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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
第二幕 巡礼街道から首都へ
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第612話 彼女はこの国の姿を考える

第612話 彼女はこの国の姿を考える


「『(aqua)(fumus)』、中々いいじゃない」

「魔力走査と組み合わせれば、自分から一方的に仕掛けられるわね。屋内での不意打ちなんかでも便利そうだわ」


『水煙』の使い道に関しては、色々ありそうだというのがリリアル幹部の発想だ。魔力量が多めであれば、加護が無くても相応の目くらましを作り出す事ができるだろう。


「砂漠でも可能でしょうか」

『水分が少ないところでは簡単に作れないわよ。ここは、森も川も近いから

容易だったけどね』


 この中で、フローチェトークが聞き取れるのは、加護持ちルミリと、彼女と伯姪だけ。茶目栗毛は「何か話している」程度は分かるが、魔力量の少ない加護もない薬師娘二人には気配しか感じられていない。


 とはいえ、リリアル生は『水の大精霊』の『祝福』が与えられているので、精霊の存在は感じられるのだが。


「便利だよ!」

「そうね、少々羨ましいわ」


 騎士に叙任された薬師娘に、揶揄うような伯姪の一言。


「騎士としては非情なんじゃない?」

「勝利こそすべてですので、それは問題ないかと思います」

「騎士には負けられぬ戦いがあるとです」

「……誰?」


 などと、わちゃわちゃしていると、村から馬車が出てくるのが見える。一行は道のわきに兎馬車を寄せ、馬車に道を譲る。


「巡礼ですか?」

「はい。カンタァブルまで行く巡礼です」


 わざわざ馬車を止めて、農夫らしき男は声をかけて来る。


「最近は、巡礼が襲われたりする事件があるからお気をつけなさい」

「ご心配ありがとうございます。護衛もおりますので、大丈夫かと思います」


 茶目栗毛がマントを跳ね上げ剣を見せる。


「なかなか立派な剣をお持ちだ。腕前も相当なんでしょうな。なら安心だ」


 うんうんと自分を納得させるように男は頷く。


「この辺りは、日暮れ時になると魔犬がでるので早めに宿をとるなり、野営をする方がよろしいですよ」

「魔犬ですか。狼ではないのですね」


 なんでも、連合王国は百年戦争のころまでに、狼はすっかり狩りつくされてしまっているのだという。牧羊のためにも、懸賞金付きで貴族も領民も狩りつくしたのだそうだ。なので、狼はいないが犬の魔物は存在する。


「送り狼のように、黒い体で赤い眼の犬が追いかけて来るんだ」


黒妖犬(hellhound)』と地元では呼ぶのだそうだ。


 農夫は「気を付けて」と声をかけ馬車を進めて行った。


 彼女は、『金蛙』に何か知っているかと問うと「知らない」と返って来る。


「精霊も大したことないのね」

『だって、悪霊の類は良く知らないのよ。まあ、狼がいないから、犬に悪霊が取り付いたんでしょうね。この辺では、動物をいじめるのは娯楽だから』


 熊虐めが見世物として成り立つ国であるから、人に懐く犬のような動物は、虐めの対象になりやすいのかも入れない。虐め殺された犬と悪霊が結びつけば、魔物となるのも頷ける。


 伯姪は、ルミリから『牛舌』と呼ばれる幅広のスピアヘッドを持つ短槍を受け取り、「これね」等と言いつつ軽く突いたり振ったりしている。


「確か、聖エゼルの領兵の装備とか言ってたわね」

「城塞の警備に城下の村から募集した兵士が装備していると聞くわ」


 聖エゼルの修道女騎士達は、みな魔力持ちであるから魔銀や魔鉛鍍金加工の装備を用いているが、農民の領兵は普通の鋼鉄製の槍などを装備させることになる。


「これって、徴募兵みたいな訓練不足の兵士でも、反乱農民や魔物に対抗できるように刃を大きく広くして切っても突いてもいいようにスピアを改良したものなのよね」


 方陣を敷いて騎兵の突撃を防ぐ『パイク』のような扱い方でもなく複合武器を用いた常に有効な攻撃を選択できる『ハルバード』のような熟練兵向けの装備でもない。組織だった戦闘にならない、暴徒や装備の貧弱な魔物を討伐する際の装備なのだ。


「どう? 使い勝手は」

「身体強化すれば問題ありませんわ」

「三期生の魔力無組は、この辺りが良い選択かもしれないわ」


 これまでの薬師組などであれば、フレイルでの自衛などを行わせていたのだが、それでも魔力があるので魔装銃手に転向させた経緯がある。しかし、魔力無の男子なら最初は短槍あたりから学ばせた方が良いだろう。『ラ・クロス』の練習で長柄に馴染みやすい土壌がある。


