第613話 彼女は『カンタァブル』へと至る
第613話 彼女は『カンタァブル』へと至る
『古帝国街道』……すでに滅んでから千年は経つだろうか。世界を一つに纏めていた巨大な帝国の築いた石畳の舗装路である。その目的は、速やかに帝国の外周に戦力を送り込む交通路の整備。
四方を敵に囲まれた建国当初の古帝国……当時はまだ古国に過ぎないが、領域を広げるにつれ、中心の都市からその領境まで迅速に軍隊を派遣するため、当時としては比類ない街道を整備した。
王国内にもそれを起源とする街道が数多く存在し、未だに再整備され使われている。なにしろ万余の軍を移動させるのだから、幅も広く直線的な街道を整備し最短距離を目指す事になる。因みに、ネデルはその領域を南北に分ける際、この古帝国街道が境となっており、南は王国の、北は帝国の影響を受けた地域となる。
「急に歩きやすくなりました」
「そうね。往来も多くなったし、流石千年の街道だわ」
『千年街道』というのも、古帝国街道の別名である。兎馬車を伴い、巡礼者風の物が歩いてても違和感がなくなる。
『カンタァブル』は、連合王国における宗教的な中心地であるが、御神子教が古帝国によりもたらされた際、その拠点は現在のリンデにあった軍団駐屯地に存在していた。
古帝国崩壊後、『大島』に再び御神子教を広めるために渡海した『聖アウグス』により建立された大聖堂がその始まりとなる。そして、歴代の大司教がこの地に葬られた事で、その地位を高めてきたと言えるだろう。
一度はロマンデ公の侵攻時に破壊された大聖堂ではあったが、その後、公により再建されさらに立派なものに建て替えられた。
また、王家に所縁のものでは百年戦争で王国を大いに苦しめた『黒王子』の遺骸もここに安置されている。
また、大聖堂建設時から『カンタァブル』には修道院が存在したものの、父王の時代に解散させられ、今では『大学』として運営されているのだそうだ。リンデとの距離は80㎞ほどで、リンデとカ・レの対岸にある港湾都市『デュブリス』からほどちかい。サウスポートとベンタの関係に近いかもしれない。
「魔装馬車なら……三時間というところね」
「普通は二日はかかります。目立ちますよ」
「魔導艇で川を遡ればいいじゃない?」
「それもかなり目立ちます。ここで王弟殿下を待ちますか?」
彼女は、王弟殿下一行と合流する前に、リンデの街を自由に見て回りたかった。原神子教徒が多く占め、ネデルとの貿易で栄える街。今では無くなってしまって久しいが、商人同盟ギルドの領事館が設置されていたと記憶している。帝国の商人とのつながりも浅くはあるまい。
「冒険者ギルドはあるのかしらね」
「あるけれど、ネデルや帝国・ボルドゥに向かう商人の護衛の依頼が主のようね。国内向けの依頼はほぼないと聞くわ」
連合王国内の荒事の依頼は、各地の貴族か『賢者学院』に依頼をすることになる。冒険者ギルドは対外向けの仕事を受ける窓口にすぎず、リンデはサウスポートなどの貿易拠点にしか存在しない。
「賢者とどう連絡取るんでしょうか?」
「流しの賢者を捕まえるしかないとかだと嫌なんですけど」
各地域の主要都市には『賢者学院』の連絡所、基本的には王家の代官施設に所定の書式と用紙を用いて提出すると、半月程度で『賢者』が依頼内容に応じて派遣されてくるという。向き不向きがあるので、その選定は学院に付託されており、また、解決する迄、何度でも派遣されることになるという。
「依頼料、高そうですわ」
「そうでもないみたい。滞在中の衣食住と寸志で済むのだそうよ」
「へぇ、良心的です」
良心的と言うよりも、学院と王家の取り決めであるという。存在を認め、またその内容に『異端審問』を行わないという理由で、法律上は「大学」に等しい機関として保護されているのだという。
また、貴族からの依頼も少なくないようで、その場合、相当の『寸志』が渡され、また便宜も図られるのだそうだ。なので、学院運営は問題ないようだ。
教皇庁からは『賢者』と『賢者学院』を「異端」とする見解も示されたのだが、「傭兵」として有用であり、自立した存在である学院を修道院のように扱うメリットが無いと考え、父王の代以前から持ちつ持たれつの関係が続いているという。
父王が熱心でも厳格でもなく、流行として原神子信徒を利用したということになるだろう。
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ということで、彼女達は再び『カンタァブル』で武具屋へと足を運んでいた。今までは何か問題があれば「リリアル」に戻るという選択も出来たのだが、海の向こうである今となっては、季節にもよるが早々簡単に戻る事もできない。海が荒れれば魔導船でも移動は当然困難だからだ。
