第616話 彼女は『厳教徒』商人を討伐する
第616話 彼女は『原?教徒』商人を討伐する
「か、囲まれたぁ!!」
「どういうこった」
精霊の存在を否定する原神子信徒にとって、『土』の精霊魔術により一瞬で形成された土塁は理解しがたいものであったのだろう。混乱は一層大きくなっている。
「精霊魔術よ。ご存知ないのかしら」
「……せ、聖典には何も……」
『聖典にだって精霊は出てくんだろ? ちゃんと読め』
都合が良いところだけ拾い読みして、適当に考えているから問題なんだろう。
聖典にある『十戒』にだって「汝、盗む勿れ」「汝、殺す勿れ」と定められている。とはいえ、現在進行形で彼女たちは『十戒』を守れていないのだが……火の粉を振り払う程度の事は許される……はず。
周囲を土塁に囲まれ、一気にパニックが広がり始める。今までは簡単な狩のようなものだと考えていた。恐らく、何度も同じような仕掛けで行商人や旅の女性や貴族・商人を襲っていたのだろう。今までは上手くやりおおせていた。しかし、今回は相手が悪かったとしか言えないだろう。
スティレットで刺突され、弓銃や魔装銃で撃ち倒され、あるいは……
『雷燕』
『雷燕』
『雷燕』
「「「ぎぃやあああぁぁ!!!」」」
まとまっている盗賊の群れに、彼女が次々に魔刃を叩きつけていく。気絶の効果を期待した『雷』の精霊の力を込めた魔力の刃である。
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残ったのは、二人の魔力持ちの男とサンセット氏。
「あ、あ、あんたら化け物か!!」
「世間では、まともな貴族と対峙したらこうなるってわかっているでしょうに」
サンセットの言葉に、伯姪が言葉を返すが、そうではないようだ。
「副院長先生、連合王国には貴族が……」
「騎士ですら貴族でないのだから、貴族と会う機会も力を知る機会もきっとなかったのでしょうね」
「なるほどね。魔力持ちがいないというよりも、精霊を信じていないから、魔力持ちと縁が無いのでしょうね」
「おれらは魔力持ちだぜ」
残った二人は、サンセット氏の護衛頭兼盗賊頭でもあるようだ。
「騎士や郷士なんて目じゃねぇ」
「おうさ! さあ、どっからでもかかってきな」
一人は重厚な胸鎧に兜、騎士盾を持つ剣士であり、一人はどうやら銃士に見て取れる。火縄の火は見えないのでフリントロック式なのだろう。
「私が相手をするわ」
「では、もう一人は……」
剣士は伯姪が、銃士は茶目栗毛が相手をする事になる。
「お二人とも、お願いしますよ」
「任せろ、餓鬼には負けねぇよ」
「直ぐ終わらせるからよ、追加報酬頼むぜ!」
魔力持ち二人は、この手の荒事にはなれているようで、自信満々である。
「魔力持ち相手なんて久しぶりね」
伯姪は剣士に向かい魔装拳銃を放つが、盾で往なされてしまう。
「はっ、そんなものでどうにかなるとでも思ってるのかよ嬢ちゃん」
雑兵を倒すには銃の威力は十分であり、槍の方陣には有効な装備だと言える。槍より遠間で攻撃できること、馬上であればなお逃げやすいのでパイク兵の機動力の低さからすれば手の打ちようがない。騎士であったとしても、馬を撃ち殺されるか、身体強化程度の魔力持ちなら銃弾は有効な打撃を与える事ができただろう。
この剣士は、銃と対峙することに慣れている。弾丸の威力を盾で吸収し、手足も十分に攻撃を受けないで済むように盾を上手く使っている。
「なら、これならどう!!」
魔装拳銃を腰帯に差し、スティレットを左手に持ち右手にはサウスポートで揃いで買ったブロードソードを構えて握る。
「どこからでも掛かってきな」
盾で左半身を隠し、半身で構える剣士。ブロードソードでは、盾越しにダメージを与えられるとは思えない。メイスかハルバード、あるいはベク・ド・コルバンあたりでなければ難しいだろう。魔銀ではない並の鋼鉄製の刃では切裂けるはずもない。
相手の剣は恐らくバスタードソード。片手半剣であろうか、長さも掌分ほどは長い。剣で間合いの差は致命的でもある。
盾に切り付け、反しでバスタードソードが振り下ろされるのを伯姪が躱し
