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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
第二幕 巡礼街道から首都へ
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第614話 彼女は『リンデ』に向かう商人と出会う

第614話 彼女は『リンデ』に向かう商人と出会う


 『カンタァブル』には冒険者ギルドの出張所が存在した。まあまあそこそこの宿に泊まり、巡礼服から『冒険者』の様相に装備を変える。とはいえ、茶目栗毛・灰目藍髪・伯姪の三人が『剣士』であり、彼女は『薬師』、碧目金髪は『銃手』、ルミリは『銃手見習』である。


「あんまり依頼がありませんね」

「護衛なら、最初から連れているか『デュブリス』で雇うのでしょう」

「それもそうね」


 それならそれでかまわない。ここまでは「巡礼」である方がおかしくなかったから装っていただけであり、リンデに行くなら商人の護衛の方が良い。何なら、兎馬車に碧目金髪とルミリを乗せて、『商人役』をさせてもいいだろう。


「荷が無いわね」

「何か適当に乗せておけばいいわよ。水を入れた樽でも、石の詰まった木箱でもね」


 そうなると、馬車はともかく、馬は買うなり借受けるなりしなければならない。兎馬車の護衛も悪くはないが……護衛を付けるほどの商人が兎馬車で行商というのはらしくない。





「パーティリーダーのシンです」

「私は『ルリリア商会』のアリー。こちらは、男爵令嬢のメイ様。それに、私の小間使いのルミリです」


 この茶番は『カンタァブル』の冒険者ギルドの中で行われている。一行は二手に分かれ、彼女とメイは王国の『ルリリア商会』の商会員と同行の貴族令嬢という設定で依頼を出し、その依頼を受けたのが『リ・アトリエ』として帝国の冒険者ギルドに登録している茶目栗毛・灰目藍髪・碧目金髪の三人である。


 連合王国内の冒険者ギルドは商人同盟ギルドの作った帝国の冒険者ギルドにより運営されている。なので、帝国で登録したギルド証が有効に利用されたという事だ。


『ルリリア商会』の出した依頼の内容、それは、リンデ迄の道中を護衛する冒険者で、星三以上のパーティーで尚且つ女性が複数含まれているという条件であった。王国や帝国と比べても、女性の冒険者・傭兵が少ないこの地において、『偶然』にも女性二人を含む三人パーティーがいたことは僥倖であったと言えるだろう。


「シンさんたちは、いつも三人で活動されているのですか?」

「……いえ、本来は五六人でパーティーを組むのですが、今回はたまたまです」

「へぇ、両手に花で羨ましいですわね」


 メイ男爵令嬢がわざとらしく銀色の扇で口元を隠しながら、リーダーを揶揄うように話を向ける。深く溜息をつくリーダー。


「……ふぅ……いえ、何でもありません。失礼いたしました」

「気にしておりませんわ」

「さて、ドンドン行きましょう」

「どんどんはいかないでしょう。旅程を確認するところからです」


 剣士風の灰目藍髪、銃士風の碧目金髪がそこに加わる。馬車はいつもの遠征用魔装荷馬車に、買い受けた二頭の駄馬で牽引することになる。リンデに到着すれば、駄馬は売却することになるだろう。


「では、参りましょうか」


 簡単に旅程を確認した六人は、ギルドに預けていた荷馬車を受け取り、『カンタァブル』の街を出ていく。


 馭者役はルミリに碧目金髪がつく。冒険者組の女性二人は交互に馭者を務め、馬車の左右を徒歩で随伴することになる。荷は、一応『ルリリア商会』が扱うアルコールや香水の類に加え、『聖真鍮』のゴブレットを納めている。


