第617話 彼女は姉と遭遇し渋々街道を行く
第617話 彼女は姉と遭遇し渋々街道を行く
「いやー君も見る目が無いね。いや、見る目があり過ぎた結果かなー」
「……」
「ほんと、妹ちゃんたちだったから命があるんだよ君ぃー」
「……仰る通りでございます……」
地面に転がされたサンセット氏を乱暴に荷台にぶち込み、生き残り数名を同じく荷馬車に放り込んだ彼女と彼女の姉は、魔装兎馬車を姉の魔法袋に収納すると、サンセット団の荷馬車に同乗し尋問しつつ次の街を目指すことになったのである。
結論として、サンセット氏の商会はニース商会の完全子商会となり、代表代理としてサンセット氏には就任してもらい、代表は姉が務めることになる。商会名も『サンライズ』に変更する事となった。
「今まで通り、稼いでいいからね。まあ、正道だけでね」
「……うう……承知……いたしました……商会頭様」
「そうそう。そうやっていい感じで働いてくれたまえ!!」
姉は、行きがかり上ではあるがリンデに拠点を設けることができたので少々ウキウキしているようだ。
「噂によると、リンデの川って悪臭が凄いらしいよ。川の傍じゃないといいんだけどなー」
王都の川もそれなりに生活排水や糞尿で汚れているのだが、リンデはそれ以上酷いという。そもそも、川の名称『テイメン川』には「澱んだ流れ」と言う意味があるという。似た名称の川があちらこちらに存在するというのだが。
次の街ロブリビスには、今日の夕方までには到着できるだろう。そこで、サンセット氏とその護衛を襲った盗賊団の死体とその生き残り、貴い犠牲者の商会員の死体を見分させることになるだろう。
「そういえば、何人くらい生き残ってるの、商会員」
「……り、リンデの店番に三人ほどでしょうか……」
「ふーん。全員取りあえずクビね」
知ってか知らずかは確認しようがないものの、サンセットの片棒を担いだような人間は置いておきたくないというところだろうか。
「ニースから人を呼ぶか、ルーンあたりで新人採用するかかな」
「ニースにそんなに人材が余っているとは思えないのだけれど」
「ああ、お爺ちゃんの友達とか? 聖エゼルの元騎士たちだね」
ジジマッチョ世代はとうに騎士を引退しているものの、孫の相手をして時間を潰すような人達ではないらしい。
「まあほら、ここは『悪魔の国』だからね」
「女王陛下が破門されるかもしれないということね」
教皇庁の統制から離れ、また、神国の船に海賊行為を行う事を許可している女王陛下は、『異端』と認定され「破門」間近と囁かれている。とはいえ、教皇ではなく『聖典』を拠り所とする原神子信徒である女王陛下にとっては大した意味はないと思われている。
とはいえ、『異端』とされるのであれば神国は「聖征」を行う大義名分を得ることになり、隣国・北王国の御神子教徒である女王を担いでリンデに侵攻する可能性も出てくることになる。
ネデルで行われている異端審問裁判と同じことが、神国に制圧されたリンデで行われないと誰が言えるだろうか。その恐怖をもっとも感じているのは、逃げようのない女王陛下自身だろう。王とは、最後に責任を取らされる存在であるのだから。
姉は、サンセット氏を虐めながら、どんな商売をしているのか、何が売れそうなのかとリンデの話を聞き出している。
「なんと、バッド・ニュースだよ妹ちゃん」
女王は嗅覚が鋭敏なようで、香水のようなものは忌避する傾向にあるという。また、製本された書物に防虫効果のあるラベンダーのオイルを塗布したものすら嫌いだという。その割に、風呂ギライなのは何故。
「新しい長靴の革の臭いをさせた者すら忌避されると聞いております」
「……細やかな方ですのね」
神経質と言いたい。が、実際、女王に戴冠して後、その周りにいる使用人たちは女王にポンポンと首になる上、驚くほどの薄給で仕えねばならないと評判になっている。吝嗇なのは、王家も国も借金まみれだからだろうか。
女王の従者の一年の給与が金貨五枚だと聞いている。これで、滅私奉公を強いられるのだからたまらないと思うのだが、お気に入りになれば、様々な特権やボーナスが支給される。但し、気まぐれなので「やっぱやめた」される事も度々なのだという。
長く同じ場所に留まると、人の排泄物やごみの臭いが気になり始める。特に夏は。
それ故、夏の間、女王陛下は行幸に出る。旅先に数日滞在し、臭いが気になる前に別の場所へと移動する。自身の姿を民に見せる事で、女王は民に心配りをしているとアピールする事にもなる。
