第56話 彼女は騒ぎが始まることに気が付く
第56話 彼女は騒ぎが始まることに気が付く
『ホビト』または『歩人』……ブルグントやレンヌの伝承にも数多く登場する英雄の観察者にして同行者。一時期は、王国の先住者と考えられていた時期もあるのであるが、現在は『半妖精』として亜人枠で捉えられている。
その集落は魔法により隠蔽されているが、時折、魔力を有する者が迷い込む事があり、『隠れ里』などと呼ばれることがある。『エルフ』の隠れ里が森の中にあるのに対し、『ホビト』のそれは、平原の中の丘陵にあるとされている。
お祭り好きで深くものを考えない楽天家の集団で、ドワーフやエルフのように細工物にこだわりを持つことが少ない。楽器は達者で、歌も上手であると一般には言われている。その姿は十歳ほどの子供のようであり、そのまま高齢となるまで容姿の変化が少ない。
「お騒がせな子供のまま大人をやっていくわけね」
『まあな。でも、ピンチでも変わらないので、冒険者向きではあるな。小さいから腕っぷしはいまいちだが、お前に似て隠蔽とかいたずら得意だぞ』
誰がいたずら得意なのよと彼女は思うのである。あれは、戦闘技術であって、決していたずらなのではないのだから、失礼な。
「さて、どうやって連絡しようかしら」
『主、ご無事でしょうか』
そろそろ下に降りようかと思っていると、窓枠の向こうに『猫』が現れた。
『……という感じです』
猫の誘導で、既に近くまで薄赤パーティーは来ているのだそうである。
「手紙を書くので、夜中に城外で騒ぎを起こしてもらって、そのタイミングでこちらが動くというのはどうかしら」
「良いんじゃない?伝書鳩ならぬ伝書猫になるわけね」
伯姪と彼女で外で騒ぎを起こしているタイミングで城館に突入して、証拠の押収を隠蔽したまま行い、その後、中と外で暴れる……という大まかな、非常に大まかな段取りだ。
『幸い、城内には魔術師の類はいませんし、魔道具による結界装置も設置されておりませんので、問題ないかと思われます』
既に、一通り『猫』は偵察を終わらせている様なのである。主塔の階下にいる歩人の件に関して確認する。
『歩人に関しては一人です。子供と女性が5人ほど捕まっています』
「下働きの女性はどこにいるの?」
城外の小屋にいるらしく、夜中に通う兵士もいるということなのである。その辺りに隙がありそうだ。
『抜け出した兵士が戻るのと入れ替わりに誰か潜入してもらえると助かりマスね』
応用がきくのは薄赤野伏だろう。戦士が外の指揮を執って小屋や作業場に放火をする。騒動が起こったら、二人は城館に、野伏は兵士に紛れて一人一人殺していく……という段取りだろうか。
「問題は、主塔の人を救出するか否かよね」
「……難しいんじゃない?五十人皆殺しにするくらいじゃないと。それに、兵士の能力は正直かなり高いよね。あの小頭とかさ」
隠蔽で一人二人殺すなら問題ないのだが、正直、十人二十人は無理である。捕まえられたら終わりなのだから。気配が消えて認識されないだけで、見えないわけではないのだ。
「外の放火と同時に、城館に火を放つのはどう?」
「良いのではないかしら。書類を回収、放火をして城館が燃え上がるタイミングで一人ずつ殺していく。孤立した兵士からね」
「できれば、外の三人も合流させたいのだけれど、跳ね橋を下ろすのは……どうすればいいかしら」
内部で五十人を二人で……と考えると無理がある。あるよね……
『城の機能をマヒさせて、隙を見て二人は脱出。書類があれば、出直すのもありですから』
「それもそうね。今決断せず、書類を回収して一旦城を出てから再度相談することにしましょうか」
という事で、かなりラフだが、優先順位は城館で書類の回収ということになった。
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「あなた、さっきからにゃーにゃー言っているけれど、猫と会話しているつもり?」
伯姪からの意外な突込み……いや、私は普通に話していたよねと彼女は思うのであるが。
『今、主と私は猫語で話しております』
『にゃー? にゃあぁぁぁー(なんですって、なぁぁぁぁー)』
猫曰く、人間の言葉を話すと、会話の内容を知られてしまうので、魔力で彼女が猫の言葉を話すようになっているのだという。なるほどとは思うのだが、何も知らない人からすると……とても残念な人にしか見えないのである。