「突くだけでなく、斬撃もできるなら選択肢は広がるでしょう」

「フレイルも振り回すの一苦労ですし、小さい子で魔力無なら素の体力で持つこと考えると、こっちの槍の方が良さそうですね」


 薬師娘二人も同意するようだ。


「こっちも使ってみましょうか」

「……魔銀鍍金仕上げじゃない」

「そう。姉さん的には、こんな感じで魔力を通して振り回したいみたい」


 スピアヘッドが大きい分、魔力はより多く纏えることになる。斬味が増すとでもかんがえているのだろうが、『ランデベヴェ』の導入意図と乖離している気がするのは気のせいではない。


 彼女は、身体強化をし、魔力を纏わせてから『飛燕』を魔装鍍金牛舌槍から繰り出す。離れた木の枝がバサりと斬り落とされる。


「こんな感じで悪くはないわ」

「へぇー、ブレードがある分、バルディッシュみたいな感じになるのかもね」


 反りがあるバルディッシュの斬撃性能が高いのは言うまでもない。だが、使い勝手は近いかもしれないと彼女も感じていた。


「剣は自衛用の装備だから、その訓練はまた別途するとして、討伐や防衛任務には『牛舌槍』隊で訓練するのもいいかもしれないわね」


 少なくとも、間合いの短い片手曲剣よりは安全に行えるだろうか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 村から離れた林間の草地。街道からも見て取れない場所を選んで、彼女達は野営を行う事にした。


「カンタァブルまでは大きな街以外、野営で済ませましょう」

「街中で警戒するよりは魔力走査しやすいですから、むしろ安全かもしれませんね」

「季節的にも問題ありませんし、遠征用の荷馬車であれば宿と大して変わりません」

「むしろ、視線を感じない分気が楽かも」

「「「確かに」」」


 宿の食堂などで若い娘ばかりの一行は注目されるのだ。護衛の茶目栗毛も優男なので、気安く話しかけてくる者も少なくない。これが、ジジマッチョあたりが同行者なら全員姿勢を正して視線すら送ってこないのだろうが。


「こう何度も襲撃されると嫌になるわね」

「ギルバートは平和でしたわ」

「あそこは、ちょっと独立した街だからでしょうね。領主やその係累が力を発揮しにくい場所だから」


 半ば王領であるから、勝手なことをする代官もいない。また、学生やその世話を焼く使用人も地元の人間ではないので、まとまっていないと言えばいいだろうか。故に、安全なのだと言える。街ごと牛耳る存在がいないからだ。


 その点、田舎の街や村は『支配者』が存在する。好き勝手余所者にやらかしたとして、その住人は余計な口を差し挟まないし、見て見ぬふりをするだろう。とても治安が悪いのだが、百年戦争期の王国もそんな感じであったと伝えられる。


「王国みたいに、騎士団が行き来して治安を守ったりしていないんですね」

「王家の騎士団や王国の騎士団が存在しないからでしょうね」

「「「存在しない……」」」


『聖蒼帯騎士団』『聖赤帯騎士団』といった名称の騎士団は存在するが、これは有力な地方貴族や高級官僚・宮廷貴族に与えられる名誉の席次であり、『騎士団』として活動しているわけではない。


 連合王国には、各貴族の有する『諸侯軍』、各地の州総督が指揮する『徴募軍』、そして主に帝国から来る『傭兵』が戦力となる。


 諸侯軍は『領軍』とも言われる常備の戦力であるが、諸侯の私兵である騎士達と、その諸侯を旗頭とする州や郡の地主層『郷紳』が主な戦力となる。何度か絡まれているのは、原神子信徒の多い貴族の所領にいる『領軍』なのだろう。囲んだ兵士には『徴募軍』として参加させられた者も含まれていたかもしれないが。


「じゃあ、女王陛下の警護は誰がしているんですか?」

「護衛隊が存在するけど、せいぜい百人くらいだと聞いているわ」

「近衛騎士と同じくらいね。まあ、どの程度の実力かは知らないけど」


 王国のように貴族の子弟というわけではないだろう。そもそも、貴族の数がとても少ないのが連合王国だ。騎士は貴族ではないので、そうなってしまう。


「ああ、だから色々勝手なことをする奴らが湧いてくるんですね」

「露骨な反逆行為でもなければ、捜査もできないでしょう。利益誘導して人気取するくらいしかやりようがないかもしれないわね」


 王国の場合、王家の直轄領となっている都市も領地もかなり多い。そこに、王家の官吏である代官たちが赴いて統治をしている。領主としての貴族も存在するが、年々数を減らしている。貴族の多くは、王から与えられた爵位と王領の管理を委ねられたものが多数を占めている。


 対して、連合王国の貴族は、大貴族であれば女王に匹敵する経済力

を有している者も少なくない。リンデに在住することなく、それぞれの領地で『王』のようにふるまうものも少なくない。百年戦争前の王国もそのような姿であったし、神国・帝国も名目上「国王」「皇帝」を頂いているものの、実際は小邦の集合体に過ぎない。


「百年戦争の頃とはまるで逆ね」

「こっちはあの後、『三十年内乱』があったでしょう? あれで随分と王家の力が落ちてしまったのね。関わらなかった地方の高位貴族が相対的に力を残したという事でしょうね」