距離を取っての仕切り直し。一見、攻める余地なしと思えるほどの一方的
な攻防に見て取れる。
「ぴ、ピンチですわ!」
「そんなわけないでしょ」
身長差からくるリーチの差に剣の長さからすれば、伯姪が相手にダメージを与えられる余地は少ないように見える。幾度か繰り返される同じ攻防の繰り返しに、ルミリはピンチであると錯覚し、碧目金髪に窘められる。
「なかなかやるわね」
「悪いことは言わねぇから降参しな!」
剣は魔銀製ではないものの、それなりの質のものであり悪くはない。冒険者であるなら星三の上位あるいは、薄赤から濃赤クラスであろうか。つまり、身体強化状態で学院にいる冒険者並と言えるだろうが、剣技は今一つ。
そこに隙がある。
ブロードソードを盾が弾き、バスタードソードが振り下ろされるタイミングで伯姪は右手の剣を体側に寄せ剣士の剣側の脇に入り込む。左手のスティレットに魔力を纏わせ、肘を斬り上げるように逆手で振り上げる。
「なっ! があぁぁぁ!!!」
剣を持つ右ひじから先が斬り落とされ、剣ごと地面に転がる。盾を持つ手を切断面に付けて抑え、出血を止めようとするが血が噴き出している。そのまま、膝をついて崩れ落ちる。
茶目栗毛を見ると、フリントロックの銃を叩き落とし、恐らくスティレットで指を切り飛ばされたであろう銃手が、指先を押さえて蹲り抵抗の意思を消している。あの指では銃も弓も二度と扱えまい。
ヘナヘナとしゃがみ込む『サンセット』氏に向け魔装騎銃を向けつつ、彼女が話しかける。
「さて、どうしましょうか?」
「い、命だけは助けてくれ。た、頼む」
「命乞いですか。見苦しいですね」
伯姪に剣を突きつけられ、灰目藍髪に後ろ手に縛られるサンセットの顔色は既に土気色に変色しつつある。
「随分と倒したわね」
「魔力持ち二人だけだったのは幸いでした。魔銀鍍金の装備が無いのは少々痛手でしたけれど」
灰目藍髪が呟くのも当然だろうか。今回はスティレットと銃以外は普通の装備であったため、身体強化できている剣士にはかなり苦戦した。これは、茶目栗毛の銃手も多少梃子摺った面がある。
とはいえ、スティレットでの実戦演習、さらにフリントロック銃を持つ銃士相手に今後を想定した対応であったようである。
「いっでえぇぇぇえ!!!」
スティレットで剣を握る指先を斬り飛ばされ地面に落ちた指と剣が見て取れる。
「似たような結果になったわね」
「腕じゃなく指でしょ? 私の負けね」
腕より指だけ斬りおとす方が難しいのだが、完全防備の剣盾持ちと、銃士では対応の難易度が違うので仕方ないのではないだろうか。
「あと始末はどうする?」
「……まだ肌寒い時期だから、後片付けは明るくなってからにしましょうか」
「……でも、死んでしまいますわ……」
盗賊・山賊の生死には頓着しないリリアルであるが、『赤目のルミリ』には慣れないようで、素朴な疑問を持たれてしまう。さて、どうするか。
「一先ず、傷口だけでも塞ぎましょうか」
「消費期限ギリギリのポーションがあるのよ。それで傷を塞ぐだけ塞いで、後は……壕にでも放り込んでおきましょう」
ルミリの動揺が収まらないまま、五人は手分けをして死体は魔法袋に収容し、息のある者にはポーションを傷口に掛けて壕へと放り込む。その中には、魔力持ちとサンセット氏も含まれている。
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明日馬車の中で爆睡するという前提で、茶目栗毛と灰目藍髪が残りの時間の見張を務めることになる。あとの四人は魔装荷馬車でそれぞれが眠りにつく。
「興奮と緊張で眠れなかったとしても、目を閉じて体を休めなさい」
「……はい……」
「まあ、最初は慣れないわよ。でも、段々慣れるし、二期生も男の子たちは経験しているんだから、遅かれ早かれよ」
「……はい……」
何の慰めにもならないと思いつつも、彼女と伯姪はルミリに声をかける。
「あの、私なんて兎馬車の馭者で連れてこられたはずなのに、山賊狩りにいきなり出くわしたり、色々あったんだよね。だから、全然大丈夫だよ」
