第604話 彼女は『巡礼狩』を返り討ちにする
第604話 彼女は『巡礼狩』を返り討ちにする
街道から大勢の男がワイワイと声を上げつつこちらに向かってくるのが見て取れる。トーチを持ち、あるいは剣や槍を掲げて横一列に包囲網でも敷くようにである。
男たちの顔は歪んだ嗜虐心で彩られており、これから行われるだろう楽しい宴を思い、胸と股間が膨らんでいる。
「おい!! 大人しく出てこい!!」
「殺しやしねぇよ。ちょっと神の慈悲って奴を俺達にも分けてもらえねぇか」
「おいおい、巡礼者様だぞ。俺達の心を慰めるのも、大切な巡礼じゃねぇのか」
「心じゃなく股間だろぉ」
「「「「違ぇねぇ」」」」
GAHAHAHA!!!
人里離れた街道脇の森の手前。大声を出そうがたいしてきにならない。この男たちの友人知人家族も、何をしているのか薄々は気が付いているだろうが、敢えて止めないところは同罪だ。故に、此奴らが死んで家族や隣人が嘆き悲しんでも全く心は痛まない。
男たちは三隊に別れ、街道沿いを抑える集団、森に向けての逃走路を阻止する集団、そして廃墟に突入する集団に別れている。恐らく、廃墟に集団が突入したのを確認して、伯姪と茶目栗毛は仕掛けるのだろう。
「来ます」
「ええ。こちらはあなた達に任せるわ。最初は銃を使わないでね。逃げ散られたら面倒ですもの」
「うう、頑張ります」
「お任せを」
灰目藍髪は片手剣とスティレットを持ち、碧目金髪はメイスを握り締めている。メイスには当然スピアヘッドが装着されているので、スティレットのように突き立てる事も出来るだろう。
三十人は十人毎に別れ、十人は五人に別れて前後の開放部から入ろうと進んで来る。
「大人しくしとけば、痛いめ見ずに済むぞ!」
「いや、流石にこの人数相手にすると、痛い目見るんじゃねぇか?」
「ギャハハハ!!」
何が面白いのか分からないが、最初の一人の胸に向け、彼女はお試しの突きを入れる。魔力を纏った刃から放たれる『飛燕』。それは、小さな穴を先頭の男の目に穿たれる。
突然、目の前の男が崩れ落ちたのを見て、背後の四人がギョッとする。
「おいおい、足元がふらついてんのか、情けねぇな」
「足腰立たなくなるのは……」
「あなた達よ。一生ね」
スティレットから次々に『飛燕』を繰り出し、男たちの体に次々と穴を穿っていく。
GYAAAA!!!
GEEeeeeee……
痛みを覚え叫ぶ者、断末魔の声を上げて崩れ落ちる者、前者は暫く生き、後者は瞬く間に血を失い動かなくなる。
背後では、剣で切裂き穿ち、メイスで叩き潰される肉の鈍い音が聞こえて来る。振り向けば、足元には五体の男の躯が、頭を砕かれ呻きながらこと切れていくのが見て取れた。
「おい!! どしたぁ!!」
「ぎゃあああ!!!!」
周囲でも大きな声が響き渡る。
「私も打って出るわ」
「では」
「二人はこの場を守ってちょうだい。今日の所は十分よ」
森側には茶目栗毛らしき影が移動しながら、次々に男たちを突き倒しているのが見て取れる。すでに半数は倒しているものの、森に早々逃げ込もうとする男に向け、彼女はスクラマサクスに持ち替えた剣を振るい、『飛燕』を見舞う。
DOSU!!