「だからといって、大きな街で武具屋に足を運ぶ必要は必ずしもないでしょう」
「まあまあ、そんなこと言わないの。これも敵情視察よ」
リンデに向かう主要街道上にある大都市であるから、冒険者や護衛役、郷紳層や貴族の使用人で武具を求める者も少なくない。リンデで購入する事も考えるが、この地でも見る価値はあるかも知れない。
「先生、何か変な剣があります!」
碧目金髪と灰目藍髪が雑多に中古の剣が放り込まれている樽を覗き込んでいる。
「呪いの剣でもあったの?」
「商売の邪魔をするなら帰ってもらえるか!!」
「ちょっとした冗談でしょう。ムキにならないでよね」
店主は冗談だと言いつつ、樽の中は一律大銀貨一枚だと言う。安くはないが、荷担ぎの日当ほどになるだろうか。
「どれかしら」
「この剣、短剣よりは長いですけど、ごつくて短いです」
どうやらそれは、古帝国時代に作られた『グラディウス』のように見て取れる。長さはスクラマサクスより短く、刃は両刃の幅広の剣。戦列を組んで押し合った状態から白兵に移行する際に使い勝手の良い短く太く振り回しも刺突もできる個人装備だ。
内海の都市国家同士の戦争から、異民族の先住民相手の戦いや騎乗した兵士を相手にするようになると、剣は細く長くなり、片刃曲剣のような形へと変化していくのだが、これはそれ以前の歩兵の剣である。
「それは、どこぞの遺跡から発掘されただか盗掘されただかの剣だ。モノは良いが、今の戦い方に合わないからと長く置かれていてな。邪魔だからそこに放り込んだってわけだ」
確かに、間合いが中途半端だ。スティレットより長いが大きく隠せない、腰に吊る剣にしては短く鈍重な感じだ。
『買って』
フローチェが話しかけてくる。
『それ、買って』
「……これ、いただくわ」
「まいどあり! まあ、この手の剣は鉈替わりにもなるから、旅に持ち歩くには便利だ」
古臭い剣が売り捌けて、店主は嬉しさを隠し切れない。嘘は言っていないが、重くゴツイ剣は、剣としては今一だと分かっているのだろう。
『グラディウス』は古帝国の兵士が所有していた剣であるが、歩兵が戦列を組んだ際に干渉しない大きさになっている。後年、アルマン人との闘争が頻発する際には、振り回し斬り降ろせる剣に切り替わったが、内海の都市国家と似たような装備で戦う時代においては、短い剣と言うのは大いに威力を発揮した。
盾を連ね、先ず投槍を投じて相手の戦列を乱し盾に投槍を叩きつけることで盾を破壊ないし持ち歩けないようにする。そこに、盾の壁が押し寄せ、盾の隙間から剣で『刺突』する。もちろん、敢えて戦列を崩し、押し包んで包囲殲滅する形も臨機に行うのだが。
『それ、わたしの祠に祀られていた神剣なのだわ』
『金蛙』の泉には、古帝国風の宝剣・神剣が封じられていたのだという。精霊であるフローチェの加護を与えられた『巫女』は、その剣を持ち、精霊魔術の効果を高めることができたのだという。
『黒ずんでいるけど、それ、魔銀と銅の合金よ』
魔銀1に対して銅3を加えたもので、灰暗色をしている。
「魔銀銅とでもいえばいいのかしら」
『なんでもいいわ。あの子らは『四分一』って呼んでたけど』
四分の一魔銀なので『四分一』ということなのだろう。伯姪が手に取り軽く振ってみる。
「重いわね」
魔銀と銅の合金であるから、見た目よりずっと重い。硬度は『鉄』程度で、『鋼』とは大いに異なる。とはいえ、鋼鉄が珍しい時代においては十分な実用武器であった可能性は否定できない。
「魔力は通るのでしょう?」
『もちろんよ! けど、巫女以外は駄目よ。そういうものだから』
「なら、試してみなさい。これは、あなたの装備になるのだから、使いこなしてもらわなければね」
ルミリは戸惑いながらも受け取る。巫女が女性であることを前提に、『グラディウス』としては小振りなものなのだろう。身幅は拳を立てたほどもあるので印象は変わるが、大きさとしては帝国の短剣『バゼラード』の長めのものに近い。50cmほどだろうか。
「変わった柄ですね」
『これ、外れるの。柄頭にピンがあるでしょう? それを外すと、杖の先端に付ける穂先と石突に別れるの。なので、短槍みたいなかたちで用いることもできるの』
柄は丸みを帯びており、中は中空にしてあるようだ。杖とはピンの穴に眼釘を入れて固定するのだろうか。
「古い短槍はソケット式も少なくないから、おかしくはないわ」
「そういうものなのね」