「そうですね。私たち、その頃薬師の勉強しかしていませんでしたから。それに比べれば、武器の取り扱いも教わっているのですから、もう少し覚悟を決めてリリアル生を務めて欲しいものです」
「……はい……」
薬師娘二人からは厳しい言葉を受けたように思えるが、恵まれていることを自覚すべきだという意味もある。自分の手で為すべき事を為さねば、リリアル生として独り立ちできるとは到底思えないからだ。商人志望とはいえ、商人も冒険者同様危険な目にあい、自衛する必要だってあるのだ。
短い夜が明け、朝になる。食欲はないが、煮炊きできる時間はそうそうない。
「一先ず、生き残りを回収しておきましょう」
「馬車はどうしますか?」
サンセット団の荷馬車隊を全て移動させるには馭者の数が足らない。荷馬車一台にサンセットの生き残りを乗せ、馬は馬車に繋いで連れて行き、次の街で理由を説明して回収してもらう方が良いだろうかと考える。
「馬車だけなら荷物ごと魔法袋に入れられるからね」
「ええ。一日くらいなら、なんとかなりそうなので、問題ないわ」
彼女の魔力量と今回30m級魔導キャラベル船『聖アリエル』号を置いてきたこともあり、馬車の数台なら問題なく収納できる。
煮炊きを済ませ、かんたんな昼食の用意を行い周辺の土塁を崩して野営地を元に戻す事にする。
「今日は早めに宿を取ってゆっくり休みましょう」
「見張りを務めた二人は、午前中馬車で寝ていていいからね」
「「了解です」」
一台は伯姪とルミリが魔装馬車の馭者を務め、サンセット団の馬車には碧目金髪と彼女が乗る。彼女の仕事は主に、サンセット団の監視となるのだが。
「では出発」
「……ちょっ待って。何か来るわ」
街道の東の方向から、ものすごい勢いの小型の馬車がこちらに向かって進んでくるのが見て取れる。
「あれをやり過ごしましょう」
「……いや、あれ……魔装兎馬車じゃない?」
一見、普通のどこにでもある兎馬車のようであるが、あそこまでチャリオットのような速度で突っ走る馬車はどう考えても魔装兎馬車しか考えられない。
「嫌な予感がするわ」
『最近あってねぇのはそういうことかも知れねぇな』
帝国にネデル、ニースにサボア・トレノとあちらこちらで仕事をしている姉は、王都にも偶にしかおらず、何をしているのかと考えていたのだが、時期を合わせてここに来るとは思っていなかったのだ。
すごい勢いで野営地に突入してくる魔装兎馬車、そして、コロッセウムを周回する戦馬車のようにグルグルと回ると速度を落として二台の荷馬車のよこにピタリと寄せて来る。
「妹ちゃん!! おっはよー!! 爽やかな朝だねー」
「……ええ、先ほどまではそうだったわ姉さん」
「え、今は超爽やかってことかな?」
顔で「そうじゃないわよ」とアピールしつつ、学院生の前であまり砕けた遣り取りも出来ないと思いつつ、聞きたいことを聞くことにする。
「何故、このような場所で朝から暴走しているのかしら?」
「暴走はいつもだね」
リリアル生全員が全力で頷く。
「ほら、今、ネデルで仕事していてさ、リンデと取引のある商会と顔が繋がってね。こっちの知り合いを紹介してもらって、代理店? とかそんな感じで契約を結んで、ニース商会の支店代わりの拠点にしようかなって思ってやって来たわけだよ」
どうやら、まともな商用であるようだと理解する。
「でも、なんでわざわざこの時期にしたのかしら」
「それは、王弟殿下が何かやらかさないかと期待……危惧して、王妃様とかお父さんに言われて妹ちゃんをフォローしようと思ってきたんだよ」
「……本当は?」
「いやー リンデの社交界で女王陛下とかちょっと見てみたくってさ。あと、ワインとか『聖真鍮』のゴブレットとか売り込んでやろうかなって。ついでに、色々ね」
姉はやはり彼女たちが滞在する間に、リンデで良からぬことを考えていたようである。
「それで、代理店は何という商会なのかしら」
「えーとね……サンセット商会? チンケナとこらしいよ」
姉曰くチンケナ商会らしいが、今は、それ以上にチンケナ存在になり果てていると彼女は説明したのである。
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