背後から衝撃を受け前のめりに倒れる男。いきなり何が起こったのかと思ううちに、地面には己が胸からあふれ出す血が流れだす。気が付く間もなく意識を失い死んでいく。
距離のある者は『飛燕』を使い足止めからの止め。近いものは胴を薙ぎ一刃のもとに切り伏せる。
「加減をしなくていいのは楽でいいわ」
『いや、加減しろ。後始末が面倒だ』
『魔剣』にぐちぐちと言われながらも、彼女は『巡礼狩』を倒していくのである。
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街道側の指揮官三人と、包囲を手掛けた十人は伯姪が一人で制圧していた。
「お疲れ様。一人で大変だったわね」
「そうでもないわ。こいつら、全員、あの廃墟に注目してたから、一人一人その間に倒していったの。だから、ちょっとタイミング的には早くしたのね」
廃墟に突入する前から、一人ずつ背後を取り仕留めて行ったという事のようだ。とはいえ、騎乗の三人は殺さず、鐙ごと足を斬りつけ、馬から落として地面に打ち付けている。痛みに呻いているのだが、他のこと切れている仲間と比べればまだ生きているだけましと言えばいいのだろうか。
「馬は、逃げ出しましたか?」
「殺すのは可哀そうだからね。でも、馬だけ戻れば、捜索は始まりそうね」
「半日くらいは時間があるでしょう」
死体が見つからなければ失踪。
「さて、ここでは話もしにくいから、あそこまで連れて行きましょうか」
「……中も死体だらけでしょ?」
彼女と伯姪、茶目栗毛は一人ずつ引き摺って廃墟に到着すると、既に中の死体は森側の裏手へと運び出したらしい。切裂かず穿った傷の為か、床にはさほど血痕が落ちておらず、不快な感じがしない。
「良い感じね」
「魔装銃と同じような効果で、扱いも簡単。良い装備です」
「神経を使いますが、副武装としては良いと思います」
スティレットは細い刃というよりも、ほぼ千枚通のような存在だ。錐と言っても良い。なので、剣や槍を受け流すことは難しい。刃の厚みが必要な技術だからだ。
三人のうち、二人には口に布を含ませ黙らせる。尋問するのは一人だ。
「さて、あなたのお名前は」
中々話し出さないシャイな性格なのだろうか。灰目藍髪がその手の甲にスティレットを突き立てる。絶叫からの、会話が始まる。
「!!!……サー・アンソニー・シモン……だ」
『サー』と自らつけるという事は、郷紳の類と言う事だろうか。騎士ならば、所属も示すであろうし、貴族子弟であればそれも告げないとも思えない。
「では、どこから来て、なにをしていたのかしら」
しばらくのだんまり。そして、今度は太ももにスティレットが突き立てられる。
「ほら、素直に話さないと、いつまでも痛い目見るわよ」
伯姪もスティレットを背中に突き立てる。肺や心臓に刺さらないように慎重にである。
痛みにのたうち回っていたシモン卿だが、この近隣の荘園領主の一人であり、二人は『同志』なのだという。転がっている兵士たちは、その領軍兵士であり『訓練』と称して時々動員しているのだという。つまり、常習犯というわけである。
「で、何をしていたのか聞いているのだけれど」
「……異端狩りだ」
「異端? 巡礼するのが異端と言うのかしら」
「そうだぁ!! 教会で祈り、聖典を読み、神の御心を考える。それが信仰と言うものだ。大昔に死んだ大司教の墓を詣でるのは真の信仰ではなく異端なのだぁ!!!」
突然何かのスイッチが入ったのか、シモン卿は絶叫し始める。
「だから、私がこのような辱めを受けるのは間違っているぅ!!」
『馬鹿なのか此奴』
『魔剣』の言葉に彼女は内心同意する。
仮に、この男たちの行動が神の御心にかなっているのであれば、襲撃が失敗するはずがない。失敗し、自分たちが殺され、痛めつけられている時点でそうではないのだ。もしくは、痛めつけられ殺されたことに意味があるとしなければならない。
「大きなお世話よ」
「……なんだって」
「だから、大きなお世話だと言っているの。あなたに神様の心を騙り、異端の何たるかを語る資格はない。そもそも、ただの暴行拉致じゃない。異端なら神の敵・悪魔と同義であるから何をしても良いと思っているのでしょう?」
「「「……」」」
三人の『郷紳』が気まずそうに顔を下に向ける。唸り声を上げていた者たちが息を殺すかのように黙った。
「それならば、巡礼を襲う悪魔を討伐することも、また、神の御心に叶う行いという事ね」
「それはそうです」
「まったくね」
「無論です」
