第598話 彼女は騎士学校の卒業式へと向かう
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第599話 彼女は騎士学校の卒業式へと向かう
王弟殿下の随行員としての渡海まであとわずかとなっていた。
「やっぱり……いらっしゃるわね」
「ええ。股肱の近衛騎士の卒業ですもの、主賓として来られると思っていたわ」
「貴方も主賓でしょうに」
今日は、騎士学校の卒業式である。オラン公の弟エンリとその従者、そして、薬師娘二人組、灰目藍髪と碧目金髪、そして、近衛騎士でありながら騎士学校を卒業していなかった……ルイ・ダンボアがそこにはいる。
「お爺様も特別客として臨席しているわね」
「夫人がとても素敵ね」
珍しく、いや正式な客の為夫人同伴である。年老いてなお美しさを保つ前辺境伯夫人の姿に溜息めいた声が聞こえてくる。姉もあと三十年……五十年もすれば陰くらいは踏めるかもしれない。因みに、彼女は彼女の祖母である先代子爵にますます似てきたと言われている。喜んでいいのだろうか。
来賓の祝辞が続き、彼女もジジマッチョも簡単に終わらせていた。長い挨拶は学校長だけで十分だからだ。彼女は、先日遭遇した王太子宮での一連の事件について軽く触れ、王都の治安維持、王国の安定のため一層の努力をという話をした。
ジジマッチョは、騎乗の際の実務上の工夫を幾つか話し、「諸君らが私に続くことを祈る」と締めくくった。いや、続かないでくださいお願いしますと言いたい。
王弟殿下が、自分が連合王国の女王陛下の元に親善大使として向かうという話と同時に、絵姿で見た女王陛下がいかに美しいかについて熱く語っていた。騎士学校の卒業生にすればどうでもいいのだが。
『やっぱ、期待が大きいんだろうな』
「その分、落差も激しくなるのではないかしら」
『魔剣』が言うまでもなく、絵姿と言うのは幾分、実際の姿より良く描くものだ。まして、画家からすれば女王陛下に悪意を持たれれば冗談抜きで命にかかわる。本人が見て「似ている」と思う程度に美化して差し上げねばならない。
「あなたの絵姿、似ていないわよね」
「……あれは、舞台女優の絵姿ですもの。私とは関係ないわ」
『妖精騎士』の舞台は王都で好評であり、様々なお話が上演されている。いつだか忘れたが、「とうとう私も出演するのだ!!」とカトリナが興奮していたことがあった。どうやら、「妖精騎士の盟友カメリア侯爵令嬢」という似て非なる存在が出ていたのだそうだ。近衛騎士の侯爵令嬢で長身の美人という設定はそのままらしいのだが。
「カメリア嬢は似ていたわね」
「美人は似るものよ」
赤毛の長身美人でカトリナにどことなく似ている。モデルに寄せたのだろう。
因みに、役者の演じる妖精騎士は……姉に似ている。姉妹であるから問題ないのだが……いろいろ問題がある。
おかげで、姉は自己紹介する時にニース商会会頭夫人であると名乗るだけなのだが『妖精騎士の姉』とか「実は世を忍ぶ仮の姿」等と言われているらしい。後者は納得いかない。
「けど、どうなのかしらね女王陛下」
「振りだけだと思うわ。あの国をともに背負うには……」
無視したり振り払うに、王弟殿下は大駒過ぎる。他は自国より小国か公爵クラスの子弟となる。国内の貴族も、バランスを考えると配偶者にしにくい。
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姉と少し前、女王陛下の周辺に男性の影はないのかと聞いたことがある。美形好きなら、心を寄せる人物がいてもおかしくはない。
「まあ、噂だけどね」
女王陛下は、先の時代に処刑された公爵家の五男坊に好意があるのだという。ともに政治犯として姉王時代には監獄で過ごした時期もあり、また、幼馴染なのであるらしい。
戴冠の後、側近の一人として重用し、枢密院にも加えている。
とは言え、相手は既に既婚者であり、その結婚式に女王は来賓として出席しているのだという。処刑された公爵家の人間であるから、後ろ盾となる人物を義父として迎えたかったのだろうと推測される。
「それで?」
「これがさ、女王の好みど真中らしいのよね」
『ロブ・リドル』は女王陛下の寵臣であり、国務卿であるビル=セシルの政敵でもある。セシルは議会やリンデの有力者の代弁者であり、リドルは常に女王に従い、そのお陰で女王が結婚しないと言われ批判される。また、ロブと女王の結婚に反対する国王秘書長官のセシルと対立関係となり数年。