「い、意思の疎通をしているのよ。言葉は伝わっているの」
「へぇー 小さな子供みたいなことしているから……ね?」
なにが、ね? なのだろうかと彼女は少々憤りを感じる。ほんと、通じてるんだって、言いたい。声を大にして言いたいのである。
さて、この後の段取りの確認をしよう。まずは、騒ぎが起こる、そして、外が騒がしくなった段階で……
「ドアを激しく叩くのよ」
『ドアごと斬り倒すか。もしくは……』
「魔力で刺突力を上げて、ドア越しに見張りを刺殺する……とかね」
「そうそう。大声上げて『火事』とか『焼け死ぬ!』とか言えばいいじゃない」
普通に放火するかと彼女は思うのである。いざとなれば、消火自体は難しくない。身体強化で壁をのぼり天窓から外に出るのもありだろうし。
「騒ぎを拡大して、城館に隠蔽を使って入り込んで、そこからが仕事なのね」
「ええ、人攫いの証拠、取引している商人の名前や契約書に帳簿、それとヌーベ公本人でなくても、執事辺りが関わっている証拠が欲しいわね」
執事が関わっているのであれば、商人ルートからさらに遡る為に証拠をヌーベ領内に求めなければならないだろう。それと山賊に扮して人攫いをしている拠点の掃討を行う必要もある。
「壊すのも一苦労なのよね……」
「石やレンガの部分はそれなりに大変。ここは恐らく、ヌーベ領だから、ブルグントの職人集めて採取してしまうわけにもいかないもの」
石積みなどは持ち去ってオランの街で使用するなどできれば簡単だが、ヌーベ領内で勝手に持ち去るわけにもいかないだろう。
「撫で斬りにしてから考えればいいんじゃない?」
「それもそうね。書類の回収、撫で斬り、攫われた人の解放の順ね」
『歩人。協力させないのか?」
歩人、その性格がわからない段階では協力を求めるよりも、阻害要因となる可能性を考慮すべきだろう。
「歩人含めて、最後の最後に余裕があれば……救助するということで。足手まといがいれば、マイナスですもの」
「それでいいわ。なまじ、人質扱いされて躊躇している味方が殺されるリスクもあるのだから」
剣士や女僧はその辺、甘い気がするのである。薄赤二人は優先順位を考え人質は無視するだろうが、若い二人はそういう覚悟ができているかどうか怪しい。
貴族の二人はその辺、ドライだ。目的優先であり、攫われた時点で死んだ人間と同じなのだとマインドセットしてしまう。少女だからと高を括られる、甘く見られるほうがやりやすい。
「ばっさばっさと斬り殺すわよ」
「……返り血とか気にしてほしいわね。それに、斬るのではなく突き殺してちょうだい。傷が目立つし暴れるわよ。のどか心臓を狙うようにして」
「胸当て付けていれば首しかないよね。首を突きで一撃必殺は……俄然燃えるシチュエーションね」
夜中、睡眠中に不意に起きて様子を見に出て鎧を付けていなければラッキーだが、警戒している兵は兜も鎧もつけているだろう。彼女は鎧くらい『魔剣』で貫けるのだが、伯姪の場合、武器の強化はできないので、普通に鎧のない急所……喉か目を突くことになるのだろう。
兜も勿論だが、頭がい骨も角度が悪ければ剣をはじいて致命傷にならない為、骨のない部分を突いた方が良いのである。剣で人を何人も殺すのは、技術がいる。だから、五十人撫で斬りは相当困難なのだ。
月のない夜、月があればその位置の変化で時間がわかるものの、月明かりは襲撃に不利なのだから、幸いと言えるかもしれない。
『主、そろそろ始まるようです』
戻ってきた『猫』が薄赤メンバーの行動開始を伝える。騒動が起こったのち、扉ごと斬り倒すのは騒ぎになりかねないと考え直し、ドアを開けさせ中に呼びこんでから刺殺することに変更した。見張りも、まさか貴族の令嬢や薬師の少女が『魔剣』を隠しもっていて、刺殺されるとは思わないからだ。
『それと、外の使用人小屋に遊びに来る兵士を何人か仕留めるそうです』
「わかったわ。そいつらの振りをして乗り込むのよね」
『その中に……前伯様たちが参加されます』
「……なんですって……」
猫曰く、前伯は領都からソーリーに彼女たちを追いかけ向かったそうなのである。そして……
『修道士の皆さんも、参加されます』
「訳を聞いてもいいかしら」
『その……前伯様とは修行仲間だそうです……』
「……納得だわ」
どうやら、ジジマッチョどうし修道会絡みで修行という名の他流試合で若い頃から研鑽し合った仲のようである。恐らく、法国からの越境攻撃を受けていた時代に世話になるなどしていたのであろう。修道士とは、僧兵の事であり、いざという時は教会の為に戦う事も仕事であるからだ。