「こんな感じで帝国遠征をしていたのね」

「もっと急いでいたわよ。魔装馬車の性能テストも兼ねていたのだから」


 遠征に冒険者として参加する機会の無かった伯姪的には、少々うらやましかったようで、今回の提案はそれもあっての事だ。


「急がない旅というのもいいですね~」


 馭者台から碧目金髪が振り向きつつ、馬車の中の二人に話しかける。彼女と碧目金髪は帝国遠征に冒険者として全参加しているので、忙しく動き回った記憶を共有するこの場で唯一の人間でもある。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 カ・レの対岸デュブリスから首都リンデ迄の街道は『デュブリス街道』と呼ばれ、リンデからさらに北西に大島西岸の都市『カスト』まで続いているのだが、古帝国における湖西の先住民に対する防御設備であったから整備された街道であった。


 リンデの手前には郊外の街である『ドレント』、リンデとデュブリスの中間に位置する『ロブリビス』という都市がある。『カンタァブル』と『ロブリビス』の間には大きな街が存在せず、一日は野営となる。


 おそらく、その辺りに街道用に整備された『野営地』が存在するのだろう。ある程度水場などが確保されており、また、纏まって野営する分、魔物や野盗の襲撃もまとまって野営する分には警戒をしやすくはある。


 朝、同じような時間に『カンタァブル』の街を出れば、出発の時間差はあったとしても、同じような時間差で野営地に到着する。一日の移動距離は凡そ20㎞程であるから、そんなものである。


「ゆっくりな旅もいいわね」

「そうね、いつもならこの三四倍の移動速度ですものね」


 今回は『魔装荷馬車』であるので、馭者台に二人、後方に一人の配置となる。とはいえ、馬は並足でゆっくりと歩いている。


「やっぱり、魔装馬車は乗り心地いいですよね!」


 警戒中の茶目栗毛(後方)と、馭者台の灰目藍髪とルミリ、そして、馬車の荷台でくつろぐ……碧目金髪。


「野営地で集団で休むなんて初めてかもですね」

「そうね。帝国では野営地でワザと襲撃されるような過疎な場所でしたものね」

「……そうなのね。あなたらしいわ」


 今回は「商会員アリー」として、野営地でこの地の商人、その多くは原神子信徒であろうが、その考え方や価値観を知ることができればと考えている。


「一人二人ではわからないんじゃない?」


 原神子信徒は、様々な宗派に分派している。これは、教皇庁の元に一元化した見識を有する御神子教会と異なり、聖典の解釈や信仰の姿勢で様々な対応を個人が選択した結果であると言える。


 例えば、『ミサ』を否定する信徒もいるし、御神子教徒に対する加虐的思考を持つ信徒もいる。連合王国は国王を頂点とする『聖王会』が取り纏めているのだが、あくまでも教皇庁とは敵対せずに済ませようと考えている。でなければ、ネデル同様神国による『聖征』の対象となりかねない。


 姉王の時代、その前の父王時代の政策をとりやめ教皇庁に対して恭順する姿勢を示し、神国の王太子を王配とした時代から、姉王の死後、父王時代の政策への回帰がなされてきている。女王陛下に対する『破門』を行おうとする教皇と、あくまでも現時点ではことを構えることを良しとしない神国国王の間で辛うじて均衡が保たれているに過ぎない。


 神国の王太子は幼年であり、帝国皇帝の皇弟が王弟殿下同様に王配候補として挙がっているものの、こちらはあまりメリットがなさそうであるので進んでいないようだ。


 実際、女王陛下を担いでいるのはリンデの商人たちと、原神子信徒の貴族・郷紳層であり、彼らの価値観を理解するには、その人と話をしてみるのが一番だろう。故に、商会員・下級貴族の令嬢として旅人に紛れることにしたのである。





 野営地で声をかけられたのは、行商人ではなさそうなリンデに商会を持つ男で『サンセット』と名乗る身なりの良い中年の男であった。


「王国の『ルルイエ商会』ですか」

「……『ルリリア商会』ですわ、サンセット様」


 悪夢を見そうな商会名ではない。サンセット氏は港湾都市『デュブリス』で商談を行いリンデに荷と共に戻る途中であるという。商会員と思われる男とその護衛で馬車数台、同行者は二十名ほどである。魔法袋を持たない普通の商人であれば妥当なものだろう。