「……さっさと始末しましょう。これから寝なければなりませんから」
「それもそうね。眼が冴えちゃったけど」
伯姪と茶目栗毛はこれからという時間に起こされて、ほぼ寝る時間が無くなりそうなのだ。
「では、先に馬車で休んでちょうだい」
「そうするわ。お休み。サー・シモン。さようなら」
伯姪はそう告げると、仲間の二人の耳にスティレットを突き立て、止めをさす。白目をむいて倒れる仲間を見て、シモン卿は半狂乱になる。
「煩くするなら始末しますよ」
「……」
「朝まで色々お話を聞かせていただきたいので、騒がないでください」
無言でうなずくシモン。三人は改めてお茶を沸かし、飲みながらかわるがわるシモン卿に女王陛下の治世に関して質問するのである。
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朝まで情報を聞き、シモン卿とは永久の別れをした。原神子信徒には聖征に参加し異教徒を襲いカナンの都市を破壊した者たちと同じ心理が働いているように彼女は感じていた。
『原神子にも、色々いるみたいなのがわかって良かったよな』
「ええ。まだ女王はマシなのね」
彼ら襲撃犯は原神子信徒でも『厳格派』『厳信徒』と呼ばれる存在で、聖書に書かれている事と異なる意見は全て『異端』とする過激派であった。女王は『聖王派』と呼ばれる穏健な考えであるという。
すなわち、原神子派の過激派と、御神子教徒の中間でバランスを取っているのが女王であるという。
それに、過激派が活動している理由が、今代の女王が正統な王ではなく北王国の女王が連合王国の王として正当であるとする御神子教徒の主張を危険視しており、仮に北王国の女王が連合王国の女王を兼ねることになれば、再び姉王の時代に逆行するのではないかと考えていることにある。
「女王陛下も大変ね」
「実際、原神子信徒の女王を神国が支持するわけはないのだし、神国からすれば、北王国の女王が連合王国の君主となった方が良いのでしょうね」
ネデルの原神子信徒に対し、連合王国の同朋は支援をしているのは明白なのだ。しかし、女王は表立って否定しているので、これを止めさせることは出来ない。
ネデルが一段落つき、王国が介入しないのであれば、神国はネデル遠征軍をそのまま連合王国への『聖征軍』に切り替える可能性がある。ネデルは落ちつかず、女王と神国の敵対も決定的ではない為、今はまだ戦争に至るまでではない。
しかし、北王国の問題を解決し、国内の厳信徒を味方につけ体制が整えば神国との戦争も辞さないということになるだろう。加えて、厳信徒の考えからすれば、王国で原神子信徒が暴動でも起こせば、自分たちも王国に参戦する良い機会だとばかりに遠征軍を派遣しかねない。
数年前だが、今代の女王の戴冠後、『アベル』に二万程の軍を派遣し再占領しようとしたことがある。結果は大失敗であり、更に、遠征軍が『枯黒病』に感染した者が多く発生し、リンデや古都ベンダにおいても数千人の死者が出ている。まさに踏んだり蹴ったりであり、神の御心に適っていないとしか思えない結果であった。
「けど、どこから見ても何もなかったとしか思えないわね」
伯姪と茶目栗毛が目覚めたとき、すっかり周りから襲撃者たちの死体は消えていた。
『土』魔術を用いて、彼女が地面の下数mに埋めたのだが、埋めた直上は『硬化』の魔術をかけて、簡単には掘れないように加工してある。また、パッと見て、どこに埋めたのか皆目見当もつかない。
「でも、何処に埋めたのよ」
「この廃墟の下よ」
彼女は、廃墟の地面を穿ち、その下にまとめて襲撃者の死体を埋め、元の床へと戻した。さすがに土を掘り返せば草の生え方などで違和感ができてしまう。『アルラウネ』でもいれば、いい感じに草を生やしてくれたかもしれないのだが。
「全く、困った奴らだったわね」
「困窮して襲っているのではなく、異端として巡礼を襲うというのは……」
「悪魔の所業だよね」
女三人で姦しく話をしていると、ようやく狼の毛皮テントからルミリが置き出してきた。
「も、申し訳ありません!」
「いいのよ。気を使う必要はないわ」
今日も兎馬車を一日走らせるのだ、ゆっくり寝て疲れを癒し魔力を回復させてもらわねばならない。
その後、騒ぎが起こっている街を素通りし、何食わぬ顔で先の街へと進む一行。不穏な視線を向けてくる者もいたのだが、護衛役の茶目栗毛が視線を向けると、そそくさといなくなる。
『後ろめたい気持ちが隠せてねぇな』
『魔剣』の呟きに、彼女も同意するのである。