その荷駄の数、凡そ四百、馬匹二千四百頭……衣装から寝具まで一切合切持っての移動となる。お気に入りのベッドも移動させているのだ。
「やっぱ臭いんだ」
「気が滅入る話だわ」
女王陛下の行幸に王弟殿下は同行するのであろうが、彼女を含めリリアル一行はその時は賢者学院を訪問する時間にしたい。女王陛下はリンデ周辺から余り離れることなく、いくつかの離宮・王宮を巡るように移動して過ごす事にしているようなのだ。
また、数百台の馬車に王宮で仕える千人を超える使用人、そして女王の護衛隊に廷臣とその使用人まで加わるので、大変な出費となるとも言える。
「リンデが臭いのがいけないね」
「……臭いのね……」
「やっぱ臭いのかぁ」
「今から気が滅入ります」
そういう問題もあり、リンデ周辺には「避暑地」「避難地」のような郊外の街がいくつかあり、貴族や王族、豪商などは別邸を建てて過ごしているようだ。また、各地の公爵や伯爵は王都に集まる事もなく、自分の領地・領都で権勢を振るっているのも王国とは少々異なるようである。
「百年戦争の頃は王国もそんな感じだったよね」
「前半は地元の大領主たちが、後半は賢明王の兄弟や従兄弟たちが王の死後、勝手に権勢をふるって派閥争いや独立したりしたのよね」
今は帝国に婚姻の結果持っていかれてしまったネデル・ランドルの地は、王国の分家に当たる王族が支配していた地域であった。元々、ランドルやネデルは王国と対立し、蛮王国や帝国の緩やかな統治を望んでいたという面もある。王国と対立し、王国とは異なる支配を望んだ結果、ランドルは王国の影響下から離れ、ネデルも同じような結果となった。
その影響が未だ残っている結果、ネデルの都市は帝国から神国に支配者が変わった後、その統治方法に不満を持ち叛旗を翻したと言えるだろう。
「ということは」
「国内を纏めるために、対外的な戦争なり謀略なり行うのは至極当然ね」
「良いとばっちりだね。それに、教皇庁と対立するって事は、遅かれ早かれ神国と対立することになるんだし、ネデルの原神子信徒とリンデの原神子信徒はお仲間だから、当然、それなりに応援するだろうしね」
オラン公が女王陛下とやり取りをしたという話は未だ耳に入ってはいない。負け戦のあと、早々簡単には立ち直る事は出来ないだろう。ネデルでの神国の勢力が不安定になるまで様子を見るという事であろうし、ネデルに密かに肩入れしている、またそれを名分に神国に対して私掠船を差し向けその利益を折半している女王陛下からすれば、いつ、異端・破門・聖征の対象となってもおかしくはない。
「王国を巻込む気満々だろうね、あの大年増」
姉の心無い言葉に、彼女は一言言わねばと口を開く。
「……姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「大年増で未婚なのも、好きでそうしているわけではないのだから、もうすこし優しくしてあげてもらえるかしら」
彼女の中で、三十過ぎても独身と言う存在は、自らの将来を暗示しているような気がして聞いているだけで心が痛いのである。
「まあ、若くして結婚したわ・た・し からすれば、誰と結婚しても全員から祝福されることはないのだから、好きな人とすればいいんじゃない? としか思えないよね。頭でっかちは、婚期を逃すのだよ妹ちゃん」
「肝に銘じておくわ」
いつもであれば、軽くあしらう姉の揶揄いにも、少々真面目に答えてしまうのは、卑近な話であるからかもしれない。婚期……気にしているのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ロブリビスはリンデから50㎞ほどあり、『デュブリス』との中間に位置する街渡河点を守る要塞に端を発する。大聖堂があるものの、元は『カンタァブル』に大聖堂が建てられたのと時期を同じくして建立された修道院のものであったが、父王時代に修道院が解散させられ大聖堂だけが残されている。
都市の運営は市議会・参事会によるのではなく、「ロブリビス総督」として配置されている「城代」が担っている珍しい形式であるが、これは首都防衛の要衝として認識されている故である。
「まあまあの街だね」
「シャンパーや王都近郊にはありがちな街ね。悪くないわ」
彼女達一行は、ロブリビス城へと一先ず向かう事にした。生き残った旧サンセット団の盗賊どもを引き渡し、一先ずサンセット氏の商会を乗っ取った姉を「被害者」