 川を遡る事になることもあり、水運を使わず陸路をリンデに向かう事にしたのは、納期の問題だという。主に、ネデルのアントブルペン(Antbullpen)の市場に羊毛製品を納品し、彼の地で砂糖や希少価値の高く嵩張らない工芸品等を仕入れてリンデで販売する仕事であるという。


 彼女達のリンデ訪問の目的が「アルコールや香水の類に加え、『聖真鍮』のゴブレット」であると知り、是非、自分の所で顧客を紹介したいと熱心な勧誘を

受けている最中である。


 あからさまな勧誘を躱しつつ、「顔つなぎしてもらえると有難い」とやんわりと話を逸らす。





 リンデの商業事情などを聴きつつ、彼らが「原神子信徒」の中でも特に『厳信徒』であることに話が移る。


「教区が無いんですのね」

「はい。私たちは、聖典に基づく信条を同じくする者が集まって教会を営みます。司祭ではなく牧師、その牧師は信条を深めることに長けた者がつき、皆で話をしながら信仰心を高めているのです」


 原神子派は『ルテル派』も『カルビ派』も聖典を拠り所とし、修道士や様々な教会の典礼に対して否定的な考えを有している。その昔、先住民を教会の信仰に取り入れる際に「必要悪」として認めた、異教の風習を教会に典礼に取り込むことを否定しているのである。


 確かに、教会の典礼の中に、精霊魔術や魔力を高めるための所作が多く含まれており、そのようなことを聖典には記されていない『異端』とも言える内容が含まれている。


 とはいえ、精霊魔術や魔術と聖典は併存しているものであり、聖職者の『神の奇蹟』には、精霊魔術の効用も含まれていると考えられる。彼女の「聖女信仰」により与えられた不死者に対する聖なる魔力の効果などは、明らかに聖典と相反する内容でもあるのだが、効果があればそれでよい。御神子教は、御神子の考えをそのまま伝える者ではないし、聖典にも『御神子はこう仰いました』と、伝聞形式・書簡形式で書かれている内容も多いのだ。また、相反したり矛盾と感じる内容もないわけではない。


 教皇庁や御神子教の教会においては、聖典の解釈に関して統一見解を有しており、その間に齟齬は本来存在しない。


 しかしながら、『原神子信徒』は聖典にその論拠を求める故に、解釈の違い、何に重点を置くかの違いによって『宗派』を異にする存在となる。


 どうやら、『厳教徒』は、連合王国の「聖王会」の教皇庁とは表立って対立することなく、事を荒立てないという女王陛下の在り方に不満があるようで、『聖典』に則った厳格な教会が必要だと考えているのだという。


「教会や礼拝堂に必要以上の飾りつけをするなど、異端そのものですからな。偶像を拝むといった悪しき慣習は異教の名残ですから」


 本来、『聖母』を祀るといった典拠は存在しない。しかし、『泉の女神』のように身近な精霊を「女神」として信仰しその恩恵に感謝するというアルマン人ら先住民の信仰を御神子教会が取りこんだ結果、『聖母』や『聖人』を信仰がもたらした奇蹟を崇敬するという理由で教会内で礼拝施設を設けたりしている。


 これは、それぞれの聖人に『祭日』が設けられており、幾つもの聖人聖母の礼拝堂を参礼することで生前の罪が許され天の国へ近づけるという信仰につながっている。


 ある意味「観光」であり、また、教会としてもこうした「祭日」で販売する記念コインなどが収益源となっている為、聖典の中身を読み解けるほどの教養のない多くの庶民が喜んで参加し、いくばくかのお金を払い信仰心を確認することになる。