 百年戦争の戦場となった王国は、その間に王家内部の闘争を含め貴族の集合離散が何度も行われ、やがて高位貴族が淘汰されてしまったという経緯がある。一部、ネデル・ランドルに力を持っていた大公家は独立してしまったが。戦争を期に、いや、戦争に勝つために王家の力を財政面や統治能力の面で強めたということがある。


 賢明王の時代、王家の税収はそれ以前の三倍となった。でなければ、王国を護る軍事力を王家が持てなかったからである。


 海に囲まれた連合王国では、北王国との戦いもあるとはいえドングリの背比べであり、国境線で争う事がほとんどだ。なので。北部の諸侯は戦慣れしている反面貧乏だ。南部の諸侯はリンデの商人たちと同様、ネデルなどとの貿易で稼いでいる為、自身の利益を優先する傾向が強く、女王にその為に協力している。が、戦力としては怪しい。


 武力の北部、経済力の南部という関係に挟まれ、女王陛下はそのバランス取に懸命なのだろう。保守的な北部は御神子教徒が多く、南部はその逆だ。


「王太子殿下が自らに忠節を誓う王立騎士団を南都で立ち上げる理由が良く解るわ」

「いるか隊」

「海豚騎士団」

「可愛らしいですわ」


 王太子=ドルフィンなのだから仕方がない。おでこが可愛いところが少々似ていなくもない。


 王太子が選抜し教育し叙任した騎士達は、王太子個人に忠節を誓う存在だ。王家に誓う『近衛』、王国に誓う『騎士団』とは異なるのだ。


 王太子に対抗する勢力が生まれたとしても、王立騎士団と同等の戦力を持つ貴族は王国には生まれない。故に、王太子が王となるならば、さらにその力は強まりこそすれ弱まる事は考えられない。


「護衛隊とまた模擬戦させられるんじゃない?」


 伯姪は思い出したかのように話をする。レンヌへ向かう王女の護衛を引き受けた際もそんなことがあった。そもそも、ニースでもジジマッチョの前で腕試しさせられたのではないか。


「私は参加しないわよ。お願いするわね」

「畏まりました」

「ええ……えええ!!」

 

 薬師娘二人とも王国の正騎士であるから、当然、女王陛下の前で腕試しをすることになるのだ。彼女は、流石に遠慮したい。


「剣でしょうか?」

「剣か、馬上槍か」

「あるいは『ラ・クロス』」

「熊と戦わされるかもしれません」

「「「あ……ああぁ……」」」


 古帝国時代の見世物に、剣闘士と猛獣を戦わせるというものがあった。熊と剣闘士と言う組み合わせもあり、当時はまだ野生の熊が棲んでいた『大島』からも運ばれた記録があるとか。いまは、子熊を輸入して育てたものを見世物として虐めている。主に、犬を嗾けるそうだ。


「けど、熊虐めの熊って、目を潰されたり短い鎖でつながれて動きが制限されているみたいですよ」

「ひどい話ね」

「流石に、五体満足の熊なら、犬のニ三匹じゃ相手にならなさそうですもんね」


 熊も魔熊も彼女は見たことも討伐したこともある。まあ、竜よりだいぶマシであるから問題ない。


「けれど、『牛舌槍』なら熊でもバッサリいけそうね」

「殺したら駄目でしょう」

「可哀そうですわ」


 目を潰され、日々犬を嗾けられ見世物として生きながられるのと、いっそ殺されるのとどちらが幸せなのだろうかと思わないでもない。


「まあ、この国色々歪んでるわよね」

「人はそれぞれ、それなりに歪んでいるのでは?」


 伯姪の言葉に珍しく茶目栗毛が反論めいたことを言う。


「確かに」

「あなたは、食欲方面に歪んでいるかもしれないわね」

「うう、だって、騎士学校時代はそれくらいしか楽しみなかったじゃない?ふ、太ってないから、筋肉が付いただけだから」

「それは筋肉太りというのではありませんの?」


 私は太っていない!! と連呼する碧目金髪。因みに、魔力の操作が上手な魔術師は基本的に体が魔力の運用に最適な体型・体質に整えられるので長く変化しない。彼女の場合……十代前半で体型が固定化された気がしている。


『人間、あきらめが肝心だ』


『魔剣』の言葉に「ああ、何も聞こえないわ」と彼女は内心反論するのである。



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― 新着の感想 ―
[一言] 剣闘士はキリンとも戦わされたらしいね 草食動物でもあの巨体は脅威だよねぇ >彼女の場合……十代前半で体型が固定化された気がしている それなら20,30になっても妖精呼ばわりされても大丈夫だ…
[一言] 魔剣さん、諦めが肝心だ、なんて。 先回りしすぎ〜。 付き合いが長いから仕方ないかぁ〜。 「妖精のような」外見(体型含む)って、一種の呪い?
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