として申告する為である。手足が不自由となった犯罪奴隷になる彼らだが、魔力持ちの二人は鉱山奴隷か戦闘奴隷としてしばらく生きながらえるかもしれない。 戦闘奴隷を用いた『剣闘士』の試合は表向き非合法とされているが、熊虐めの存在する連合王国・リンデで無いはずがない。
「良い値段で売れると幸先良いのだけれど」
「指が切り飛ばされたり、利き腕は無いのはダメでしょ?」
「そうだねー と言いたいところなんだけど、ハンディキャップマッチというのも盛り上がるんだよね! 片腕の魔剣士対熊ちゃんとかね」
どうやら、この城代はその辺りにコネのある存在なのだという。どうせ売るなら、高値の付くところがいいに決まっている。その辺り、原神子信徒的な発想をする聖エゼル騎士団長夫人である。
門衛に賊を捉えたので引き渡したいと告げると中へ通される。馬場に馬車を止め暫く待つと、兵士を数人連れた騎士であろうか身ぎれいな帯剣をした貴族風の男が現れる。
「私は、「ロブリビス総督」副官を務めるサー・ヘンリーと言います。この度は盗賊に襲撃され、撃退されたとか。賊は生きているのでしょうか」
彼女と姉は「サンライズ商会」の馬車へと案内する。
「生き残りはこの六名です」
「……なるほど。それで、その他はどうしたのですか」
「この場に死体を並べて宜しければ出しますが?」
「構いません。お願いします」
彼女は魔法袋から商会員ではない「護衛」「盗賊」らしい武装した死体をずらりと並べる。その数、三十あまり。
「こ、これだけの盗賊を、あなた達が討伐したのですか……信じられません」
信じなくても構わないので、さっさと片付けてしまいたいと彼女は内心思う。
「盗賊の持ち物はこちらで回収してもよろしいのでしょうか」
「も、勿論です。それに、討伐の賞金も僅かですが出ると思います。それで……」
「リンデの『サンライズ商会』宛にお願いできますでしょうか。今回の輸送隊で大きな損失を出してしまいまして、サンセット商会はサンライズ商会に身売りする事になりましたので……」
「それは……ですが、あなたの命が助かって本当の良かったです」
「っ、ありがとうございます騎士様……」
「「「「……」」」」
サンセット氏をはじめ、リリアルメンバーは姉の猫かぶりに大いに驚く……彼女を除いて。
結局、魔力持ちが一人金貨二枚、その他の四人が合計で金貨二枚となり、討伐報酬を含めて金貨八枚が城代から支払われる事になった。なお、サンセット氏には城代から見舞金として別途金貨一枚が支払われるという事になる。
「まあ、その金貨一枚まで取り上げるほど私も鬼じゃないから」
「それ以前に十分鬼だと思うわ」
「異議なし!!」
「見事な鬼っぷりですわ」
「いやー 褒められるとお姉ちゃん照れちゃうよ!」
多分、褒められてないから。
金貨は後日送付といことではなく、城代が直接払うよう副官に指示をしたらしい。因みに、見舞金は後日リンデの商業ギルド経由で手続きがなされるという。
「懐が温かいね」
「折角なので、城代閣下お奨めのお宿に行きましょうか!」
「風呂付豪華夕食付が楽しみです」
野営続きのリリアル一行は、入浴に飢えていた。温かいベッドにもである。
宿は富裕層や高位貴族が泊まるのにふさわしい街で一番の宿であった。
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「この国は……」
彼女は、最近法国の料理人を招聘して王都の料理人の腕前が改善されたのに比べ、連合王国はあまり料理が上手ではないという話を聞いたと伝える。
「確かに」
「名物に旨い物なし」
「いやー この辺だとネデルの海鮮料理と似たメニューが出るよね。カキとかエビとかだね」
魚介類をバターなどで煮込んだスープ類が美味しいという。
「生のカキは遠慮しておくわ」
「ああ、あれは当たると怖いからね」
「ピーピーだよ妹ちゃん」
「やめてちょうだい」
彼女の中において『女王』と言えば姉のイメージである。傍若無人・天下無双・唯我独尊な存在である姉。そんな姉を、周りは許容してしまい、認めて赦してしまうのである。期待され期待に当たり前に答えるのが姉なのだ。
「姉さん、女王陛下の前でもピーピーと言うのね」
「当り前じゃない? 女王陛下もカキに当たったらピーピーじゃない。もっとすごいことになるかも知れないけれどね」
恐らく、女王の宮廷で彼女はそれなりに注目され警戒され監視されるだろう。それは、姉が昔から受けてきた視線であり思惑でもある。その辺り、今日はじっくりと聞いてみようかと彼女は思うのである。