「教会の金儲け主義にはウンザリなのですよ」

「では、あなた方の教会はどのようなものなのですか」

「簡単に言えば、信仰を同じくする『ギルド』に近いでしょうか。同じ信条を有する者同士で結びつく。それは、今までの住む場所にある教区に縛られる存在ではなく、考えで結びついたものなのです」


 確かに、話をするだけであれば『場所』されあれば襤褸小屋でも問題ないだろう。とはいえ、それなりの身分の者が集まるのであれば、ささやかな城館のようなものになるのかもしれないが。


 とはいえ、小教区と呼ばれる、街区や村といった隣近所の集合体においてその場所にある教会や聖職者の存在は拠り所でもある。そもそも、ほとんどの住民は文字は読めないし、名前程度以外は書く事も出来ない。名前をかけたからと言って「書ける」とは言えないだろう。


「教区が無くなると、その教区教会で行う施療院や孤児院と言った救済の施設はどうなるのでしょうか?」

「全くなくなるわけではありませんよ。ですが、私たちの信仰にはあまり重きを置くべき事ではないと考えております」


 教会はその実、第二の領主のようなものである。十分の一税を集め、信仰を拠り所に心理的に住民を支配しているとも言える。また、小さな村や街の聖職者は大概その領地の領主の子弟であることが多い。高位の聖職者であれば、それなりの家系で教育を受ける環境とその為の寄付を教会に行う事ができる大領主となるであろうし、そうでなくても自分の領する土地の教会に縁者を送り込むことくらいは行うことになる。


 結果、古代語が読めないために聖典の内容も理解できていない、ミサも秘蹟もまともに執り行えない『聖職者』も多数存在する。しかし、だからといって不要かと言えばそうとも言えない。


 教会で行われる秘蹟は『洗礼』『堅信』『聖体』『告解』『終油』『結婚』に加え聖職者の『叙階』が加わる。


 生まれた時に行う『洗礼』により、御神子教徒として神に認められ、『堅信』『聖体』はその教徒としての成長を認める通過儀礼の一つ。『告解』は、罪を悔い改める告白であり、日々、行われる事になる。また、『結婚』『終油』は人生の節目である婚姻と死去の際に行われる

秘蹟である。


 人生の節目には教会での『秘蹟』である典礼が必要であり、神からの見えない恵みが人間に与えられる行為なのだ。


 言い換えれば、人生の節目は教会と共にあると言える。


 『厳信徒』は、その辺りの役割りを教会に期待しないということなのだろう。『洗礼』も、物心ついたのちに自らの意思(という名の周りからの強制)で行われるべきであり、『告解』『終油』『結婚』などは不要であると考えている。


「随分と……合理的なのですね」

「商人だからでしょうか。本来、信仰は自らの心で行うもの。教会の司祭や教皇からあれこれ指示されるものではありますまい」


 確かにその通りかもしれない。けれど、教会の担ってきた役割を別の形で残さずに、単純に放棄してしまえば、小さな街や村は維持できなくなるだろう。


 原神子信徒が多いのは都市であり、そこに住まう商人であることが多い。住む場所の同質的な階層と結びつくだけでなく、他の都市の同質的な住人と結びつき、一つの集団を形成している。同じ場所に住む関わりの無い住人に対する関心はかなり薄いのだろう。


 仮に、大商会の長であるとして、そこで働く商会員や荷物を運ぶ運送ギルドの人間、その周りにいる食品を売る商人や屋台や行商で商売をする人間にとっては『厳信徒』の集まる教会に居場所があるのかと言えば疑問である。


 小教区教会の担う社会的役割に関して、『お金持ち』である聖典の読める彼らは無関心であるということなのだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] >彼らは無関心である お金が欲しいなら働いてお金を稼げばイイじゃない。 勤労は神の御心にかなうんだからサ。 自ら動く、それがスジ。 ぐらいは思ってそう。
[一言] ルルイエ商会の店員は魚ヅラだな
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