋を渡っている最中かもね。こっちの素性を知られると、余計な依頼が舞い込むかもしれないから……」
「手遅れよ。ワイン、カードと一緒に渡してしまったじゃない」
「あちゃー だよ☆」
あちゃーではない。とはいえ、王弟殿下到着以前に御神子教徒の有力貴族と接点が持てる可能性は悪くはない。国の主要な閣僚は原神子信徒で抑えられており、表向きの情報以外を得ることが難しそうだからだ。
「まあ、商会員を使って情報収集だね。その為には」
「冒険者ギルド経由で手紙を出してちょうだい」
「そうするよ! お爺ちゃんたちに一肌脱いでもらわないとね」
聖エゼル海軍のOB達に声をかけ、リンデ駐在の商会員としてサンライズ商会で働いてもらわなければならないのである。
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