政務は長官、宮廷はロブ・リドルと勢力を二分するようになる。また、女王と結婚するために方々に良い顔をするようになり、神国には女王を御神子派にするので結婚を支援しろと願い、また、原神子信徒の庇護者のように振舞い支持を得て婚姻をしようとした。
野心はあるが大望のない男。所詮は末っ子。どこかの王弟に似ているとか。
「王弟殿下と同じ匂いがするわ」
「そういうのに引かれる性格なのかもねー」
ダメンズ好きとでも言えば良いのだろうか。奥さんが可哀そうである。
「他にもいるのかしら」
「あー こいつは、セシル卿の家に寄宿しているんだけど、伯爵なの」
「伯爵嫡男ではなくって?」
「そうそう。五年くらい前に父親が亡くなって、十二歳で爵位を継承したんだってさ。これが、性格悪い美少年らしいよ」
「でも、そういう男が好きなのよね」
少年の名前は『ブレフェルト伯エドワルド』。ロマンデ公が白亜島(連合王国のある島)の先王国を倒したときから始まる古い伯爵家の十七代目当主であるという。生粋のお貴族様である。
因みに、古さだけで言えば、今の王国の王家が『ルテシア伯』であった時代、男爵に叙せられた彼女の実家の方が百年以上古いのだが。ましてロマンデ公は元入江の民の「族長」の系統だ。笑わせれくれる。
眉目秀麗・頭脳明晰・文武両道でダンスや乗馬の名手。女王陛下の好みど真中である。馬上槍試合でも優勝経験があるほどだとか。
「でもこいつ、性格悪いクソガキでさ、セシル家の使用人全員から半年たたずに嫌われてるんだってさ」
「それは……勘違い貴族の系統ね」
貴族が貴いのは、己が身を盾として民を守る為であって、ただ貴族だから偉いというわけではない。特に、国外から侵略される事が久しくない連合王国の貴族などと言うものは、全然貴くない存在であると言える。
「イケメン無罪と言う奴ね」
「そうそう、但しイケメンに限るを平気で通すのが女王陛下らしいよ」
それは、側近たちも頭を悩ませるであろうし、「所詮女」と馬鹿にされかねない。敢えて隙を作って、御しやすい印象を与えている可能性もあるが……
「女王も性格悪いんだよ」
「恐らくそうね。身近にそんな人を知っているわ」
「え、誰ぇ! お姉ちゃんにも紹介して」
彼女は冷静に「鏡の中に映る姿がそれよ」と答えたのである。
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正式な騎士への叙任は国王陛下の御前で行われる。騎士学校を卒業したのならすべからく王国の騎士として国王陛下に忠誠を誓うことになる。
勿論、既に叙任されているのであれば受けない事も出来ないではない。
「お会いできて光栄です」
「エンリ卿、ご卒業おめでとうございます」
オラン公の弟であるエンリは、生まれながらに帝国騎士としての資格を有しているのだが、これはあくまで貴族の子弟としての権利である。それを放棄して、貴族籍を抜くこともできるのだが、今回の場合、王国の騎士として叙任を受ける事を考えている。
「原神子信徒ですから……少々悩みましたが」
「オラン公は公爵位を賜る条件に改宗されているので、それは問題にならないのではありませんか」
王国の騎士叙任に、宗派による可否は今の所存在しない。護るべき民に両方がいるのであるから、騎士もそれぞれいて構わないという考えだ。これが、片方だけを認めるなら、宗派争いに騎士が関われる方が圧倒的に優位となるだろうからだ。
「いえ、王国に残る覚悟を決めたということです。それに……」
どうやら、王弟殿下の随行員として渡海することになるのだという。高位貴族の子弟が限られている王国において、オラン公の弟であるエンリが王弟殿下の近衛騎士として渡海するのは悪い事ではない。
王国に滞在しているオラン公も、神国は非難しているものの、王国は柳に風と受け流している。文句があるなら、ネデルで勝負を付ければよかった話である。
「では、暫くはまた御同輩と言う事ですね」
「はは、いえ。大使付きの騎士と副使閣下では、立場が異なりますよ」
などと、エンリは畏まって答える。帝国に実家はあるとは言うものの、帝国においても原神子信徒と御神子教徒の軋轢は深まりつつある。