『今回も、近隣の農村からさらわれた人を助けるタイミングを計っていたようで、その為に、前々からブルグント公爵と前伯と打ち合わせしていたようなのです』
つまり、ジジマッチョどもが乱入するのは大前提で、その為の舞台作りをするために、彼女や冒険者を利用した……というところなのであろう。とはいえ、彼らだけではまともに奪還するのは難しかったであろうし、それは正直助かるのである。
「どうやら、前伯様たちが外に応援で来てくれているようね」
「……あなた、にゃーにゃー言ってたけど……」
「言わないで。ソーリーの修道士たちも応援に来てくれているのだそうよ」
「おじい様なら賊に情けをかけることもないでしょうから、かえって安心だわ」
ジジマッチョどもは確実に撫で斬りにしてくれるであろう。門番から哨兵から皆殺しにしてもおかしくはない。起きている兵士は十人ほどであろうか、そのうち何人かは外でお楽しみであるから、実働はその半分程度。
そうこうしている間に、外がにわかに騒がしくなってきたのである。
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最初は「火事だ」「消せ消せ!」といった大声が聞こえていたのだが、やがて「敵襲!」であるとか「見張りが殺されているぞ!」といった声に変わっていく。
礼拝堂に油球(辛くない)をぶちまけ、小火球で火をつける。外側はレンガや石造りであるが、内部は木材の内装なのでそれなりに燃えるのである。風魔法で空気を調整しつつ、外に向けて煙を噴出させる。
『なんだか、ヤバくなってないか……』
まだ焦るような時間じゃないわ、と彼女は思うのである。そろそろ煙くなった段階で……
「ひ、火が出てます。燃えてます!」
「たすけぇてぇー 礼拝堂が火事なの!!!」
伯姪の絹を引き裂くような悲鳴に、扉の外の見張りが動く気配がする。
「火事! ちっ こっちにも放火しやがったのか。ちょっと待ってろ!今、扉を開けるから!」
ガシャガシャと鍵を回す音がし、金具で補強された木の扉が内側に向けギイっと開く。
「うわっ、派手に燃えてるな、お前たち、大人しく外に……」
「ごめんなさいね。来世ではまじめに生きてちょうだい……」
胸鎧を貫く魔剣、彼女に信じられないようなモノを見る目を向ける兵士。とはいえ、助けることはできない。どんな人間でも、全てが悪、もしくは全てが善ということはあり得ない。心配してくれたことは間違いないだろうが、それだけで助ける理由にはならないことぐらい、彼女も伯姪も理解していた。
「この兵士の剣、あなたが使って」
「鍵はあなたが持てばいいわ。魔法袋もあるじゃない?」
兵士の身に着けた幾つかの鍵を奪い、混乱する城塞の広場にそっと出る二人。背後の火の手が大きくなる前に、この場を離れねばならない。中央の城館から三々五々兵士が出てきて、主塔の方に走り出していく。また、城門辺りにも数人の兵士が集まり、守りを固めている。
『主、前伯様、薄赤の二人が兵士の装備を身につけて城内に侵入しております。巻き込まれぬようにご注意ください』
城内には聞き覚えのある声で『森に兵が潜んでいるぞ!』とか、『兵長が倒された! 気を付けろ!』といったパニックを誘引する掛け声をかける一団がいる。
幕壁の上には、明らかに動きのおかしな白髪の二人組……修道士だろうか。兵士を壁の向こうに叩き落している。ギシャとかグシャという音とともに、兵士が地面にたたきつけられているようで、断末魔の叫びが聞こえる。
「カーテンウォールの上に敵だ!」
「囲め!」
と叫び、円塔を駆け上る兵士の姿がちらりと目に入る。中庭に人影は少なく、幕壁の上か城門・塔を固めている様である。
「行くわよ」
彼女と伯姪、そして猫は『隠蔽』を発動し、城館に向けて走り出した。城館からは駆け出していく兵士と、室内で大きな声で指示を出している幹部らしき兵士の姿が見て取れる。
すると、大声をあげ階段を下りてくる男が現れた。その姿は少々異様であり、赤革兜に緑目、そして顔の上半分を鉄仮面で覆ったとても大きな男である。
「敵は何人だ! 表出るぞ!」
巨大な両手剣をもつその大男は、その場にいた数人の兵士を連れ、外に出て行った。それとすれ違うように、二人と一匹は城館に侵入したのである。