恐らく、ニース城なり騎士団には古い時代の武具が保管されているのだろう。伯姪は、その辺りを根拠に話をしているのだと推測する。
「柄が折れた時、簡単に交換できないじゃない? 填め込み式なら、柄の太さを適当に加工すれば、その辺の棒きれでも使えるから。耐久性より簡便性をとったのでしょうね」
『失礼ね。あの時は、これが普通だったの。武器なんて、戦争するたびに進歩するんだから、今とは違うのよ』
フローチェ氏は『古臭い』と言われたと思い、お冠である。とはいえ、リリアルの冒険者組の標準装備の『スクラマサクス』などは、『鉈刀』の系譜であり、凡そ騎士の装備ではないが、実用を重んじ、また、冒険者として違和感のない魔銀製装備としてあえて誂えたのだから、そういう考えも理解できる。
『祭具なんだから、それでいいんだろうな。まあ、そこそこ斬れそうではある』
『魔剣』の言葉に『金蛙』の機嫌がやや治る。しかし、様子がおかしい者が二人。
「先生」
「どうしたの?」
「なにか、声が聞こえます」
「先ほどから急に……聞こえるようになりました」
茶目栗毛に視線を向けると、確かにとばかりに頷く。
『その四分一の影響ヨ。巫女が精霊と話している内容を、魔力の少ない人間にも伝える効果があるの。ほら、巫女が適当なこと言ってるって疑う馬鹿もいるからということ……だけじゃなくって、仲介役として巫女が間に入る意味があるようになる祭具なのよ』
恐らく、魔力を拡大する能力があるのだろう。もしくは、波長を整える効果があるといったところか。人間の聞こえない音を聞き取ることができる動物と同じようなものだろう。
『ようやく戻って来たわ』
フローチェ曰く、修道院が破壊された時に、祠も壊され封じられていた剣も盗まれたのだという。
「抗議しなかったんだ」
『したわよ!! でも、あの聖典馬鹿どもは、精霊の声なんて聞こえやしないんだと思うわ。いると思わなければ聞こえないじゃない?』
彼女達はなるほどと思う。目の前にあっても、そこにあると認識できないと見つけられないのと同じ事だ。それを利用した技術が『気配隠蔽』なのだが。
「見つけてしまったのが運の尽きでしたね」
「……本当に、自分の目を疑ったわ」
「二本足で立つ蛙……驚きました……」
『酷いわね。言い方があるでしょう? これでも大精霊……見習なのよ!!』
フローチェは良い所で巫女のいた部族がロマンデ人の襲撃を受け、御神子教に帰依することになったため、大精霊に至れなかったのだという。
『誰か、信仰してくれないかしらね』
「……蛙は無理……」
「蛙ですものね」
「蛙か……ちょっと考えさせてもらいたいわね」
「無理よ。私たち、既に領地の大精霊様の祝福いただいているのですもの」
どうやら、巫女に指名した『赤目のルミリ』以外はお断りされる模様。
「領都の一角に祠を祀るのはどうでしょうか」
茶目栗毛曰く、森の中の泉とは別に、領都に巡らせる水路の一角に
祠を設けるなり、井戸を掘って泉の代わりにするなりできるのではという
のである。
『採用。健康祈願に安産祈願、旅の安全に失せ物探し、なんでもご利益があるありがたい精霊なのよ!!』
既に大精霊が二体もおわすワスティンであるが、新しい領都の中に、そうした場所がある事は悪くはない。教会や礼拝堂の近くなどであろうか。
「蛙だから帰る・返るってことですわね」
「ダジャレじゃあ、ありがたみが無いと思うのよ」
『ご利益は駄洒落じゃないわよぉ!!』
人間の見えない力を感じたり信じる思いは、大昔からある感覚であり、森の中で一人活動していると、そうした不可視の存在を感じるのである。
ところが、都市に住み文字と人間とばかり付き合っていると、そうした不可思議な感覚、自然に対する畏敬の念を失ってしまうのだろう。原神子信徒に都市住民が多く、商人や識字ができ『聖典』を母国語であれば自分で読める者が多いという事も理解できる。
「見えないものはいない……そう単純に考えているのでしょうね」
『なら、神様も魔力も存在しないじゃねぇか。見えない毒の煙だって存在するのによ』
原神子派のうさん臭さというのは、『聖典』をよりどころとして、見えないものは存在しない、聖典に書かれていないものは間違っているとでもいいたいのだろう。だが、聖典の内容も教皇庁で取捨選択されているという事を彼らは知らないのだろうか。彼女はその無知さ加減にうんざりするのである。
お読みいただき、ありがとうございました。
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