連合王国も王国も、国内では内乱など起こさないように配慮しているものの、連合王国では姉王派が集結して、御神子教徒の王族を担ぎ上げて反乱を起こしたことも過去にあった。女王の治世が続き安定しつつあるものの、油断できる状態ではない。それは、程度の差こそあれ王国でも同様だ。
エンリが離れていき、リリアル組が男どもの輪から離れてこちらに近寄ってくる。
「すごい人気じゃない」
「お二人には全く及びません」
「そ、そうですよ。まあ、ちょーっと高嶺の花感ありますけどぉ」
同期の騎士達に囲まれていた様子を伯姪が揶揄うと、二人は口々にそんな事を言う。
「……貴女はともかく、私はモテてないわよね。というより、過去一度もそんな経験はないわ」
「あー そうかもしれないわね」
「「……」」
「「「「「「!!……」」」」」」
彼女は素で答えたのだが、伯姪は意味深に同意し、周りはその話を聞いて沈黙しつつ内心驚きを隠せていないようだ。
そう、竜殺しの聖女であり、伯爵陞爵確実とみられている彼女に吊り合う相手が……国内にいないといえばいない。
強いて言えば王弟殿下だが……まあほら、年齢差があるので無理強いするようなものではないと王家は考えている。本人にはまるでその気が無いのだが。
「まあ、想像は出来ないわね」
「何がかしら」
「あなたが、誰か若い男にのぼせるところよ」
強いて言えば、灰目藍髪は彼女の系統でクールビューティーであるが、彼女の場合、それが更に強力なので近寄りがたくはあるのだろう。なので、同じ系統でも灰目藍髪は、それなりにモテるし口説かれる。
碧目金髪は、騎士団員からすでにさまざまアプローチされているのだが、帝国遠征以来すっかり疎遠になっている。本人が騎士になってしまったこともあり、薬師ではなく魔騎士になるので、モテ度は低下するだろう。
いや、モテなくてもいいのだ。一人いれば結婚できるのだから。
因みに、賢い女性は男性から「怖い」と思われるため、モテ度は低めになる傾向がある。姉は程よくポンコツ感を出して愛嬌を振りまいているので、怖さを上手くいなしていると言えばいいだろうか。
「そのうち、運命の人と巡り合うと思うわ」
「「「 ……そうね(ですね)(でしょうか)」」」
彼女は割と運命論者なのである。
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薬師娘二人を連れ、彼女はリリアル学院へと戻る。卒業時に、その証として国王陛下から剣を賜っている。実用と言うよりは、儀礼用の剣に近いが、王家の紋章の入ったもので、身分を示す証ともなる。
「剣には細工できないから、鞘に工夫する方が良いわよね」
「装飾品らしくって事ですか?」
実用の剣なら、革の剣帯に革の鞘をつかい、儀礼用であれば、金属で彫刻をあしらったり宝玉で飾り付けたりすることもある。
「時間も無いから、一先ず、魔装布をベースにして仕上げましょうか」
これは、リリアルの騎士正装に合わせて鞘の意匠を決めることになる。白と水色、魔銀のさし色であるから、魔装布の鞘でもおかしくはない。
「柄や護拳はそのままね。ここまでが恩寵品になるから」
「あ、でも、魔銀鍍金仕上げってのはだめなんですかね?」
彼女の場合、騎士の叙任が先で騎士学校が後であったので気にしていなかったのだが、確かに、恩寵品の剣を帯びて実践任務に出ることも今後は騎士としてあり得るだろう。
「どうかしら」
「シンプルだから問題なさそうね。まあ、ちょっとした装飾ってことで大丈夫よ!!……多分」
その後、金属に魔水晶の装飾を施した、メイスにも使えそうな鞘を用意して貰うのも良いかもしれない。とはいえ、今回の渡海まで時間がない。恐らく、魔装の仮鞘で済ませることになりそうだ。
「バタバタとした準備になりそうね」
「それもそうだけど、明日は……」
午前中に騎士の叙任式、そして、午後には連合王国親善大使団の結団式及び壮行会がある。
「式典続きでやれやれだわ」
「何もなく送り出されるのは、それはそれで微妙じゃない?」
彼女の帝国行のように、人知れず旅立つ方が好みなのだが、王弟殿下にその様なことが許されるはずもなく、在王国大使ウォレス卿を始め、王都の貴族に顔見世しつつ、無事に帰還することを祈念する会でもある。
明日はドレスを着なければならない。壮行会においては……と考えると、彼女は少々憂鬱となるのである。
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